実在の俳優そっくりの顔でアクションシーンを演じる動画。人気歌手や声優の声で別の楽曲を歌わせる、いわゆるAIカバー。生成AIの普及で、この種のコンテンツは誰でも短時間で作れるようになりました。当然というべきか、本人の許諾を取らずに生成・公開する事案も後を絶ちません。
こうした状況を受けて、法務省に設置された「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」は、令和8年8月7日、取りまとめ報告書「生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針」を公表しました。人の声がパブリシティ権等の保護対象になることを明記したうえで、生成AIをめぐる7つの想定事例について権利侵害の有無や損害賠償・差止請求の考え方を検討した、140ページを超える文書です。
本記事では、この報告書を手がかりに、生成AIによる肖像・声の無断利用がどこから違法になるのか、被害を受けたら何を請求できるのか、生成AIを事業で扱う企業は何に気をつけるべきかを解説します。
法務省「取りまとめ報告書」とは
検討会設置の背景
報告書の出発点にあるのは、生成AIの普及等により肖像・声等の無断利用の事案が深刻化しているという問題意識です。
後述するパブリシティ権や肖像権には法律の明文規定がありません。判例の積み重ねで形成されてきた権利です。そのため、特に生成AIによる無断利用については裁判例がなく、どこまでが権利侵害になるのか分からないという指摘が以前からされていました。政府の知的財産推進計画でも、俳優や声優等の声を模倣した音声コンテンツの無断生成・公開が一定の場合にパブリシティ権等の侵害に該当し得ることを前提に、現行法・判例法理に基づく法的整理とガイドライン等の作成を進めると明記されています。
法務省は令和8年4月に有識者による検討会を設置し、全5回の議論を経て、同年8月にこの報告書を公表しました。

報告書の法的な位置づけ
この報告書は、新しい法律を作るものでも、既存の法律を改正するものでもありません。現行の民法(不法行為法)・判例法理・不正競争防止法のもとで、生成AIによる肖像・声の無断利用がどう評価されるかという解釈の指針を示すものです。
もっとも、裁判例の乏しい領域について、最高裁判例と学説を踏まえた検討結果が政府の検討会名義でまとまった意義は小さくないと考えています。報告書自身も、肖像・声のビジネスに関わる方や法曹関係者に加え、生成AIを開発・提供・利用する事業者に広く活用され、民事責任の予測可能性が高まることへの期待を述べています。今後の交渉や裁判で、当事者双方が参照する共通の土台になっていくはずです。
一方で、所属事務所など本人以外の者による損害賠償請求・差止請求の可否については検討会でも見解が一致しなかったことが報告書に明記されており、不正競争防止法改正を含む立法の要否も引き続き議論されるとされています。この分野のルールはまだ動きます。
パブリシティ権・肖像権・不正競争防止法という3つの枠組み

生成AIによる肖像・声の無断利用が問題になる場面では、主に3つの法的枠組みが登場します。報告書の第1章は、この3つの一般論を整理しています。
パブリシティ権と3類型
パブリシティ権とは、氏名・肖像等が持つ顧客吸引力(商品の販売等を促進する力)を排他的に利用する権利です。リーディングケースである最高裁平成24年2月2日判決(民集66巻2号89頁。いわゆるピンク・レディー事件)は、肖像等を無断で使用する行為が、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付す、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権侵害として不法行為法上違法になると判示しました。

この3類型は、生成AIによる無断利用を評価するときも基本の判断枠組みになります。たとえば有名人の顔や声を再現したコンテンツをSNSに投稿して広告収入を得れば、そのコンテンツは「商品等」に当たり、内容次第で第1類型や第2類型への該当が問題になります。
肖像等をみだりに利用されない権利(肖像権)
パブリシティ権が肖像等の商業的価値を守る権利だとすると、精神的価値を守るのが、肖像等をみだりに利用されない権利、いわゆる肖像権です。こちらも明文の規定はありませんが、判例上、人格権に由来する権利として認められています。
侵害の有無は、問題となる利益の性質を踏まえ、本人の社会的地位・活動内容、利用の目的・態様・必要性といった諸要素を総合考慮して、社会生活上受忍すべき限度を超えるかどうかで判断されます。顧客吸引力を前提としないので、有名人でなくても保護されます。ここがパブリシティ権との大きな違いです。
不正競争防止法
肖像・声が「商品等表示」として周知・著名になっている場合には、不正競争防止法の周知表示混同惹起行為(同法2条1項1号)や著名表示冒用行為(同項2号)の該当性も問題になります。不正競争に該当すれば、損害賠償請求(同法4条)や差止請求(同法3条)が可能です。
実務上の違いとして押さえておきたいのが請求主体です。パブリシティ権に基づく請求の主体は原則として本人ですが、不正競争防止法に基づく請求は、商品等表示について営業上の利益を有する者が主体になります。事案によっては芸能事務所や独占的ライセンシーが請求でき、本人の死亡によって直ちに影響を受けない点も特徴です。
保護対象としての人の声
報告書の目玉のひとつが、人の声の扱いです。ピンク・レディー事件判決は「氏名、肖像等」という表現を使っており、「等」に何が入るのかは判決文からは分かりませんでした。報告書は、声は人物識別情報であり、かつ個人の人格の象徴であることから、パブリシティ権の保護対象に含まれることに検討会で異論がなかったと整理しています。肖像権に対応する権利についても、報告書は「声をみだりに利用されない権利」という呼称を用いて検討を進めています。
「本人の肖像・声を使った」といえるかの判断枠組み
類似性と付加的情報の総合考慮
生成AIの事案に特有の問題があります。生成された顔や声は、通常、本人と完全に同一ではなく、似ているにとどまるという点です。では、どの程度似ていれば本人の肖像・声を「使用した」と評価されるのでしょうか。

