他社が公開している情報やデータを、自社のサービスに取り込んで使いたい。あるいは自社が時間と費用をかけて集めたデータを、他社に無断で使われている。こうした場面でまず検討されるのは、著作権法と不正競争防止法です。
そして、そのどちらにも当たらないとなったとき、「では法的には問題ない」と結論づけてしまう。実務の現場でよく見かける判断の流れです。
しかし、これで終わりではありません。知的財産法の検討を通過しても、民法709条の一般不法行為という第三の関門が残っています。しかもこの関門は、理論上の可能性という話にとどまりません。自動車整備業向けのデータベースを複製された事案では5,613万円余、バンドスコア(楽器ごとの演奏内容が記載された楽譜)を模倣された事案では1億6,925万円余の賠償が命じられました。いずれも、著作権法による保護が否定されたことを前提とする事案です。なお、後者は現在上告中で、判断は確定していません。
さらに、2024年(令和6年)以降、この分野の裁判例が改めて注目されています。著作権法の保護が否定された情報の利用について責任を認めた公刊裁判例は長い間ごく一部に限られていましたが、2024年以降、責任を肯定する判決が続いています。そのうちの一つは、現在最高裁に係属中です。
本記事では、この論点について裁判所がどのような枠組みで判断しているのかを整理し、データやコンテンツを扱う事業者が実務上どこを点検すべきかを解説します。
なお本記事は2026年(令和8年)9月14日時点の公開情報に基づいています。係属中の事件については、その後の経過をご確認ください。

第三の関門としての民法709条
実務でよくある三段階の検討
情報やデータの利用可否を検討するとき、実務では次のような順序をたどるのが一般的です。
まず、著作権法を確認します。
著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法2条1項1号)です。単なる事実や数値それ自体は創作的な表現ではないため、一般に著作物にはあたりません。著作権法10条2項も「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」を著作物から除いています。ただし、事実を伝える文章や写真に創作的な表現があれば、その表現は保護されます。データベースについても、著作権法12条の2は「情報の選択又は体系的な構成によつて創作性を有するもの」を著作物として保護しており、網羅的に集めただけだから非著作物と一律に決まるわけではありません。選択や体系的な構成に創作性があるかを、個別に見ることになります。
次に、不正競争防止法を確認します。
営業秘密(同法2条6項)は、秘密として管理され、かつ公然と知られていないことが要件ですから、外部に公開している情報は通常あてはまりません。平成30年改正で新設された限定提供データ(同法2条7項)は「業として特定の者に提供する情報」であることが要件であり、誰でもアクセスできる情報は対象外です。商品形態の模倣(同法2条1項3号)は、商品の形態に限られます。
そして、そのいずれにも当たらなければ「自由に使える」と結論付けてしまいがちです。
しかし、そのように結論を急ぐのは早計です。知的財産法と不正競争防止法を通過しても、民法709条が残ります。同条は「故意又は過失によつて他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによつて生じた損害を賠償する責任を負う」と定めています。注目すべきは「法律上保護される利益」という文言です。この部分は平成16年の民法現代語化の際に、確立していた判例法理を条文に盛り込む趣旨で挿入されました。厳密な意味での権利でなくても、保護に値する利益であれば被侵害利益になる。そう読める条文になっています。
もっとも、709条は著作権法・不正競争防止法に続いて必ず通過する関門ではありません。この条文が知的財産法の要件を迂回する一般的な救済手段になるわけでもないからです。
知的財産法の保護の範囲外であるにもかかわらず、データベースの作成者が当該情報を実質的に独占するという事態を避けるため、裁判所は慎重な判断を下しており、同法による保護が否定された情報の利用について、民法709条の不法行為責任が成立するのはあくまで例外的です。取得・利用の方法や目的、競争への影響、損害などを総合して、単なる参照や模倣を超える不公正さがあるかが慎重に判断されます。
億単位の賠償が命じられた実例
抽象論ではわかりにくいので、実際の事案を二つ挙げます。
一つ目は翼システム事件(東京地裁平成13年5月25日中間判決・平成8年(ワ)第10047号ほか)です。自動車整備業向けシステムを販売していた会社が、実在する自動車約15万台の諸元情報を収録したデータベースを構築していました。開発に5億円以上、維持管理に年間4,000万円を投じたものです。競合他社がこのデータベースを丸ごと複製して自社システムに組み込み、販売しました。
裁判所はデータベースの著作物性を否定しました。型式指定・類別区分番号の古い順に並べただけで、体系的な構成に創作性は認められないという判断です。それでも一般不法行為の成立は認めています。終局判決(東京地裁平成14年3月28日)は、不法行為に基づく差止請求は認める余地がないとしたうえで、5,613万2,135円の支払を命じています。
