タレントと芸能プロダクションが専属契約を締結する際に、タレントのプライベートを制限する様な条項が含まれる場合があります。特にアイドルの場合、イメージ維持のために恋愛禁止条項が含まれる場合もあり、プライベートへの過度な干渉となり問題となる可能性もあります。
本記事では恋愛禁止条項を含む契約の有効性と、違反した場合の対応について解説しています。
アイドルの恋愛禁止条項とは?その問題点は?
アイドルの恋愛禁止条項とは、芸能プロダクションがアイドルと専属マネージメント契約等を締結する際に、アイドルという職業の特殊性を考慮し、異性やファン等との交際を禁止した上でこれに違反した場合に契約の解除や損害賠償の請求の対象となる契約条項の一つです。事務所とアイドル間での「約束事」のようなイメージと考えると想像しやすいかもしれません。
アイドルはそのイメージが価値として現れやすく、これが人気や売上を左右することがあります。そして、芸能プロダクションとしては予め恋愛禁止条項によってスキャンダルを防ぐなどして、清純・清廉なイメージを保ちたいと考えるでしょう。
一方で、本来ならば恋愛は誰からも制限されることなく、自由に自己が決定できるはずです。そうすると、ペナルティを伴わせて条項を遵守させることは人権侵害に当たるのではないか、と問題視されます。
恋愛禁止条項は有効か、裁判例を参考に検討
前述したとおり、本来は個人の自由である恋愛を、芸能プロダクション側が一方的に制限することはできるのでしょうか。二つの裁判例を参考に検討していきます。
恋愛禁止条項違反を理由に事務所からアイドル側への損害賠償請求を認めた裁判例:東京地裁平成27年9月18日判決(裁判例①)
1 事案の概要
女性アイドルグループのファンを名乗る男性が、ホテルにおいてメンバーと二人でいる様子を撮影。後にその写真が流出し、事務所は本件交際を知り、これが原因でアイドルグループは解散となった。事務所はメンバーが未成年であったため、その両親に対し損害賠償を請求した。
なお、アイドルと事務所との契約書及び規約には、以下の条項があった。
第2条 乙(注:アイドル)は,(中略)甲(注:事務所)の専属芸術家として甲の指示に従い,(中略)下記活動(注:芸能活動)を行う(後略) |
第10条(2) 乙について以下のような事項が発覚した場合(中略)本契約を解除して,甲は乙に損害の賠償を請求することが出来るものとする。 ・ ファンとの親密な交流・交際等が発覚した場合(後略) |
3.私生活において,男友達と二人きりで遊ぶこと,写真を撮ること(プリクラ)を一切禁止致します。発覚した場合は即刻,芸能活動の中止及び解雇とします CDリリースをしている場合,残っている商品を買い取って頂きます。 |
7.異性の交際は禁止致します。ファンやマスコミなどに交際が発覚してからでは取り返しのつかないことになります。(事務所,ユニットのメンバーなどに迷惑をかけてしまいます) |
2 結論
裁判所は事務所の損害賠償請求を認め、アイドルメンバーの両親に損害賠償を命じた。一方、恋愛禁止について指導・管理が不足していたとして事務所にも過失が認定され、損害額が減額された。
3 裁判所の判断
- 被告は、本件規約の読み聞かせを受けていないと主張するが、契約締結時に双方が読み合わせを行ったうえで、本人が契約書に署名捺印している。
- アイドルとしての活動にあたりマネジメント会社は交際相手と別れる様に通告し、アイドルから別れた旨の申告を受けたうえで、アイドルとしての活動を行っている。
- ファンからの支持を得るためにメンバーが異性との交際を行わないことや、これを担保するためにメンバーに対し交際(恋愛)禁止条項を課す必要があった。
- 当該アイドルは本件交際が発覚するなどすればグループ活動に影響が生じ、損害が生じ得ることは容易に認識可能であった。
ファンとの恋愛禁止条項違反の存在が否定された裁判例:東京地裁平成28年1月18判決(裁判例②)
1 事案の概要
アイドルグループの一員として活動していた女性メンバーがアイドルを辞めたい旨告げ、以降のライブ等を無断欠席した上、連絡にも応じなかった。これに対し、マネジメント会社は、当該アイドルが異性と交際し業務を一方的に放棄したとして、契約違反を理由に約765万円の損害賠償を請求した。
なお、アイドルと事務所との契約書及び規約には、以下の条項があった。
第12条(損害賠償) 1 被告乙が本契約に違反し甲が損害を負った場合は,甲は直ちに損害賠償を請求できるものとする。(略) 2 被告乙の以下の具体的な行為についてもまた前項と同様とする。 〔1〕いかなる理由があろうと仕事や打合せに遅刻,欠席,キャンセルし,甲に損害が出た場合 (中略) 〔8〕ファンと性的な関係をもった場合 またそれにより甲が損害を受けた場合 〔9〕同じ事務所に所属するタレントもしくはアーティスト,クリエイターやスタッフと性的な関係を持った場合。 (中略) 〔13〕その他,甲がふさわしくないと判断した場合 |
2 結論
マネジメント会社の請求棄却(女性アイドル側が勝訴)。
3 裁判所の判断
- アイドルと呼ばれるタレントは清廉さを求める傾向が強く、アイドルが異性と性的な関係を持ったことが発覚した場合に、ファンが離れ得ることは、世上知られていることである。
- それゆえ、アイドルをマネージメントする側が、当該アイドルと異性との性的な関係ないしその事実の発覚を避けたいと考えるのは当然で、これを制限する規定を設けることも、一定の合理性がある。
- 異性との合意に基づく交際を妨げられることのない自由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。また、異性と性的な関係を持ったか否かは、通常他人に知られることを欲しない私生活上の秘密にあたる。
- 損害賠償を請求できるのは、被告が原告に積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど、原告に対する害意が認められる場合等に限定して解釈すべきものと考える。
恋愛禁止条項に違反するとどうなる?違約金がかかる?