報告書が示した枠組みは、生成物そのものの類似性に加えて、利用に際して付加された本人を想起させる情報を総合考慮し、受け手が本人だと識別できるかどうかで判断するというものです。肖像なら、身体的特徴の類似性のほか、本人のイメージに沿う服装・言動、本人が出演していることを示唆する情報などが考慮されます。声なら、声質や歌い方の特徴といった声それ自体の類似性に加えて、音源に付された説明や公開された文脈も判断材料になります。
「歌わせてみた」というタイトルの評価
この枠組みが端的に表れるのが、AIカバー音源によくある「AI歌手Xに○○を歌わせてみた」というタイトルです。報告書は、本人の氏名という識別性の高い情報の表示は、声自体の類似性とあいまって、視聴者がその歌声を本人の声として識別する方向に働く要素になるとしています。本人の名前を出しているのだからパロディだと分かる、という言い分は通用しにくく、むしろ本人の声の使用と評価されやすくなるわけです。
逆に、タイトルで本人の名前を示していても、音源の声が本人の声と聴覚的におよそ似ていなければ、本人の声が使用されたとはいえないとされています。類似性と付加的情報は相互に補い合う関係にあり、どちらか一方だけで結論は決まりません。
キャラクターの声と声優本人の声
アニメキャラクターの声で歌わせた場合はどうか。報告書の想定事例には、声優が演じるキャラクターの声によく似た歌声で楽曲を歌わせ、「(キャラクター名)に歌わせてみた」というタイトルで公開したケースが含まれています。報告書の整理では、キャラクター名という識別性の高い情報の提示により、視聴者はその歌声を声優本人の声であると識別することになります。キャラクター名しか出していなくても、保護されるのはキャラクターの背後にいる声優本人の声。AIカバー文化に関わる方には知っておいてほしい点です。
想定事例からみるケース別の考え方
報告書の第2章は、7つの想定事例について具体的な検討を加えています。主なものを見ていきます。

AI動画・AIカバー音源を収益目的で公開した場合
俳優によく似た顔の人物がアクションシーンを演じる動画を生成AIで作り、SNSに公開して収益を得た事例(想定事例1)。動画が専らそのアクションシーンで構成されているような場合には、本人の肖像それ自体を独立して鑑賞の対象とする商品等として使用した(第1類型)と評価でき、パブリシティ権侵害が問題になります。歌手・声優の声によるAIカバー音源の公開(想定事例2)も同様で、視聴者が本人の歌声を聞くことを主要な目的として音源を聞くといえる場合には、第1類型に該当し得るとされました。
侵害が認められる場合、本人は、投稿者に対する損害賠償請求のほか、投稿者またはSNSを運営する事業者に対する投稿の削除請求ができます。肖像・声が周知・著名な商品等表示になっている場合には、不正競争防止法に基づく請求が認められることもあります。
性的ディープフェイクの場合
俳優の顔と他人の裸の画像を合成した性的画像や、声優の声でわいせつなテキストを読み上げさせた音源を公開する事例(想定事例3)では、パブリシティ権に加えて、肖像権・声をみだりに利用されない権利の侵害が正面から問題になります。報告書は、この種の画像・音源の公開は本人に強い羞恥心や不快感を抱かせ、自尊心を傷つけるものであり、受忍限度を超えて名誉感情や私生活の平穏を侵害するものとして、権利侵害と評価される可能性が高いとしています。
そして、被害者が有名人ではなく一般人であっても、侵害の有無の判断に大きな差異が生ずる可能性は低いと明言されています。ディープフェイクポルノの被害は誰にでも起こり得ますが、著名性を前提としない肖像権・声の権利による救済が可能だと確認された意味は大きいと思います。
収益目的がない場合
収益は得ていない、興味本位で作って投稿しただけ、という場合(想定事例4)はどうでしょうか。
報告書は、収益目的なくSNSに投稿されたコンテンツはピンク・レディー事件判決のいう「商品等」に当たらないため、3類型にそのまま該当するわけではないとしています。ただし、投稿者がフォロワー数や閲覧数を獲得する意図を持ち、実際に多数の閲覧数・再生数を獲得して本人に営業上の不利益を現に生じさせたと認められるときは、3類型に準ずるものとしてパブリシティ権侵害と評価し得るとしました。
収益目的がなくても、本人のあずかり知らないところで、演じたことのないシーンを演じ、歌ったことのない歌を歌う精巧なコンテンツが流通していくこと自体、自分の肖像を他人の管理下に置かれたくないという利益や自己像の同一性に対する利益を害する可能性があり、肖像権等の枠組みで別途検討されます。お金を取っていないから自由、という理解は正確ではありません。
所属事務所との契約関係・本人の死後の利用
このほか報告書は、本人が所属事務所にパブリシティ権の独占的利用許諾や譲渡を約定している場合の請求主体(想定事例5)、本人の死後の無断利用(想定事例6・7)も扱っています。死後の事案では、パブリシティ権の相続性について見解が分かれることを前提に、不正競争防止法による保護や、遺族の故人に対する敬愛追慕の情の侵害を理由とする損害賠償・削除請求の可能性が整理されました。故人の性的ディープフェイク画像のような事案は、遺族の敬愛追慕の情を受忍限度を超えて侵害すると評価される可能性が高いとされています。
生成AIサービスの提供者・開発者の責任
報告書は補論として、権利侵害コンテンツを生成した利用者だけでなく、その手前にいる生成AIサービスの提供者等の責任にも触れています。利用者による侵害投稿をひとつずつ追及するには限界がある、という問題意識です。
一般論としては、生成AIのモデルやサービスそれ自体は「肖像等」ではないので、その提供行為が3類型に直接該当することはないのが原則です。しかし報告書は、実在の著名人と同一・類似の肖像や声を生成することが容易な生成AIを、その容易性をセールスポイントとして有償提供するような場合には、3類型に準ずる行為としてパブリシティ権侵害と評価される可能性があるとしました。この場合、提供行為の差止請求のほか、提供に至る前の段階での侵害予防請求も考えられるとされています。
生成AI関連のサービスを企画している事業者は、特定の実在人物を再現できることを売りにするサービス設計それ自体が法的リスクを抱え込むことになった、と受け止めるべきでしょう。学習データの取扱いとあわせて、サービスのコンセプト段階から法的な検討をしておきたいところです。
被害を受けた側・生成AIを扱う側の実務対応