二つ目はバンドスコア事件(東京高裁令和6年6月19日判決・令和3年(ネ)第4643号、判例タイムズ1534号105頁)です。楽譜出版社が制作・販売していたバンドスコア579曲分を、ウェブサイト運営会社が模倣して無料公開し、広告収入を得ていました。控訴審は1億6,925万5,305円の賠償を命じています。
この判決は「バンドスコアは、著作権法6条各号所定の同法による保護を受ける著作物に該当しない」ことを前提に、民法709条の成否を検討したものです。著作権法2条1項1号にいう「著作物性」そのものが正面から否定された事案ではありません。また本件は上告中であり、確定した判断ではありません(最高裁令和6年(受)第2078号)。
この事件で興味深いのは、第一審(東京地裁令和3年9月28日)が請求を棄却していたことです。第一審の判決文には「特段の事情」という語が一度も出てきません。法律論に立ち入らず、模倣の事実が立証されていないという事実認定の段階で請求を退けたのです。控訴審は、579曲すべてについて逐一比較対照を求めるのは原告に不可能を強いるとして、組織的な模倣を推認する形で判断しました。これを「立証の負担配分が実質的に変わった」と読むかどうかは評価にわたります。ただ、この類型の勝敗が、法律論の前に立証の組み立てで決まりうることを示す事件ではあります。
出発点になる最高裁判例 北朝鮮映画事件
事案と判示
この論点を語るとき、必ず出発点になる最高裁判例があります。最高裁第一小法廷平成23年12月8日判決(民集65巻9号3275頁)、いわゆる北朝鮮映画事件です。
事案はこうでした。北朝鮮で製作された映画について、著作権を有する機関と、日本国内での独占的利用許諾を受けた業者が、テレビニュース番組で無断使用されたとして訴えを起こします。放送されたのは、北朝鮮の現状を紹介する約6分間の企画の中で、2時間を超える映画のうち合計2分8秒分でした。
最高裁はまず、日本は未承認国である北朝鮮の国民の著作物を保護する義務をベルヌ条約により負うものではないとして、当該映画は著作権法6条3号の著作物に当たらないと判断します。そのうえで、一般不法行為について次のように述べました。
著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであつて、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。したがつて、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。
最高裁第一小法廷平成23年12月8日判決(民集65巻9号3275頁)
「特段の事情」とは何か
この判示は、次の順序で組み立てられています。著作権法は権利を与えるだけでなく、その及ぶ範囲と限界を画している。限界の外にあるものを独占的に利用する権利は、法的保護の対象にならない。だから原則として不法行為にはならない。ただし「特段の事情」があれば別である。
鍵になるのは「異なる法的に保護された利益」という言葉です。問題になっている利益が、知的財産法が保護対象として想定しているものと同じなのか、それとも別なのか。同じ利益であれば、知財法が保護しないと決めた以上、民法709条で保護することは制度の潜脱になります。別の利益であれば、話は変わってきます。
なお判文をよく読むと「侵害するなどの特段の事情」となっています。異なる法益の侵害は特段の事情の例示にすぎず、ほかの特段の事情もありうる。そう読む余地があります。この点は後で触れます。
第二の判示
北朝鮮映画事件の判決には、実務上きわめて重要でありながら見落とされがちな部分があります。最高裁は上記の判断に続けて、予備的に営業妨害の構成も検討しているのです。
仮に、1審原告X1の主張が、本件放送によつて、1審原告X1が本件契約を締結することにより行おうとした営業が妨害され、その営業上の利益が侵害されたことをいうものであると解し得るとしても、前記事実関係によれば、本件放送は、テレビニュース番組において、北朝鮮の国家の現状等を紹介することを目的とする約6分間の企画の中で、同目的上正当な範囲内で、2時間を超える長さの本件映画のうちの合計2分8秒間分を放送したものにすぎず、これらの事情を考慮すれば、本件放送が、自由競争の範囲を逸脱し、1審原告X1の営業を妨害するものであるとは到底いえないのであつて、1審原告X1の上記利益を違法に侵害するとみる余地はない。
最高裁第一小法廷平成23年12月8日判決(民集65巻9号3275頁)
最高裁自身が、自由競争の範囲を逸脱する営業妨害という筋道にも触れているわけです。この事案では当てはめの結果として否定されました。もっとも、この判示から、営業妨害を理由とする不法行為の成否について一般的な限界が示されたと読むことはできません。
この読み方を支える手がかりが、最高裁調査官の解説にあります。同判決の調査官解説(最高裁判所判例解説民事篇平成23年度(下)727頁以下)は、著作権法の規律対象ではない利益として「名誉」や「営業の自由」が考えられるとしたうえで、こう述べています。
どの程度の行為によつて営業妨害との評価が可能かの個別的な問題であり、本判決は、本件の具体的な事情の下で不法行為成立の余地がないことを示したにすぎず、営業妨害の不法行為の成否の限界事情を示唆するものではないと考えられる。
調査官解説(最高裁判所判例解説民事篇平成23年度(下)727頁以下)