まず、恋愛禁止条項が有効であるためには契約書にその旨が明記されていることが前提となります。また、契約書に条項を明記しペナルティを課しても、違約金等の損害賠償等を請求できるのは、前記②裁判例が判示した事情が認められる場合に限られると思われます。
なぜならば、恋愛禁止条項は私生活を厳しく制限するため、あまりに強力な効力を認めることは人権侵害の危険に直結するからです。
加えて、芸能プロダクション側としても契約書に恋愛禁止条項を記載するだけではなく、異性との交際の証拠の創出・流出がないようにアイドル側に努めさせ、自らも管理・監督することが要請され得ることが裁判例①から読み取れます。
一方で、仮にアイドル側が芸能プロダクション側を害する意思をもって恋愛禁止条項に違反した場合(上記裁判例②が判示した場合)、これが債務不履行(いわゆる契約違反)若しくは不法行為に該当すると判断されると損害賠償責任(民法415・416・709条)を負う可能性があることが上記の裁判例からわかります。
(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき・・・は、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 略(損害賠償の範囲)
第四百十六条 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。(不法行為による損害賠償)
民法第四百十五条(債務不履行による損害賠償)・第四百十六条(損害賠償の範囲)・第七百九条(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
トラブルを事前に防ぐために求められることは?
上記から、トラブルが発生した後にどうなるかは検討できました。では事前にこうしたトラブルを防ぐにはどうしたら良いのでしょうか。
まず、上記の裁判例を読み解くに、以下のことがアイドルと芸能プロダクションに求められているのではないかと思われます。
芸能プロダクションに求められること
- 契約書に恋愛禁止条項を明記しすること
- 契約締結以降はスキャンダルの発生を防ぐためアイドルを一定程度管理・監督すべき責任が認められ得ること
アイドルに求められること
- 職業の特殊性を考慮し、アイドルであるという自覚を持つこと
- スキャンダルの種を創出・流出させないように努めること
- 仮に、トラブルが発生した場合には芸能プロダクションに相談するなどして対応すること
つまり、アイドルと芸能プロダクションは契約を結んでいる以上、相互に協力しながらトラブルを予防・解決することが求められている、ということがわかります。あくまで契約や条項に違反した側が一次的に責任を負うのではなく、トラブルが発生した場合には双方が責任を負い得るということが重要です。
まとめ
以上の裁判例・検討を踏まえると、以下のことがわかります。
- アイドルという職業の特殊性を考慮すれば、恋愛禁止条項により私生活をある程度制限する合理性が全くないとはいえない。
- 一方で、異性との合意に基づく交際を妨げられることのない自由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものである。
- 恋愛禁止条項に基づき恋愛自体を禁止し、違反した場合ペナルティを課すことは人権への過度な干渉となる場合があり、慎重な配慮が求められる。
- 恋愛禁止条項が有効だとしても、これに基づき違約金等の損害賠償を請求できる場合は裁判例②のように限定される。
- スキャンダルの発覚により損害が発生してもアイドルのみが一次的に責任を負うわけではなく、芸能プロダクションにも管理・監督責任が課される場合がある。
今回はアイドルの恋愛禁止条項の有効性、違反した場合の効果・対応を2つの裁判例を参照しながら解説しました。
過去の裁判の理論・結論がそのままあてはまるかは事案によって異なります。少しでも不安のある方は、弁護士に相談してみましょう。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。