電動キックボードが絡む交通事故は増加傾向にあり、事故発生時の過失割合の判断は非常に複雑です。自転車と似た側面もありますが、原動機を持つという点で原付バイクの扱いになることもあり、法解釈が難しいケースも少なくありません。この記事では、弁護士が電動キックボード事故における過失割合の考え方、特に「電動キックボード」という特性を考慮した具体的な検討手順を分かりやすく解説します。過失割合でお悩みの方、示談交渉を有利に進めたい方はぜひ参考にしてください。
交通事故における過失割合とは
過失割合とは
交通事故が発生した場合、その損害賠償請求において、被害者と加害者の双方にどれだけの過失があったのかを割合で示したものが「過失割合」です。交通事故の損害賠償請求では、この過失割合が非常に重要な要素となります。
例えば、100万円の損害が発生した事故で、被害者側に20%、加害者側に80%の過失が認められたとします。この場合、被害者は損害額100万円のうち、自身の過失分である20%(20万円)を差し引いた80万円を加害者に対して請求することができます。このように、過失割合によって最終的な損害賠償額が大きく変わるため、交通事故の損害賠償請求においては、過失割合が争点となるケースが多く見られます。
損害賠償請求で過失割合が導き出される方法
一般に交通事故の過失割合は、以下の要素を総合的に考慮して決定されます。
- 道路交通法や道路交通法施行令などの法令違反
- 過去の裁判例との比較
- 事故当時の状況(速度、天候、信号、道路状況など)
これらの要素を基に、過去の判例と照らし合わせながら、裁判所や保険会社が過失割合を判断します。具体的な算定方法としては、過去の裁判例の集積から過失割合の原則論を集めた「別冊判例タイムズ38号 (民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準全訂5版)」(判例タイムズ)などが参考にされます。判例タイムズには、様々な事故類型ごとに典型的な過失割合が示されており、これを参考にしながら、個々の事故の状況に合わせて過失割合が調整されます。
なお、過失割合は、必ずしも10:0や0:10といったように、どちらか一方に全て責任があるという形で決定されるわけではありません。7:3や6:4といったように、双方に過失があるとして、その程度に応じて割合が決定されるケースも少なくありません。どちらか一方だけに責任を負わせるよりも、双方に一定の過失を認めることで、より公平な解決を目指すという考え方が根底にあります。
具体的には、以下のような手順で過失割合が決定するのが通常です。
- 判例タイムズに規定されている数々の事故状況図のうち、どの事故状況図に近いかを検討する。
- その事故状況図の基本過失割合を前提に、修正要素の有無を検討する。
- 判例タイムズ以外の過去の裁判例と比較して、不合理でないかを確認する。
電動キックボードの過失割合の導き方
電動キックボードは、近年急速に普及が進んでいる移動手段です。しかし、その法整備が追いついていない現状もあり、電動キックボードが関係する交通事故も増加傾向にあります。電動キックボードが関係する交通事故が発生した場合、その損害賠償の場面においては、過失割合の決定が重要な要素となります。
過失割合を導き出すための問題点
電動キックボードの道路交通法上の取り扱いは、以下の様々で、理論上は
- 軽二輪自転車に該当する場合
- 原動機付自転車に該当する場合
- 特定小型原動機付自転車に該当する場合
- 特例特定小型原動機付自転車に該当する場合
などがあり得ます。
電動キックボードの種類と法令上の区分との関係は、以下の法律記事で解説していますので、参考までにご参照ください。
このうち、特定小型原動機付自転車については、判例タイムズの想定する事故状況図に登場しませんし、原動機付自転車や軽二輪自転車に該当する電動キックボードであったとしても、判例タイムズが想定している「単車」とは異なるので、電動キックボードが関係する事故は、判例タイムズの事故状況図にないことになります。
このため、通常の手順では、基本過失割合を導くことができず、過失割合の導き出し方が難しいといえます。
「電動キックボード」である点をどのように考えるか
電動キックボードの普及はまだまだ最近のことなので、電動キックボードが関係する交通事故について、どのように過失割合を考えるかには前例がありません。
そのため、以下は、現時点における当事務所の私見であって、実務において確立した考え方ではないことをあらかじめご承知おきください。
電動キックボードが関係する事故の過失割合を検討する上では、「電動キックボード」という乗り物の特性を考慮することが重要になります。具体的には、以下の点を踏まえる必要があります。
- 原付バイクよりも小型で軽量であるため、自動車やバイクからは視認されにくい可能性がある。
- ブレーキ性能が自転車よりも劣る場合があり、急ブレーキが困難な場合がある。
- 運転者の体がむき出しの状態であるため、転倒時に大きな怪我を負いやすい。
判例タイムズにおける「自転車」の評価との共通点
電動キックボードについてどのように考えるかにあたっては、判例タイムズにおいて「自転車」や「単車」がどのように考えられているかを理解する必要があります。
そこで、判例タイムズの記載を各種の記載を参考にすると、自転車は、以下のような特徴があることから、単車よりも交通弱者に分類され、保護される傾向にあることが分かります。
- 車体が軽量
- 速度が低速
- 運転操作や停止措置が容易
- 他者と衝突した場合に相手に与える衝撃が少ない
- 免許が不要
「 加害者としての自転車には、四輪車・単車と異なる特殊性として、①自転車は、四輪車・単車と比較して、一般に、軽量かつ低速(普通の速度は時速15km程度である。)であり、簡易な構造であるため運転操作や停止措置が容易であり、他者と衝突した場合に相手に与える衝撃の外力が少なく、四輪車・単車よりも、歩行者に対する優者性の程度は低いこと、②自転車の運転に当たっては運転免許が不要であるため、自転車利用者に道路交通法規が周知徹底されておらず、道路交通法規が必ずしも遵守されていない交通実態があること、……などが挙げられる。このうち事故の発生に結びつくのは、①及び②の点である。」