調査官解説は、この判決を狭く読むべきだと示唆していることになります。判決そのものの判示ではなく、調査官による分析である点には注意が必要です。

2024年以降の肯定例
長く限られていた肯定例
北朝鮮映画事件以降、下級審はこの判示を著作権法6条の場面を大きく超えて適用してきました。著作権法だけでなく、不正競争防止法、営業秘密、さらには特許法・意匠法・商標法についてまで、同じフレーズを言い換えて反復する裁判例が積み重なります。
たとえば知財高裁平成24年8月8日判決(釣りゲータウン2事件)は、「著作権法や不正競争防止法が規律の対象とする著作物や周知商品等表示の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない」と述べました。東京地裁平成30年8月17日判決は、不正競争防止法2条1項各号が限定列挙であることを理由に、同法の規律対象利益を「社会全体の公正な競争秩序の維持等の利益」と定義したうえで同じ枠組みを適用しています。知財高裁令和元年9月20日判決は、これを営業秘密の場面に転用しました。
結果として、否定例が積み重なりました。共通するのは「多大な時間・労力・費用を投じた」という主張の排斥でした。知財高裁平成27年11月10日判決は「労力や費用を要するというだけでは……特段の事情があると認めることはできない」と述べています。
この状況が2024年以降、変わりつつあります。
バンドスコア事件が示した三つの要素
前述のバンドスコア事件控訴審(東京高裁令和6年6月19日判決)は、北朝鮮映画事件の判示をそのまま引き写したうえで「特段の事情」を認めました。理由づけは三段構えです。なお、この判決は上告中であり、以下は確定した法理ではありません。
一つめは、フリーライドの認定です。バンドスコアを作るには、楽曲の演奏を聴音して楽譜に書き起こす「採譜」という作業が必要であり、この作業自体にも、採譜という高度で特殊な技能の修得にも、多大な時間・労力・費用を要します。無断模倣はこれらへのフリーライドにほかならない、というのが判決の見方です。
二つめは、競争秩序を害する手段・態様です。営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものである、と認定されました。
三つめは、営業妨害です。害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により、他人の営業上の利益を損なう行為である、と評価されています。
判決はさらに、フリーライドを放置すればバンドスコアを制作しようとするインセンティブが損なわれ、供給が閉ざされる結果になりかねないこと、ひいては「音楽出版業界そのものが衰退し、音楽文化の発展を阻害する結果になりかねない」ことまで述べています。
読み方として大事なのは、一つめの要素だけでは足りないという点です。労力へのフリーライドを言うだけなら、従来の否定例と区別がつきません。二つめの不公正な競争手段と、三つめの害意による顧客奪取が併記されているところに、この判決の特徴があります。
棋譜配信事件とリアルタイム性
もう一つの代表例が、棋譜の配信をめぐる一連の裁判例です。
代表的なのが大阪高裁令和7年1月30日判決(令和6年(ネ)第338号・第1217号)です。
ここで注意したいのは、この事件が「主催者側が配信者を訴えたもの」ではないという点です。棋譜のリアルタイム配信について著作権侵害の申告を受け、動画を削除された配信者が、主催者側に損害賠償等を求めた事件です。大阪高裁は、配信者の請求を退ける判断の前提として、有償配信を視聴して取得したリアルタイムの棋譜情報を将棋盤面に指し手を表示する形で同時に無料配信した行為が、主催者側の営業上の利益を侵害する不法行為にあたる、と判断しました。一審は逆に、配信は不法行為にあたらないとしていました。
この判決は北朝鮮映画事件の「特段の事情」の定式を用いていません。自由競争の範囲を逸脱したかどうかで判断しています。
……他の競争者が従うルールに従わないことで競争上優位に立つた上、競争者である控訴人の営業上の利益も侵害することで得ている利益であるといえるから、上記の点を踏まえても、これを社会通念上、許された自由競争で得た利益ということはできない。したがつて、少なくとも控訴人が棋戦をリアルタイムで配信するまさにそのときになされた被控訴人による本件動画の配信は、自由競争の範囲を逸脱して控訴人の営業上の利益を侵害するものとして違法性を有し、不法行為を構成するというべきである。
大阪高裁令和7年1月30日判決
考慮されたのは、有償配信の加入者売上が現実に減少したこと、多数の配信者が同様の行為に及べば主催者のビジネスモデル自体が成り立たなくなること、被告が有償配信を受けており収益構造を理解していたこと、そして害意をうかがわせる言動があったことです。
竜王戦の棋譜をめぐる事件(東京地裁令和7年5月21日判決・令和5年(ワ)第22169号、東京高裁令和8年3月12日判決・令和7年(ネ)第3343号)では、主催者側が原告となって請求が一部認容されました。控訴審は「棋譜は著作物ではないため、著作権法による保護の対象となるものではないものの……棋譜は、知的財産としての性質を有し、財産的保護に値するものであると認められる」と踏み込んでいます。
