代表取締役等住所非表示措置のデメリットって結局何?デメリットに対して対策はできる?

企業法務全般

会社役員の個人住所を非公開にする「代表取締役等住所非表示措置」。プライバシー保護の観点から有効な制度ですが、実は見過ごすことのできない問題点やデメリットが存在します。

本記事では、住所非表示措置の問題点として「本人確認の困難さ」「責任追及の困難化」、またデメリットとして「取引先からの信用低下」「不動産取引での支障」「融資への悪影響」などを具体的に解説します。

さらに、これらの課題に対する現実的な対策方法もご紹介します。住所非表示措置の申請を検討している経営者の方、すでに利用している方の双方に役立つ情報を網羅的にまとめました。

代表取締役等住所非表示措置の概要

2024年10月1日より、会社登記事項のうち株式会社の代表取締役代表執行役代表清算人の住所の一部を非表示にすることができる制度が開始されます。

項目内容
対象となる役職・株式会社の代表取締役
・指名委員会等設置会社の代表執行役
・解散手続中の会社の代表清算人

この制度は自動的に適用されるものではなく、会社からの非表示申出が必要です。また申出には以下のような要件があります:

・登記申請と同時に行う必要がある
・所定の添付書類が必要
・法務局による審査がある

非表示措置が適用されると、登記事項証明書には市区町村レベルまでの住所のみが表示されます。例えば「東京都千代田区」までは表示され、それ以降の住所は非表示となります。

法務省の公式発表によれば、この制度は代表者のプライバシー保護と登記の公示機能のバランスを図ることを目的としています。

ただし、利害関係人は登記所で附属書類を閲覧することで、非表示とされた住所を確認することができます。これは取引の安全性を確保するための措置です。

また、非表示措置を採用した後でも、以下の場合には措置が終了することがあります:

  • 会社から非表示措置を希望しない旨の申出があった場合
  • 会社が本店所在地に実在しないと認められた場合
  • 上場会社が上場廃止となった場合

制度自体の詳細や申出の仕方などは、以下の法律記事で詳細に解説していますので、こちらをご参照ください。

この制度の導入により、起業家からは歓迎する声がある一方で、取引の安全性や本人確認の観点から、司法書士や弁護士などの専門家からは懸念する声も上がっています

代表取締役等住所非表示措置の問題点

代表取締役等住所非表示措置には、大きく分けて2つの重要な問題点があります。これらの問題点は、取引の安全性会社の信用に関わる重大な課題となっています。

問題点1:代表取締役個人の本人確認が困難になる

従来は、会社の登記において、氏名と住所という2つの情報が、代表取締役の個人特定に重要な役割を果たしていました。

具体的には、以下のような仕組みです。

  1. 会社の登記に記載された氏名と住所と、目の前の個人が持参した身分証とを比較することで、この身分証が当該会社の代表取締役本人の身分証であると分かります。
  2. そして、身分証の顔写真と目の前の個人を比べることで、目の前の個人が身分証の本人であると分かります。
  3. これによって、目の前の個人が当該会社の代表取締役本人であると分かります。

しかしながら、住所部分がないと、同姓同名の他人が、その会社の代表取締役のフリをしている可能性を排斥できず、本人確認が機能しません。

日本においては、同姓同名の全くの他人、というのは存在しますが、住所は各場所によって固有のものであるため、同じ住所に住む同姓同名の人物、というのは極めて低い可能性でしか存在せず、住所+氏名で、誰か特定の人物を識別することが可能であることから、この2つの情報により確実な本人確認が可能でした。

従来の本人確認方法非表示措置後の本人確認方法
登記事項証明書の氏名・住所と本人確認書類を照合氏名と行政区画のみの照合となり、確実性が低下

問題点2:責任追及が困難になる

会社とその代表者は、法的にはそれぞれ別個の「人」という取り扱いなので、会社の責任を代表者に対して追及することにはならないのが原則です。

しかし、現実には、会社に対する責任追及の場面で大きな意味を持つ場合があります。

具体的には、以下のような場合です。

訴訟提起時の送達場所

訴訟を提起した際に、訴状の送達が会社の本店所在地に対して不到達となってしまった場合に、代表者の住所に対して送達をすることがあります。

これができなくなるということは、会社に対する責任追及の一環としての訴訟提起の方策が、一部限定されるという意味を持つこととなります。

第三十七条(法人の代表者等への準用)
この法律中法定代理及び法定代理人に関する規定は、法人の代表者及び法人でない社団又は財団でその名において訴え、又は訴えられることができるものの代表者又は管理人について準用する。

第百二条(訴訟無能力者等に対する送達)
1 訴訟無能力者に対する送達は、その法定代理人にする。
(略)

第百三条(送達場所)
送達は、送達を受けるべき者の住所、居所、営業所又は事務所(以下この節において「住所等」という。)においてする。ただし、法定代理人に対する送達は、本人の営業所又は事務所においてもすることができる。
(略)

民事訴訟法(平成八年法律第百九号)

