【2026年10月義務化】カスタマーハラスメント対応の社内体制構築|厚労省指針が求める4本柱と実装ステップ

企業法務全般

2026年10月1日から、 カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が全事業主の措置義務になります(2025年6月11日公布の改正労働施策総合推進法)。 労働者を1人でも雇用していれば、中小企業・個人事業主も全員が対象です。

先行して、 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が2025年4月1日に施行されており、東京都内で事業を行う企業は、 既に2025年から条例ベースの対応を求められている状況です。

本記事では、 改正労働施策総合推進法と厚労省指針(2026年2月26日策定)東京都条例とガイドラインを踏まえ、 企業が整備すべき社内体制の4本柱と実装ステップを、2026年6月時点の実務を前提に整理します。

なぜ「2026年10月」までに整える必要があるのか

措置義務化のインパクト

ここでいう 「措置義務化」 は、 事業主が措置を講じていないと、法令違反として行政指導・勧告・企業名公表の対象になることを意味します(労働施策総合推進法33条の指導・助言・勧告と同条2項に基づく公表の枠組み)。 罰則は直接設けられていないものの、 公表のレピュテーションリスクと、 対応を怠ったことを根拠とする民事の安全配慮義務違反責任が両面から効いてきます。

  • 行政側のリスク:指導・勧告・公表。
  • 民事側のリスク:労働者から 安全配慮義務違反を根拠とする損害賠償請求(労契法5条)。
  • 採用・離職側のリスク:「カスハラに会社が動いてくれない」が 離職理由・口コミ・面接辞退に直結。

パワハラ・セクハラ義務化と「同じ枠組み」

この措置義務化は、 2020年6月施行のパワハラ防止措置義務(同じく労働施策総合推進法)基本構造が同じ です。 方針の明確化+相談体制+事案対応+不利益取扱いの禁止」という4本柱は、 パワハラ・セクハラと共通の型と理解しておくと整理しやすくなります。

すでにパワハラ対応の規程・相談窓口を整備している企業は、 同じフレームワークでカスハラ対応を追記・拡張することで、ゼロから作り直す必要はありません。

整備すべき4本柱(厚労省指針)

厚労省指針(2026年2月26日策定)は、事業主が講ずべき措置を 4本柱に整理しています。以下、それぞれの中身と実装上のポイントを整理します。

柱1:事業主の方針の明確化と周知・啓発

最初の柱は、 「我が社はカスハラに毅然と対応する」という方針を経営トップが明文化し、社内外に周知することです。

  • 方針表明文の作成:経営トップ名義でカスハラへの対応方針を表明。
  • 就業規則・服務規程への反映:カスハラを受けた労働者を守る規定、カスハラを行わないことを求める規定(自社社員が他社の従業員に対する加害者にならないため)。
  • 顧客・取引先への通知:自社サイト・店頭掲示・契約書面で 「迷惑行為には対応を拒絶することがある」という方針を明示。
  • 管理職向けの研修:方針の浸透と、初動対応のロールプレイ。

「サービス業だから何でも我慢する文化」を経営層自らが否定することが、現場の判断基準を一段引き上げます。

柱2:相談に応じ、適切に対応するための体制整備

第二の柱は、 被害を受けた労働者が安心して相談できる窓口を設置し、相談を受けた後の対応フローを定めることです。

  • 相談窓口の設置:社内窓口だけでなく、 顧問弁護士事務所・外部EAPなどの 外部窓口を併設すると、相談しやすさが大幅に向上します。
  • 相談対応マニュアル:受付方法、記録方法、初動の聴取項目、社内エスカレーション基準。
  • プライバシー保護:相談者の情報がどこまで誰に共有されるか、を明文化。
  • 相談を理由とする不利益取扱いの禁止:これは4本柱の柱4とも連動。

中小企業では「相談窓口は社長」が現実解になりがちですが、 加害者が顧客であっても、対応をめぐって社員と経営者の意見が割れる場面はあります。 外部窓口を1つ持っておくことで、 「社内では言えない」「社長に直接は言いにくい」という構造を回避できます。

柱3:カスハラ事案発生時の事後対応

第三の柱は、 個別の事案が発生した後の対応フローです。

  • 事実関係の迅速・正確な確認:相談者・目撃者・録画録音などからの事実確認。
  • 被害者への配慮の措置:医療機関への受診案内、被害者の配置転換、安全確保。
  • 加害者(顧客)への措置:警告・取引停止・出入禁止・必要に応じて警察対応。
  • 再発防止策:同種事案の再発を防ぐ社内手順の見直し、現場へのフィードバック。

カスハラの場合、 加害者が「顧客」「取引先」という外部の人物であるため、 加害者への直接の懲戒処分はできません「取引拒絶」「出入禁止」「契約解除」「警察対応」といった、 対外的な手段で抑止するのがパワハラ対応との大きな違いです。

柱4:相談者・行為者等のプライバシー保護と不利益取扱いの禁止

第四の柱は、 相談者を守るための禁止規定です。

  • プライバシー保護:相談内容を本人の同意なく必要範囲外に共有しない。
  • 不利益取扱いの禁止:相談したこと・事実確認に協力したことを理由とする解雇・降格・減給・配転などを禁止する。