これと対照的に見える事件が別系統にあります。二日制対局の各日の終了後に投稿された、リアルタイムではない棋譜解説動画について、著作権侵害を理由とする削除申告が争われたものです。対象となった5本のうち4本は1日目終了後から2日目開始前までに、1本は2日目終了後の翌日に投稿されたものでした。東京地裁令和6年2月26日判決(令和5年(ワ)第70052号)は、削除申告が不正競争防止法2条1項21号の虚偽告知にあたることが争われない中で、同法4条に基づき1万8,111円の賠償を認めました。知的財産高等裁判所令和7年2月19日判決(令和6年(ネ)第10025号・第10039号)もこれを維持しています。
ただし、この事件を民法709条の肯定例として読むことはできません。709条に基づく人格的利益の独立請求は認められていません。後述の山根論文でも、この判決を「リアルタイムではない棋譜情報の利用につき一般不法行為の成立を否定した」ものとして参照しています。
また、原審では削除申告をした側が侵害論を争わず、主な争点は損害でした。リアルタイム性の違いは重要な事情ですが、請求の根拠も手続の構造も争われ方も異なるため、大阪高裁令和7年1月30日判決と単純に比較することはできません。
リアルタイム性は、情報の時間的価値や需要の代替性を高め、営業への影響を強める一事情です。もっとも、時期をずらせば当然に適法になるという意味ではありません。
その他の肯定例
このほか、次のような判決も同時期に出ています。
北の達人事件(札幌地裁令和6年2月27日判決、金融・商事判例1696号26頁)は、不正競争防止法2条1項21号の虚偽表示には当たらないとしつつ、虚偽の比較広告が「自由競争として許容される範囲を逸脱する態様」であるとして不法行為を認めました。
ワンスプーン事件(大阪高裁令和6年5月31日判決)は、周知商品等表示性を否定しながら、販売契約終了後も他社製品に類似名称を付し、原告商品の高評価レビューを残したまま自社商品ページとして転用した行為について、「自由競争の範囲を逸脱した違法な販売態様で控訴人の顧客を奪つている」として賠償を命じています。
二つの基準と四つの要素
基準①と基準②の重層構造
これらの裁判例を体系的に整理した最新の分析として、山根崇邦教授(同志社大学)の論考があります(「知的財産法と一般不法行為 北朝鮮事件最高裁判決後の下級審裁判例の検討」NBL1302号79〜85頁、2025年)。実務でそのまま使える整理なので、要点を紹介します。以下の引用は同論文の本文と逐語照合したもので、出典として掲載頁を付しています。
山根教授は、肯定例を検討した結果として次の点を指摘します。北朝鮮映画事件の「特段の事情」基準(基準①)を正面から採用したのはバンドスコア判決だけで、他の肯定例はいずれも「自由競争の範囲を逸脱した違法な行為か」という行為態様中心の基準(基準②)で違法性を判断している、というのです。
そのうえで、両者の関係をこう整理します。
両基準は二者択一というより、①制度代替の歯止めを外枠に、②行為態様の評価を内枠に据える重層構造として理解するのが適切であろう。すなわち、知的財産法の保護領域外に一般不法行為による保護を及ぼす場面では、まず基準①で保護しようとする利益が知的財産権法の規律する情報の独占的利用の利益ではないかを点検し、次に基準②により手段・行為態様の不当性を具体的に吟味する、という二段階の枠組みで判断が行われるものと捉え直すことができる。
山根崇邦「知的財産法と一般不法行為 北朝鮮事件最高裁判決後の下級審裁判例の検討」NBL1302号85頁
さらに、情報の独占的利用と無関係に違法性を評価できる行為(在職中の背信、虚偽説明による取引妨害、誤認誘引による顧客奪取、物的資産の流用など)については、端的に基準②だけで判断することも許容されるとしています。
実務への含意はこうなります。まず「異なる利益」の侵害といえるかという外枠を確認し、そのうえで取得・利用の手段、市場への影響、主観面、損害から、行為態様の不公正さを具体的に評価する。外枠を飛ばすこともできませんし、外枠を通っただけで足りるわけでもありません。

「異なる法益侵害」を判断する四つの要素
ではその「異なる法益の侵害」は、どう判断されるのか。同論文は、営業活動の円滑な遂行、顧客との信頼関係の維持、公正な競争機会の確保といった広い意味での営業上の利益について、その侵害が主に不正な手段・態様を通じて生じる点に特徴があるとしたうえで、次の四つを慎重に評価することが要請される、としています。

- 手段の不正性:組織的・反復的な模倣誘引、ライブ同時提供など、手段そのものの悪質さです。バンドスコア事件では、統一された方針のもとで大量かつ組織的に模倣が行われていた点が重視されました。
- 市場への影響の高低: 需要の代替性があるか、時間的価値を即座に侵食するか。棋譜事件でリアルタイム性が重視されたのは、この要素にあたります。
- 主観面: 予見可能性、故意、そして害意。バンドスコア事件では害意をもった顧客奪取が認定され、棋譜事件でも相手方を害する意図がうかがえると判断されています。
- 損害: 現実に売上が減少したかどうか。バンドスコア事件では、被告がサイトを閉鎖した直後の3か月間に原告の売上が前年同期比150%以上上昇したという事実が、因果関係を基礎づける事情のひとつとして重視されました(東京高裁令和6年6月19日判決の相当因果関係の認定部分)。
同論文はこう総括しています。
いずれも、フリーライドのみや情報の価値それ自体ではなく、行為態様+市場影響+主観面の総合評価で違法性を構成している点が重要である。
