スタートアップが資金調達ラウンドを実施するとき、契約書類のメインは、投資契約(株式引受契約)・株主間契約(SHA)・財産分配契約(DOA)の「3点セット」です。
「契約書を3つも結ぶ必要があるのか」「内容が重複していないか」「どれが優先するのか」
初めての資金調達では、この役割分担と相互関係が見えにくく、読み合わせの時間が足りないままサインして、後で重大な制約が判明するというケースが頻発します。
本記事では、3点セットの位置づけ・規定する条項・誰と誰を当事者にするのか、重複・矛盾の典型パターン、シリーズが進む際の更新ポイントまでを整理します。
3点セットの全体像

役割分担を1行で要約
- 投資契約(株式引受契約):今回のラウンドで「誰がいくら出して何株もらうか」を確定する書面
- 株主間契約(SHA:Shareholders’Agreement):株主同士の「会社運営・株主としての行動・株式譲渡」に関する継続的な約束
- 財産分配契約(DOA:DistributionofAssetsAgreement):M&A・解散など会社の重要事象が起きた時の「配分順序」を定める書面
投資契約は「クロージング時点で完結」、株主間契約と財産分配契約は「ラウンド後も継続的に効力を持つ」のが基本的な使い分けです。
スタートアップ企業の資金調達に関しては以下の法律記事も参考までにご参照ください。
当事者の違い
3点セットは当事者の組合せが微妙に異なります。
- 投資契約:会社+今回のラウンド投資家(既存株主の参加も)
- 株主間契約:会社+全主要株主(既存株主・経営株主・新規投資家)
- 財産分配契約:会社+種類株式の株主(または優先株主と経営株主)
「契約書ごとに『誰の同意がいる』が違う」ことを理解しないと、改定時に必要な株主の合意を取り損ねます。
投資契約(株式引受契約)の中身

主要条項
- 発行株式の種類・数・払込金額:今回ラウンドの株式・新株予約権の発行内容
- 表明保証:会社・経営株主から投資家への会社の状態に関する表明
- クロージング条件:払込みの前提となる条件(デューデリの完了、取締役会決議の取得、第三者同意の取得等)
- 誓約事項:クロージング後の一定期間、会社が遵守すべき事項
- 補償条項:表明保証違反・誓約違反による損害を補償する仕組み
- 解除条項:クロージング前に解除できる場合の定め
よくある論点
- 表明保証の射程:経営株主個人が共同表明者になるかどうか、創業者個人責任の範囲は最大の交渉ポイント
- 補償の上限:表明保証違反の補償が発行価額の何%までか、個別事項ごとの上限か
- 存続期間:表明保証がクロージング後何年間効力を持つか
- キャップ・バスケット:少額の補償請求を防ぐ仕組み
株主間契約(SHA)の中身

主要条項
- 取締役指名権:投資家による取締役の指名権、社外取締役の人数枠
- 議決権行使に関する合意:重要事項について、投資家の事前同意が必要な事項リスト
- 情報請求権:月次・四半期・年次の財務情報、KPIレポートの提出義務
- 株式譲渡制限:先買権・共同売却権・全部売却強制権(drag-along)
- 希薄化防止条項:希薄化防止調整(フルラチェット/加重平均)
- 競業避止・専念義務:経営株主の競業避止、フルタイム専念
- 創業者株式のvesting:経営株主の株式に対する逆vesting(離脱時の買戻し)
- 追加投資・新規ラウンドへの優先参加権:プロラタ権、第一交渉権
よくある論点
- 事前同意事項の範囲:日常運営の支障になる細かい事項まで含まれていないか
- 取締役指名権:シリーズが進むと、社外取締役の枠が拡大して経営株主の取締役会支配が崩れる設計になっていないか
- drag-along発動要件:M&A時に少数株主を強制的に売却に応じさせる要件
- 創業者vestingの再設計:シリーズが進むごとに、創業者のvesting期間が「リセット」される条項がないか
「他のラウンドの契約書を真似する」だけでは、自社の事情と合わないリスク条項が紛れ込みます。
例えば、創業時の創業株主間の契約については以下でも解説していますので参考まご参照ください。
財産分配契約(DOA)の中身