別冊判例タイムズ38号 (民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準全訂5版129頁
以上の自転車の特徴を電動キックボードと比較すると、以下のようにかなりの部分で自転車と共通する特徴を有していると言えるのが分かります。
自転車の特徴 | 電動キックボードの場合 |
車体が軽量 | 同様といえる |
速度が低速(時速15km程度) | 自転車よりやや早いが低速(最高時速20km) |
運転操作や停止措置が容易 | 同様といえる |
他者と衝突した場合に相手に与える衝撃が少ない | 同様といえる |
免許が不要 | 特定小型原動機付自転車である電動キックボードでは、同様といえる |
速度の違いについて
自転車に想定されている時速15km程度という速度と、電動キックボードの速度の違いをどのように考えるべきかのために判例タイムズを参照すると、以下の記載があります。
- 低速の自転車は、歩行者と同視する余地がある。
- 高速(30km程度が目安)で走行している場合には単車と同様に扱う。
「……単車よりはなお自転車に有利に修正するが、歩行者と同視する程度までには修正しないことを基本として、基本の過失相殺率を設定している。これは、上記② のとおり、自転車の速度が四輪車・単車の速度と歩行者の速度との中間になること、 すなわち、自転車がいわゆる普通の速度(時速15km 程度)であることを前提としている。低速の自転車(普通人の小走り程度以下の速度。おおむね時速10km 以下である場合。)に対する関係での四輪車・単車の注意義務の程度としては、小走りの普通人に対する注意義務の程度とほぼ同視し得るし、自転車が低速で走行している場合、事故発生の危険性が小走りの普通人に比較して高まるとは一概にいえないこと、実務上、低速の自転車と四輪車・単車との事故については、 事実上、歩行者と四輪車・単車との事故に関する基準が参照されていたこと等に照らすと、低速の自転車については、歩行者と同視し得る余地がある。これに対し、自転車が、ここで想定している普通の速度(時速15km 程度)を大幅に超える速度(原動機付自転車の制限速度である時速30km 程度が目安となろう。)で走行していた場合には、単車より自転車に有利に修正をする理由に乏しいことから、「第4 章 単車と四輪車との事故」の基準を参考にして過失相殺率を検討するのが相当である」
別冊判例タイムズ38号 (民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準全訂5版383頁
以上からすれば、以下の基準が導けるかと思います。
- 速度制限が20kmではない特定小型原動機付自転車以外の電動キックボードについては、単車と同様のものとして扱う
- 速度制限が20kmである特定小型原動機付自転車の電動キックボードについては、判例タイムズ上の「目安」である時速30kmまで行っていないことから、「普通の速度」の自転車と異なる取り扱いをする必要はない
電動キックボードであることについてどのように取り扱うか
以上のとおり、結論として、電動キックボードが事故当事者になった場合の取り扱いは、以下のようにすべきと思料します。
※ただし、繰り返しになりますが、現時点における当事務所の私見であって、実務において確立した考え方ではありません。
- 特定小型原動機付自転車以外の電動キックボードについては、単車と同様のものとして判例タイムズにあてはめる
- 特定小型原動機付自転車の電動キックボードについては、自転車として判定タイムズにあてはめる
- その上で、事故状況や事故の原因などが、通常の単車や自転車と同じように扱うと趣旨に沿わない場合には、個別に修正を行う。
実際の検討手順
電動キックボードが関係する事故の過失割合を検討する際には、以下の手順で進めることになるかと思います。
準用すべき図の検討
まずは、事故の状況を踏まえ、判例タイムズに掲載されている基本図表のうち、どの図表を準用するのが適切かを検討します。
この際には、上記のとおり、電動キックボードが特定小型原動機付自転車に該当しない場合には単車、該当する場合には自転車とみなして図を準用します。
「電動キックボード」である故の修正の要否の検討
準用する図表を決定したら、次に、電動キックボードの特性を考慮して、基本過失割合を修正する必要があるかどうかを検討します。例えば、歩道走行の取り扱いについては、電動キックボードと自転車とで異なるため、電動キックボードが歩道などを走行していた場合などは、過失割合が修正される可能性があります。
修正要素の検討
過失割合を修正する場合には、以下の要素を考慮します。
修正要素 | 内容 |
---|---|
速度超過 | 電動キックボードが法定速度を超過して走行していた場合、過失割合が加算されます。 |
飲酒運転 | 電動キックボードの運転者が飲酒運転をしていた場合、過失割合が大きく加算されます。 |
信号無視 | 電動キックボードの運転者が信号無視をした場合、過失割合が大きく加算されます。 |
無灯火運転 | 電動キックボードの運転者が夜間に無灯火運転をしていた場合、過失割合が加算されます。 |
ブレーキ操作の誤り | 電動キックボードの運転者がブレーキ操作を誤り、事故を誘発した場合、過失割合が加算されます。 |
安全確認不足 | 電動キックボードの運転者が左右の安全確認を怠り、事故を誘発した場合、過失割合が加算されます。 |
まとめ
一般論としても交通事故の過失割合は、事故の状況や当事者の過失の程度によって大きく異なります。さらに、電動キックボードの過失割合については、過失割合自体に対する深い理解とともに、電動キックボードの性質についての理解も必要になります。そのため、電動キックボードの交通事故の過失割合については、電動モビリティと交通事故の両方に精通した弁護士への相談をおすすめします。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。