山根崇邦「知的財産法と一般不法行為 北朝鮮事件最高裁判決後の下級審裁判例の検討」NBL1302号85頁
否定例に共通するもの
裏を返せば、否定例に共通するのは、主張がフリーライドの一点にとどまっていることです。「多大な時間と労力をかけて作った」「開発に多額の費用を投じた」という主張は、通常、それだけでは特段の事情を基礎づけるに足りないと判断されています。
たとえば、旅行業者向けの検索・行程作成データベースが複製されたと主張された事案で、裁判所はデータベースへの投下費用・労力について「著作権法によつて保護されるべきと主張する法的利益……と異なるものではない」としました。フォントをめぐる事案でも、「多大な努力と費用の下に創作されたとしても、法的保護の対象とはならない」と判断されています。
排斥された主張のパターンは三つに整理できます。労力・費用へのフリーライドだけでは足りない。抽象的な主張では足りない。顧客が競合しているだけでも足りない。参照や模倣を超える上乗せの事情が要る、ということです。
著作権非侵害事案と不競法非違反事案
二つの型
山根教授の分析でもう一つ重要なのは、事案を二つに分けるべきだという指摘です。

著作権侵害が成立しない事案を「著作権非侵害事案」、不正競争防止法違反が成立しない事案を「不競法非違反事案」と呼び分けます。同論文は、楽譜、棋譜、ノウハウ、顧客情報などの事案で、そもそも著作権侵害や不競法違反が主張されず、一般不法行為のみが主張された事案も、これらに含めるとしています。そのうえで、こう述べます。
北朝鮮最判は、著作権法が規律対象とする著作物の利用による利益とは異なる法益の侵害など「特段の事情」がない限り、わが国の著作権法の保護対象外とされた創作物の利用が一般不法行為を構成することはないとした。これ以降、著作権非侵害事案での一般不法行為の成否が厳格に判断されるようになったと言われている(上野達弘「民法不法行為による不正競争の補完性」別冊パテント29号(2023)41頁)。他方、不競法非違反事案では、北朝鮮最判の前後を問わず、行為態様の不公正性を基点として不法行為責任を肯定する傾向が続いている。
山根崇邦「知的財産法と一般不法行為 北朝鮮事件最高裁判決後の下級審裁判例の検討」NBL1302号79頁
つまり、「北朝鮮映画事件以降、肯定例は絶えた」という一般的な理解は、著作権非侵害事案に限った話だったのです。不競法非違反事案では、肯定例は途切れていませんでした。
自社の事案がどちらの型に属するのか。それを最初に見極めることが、見通しを立てる第一歩になります。
不競法非違反事案で認められてきた類型
同論文は、営業秘密の要件を満たさない、あるいは当事者が営業秘密の侵害を主張しなかった事案の肯定例を四つの類型に分け、これとは別に、周知性が否定された事案と信用毀損の事案を取り上げています。実務で主張を組み立てる際の見取り図として有用なので、六つに並べ直して紹介します。この並べ替えは本稿によるもので、同論文が六類型としているわけではありません。いずれも下級審の判断で、類型ごとに事案の個別性が強い点にもご留意ください。
①限定公開情報の漏えいと業務円滑遂行利益の侵害
東京地裁令和3年9月9日判決(令和2年(ワ)第28085号)は、タレントが事務所の指示で限定公開URLにオーディション動画をアップロードしたところ、そのURLが匿名掲示板に投稿されたという事案です。判決は、当該URLが営業秘密にあたるかはさておき事務所の社外秘情報にはあたるとし、漏えいによって削除・照会対応・謝罪などの対応負担を強いられた結果、「業務を円滑に遂行するという法律上保護される利益」が侵害されたとして、一般不法行為の成立を認めました。営業秘密の枠外で、社外秘情報の保護と業務円滑遂行利益の侵害として構成した例です。
②在職中・契約解消前の背信行為と結びついた営業情報の利用
東京地裁平成27年3月30日判決(判例時報2275号80頁)、東京地裁平成28年3月24日判決、東京地裁令和3年1月28日判決などがあります。いずれも、情報の無断利用そのものを問題にしていません。背信と結びついた複合的な行為の不当性を、違法性判断の中心に据えています。
③他社所有資産の無断流用
知財高裁令和元年10月9日判決(令和元年(ネ)第10037号)は、開錠工具に係る技術情報が秘密管理性・非公知性を欠き営業秘密にあたらないとしつつ、工具そのものは原告の所有資産であり、被告会社の業務で使う目的で持ち出されたと認定しました。東京地裁平成24年6月11日判決(判例時報2204号106頁)も、原告の顧客情報は秘密管理性を欠くとする一方、被告による印刷業務の受注が原告所有の印刷用フィルムを流用することで可能になった点を捉え、退職後の競業一般は適法としつつ、他社所有資産の無断使用を前提に受注を獲得する行為は自由競争の範囲を超えた違法な行為だとしました。いずれも、情報の無断利用ではなく、他社所有資産の無断流用を理由に違法性を導いています。
④虚偽説明による取引妨害・予約商品の横取り
知財高裁平成28年12月12日判決は、「原告に後継者はいない」と虚偽説明して予約品を横取りした行為について不法行為を認めました。情報保護の枠組みで救済できない場合でも、虚偽と妨害という行為態様から違法性を導いた例です。
⑤周知性否定事案
前述のワンスプーン事件のように、不正競争防止法2条1項1号の周知性が否定されても、ECモール特有の販売態様の不当性から違法性が導かれることがあります。
⑥信用毀損事案