会社を悪用した詐欺商法などの責任追及

会社を悪用し、不法行為が行われた場合など、会社の行為でありつつも代表者自身も責任を負う場面では、会社の登記簿に代表取締役の住所が記載されていることで責任追及が可能となった場面が従前は多くありました。

代表取締役の住所が非表示になることで、このように、会社の実体がない場合や、違法行為があった場合の責任追及が困難になる可能性があります。特に以下のような場合に問題が発生します:

  • 消費者被害が発生した場合の被害回復
  • 倒産時の破産管財人による責任追及
  • 課税当局による調査
  • 反社会的勢力の関与の確認

これらの問題に対して、日本弁護士連合会は慎重な運用を求める会長声明を提出しています。

参照:商業登記規則等の一部を改正する省令における代表取締役等の住所非表示措置に関し、弁護士による職務上請求制度の創設等を求める会長声明

代表取締役等住所非表示措置の具体的なデメリット

代表取締役等住所非表示措置には、様々なデメリットが存在します。以下では、法務省も認識している主要なデメリットについて解説します。

法務省の想定しているデメリット

法務省は公式ウェブサイトにおいて、以下のようなデメリットを明確に示しています

  • 金融機関から融資を受けるにあたって不都合が生じる可能性
  • 不動産取引等に当たって必要な書類(会社の印鑑証明書等)が増えたりする可能性

※ 注意 ※
 代表取締役等住所非表示措置が講じられた場合には、登記事項証明書等によって会社代表者の住所を証明することができないこととなるため、金融機関から融資を受けるに当たって不都合が生じたり、不動産取引等に当たって必要な書類(会社の印鑑証明書等)が増えたりするなど、一定の影響が生じることが想定されます。
そのため、代表取締役等住所非表示措置の申出をする前に、このような影響があり得ることについて、慎重かつ十分な御検討をお願いいたします。

 代表取締役等住所非表示措置が講じられた場合であっても、会社法(平成17年法律第86号)に規定する登記義務が免除されるわけではないため、代表取締役等の住所に変更が生じた場合には、その旨の登記の申請をする必要があります。

 代表取締役等住所非表示措置が講じられた場合であっても、登記の申請書には代表取締役等の住所を記載する必要があるため、登記されている住所について失念することのないよう御留意ください。

引用:法務省|代表取締役住所非表示措置について

取引先からの信用低下

多くの取引先企業は、代表者の住所が非表示になっていることに対して不安を感じる可能性があります。

特に、問題点2:責任追及が困難になるとの関係で、①会社に対して責任追及をするためのハードルが、非表示措置が取られていない場合と比較すると若干高くなることが懸念されたり、②非表示措置が会社を悪用した詐欺商法にとって有用であることから、そのような会社であるとの疑いをかけられる可能性も否定しきれません。

場面としては、以下のような場面で信用低下のリスクが高まります

  • 新規取引開始時の審査
  • 与信管理における評価
  • 取引条件の設定

この問題に関して、東京商工リサーチの調査によると、約20%の企業が「与信判断にマイナスの影響がある」と回答しています。

引用:株式会社東京商工リサーチ|2024/10/18「代表者の一部住所の非公開がスタート、選択するか『わからない』が半数 与信上『マイナス評価』が約2割」

不動産取引など一定の場合の不都合

不動産取引においては、本人確認が重要な意味を持つことから、問題点1:代表取締役個人の本人確認が困難になるとの関係で、従来の提出書類では本人確認が困難となり、本人確認を補充するために追加の証明書類が必要となる可能性があります。

金融機関との取引への影響

金融機関との取引においても、犯罪による収益の移転防止に関する法律との関係で、厳しい本人確認が必要となるため、問題点1:代表取締役個人の本人確認が困難になるとの関係で、従来の提出書類では本人確認が困難となり、本人確認を補充するために追加の証明書類が必要となる可能性があります。

第四条(取引時確認等)
1 特定事業者(第二条第二項第四十五号に掲げる特定事業者(第十二条において「弁護士等」という。)を除く。以下同じ。)は、顧客等との間で、別表の上欄に掲げる特定事業者の区分に応じそれぞれ同表の中欄に定める業務(以下「特定業務」という。)のうち同表の下欄に定める取引(次項第二号において「特定取引」といい、同項前段に規定する取引に該当するものを除く。)を行うに際しては、主務省令で定める方法により、当該顧客等について、次に掲げる事項の確認を行わなければならない。

一 本人特定事項(自然人にあっては氏名、住居(本邦内に住居を有しない外国人で政令で定めるものにあっては、主務省令で定める事項)及び生年月日をいい、法人にあっては名称及び本店又は主たる事務所の所在地をいう。以下同じ。)
二 取引を行う目的
三 当該顧客等が自然人である場合にあっては職業、当該顧客等が法人である場合にあっては事業の内容
四 当該顧客等が法人である場合において、その事業経営を実質的に支配することが可能となる関係にあるものとして主務省令で定める者があるときにあっては、その者の本人特定事項

犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成十九年法律第二十二号)

また、融資を受けることができるか否かの判断の場面では、問題点2:責任追及が困難になるとの関係で、信用低下のリスクがあることは、取引先との関係と同様です。

代表取締役等住所非表示措置の問題点やデメリットへの対策

代表取締役等住所非表示措置には様々な問題点やデメリットが存在しますが、適切な対策を講じることで影響を最小限に抑えることが可能です。以下で具体的な対策を解説します。

問題点に対する対策

一応の対策方法

代表取締役の本人確認が困難になる問題に対しては、以下のように会社の印鑑証明書と代表者の顔写真付身分証を組み合わせることで、本人確認を行う方法はあり得ます。

つまり、従来の①氏名と②住所の代わりに、③生年月日が記載されている「印鑑証明書」を利用することで、①氏名と③生年月日の一致によって本人確認を行う方法です。

対策方法では不十分な点

「氏名と生年月日が同一である他人」との識別ができない。

住所と異なり、生年月日は、それぞれに固有のものではなく、「同一の生年月日である他人」が相当数存在するため、氏名と生年月日が同一である他人」の存在する確率は、「氏名と住所が同一である他人」が存在する確率よりも遥かに高いです。

そのため、これでは本人確認が不十分ではないか、という問題は依然として残ります

この問題は、会社の印鑑証明書に、代表取締役の住所が記載されていれば解決する問題ではあるのですが、法務省は、「会社の印鑑証明書に代表取締役住所も表示すべきではないか住所非表示措置をした場合、現在、登記がどのようになっているか確認できるよう、会社の印鑑証明書に、代表取締役の住所が記載されるようにすべきである。」との意見に対し「仮に実現する場合には、大規模なシステム改修が想定されますが、今後の参考とさせていただきます。」と回答している状況で、少なくとも近日中には会社の印鑑証明書に住所が記載されるわけではないことが明らかになっています。

引用:法務省民事局商事課|「商業登記規則等の一部を改正する省令案」に関する意見募集の結果について(いわゆる「パブリックコメント」)

「会社の印鑑証明書」が存在しない会社が存在する

令和3年2月15日に商業登記規則が改正され、登記の申請をオンラインで行う場合には、登記所への印鑑の届け出が任意となる印鑑の提出の任意化が実施されました。

参照:法務省|商業登記規則が改正され,オンライン申請がより便利になりました(令和3年2月15日から)

これによって、「会社の印鑑証明書が存在しない会社」というのが理論的には存在することとなり、その場合、前述のような印鑑証明書と身分証を照らし合わせることによる本人確認の方法が使えず、代表者の本人確認ができないこととなります

本人確認としてどこまでを行えば十分と考えるかは結局取引の相手方次第である

上記の方法で、一応本人確認が可能というのはあくまでも理屈上の話で、非表示措置が取られている場合に、印鑑証明書を持参することで本人確認できたものと実際に取り扱われるかどうかは、まだ分からない状況です。

そのため、取引の相手方等からどのように判断されるか分からない状態で、非表示措置を求めるか否かの判断が必要であるということ自体が一定のリスクになるかと思います。

デメリットに対する対策

信用力の低下への対策

ホームページや会社案内での説明

以下の内容を明確に説明することで、取引先の懸念を払拭することが考えられます。

  • 非表示措置採用の理由と目的
  • 代表取締役の住所の表示以外の方法での会社としての透明性確保の方針
  • 実態のある事業運営の姿勢
取引先との積極的なコミュニケーション

取引先からの信用を維持・向上させるため、以下の対応を実施することが有用です。

  • 取引先への事前説明と理解の獲得
  • 必要に応じた個別の情報開示
  • 定期的な状況報告と対話の機会確保

金融機関からの融資

金融機関との取引における対策として、以下を実施します:

  • メインバンクとの事前相談と対応方針の確認
  • 必要な追加書類の事前準備
  • 取引実績に基づく信用力の構築

これらの対策を適切に実施することで、代表取締役等住所非表示措置のデメリットを最小限に抑えることが可能です。

まとめ

代表取締役等住所非表示措置は、プライバシー保護の観点から有用な制度ですが、取引上の信用力低下や本人確認の困難さなど、いくつかの課題があります。

これらの課題は一定程度対策は可能ですが、以下の点は重要なので抑えておきましょう。

  1. 本人確認について、従前の方法と比べるとどうしても不十分になってしまう。
  2. 非表示措置が取られている場合の本人確認として、どのような方法が適切と考えられるかは、まだ確立しておらず、取引先次第である。
  3. 信用力という点において、約20%の企業が「与信判断にマイナスの影響がある」と回答している調査結果が存在する。

以上のリスクやデメリットを十分に検討し、会社の状況や取引関係を考慮しながら、総合的に判断して導入を検討することをお勧めします。

もし、判断にあたりご不明な点が残るようであれば、登記の専門家である司法書士や法律の専門家である弁護士への相談がおすすめです。



本記事の担当

プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕

損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。

タイトルとURLをコピーしました