「クレーマー扱いされる」「面倒な社員と見られる」という相談者の懸念を、 規程と運用の両面で取り除くことが、相談窓口を機能させる前提条件になります。

東京都カスハラ防止条例との関係

東京都内に事業所がある企業は、 2025年4月1日施行の東京都カスタマー・ハラスメント防止条例にも対応する必要があります。

  • 顧客等によるカスハラの禁止(条例上の禁止規定/罰則はなし)
  • 事業者の責務:方針の明確化・必要な体制整備・労働者の安全確保
  • 就業者の責務:自らが顧客の立場でカスハラを行わない
  • 指針:2024年12月19日策定。具体的な対応例を整理。
  • 各団体共通マニュアル:2025年3月4日公表。業界マニュアル作成の共通ベース。

東京都条例には罰則はない ものの、 「条例違反」という事実そのものがレピュテーションリスクとして効きます。 国の労推法改正は2026年10月施行のため、東京都内事業所は条例の方が先行で動く構造です。

実装ステップ(6か月で整える進め方)

ここからは、 2026年10月の義務化に向けて、社内体制を6か月で整える進め方を整理します。 既にパワハラ対応の体制がある企業の前提で、 追加・拡張ベースの手順です。

Step 1(〜2か月目):現状診断と経営方針の決定

  • 既存のパワハラ規程・相談窓口・教育体制を棚卸し
  • カスハラ事案の 過去の発生履歴・対応実績を整理
  • 経営層でカスハラ対応の方針を決定(毅然対応の度合い・取引拒絶の基準)

Step 2(2〜3か月目):規程・マニュアル整備

  • 就業規則・服務規程の改定 または カスハラ対応規程の新設
  • 対応マニュアルの作成(受付→記録→初動→エスカレーション→事後ケア)
  • 顧客対応の段階別判断基準(注意・警告・取引停止・警察対応)

Step 3(3〜4か月目):相談窓口の設置・周知

  • 社内窓口の担当者の指名と訓練
  • 外部窓口(弁護士事務所・EAP)の契約
  • 相談方法・連絡先の社内周知(イントラ・印刷物・現場の見える場所)

Step 4(4〜5か月目):教育研修

  • 全社員向けの基礎研修(カスハラとは何か、相談窓口の使い方)
  • 管理職向けの応用研修(初動対応・エスカレーション判断・部下のケア)
  • 接客部門向けのロールプレイ(典型場面での対応シナリオ)

Step 5(5〜6か月目):顧客・取引先への周知

  • 方針表明をサイト・店頭・契約書面で明示
  • 「迷惑行為への対応方針」を顧客向けに告知
  • 取引先との 基本契約書にカスハラ防止条項を追記

Step 6(6か月目以降):運用と継続改善

  • 相談件数・対応実績の定期的な振り返り
  • 事案ごとの再発防止策の社内共有
  • 指針・条例の改正情報のキャッチアップ

ありがちな落とし穴

落とし穴1:「窓口を作っただけ」で運用されない

最も多い失敗が、 規程と窓口を整備したものの、相談が1件も来ないまま形骸化するパターンです。 「相談しても解決しないだろう」「相談すると面倒な社員扱いされる」という現場の感覚を変えない限り、窓口は機能しません。

  • 経営層・管理職が 「過去のカスハラ事案で会社がどう動いたか」を社内向けに共有する
  • 相談から1週間以内の中間連絡を運用ルール化する
  • 外部窓口 を併設して、 「社内では言いにくい」声を拾える経路を作る

落とし穴2:「過剰対応」「正当な批判」との切り分けができない

何でも「カスハラ」として取引拒絶していると、 正当な苦情やクレームまで遮断してしまい、 品質改善の機会を失うだけでなく、 逆に消費者契約法・特商法・独禁法の問題を抱え込むリスクもあります。

「正当な指摘」「クレーム」「カスハラ」を3段階で切り分ける判断基準を社内に持たせることが、運用品質を決めます。 要求内容の妥当性要求手段の社会的相当性の2軸で評価する整理が一般的です。

落とし穴3:取引先・委託先のカスハラを見落とす

カスハラは 「顧客 → 自社の従業員」だけではなく「自社の従業員 → 取引先の従業員」という構図にもなり得ます。発注者の立場での 下請けへの過剰要求が、相手先での カスハラとして処理される可能性があります。

自社社員が他社で「カスハラ加害者」にならない教育も、4本柱の柱1(方針の明確化)の範囲内で整備しておく必要があります。

落とし穴4:個人事業主・小規模事業者が「うちは関係ない」と思い込む

改正労働施策総合推進法は、労働者を1人でも雇用していれば全事業主が対象です。 「中小だから猶予がある」という規定はなく、2026年10月1日から一斉に措置義務が発生します。

「うちは小さいから関係ない」と判断していると、 行政指導・公表のリスクを真っ先に背負うのは、 対応リソースが乏しい中小事業者の方になります。

まずやるべき3つのこと

最後に、 これから動き出す企業が、まず今月中に着手すべき3つを整理します。

  • (1) 既存のパワハラ規程・相談窓口の棚卸し
    カスハラを追記・拡張する形で整備するため、まず現状把握。
  • (2) 経営層によるカスハラ対応方針の決定
    「どこまでで対応を打ち切るか」「警察を呼ぶ判断は誰がするか」を経営マターとして決める。
  • (3) 外部窓口(顧問弁護士・EAP等)の候補選定
    社内窓口だけで完結させない構造を、早めに準備しておく。

「義務化までまだ4か月ある」と感じるか、「もう4か月しかない」と感じるか。後者の感覚で動き始めた企業の方が、 施行直後の現場混乱を回避できます。



本記事の担当

プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕

損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。

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