同論文はこれをさらに二つに分けています。ひとつは、不正競争防止法2条1項21号の「営業上の信用」を取引上の義務履行に対する信用と捉え、それに直結しない価格・契約条件の誤表示などについて同号違反を否定しつつ、虚偽性という手段の不公正を理由に責任を認める類型です(前述の北の達人事件、大阪地裁平成30年3月15日判決)。もうひとつは、会社設立前に個人として行った虚偽書面の配布について、競争関係の要件を欠くとして同号違反を否定しつつ、無形損害を踏まえて責任を認める類型です(大阪地裁平成31年2月21日判決)。
なお山根教授は、この流れに警鐘も鳴らしています。一般不法行為法が不競法の要件緩和版として運用されるリスクには注意が必要だ、というのです。行為態様の不公正さが希薄なのに「非公知で有用だから」という理由だけで違法性を肯定すれば、営業秘密の秘密管理性要件を実質的に緩和するのと同じ帰結になりかねません。
利用規約やbot対策で守れるのか
規約と限定提供データ
自社のデータを守りたい事業者がまず考えるのは、利用規約での禁止だと思います。この点について重要な判断を示した新しい裁判例があります。
大阪地裁令和8年1月22日判決(令和7年(ワ)第7894号)の事案では、パチンコ台の出玉データを公開していた事業者が、二重の防御を講じていました。閲覧にあたって利用規約への同意クリックを求め、規約でスクレイピングを禁止したうえ、bot検知ツールを設置して自動アクセスも制限していたのです。
それでも裁判所は、当該データが不正競争防止法上の限定提供データに当たらないと判断しました。
……原告が保有する台データを閲覧するためには、本件利用規約への同意とCTによる検証を通過する必要こそあるものの、ユーザー登録を求めるなどのデータにアクセスする者を特定、限定するための措置などが講じられているわけではなく、上記台データは、その提供相手を誰とするかについて、原告の選択や裁量が入る余地のないまま、インターネット上で上記同意等の手続に応じさえすれば、何人たりとも無償で提供を受けることのできる情報であるところ、そもそも、不特定の者に提供されている情報であつて、「特定の者」に対して提供されている情報とはいえない。
大阪地裁令和8年1月22日判決
bot対策についても明確です。
……botによるアクセスを制限していることをもつて、データにアクセスする「者」を限定することができているわけではなく、限定提供データとしての要件が充足されるとは解し得ない。
大阪地裁令和8年1月22日判決
論理の核心は、アクセス方法の限定とアクセス主体の限定を切り分けたところにあります。botを排除することと、誰に提供するかを選別することは違う。限定提供データの「特定の者に提供する」という要件が問題にしているのは、アクセスの方法ではなく、提供先が選別・限定されているかどうかだ、という理解です。
ただし、この判決の射程は限られます。発信者情報開示命令に対する異議の訴えという手続の中で、限定提供データ該当性などが判断されたものです。利用規約の契約上の効力や、一般不法行為責任の成否について最終的な判断を示した事件ではありません。
規約が契約として成立する条件
では、規約は契約としてなら機能するのか。この点は、経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」が実務上の基準を示しています。
前提として、サイト利用規約の契約への組入れは、その規約が民法548条の2にいう「定型約款」にあたるかどうかで検討の枠組みが分かれます。定型約款にあたる場合は、同条所定の要件を別に検討することになります。
同準則は、定型約款の規定が適用されないサイト利用規約について、①利用者が規約の内容を事前に容易に確認できるよう適切に開示されていること、②利用者が規約に従い契約を締結することに同意していると認定できること、の二つが必要だとしています。そして、組み入れられない例として次を挙げました。
ウェブサイト中の目立たない場所にサイト利用規約が掲載されているだけで、ウェブサイトの利用につきサイト利用規約への同意クリックも要求されていない場合
経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」
同意クリックがないという一事で直ちに効力が否定されるわけではありません。リンクの表示・配置、取引の態様、利用者が規約を認識できたかなどを踏まえた判断になります。もっとも、目立たないフッターにリンクを置いているだけで、通常の利用者が規約を認識しにくい場合は、契約への組込みが否定されやすいと考えられます。なお、robots.txtは通常、クローラに対する技術的な指示です。これを置いたというだけで利用者との間に契約が成立したり、サイト利用規約が契約に組み入れられたりするわけではありません。ただし、取得の制限を認識していたか、どのような方法でアクセスしたかを評価する一事情にはなり得ます。
規約の書き方にも留意が要ります。モバゲー会員規約が争われた事件(さいたま地裁令和2年2月5日判決、東京高裁令和2年11月5日判決)で、裁判所は、条項の文言が著しく明確性を欠き、事業者が自己に有利な解釈に依拠して運用していることがうかがわれる場合には、不当条項に該当しうると判断しました。この判決はスクレイピングを扱ったものではありません。ただ、消費者向けの規約で、事業者の主観的判断に委ねる不明確な禁止条項を置くことのリスクを考えるうえでは参考になります。「当社がスクレイピングと判断した行為」といった書き方ではなく、禁止の対象、取得方法、頻度、負荷、利用目的などを客観的・具体的に定めておくことは、紛争の予防という点では望ましいでしょう。ただし、条項を明確にしたからといって、契約への組入れ、条項の有効性、違反行為の不法行為該当性が当然に認められるわけではありません。