主要条項
- 優先分配:M&A・解散時の配分順序(種類株主が普通株主に優先して回収)
- 参加型/非参加型:優先分配後、残余資産の配分に種類株主が「参加するか」
- 倍率(マルチプル):投資額の何倍まで優先分配されるか(1倍が標準、ラウンドによって1.5倍・2倍)
- キャップ:参加型の場合、どこまで参加するかの上限
- 対象事象:M&A・解散だけでなく、株式譲渡・組織再編も対象事象に含めるか
よくある論点
- マルチプルの累積:シリーズが進むほど「最低の回収保証額が積み上がる」構造になっていないか
- 参加型・非参加型のミックス:シリーズによって参加型・非参加型が混在する場合の整理
- ファミリー間の優先順位:シリーズA・B・C間で後発が先発に優先する構造か
「投資家有利の標準的な設計」をそのまま受けると、後のラウンドで設計余地が消えるため、初回ラウンドから財産分配契約の設計を意識する必要があります。
重複・矛盾の典型パターン
3点セットは互いに参照・相互補完する設計ですが、実務で重複・矛盾が混入することが多い部分です。
矛盾パターン1:株式譲渡制限
- 投資契約:「発行する株式は譲渡制限が付く」
- 株主間契約:「株主間の譲渡には先買権が発生」
- 矛盾の所在:投資契約の譲渡制限と、株主間契約の先買権が二重に作動すると、譲渡したい株主の手続きが煩雑に。
矛盾パターン2:表明保証の存続期間
- 投資契約:「表明保証は3年存続」
- 株主間契約:「会社の表明事項は無期限有効」
- 矛盾の所在:同じ事項に2つの存続期間が並ぶと、後の責任追及でどちらを基準にするかで揉める。
矛盾パターン3:取締役指名権の数
- 投資契約:「投資家は1名の取締役を指名する」
- 株主間契約:「投資家は2名の取締役を指名する」
- 矛盾の所在:契約書間で数字が違う場合、後発の契約が優先するか・特別の合意があるかで解釈が分かれる。
3点セットを統一的にレビューする弁護士チームが必要です。「契約書ごとに別の弁護士」「全ての書面を経営者本人で確認」は、後の解釈紛争を生み出す典型です。
シリーズが進むごとの更新ポイント
シリーズA→シリーズB→シリーズCと進むごとに、3点セットは「上書き」または「並列追加」で更新されます。
- 投資契約:ラウンドごとに新規(過去ラウンドの契約は、当該ラウンド分について引き続き効力)
- 株主間契約:ラウンドごとに「改定」または「新SHA」で全株主を巻き込む形にする
- 財産分配契約:ラウンドごとに新たな優先順位を組み込む
更新時の論点
- 既存株主の同意取得:株主間契約・財産分配契約の改定には、既存株主の同意が必要(同意要件は契約上で定められている)
- 過去ラウンドのVCの離脱可否:シリーズが進む中で、過去のVCがexitする場合の手続き
- 創業者vestingの「リセット」:シリーズごとにvesting期間が再設定されると、創業者の確定株式が増えない
ありがちな落とし穴
落とし穴1:投資家ひな型をそのままサインする
VC側の標準ひな型は、当然ながらVC有利です。タームシート段階での交渉と、タームシート→正式契約書ドラフト段階での詳細詰めの2段階で、少なくとも10〜20の論点を交渉する必要があります。
落とし穴2:3点セットを別々の弁護士でレビューする
3点セットは互いに参照する構造のため、別々の弁護士で見ると重複・矛盾が見落とされます。一人の弁護士(またはチーム)が3点セット全体を統一的にレビューすることが、後の解釈紛争を防ぎます。
落とし穴3:「シリーズBで直そう」と先送りする
シリーズAの段階で「とりあえずサインしてシリーズBで直す」と、シリーズBの投資家は「過去のシリーズAの条件をベースに」交渉に入るため、シリーズAの条件は事実上「直せない出発点」になります。
落とし穴4:財産分配契約の累積マルチプルを見落とす
シリーズが進むごとに「優先回収額」が積み上がると、創業者の手取りが大幅に減ります。「Exit時のシミュレーション」を初回ラウンドからやることが、創業者の最終的な手取りを守るために必須です。
結論:3点セットは「契約書の集合」ではなく「ガバナンス設計の3層」
投資契約・株主間契約・財産分配契約の3点セットは、単なる契約書の束ではなく、「クロージング条件」「日常運営の制約」「Exit時の配分」という3層のガバナンス設計です。
シリーズが進むごとに層が積み重なるため、初回ラウンドから「3層が将来どう積み重なるか」をシミュレーションすることが、創業者の経営自由度と最終的な手取りを最大化する設計です。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。