被害に気づいたら
自分の顔や声を使ったAI生成コンテンツを見つけたら、まず証拠の保全です。投稿のURL、投稿日時、タイトルや説明文、再生数・収益化の状況をスクリーンショット等で記録しておきます。削除請求や発信者情報開示の相談を受けていると、投稿が既に消されていて証拠が残っていないために苦労する例が実際にあります。タイトルや説明文は、先ほど述べたとおり本人性の識別を基礎づける重要な判断材料なので、必ず残してください。
スクリーンショットの保存の仕方については、以下の記事で解説をしておりますので、合わせてご確認ください。
そのうえで、投稿者本人またはプラットフォーム事業者に対する削除請求、投稿者に対する損害賠償請求を検討します。損害としては、肖像・声の使用料相当額のほか、利用態様によってはパブリシティ権の毀損に係る損害、精神的損害に対する慰謝料が問題になります。パブリシティ権侵害による財産的損害と、人格的利益の侵害による慰謝料は両立し得ると整理されています。投稿者が匿名なら、発信者情報開示の手続で投稿者を特定することも視野に入ります。どの権利構成でどこまで請求を立てるかは事案次第なので、早い段階で弁護士に相談してみることをお勧めします。
生成AIを事業で使う場合
コンテンツ制作やサービス開発で生成AIを使う事業者であれば、実在の人物を識別できる肖像・声を許諾なく使っていないか、タイトルや宣伝文句で実在の人物を想起させる表示をしていないか、特定の人物の再現可能性をサービスの売りにしていないか。この3点は最低限点検しておきたいところです。社内の生成AI利用ガイドラインを著作権の観点だけで作っている企業は多いのですが、パブリシティ権・肖像権・声の権利の観点も組み込んでおくべきです。
解釈指針を踏まえたこれからの肖像・声トラブル対応
法務省検討会の取りまとめ報告書によって、生成AIによる肖像・声の無断利用をめぐる民事責任は、裁判例がなく不明確な状態から、政府検討会の解釈指針が存在する段階へ進みました。人の声がパブリシティ権等の保護対象であることの明記、類似性と付加的情報による識別の判断枠組み、収益目的がない場合や生成AIの提供行為への射程の整理。いずれも今後の実務の出発点になる内容です。
他方で、所属事務所等による請求の可否のように見解が一致しなかった論点も残っており、不正競争防止法改正を含む制度整備の議論も続きます。AIカバーやディープフェイクをめぐる紛争は、これからも形を変えて現れるでしょう。被害を受けた方も、生成AIを事業に取り入れる企業も、まずはこの解釈指針を踏まえて足元を確認しておくのが得策です。具体的な事案でお悩みの方は、インターネット分野に詳しい弁護士など専門家に相談してみることをお勧めします。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。