規約が効く場面
もっとも、規約が無意味なわけではありません。規約やガイドラインは、それ自体が知的財産権を作り出すものではありませんが、利用者が制限を認識していたか、他の競争者との関係でどのような行動をとったかを示す一事情として参照された裁判例があります。
前述の棋譜配信事件で、大阪高裁は主催者のガイドラインに法的拘束力がないことを認めたうえで、「他の競争者が従うルールに従わないことで競争上優位に立つた」ことを違法性の根拠としました。竜王戦の事件でも、ガイドラインに従わない姿勢を公然と表明していたことが、行為態様の評価に影響しています。
規約は知的財産法上の権利を作り出せません。規約やガイドラインに違反したというだけで、直ちに不法行為が成立するわけでもありません。ただ、制限を認識しながら技術的措置を回避したこと、他の競争者が従うルールを意図的に無視して優位を得たことなどは、ほかの事情と合わせて、行為態様の不公正さを基礎づける一事情になり得ます。これは守る側にとっても、使う側にとっても押さえておきたい視点です。
データ・コンテンツ事業者が点検すべきこと
使う側のチェックポイント
他社の情報やデータを利用する立場では、次の点を確認しておく必要があります。いずれも、これをすれば安全という保証にはなりません。裁判所は、目的、取得方法、利用量、反復性、需要の代替性、リアルタイム性、契約、技術的制限、競争関係、損害、表示内容などを総合して評価します。
著作物性・不正競争防止法該当性の否定で検討を終えないこと。 民法709条の検討が残っています。
行為態様を公正に保つこと。 競争相手の事業を害する目的で情報を取得・利用したり、そのような意図を示す発言をしたりしない。竜王戦の事件では、相手方のガイドラインを揶揄する発言が行為態様の評価に用いられました。社内メール、SNS投稿、動画内の発言は、いずれも目的や態様を判断する資料になります。
記録を正確に残すこと。 既存のメール、チャット、アクセスログ等を削除・改変してはいけません。利用目的、適法性の検討過程、承認の経緯、取得方法と取得範囲を正確に記録しておくことが、後の説明を支えます。
リアルタイム性に注意すること。 棋譜事件では、リアルタイム同時配信の事案と対局終了後の利用の事案とで結論が分かれました。情報の鮮度が価値の源泉である分野では、時期が評価を大きく左右します。ただし、時間をずらせば安全になるわけではありません。あくまで考慮要素の一つです。
相手のビジネスモデルを損なう態様を避けること。 相手が有償で提供している情報を、その需要を代替する形で無償提供することは、営業への影響や競合性を強め、法的なリスクを高める重要な事情になり得ます。
関係する業界ガイドラインの内容と適用関係を確認し、対応方針を記録すること。 法的拘束力のない一方的なガイドラインに違反しただけで責任が生じるわけではありません。ただし、合理的なルールを認識しながら意図的に回避し、それによって競争上の優位を得たという事情は、ほかの事情と併せて行為態様の評価に影響し得ます。
出所表示の要否を確認すること。 出所を明らかにすることは、透明性の確保という意味でも、著作権法その他の法令や契約上の義務に対応するという意味でも、重要になる場面があります。ただし、出所を示しただけで、無断利用が不法行為にあたらなくなるわけではありません。
守る側のチェックポイント
自社のデータやコンテンツを守る立場では、主張の組み立て方が勝負を分けます。
純粋な成果冒用の主張だけで組み立てないこと。 「多大な労力と費用をかけた」という事情は重要ですが、通常、それだけでは責任を基礎づけるに足りません。
被侵害利益を「営業活動上の利益」として構成すること。 知的財産法が保護する「情報の独占的利用の利益」と別物だと言える形で立てる必要があります。
行為態様の不公正さを具体的に主張すること。 害意、虚偽表示、信用毀損、需要を強く代替する提供態様、ビジネスモデルへの具体的な打撃、情報の時間的価値の即時侵食、合理的なルールを意図的に回避した事情。こうした事実を、裁判例と請求原因に即して積み上げます。
現実の損害を立証すること。 売上減少の実データは説得力を持ちます。バンドスコア事件では、相手方のサイト閉鎖前後の売上比較が、因果関係を基礎づける事情として重視されました。
立証の負担配分を意識した主張構成をとること。 対象が大量にある場合、個別立証を尽くすのは不可能です。全体としての組織的な模倣を推認させる枠組みを構築できるか。そこが分岐点になります。
差止請求の可否
効果の面で大きな制約があります。民法709条は損害賠償の根拠条文です。知的財産法上の排他的な権利がなく、問題になる利益が営業上の利益にとどまる場面では、709条だけを根拠に将来の利用差止めを求めることは困難です。
木目化粧紙事件(東京高裁平成3年12月17日判決)は次のように述べています。
