交通事故により後遺障害が残った場合、被害者は将来にわたって労働能力の一部を失うことになります。この「将来得られたはずの収入が、後遺障害によって得られなくなったことによる損害」を逸失利益と呼びます。逸失利益は、後遺障害による損害の中でも金額的に大きな割合を占めることが多く、その算定方法を正確に理解することが重要です。
本記事では、後遺障害逸失利益の計算式を構成する3つの要素(基礎収入・労働能力喪失率・労働能力喪失期間)と、中間利息控除の考え方について整理します。
逸失利益の基本的な計算式
後遺障害逸失利益は、次の計算式で算定されるのが基本的な考え方です。
逸失利益=基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
以下、この計算式を構成する3つの要素について、それぞれ詳しく見ていきます。

給与所得者の基礎収入
給与所得者の場合、原則として事故前の実収入(源泉徴収票等で証明できる年収)を基礎収入とします。もっとも、若年労働者(おおむね30歳未満の場合が多いとされます)については、将来の昇給の可能性を考慮し、賃金センサス(厚生労働省の賃金構造基本統計調査)の平均賃金を用いることが認められる場合があります。
事業所得者(自営業者)の基礎収入
事業所得者の場合、確定申告における所得金額を基礎とするのが原則ですが、家族従業員の労務の寄与分が含まれている場合の調整や、過少申告がある場合の実収入の立証等、休業損害と同様の論点が生じます。
家事従事者の基礎収入
専業で家事に従事している方については、休業損害と同様に、賃金センサスの女性労働者・全年齢平均賃金を基礎収入とするのが一般的です。
学生・幼児・無職者の基礎収入
学生・幼児等、現に収入がない場合でも、将来的に就労する蓋然性が認められれば、賃金センサスの平均賃金を基礎収入として逸失利益が認められます。具体的には、幼児・学生については、大学卒業後の就労開始年齢(または一律18歳・22歳等)から67歳までの期間を前提に、賃金センサスの平均賃金(学歴計・全年齢平均、または大学卒業が見込まれる場合は大学卒男女計等)を用いて算定されるのが一般的な考え方です。
要素2:労働能力喪失率

労働能力喪失率表とは
後遺障害の等級ごとに、労働能力をどの程度喪失したと評価するかを示した目安の表が、実務上広く用いられています。この表は、労働省労働基準局長通達(昭和32年7月2日付基発第551号)に定められた「労働能力喪失率表」に由来するもので、以下のような数値が示されています(別表第二・1級〜14級)。
| 1級〜3級 | 100% |
| 4級 | 92% |
| 5級 | 79% |
| 6級 | 67% |
| 7級 | 56% |
| 8級 | 45% |
| 9級 | 35% |
| 10級 | 27% |
| 11級 | 20% |
| 12級 | 14% |
| 13級 | 9% |
| 14級 | 5% |
(別表第一〔要介護1級・2級〕は、いずれも100%とされています。)
喪失率表がそのまま採用されるとは限らないこと
労働能力喪失率表の数値は、あくまで目安であり、個別の事案において機械的に適用されるとは限りません。実際には、後遺障害の内容と被害者の職業との関係性によって、争いが生じることがあります。
例えば、歯牙障害(歯を失ったことによる後遺障害)については、義歯や補綴によって咀嚼機能がある程度回復することを理由に、労働能力への影響自体を否定する裁判例が比較的多く見られます。一方で、接客業や営業職など、外見・発話が業務に直結する職種では、例外的に労働能力への影響が認められることもあります。
また、外貌の醜状障害についても、労働能力喪失の有無・程度が争われやすい類型です。かつては同程度の外貌醜状であっても男女で等級に差が設けられていましたが、この男女差については、京都地裁平成22年5月27日判決が憲法14条(法の下の平等)に違反するとの判断を示しており、その後の等級表の見直しにもつながった経緯があります。
要素3:労働能力喪失期間とライプニッツ係数