相手方の不法行為を理由に物の製造、販売及び頒布を差止める請求は、特別にこれを認める法律上の規定の存しない限り、右不法行為により侵害された権利が排他性のある支配的権利である場合のみ許されるのであつて、本件のように不法行為による被侵害利益がこのような権利ではなく、取引社会において法的に保護されるべき営業活動にとどまるときは、相手方の不法行為を理由に物の製造、販売及び頒布を差止める請求をすることはできないというべきである。
木目化粧紙事件(東京高裁平成3年12月17日判決)
ニュース見出しの無断配信が争われた事件(知的財産高等裁判所平成17年10月6日判決)も、「一般に不法行為に対する被害者の救済としては、損害賠償請求が予定され、差止請求は想定されていない」と端的に述べました。
いずれも、被侵害利益が排他的な支配を内容とする権利ではないことを理由としています。人格権や物権など排他的な権利に基づく差止めまで否定する趣旨ではありません。
したがって、「今すぐ止めさせたい」という要請に、この構成だけで応えるのは難しいといえます。差止めが必要であれば、著作権法・不正競争防止法の要件を満たす形に事案を組み立てられないかを検討することになります。営業秘密や限定提供データにあたれば、不正競争防止法上の差止請求を検討できます。
契約に利用停止や差止めの条項を置いておくことも考えられます。ただし、条項があれば自動的に差止めが認められるわけではありません。契約の成立と有効性、条項の明確性、違反の事実、差止請求権の発生、仮処分であれば保全の必要性などが、それぞれ審理されます。
この制約は、平成30年の不正競争防止法改正で限定提供データ制度が新設された背景の一つでもあります。産業構造審議会の中間報告(平成30年1月)は、データの不正取得・使用・提供について「民法に基づく不法行為では、原則として差止請求は認められないとされている」ことを、立法理由の一つとして挙げました。もっとも、同制度の目的は差止めの手当てに尽きるものではなく、データの適正な流通・利用との均衡を図ることにあります。
最高裁に係属中のバンドスコア事件
ここまで見てきたとおり、知的財産法が保護しない情報の利用について、民法709条の一般不法行為が成立する余地は残されています。ただしその範囲は狭く、「労力と費用をかけた」という主張だけでは足りません。裁判所が見ているのは、行為態様の不公正さ、市場への影響、主観面、そして現実の損害の総合評価です。
そして、この分野はいま動いている最中です。
前述のバンドスコア事件は、最高裁に係属しています(令和6年(受)第2078号・損害賠償請求事件)。最高裁の開廷期日情報には、2026年(令和8年)9月11日15時、第二小法廷の弁論期日が指定されていました。
民事事件で弁論期日が指定されたことは、原判決が変更される可能性を示すものと受け止められることが多いものの、結論は未確定です。
争点は、上告人らの行為について「特段の事情」があり不法行為を構成するといえるか否かだと見られます。原判決が破棄されるか維持されるかによって、2024年以降の裁判例の読み方は大きく変わります。維持されれば、「特段の事情」の具体的内容が最高裁のレベルで示されることになり、この分野の予測可能性は高まるはずです。
比較法の視点も補助線になります。以下はいずれも法制度も事案も異なるため、日本法の結論を直接左右するものではなく、参考にとどまります。
ドイツでは、アマチュアサッカーの試合映像の共有プラットフォームに対する地域サッカー連盟の請求が、連邦通常裁判所により退けられました(2010年10月28日判決・I ZR 60/09、Hartplatzhelden事件)。競技の主催者に排他的な使用権は認められないという判断です。もっとも同判決は、主催者が会場の管理権やクラブとの契約を通じて撮影を管理し得る可能性にも触れています。
米国でも、金融機関の投資推奨情報を速報したニュースサイトに対する請求が、連邦第二巡回区控訴裁判所により退けられています(Barclays Capital Inc. v. Theflyonthewall.com, Inc., 650 F.3d 876 (2d Cir. 2011))。ホットニュース不正利用の請求が連邦著作権法により専占される、という理由によるものでした。
同判決の考え方は、金融機関がニュースを作り出しているのに対し、被告はそれを報じているにすぎない、と整理されることがあります。ただしこれは法理を単純化した要約であり、推奨銘柄情報の再配信の時期や態様を踏まえた事案固有の判断であることに留意が必要です。
日本の棋譜配信をめぐる一連の判決がイベント情報のフリーライドについて不法行為を認めたことは、こうした海外の例と比べると対照的です。制度が違う以上、単純な優劣の比較はできません。ただ、知的財産法が保護しない情報をどこまで一般不法行為で救済するのかという問題設定そのものは、各国に共通しています。
データやコンテンツを収集・配信する事業を営んでいる方、あるいは自社のデータを他社に使われて困っている方は、最高裁の判断が示されていないか、折に触れて確認しておいてください。あわせて、自社の事案が著作権非侵害事案と不競法非違反事案のどちらの型に属するのか、行為態様に不公正といわれる要素がないか。この機会に点検しておくと、判断が示された後の対応が取りやすくなります。
判断に迷う場面や、具体的な事業スキームの検討が必要な場面では、弁護士に相談してみることをお勧めします。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。