労働能力喪失期間の原則
労働能力喪失期間は、原則として症状固定時から67歳までの期間とされています。67歳という年齢は、平均的な就労可能年齢の上限の目安として実務上広く用いられているものです。ただし、被害者の年齢が高い場合(67歳までの期間が平均余命の2分の1に満たない高齢者の場合等)には、平均余命の2分の1の期間を用いる等の調整が行われることがあります。
むちうち症等における喪失期間の制限
むちうち症(頸椎捻挫等)のような、他覚的所見に乏しい神経症状の後遺障害については、67歳までの全期間にわたって労働能力の喪失が続くとは評価されず、喪失期間が一定年数に制限される裁判例の傾向があります。具体的な年数は事案により異なりますが、目安として、後遺障害等級14級9号(局部に神経症状を残すもの)については5年程度、12級13号(局部に頑固な神経症状を残すもの)については10年程度に制限される例が比較的多いとされています。もっとも、これはあくまで実務上の傾向であり、個別の事案(症状の内容・程度、年齢等)によって異なり得る点に注意が必要です。
中間利息控除とライプニッツ係数
逸失利益は、本来であれば将来にわたって少しずつ発生するはずの損害を、示談・判決の時点で一括して前払いで受け取るものです。将来受け取るはずの金額をそのまま合計してしまうと、その金額を今受け取って運用すれば得られる利息の分だけ、被害者が過大な利益を得ることになってしまいます。そこで、将来の利息相当分をあらかじめ差し引く「中間利息控除」という調整が行われます。
この中間利息控除の計算に用いられるのが、一般に「ライプニッツ係数」と呼ばれるものです。労働能力喪失期間に応じた係数を基礎収入×労働能力喪失率に乗じることで、中間利息を控除した現在価値としての逸失利益額が算定されます。
法定利率の変更とライプニッツ係数への影響
中間利息控除に用いる利率は、民法が定める法定利率に連動します。令和2年(2020年)4月1日に施行された改正民法により、法定利率は従来の年5%固定から、年3%を起点として3年ごとに見直される変動制に変更されました。国土交通省・法務省の公表資料によれば、2026年4月から2029年3月までの期間についても、年3%が据え置かれることが決定しています。
この法定利率の変更に伴い、中間利息控除に用いる係数(ライプニッツ係数)も、事故発生日が令和2年4月1日以降か、それより前かによって、適用する係数表(新法・年3%ベースか、旧法・年5%ベースか)が異なることになります。事故発生日を基準として、正しい係数表を用いることが計算の前提として重要です。
計算のイメージ
計算式の当てはめ方のイメージとして、現行の法定利率(年3%)に対応するライプニッツ係数を用いた設例を紹介します。設例の枠組みは係数を現行の年3%ベースに、賃金センサスの金額を令和7年(2025年)賃金構造基本統計調査に基づく数値を採用しています。令和2年(2020年)4月1日より前に発生した事故については、旧法(法定利率年5%)ベースの係数表を用いる必要がある点にご注意ください。
あくまで「計算式にどう数値を当てはめるか」という構造を理解するための参考としてご覧ください。
給与所得者の例
症状固定時50歳・年収500万円・労働能力喪失率35%、労働能力喪失期間17年(67歳までの17年に対応する係数13.1661)の場合 → 500万円×0.35×13.1661=23,040,675円
未就労者(幼児等)の例
事故時10歳・男児・平均賃金610万7000円(賃金センサス令和7年・男性・学歴計・全年齢)・労働能力喪失率35%、就労開始(18歳)から67歳までの49年間について、67歳までの57年分の係数から就労前8年分の係数を控除する形で期間を算定(27.1509-7.0197=20.1312)の場合 → 610万7000円×0.35×20.1312=43,029,433円
逸失利益算定における実務上の留意点
後遺障害慰謝料との違い
逸失利益は、あくまで将来の収入減少という財産的損害であり、後遺障害そのものによる精神的苦痛に対する賠償である後遺障害慰謝料とは別の損害項目です。両者は等級ごとに別々に算定され、合算して請求されます。
参考として、後遺障害慰謝料の金額イメージを示します(単位:万円)。
| 等級 | 金額 | 等級 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 1級 | 2800 | 8級 | 830 |
| 2級 | 2370 | 9級 | 690 |
| 3級 | 1990 | 10級 | 550 |
| 4級 | 1670 | 11級 | 420 |
| 5級 | 1400 | 12級 | 290 |
| 6級 | 1180 | 13級 | 180 |
| 7級 | 1000 | 14級 | 110 |
過失相殺との関係
逸失利益についても、被害者に過失がある事故の場合には、過失割合に応じて減額される点は他の損害項目と共通です。
将来の昇給・退職金への影響
後遺障害により、本来受け取れたはずの退職金が減額される場合や、将来の昇給機会が制限される場合についても、それが後遺障害と相当因果関係のある損害であることを立証できれば、逸失利益の算定に反映される、あるいは別途の損害として考慮される余地があります。
3要素の組み合わせで金額が大きく変わることを踏まえて臨む
後遺障害逸失利益は、「基礎収入」「労働能力喪失率」「労働能力喪失期間」という3つの要素の組み合わせによって金額が大きく左右される損害項目です。特に労働能力喪失率・喪失期間については、後遺障害の内容や被害者の職業・年齢によって個別の評価が必要となる場面が多く、機械的な計算だけでは適正な金額を見誤るおそれがあります。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。



