交通事故の示談交渉において、損害額の算定と並んでしばしば争いになるのが「過失割合」です。「保険会社から提示された過失割合に納得できない」という相談は非常に多く寄せられます。
本記事では、過失割合の法的な位置づけ、実務上の判断枠組み、代表的な事故類型における基本割合の例、争いになった場合の解決手段について整理します。なお、後述する代表的な事故類型ごとの数値は、実務で広く参照されている参考資料集に掲載された「典型的な設定」における基本割合の一例です。実際の事案は道路形状・信号の色・速度・合図の有無等の細部によって基本割合そのものが変わり、さらに個別の修正要素が加わるため、正確な割合を知るには、事案の状況を該当する図表に個別に当てはめて確認する必要があります。
過失割合とは何か
法的根拠:過失相殺
過失割合の法的根拠は、民法722条2項(過失相殺)です。同条は、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と規定しています。

これは、事故の発生・損害の拡大について被害者側にも落ち度がある場合に、加害者にすべての損害を負担させるのではなく、双方の落ち度の程度に応じて損害を公平に分担させるという考え方(損害の公平な分担)に基づくものです。
過失割合が与える影響
過失割合は、算定された損害額の総額から、被害者側の過失割合に相当する部分を差し引く形で機能します。例えば、損害額が1,000万円、被害者の過失割合が20%と評価された場合、被害者が加害者に請求できる金額は800万円(1,000万円から20%を控除した金額)となります。このように、過失割合は最終的な受取額に直接影響する重要な要素です。
実務上の判断基準:別冊判例タイムズ39号

判タ39号とは
交通事故の過失割合を判断する実務において広く参照されているのが、「別冊判例タイムズ39号民事交通事故訴訟における過失相殺率の認定基準」(全訂6版)(判例タイムズ社)です。

この資料は、昭和50年発刊の初版(別冊判例タイムズ1号)を出発点に、平成3年「全訂版」、平成9年「全訂3版」(15号)、平成16年「全訂4版」(16号)、平成26年「全訂5版」(38号)を経て、現行の「全訂6版」(39号)に至ったもので、東京地方裁判所民事第27部(交通事故訴訟を専門的に扱う部)の裁判官らが関与して作成されています。過去に蓄積された多数の裁判例を、事故の態様(歩行者対車両、車両同士、自転車が関与する事故、高速道路上の事故等)ごとに類型化し、それぞれの類型について「基本の過失割合」と、その割合を加算・減算する「修正要素」を図解した基準集です。
全訂6版(39号)における最も大きな改訂点は、第6章「自転車同士の事故」の新設です。自転車同士の事故の新受件数が「歩行者と自転車の事故」の件数を上回ったことを受けて、新たに独立した章として整理されました。このほか、既存の各章にも新しい事故パターンが追加されています。
重要な点として、判タ39号自体が、以下のように明記しており、あくまで実務上の「参考基準」であって、法律や条文のように法的拘束力を持つものではありません。
実際に生じる事故は千差万別であるから、事案により、各基準が想定している事故態様にそもそも該当するのかという点についても十分吟味した上で、各基準に掲げられている修正要素についても、その意味を正しく捉え、与えられている数値を画一的に適用するのではなく、必要な場合にはその数値を増減して適用することも検討するという柔軟な態度をもって本書を利用することが望まれる。
民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準〔全訂6版〕別冊判例タイムズ39号
参照:判例タイムズ社|民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準〔全訂6版〕別冊判例タイムズ39号
しかし、多数の裁判例の集積から標準化されたものであるため、裁判所・保険会社・弁護士のいずれもが、示談交渉や訴訟における共通の物差しとして参照しているのが実務の実情です。
なお、過失相殺の理論的な位置づけについては、被害者側の過失を加害者の過失と対比して考える「相対説」と、被害者側の過失を絶対的な基準で評価する「絶対説」という2つの考え方が対比されて説明されることがあります。
基本割合と修正要素という仕組み
判タ39号に掲載されている過失割合の考え方は、大きく2段階で構成されています。
- 基本の過失割合:事故の類型(信号機の有無・色、直進か右左折か、歩行者か車両か等)ごとに定められた、標準的な状況を前提とした過失割合
- 修正要素:基本割合を前提としつつ、個別の事情に応じて過失割合を加算・減算する要素
修正要素として考慮される事情には、例えば以下のようなものがあります。
- 著しい過失:著しい前方不注視(脇見等)、著しいハンドル・ブレーキ操作の不適切、携帯電話の使用、時速15〜30km未満の速度違反等
- 重過失:酒酔い運転、居眠り運転、無免許運転、時速30km以上の速度違反(高速道路上を除く)等(著しい過失よりも重い類型として、判タ39号上、別途整理されています)
- 道路状況(幹線道路か住宅街か、夜間か日中か等)
- 合図の有無(右左折・進路変更時のウインカーの有無)
- 速度違反の有無
これらの修正要素の組み合わせによって、同じ「類型」に分類される事故であっても、具体的な過失割合は事案ごとに異なってくることになります。
「優者の過失」という考え方
一般的な傾向として、事故の当事者を保護の必要性が高い順に並べると、「歩行者>自転車>単車(バイク)>自動車」という序列で捉えられることが多く、この序列を踏まえて、基本の過失割合が設定されている類型が数多く存在します。
代表的な事故類型における基本割合の例
以下では、判タ39号(全訂6版)に掲載されている代表的な事故パターンを、事故態様の系統ごとに紹介します。判タ39号にはこれ以外にも非常に多数の細分化されたパターン(進路変更、転回、駐車場内、高速道路上、自転車同士の事故等)が掲載されており、以下はその中のごく一部の典型例に過ぎません。実際の事案がどのパターンに該当するかは、道路形状・信号の色・速度・合図の有無等の具体的な状況を踏まえて個別に判断する必要があります。数値は「被害者側:加害者側」の基本割合(修正要素を加味する前の数値)です。

四輪車vs歩行者
信号機のある横断歩道上の事故
- 歩行者青進入・車赤進入=歩行者0:車100(車の一方的過失)
- 歩行者黄進入・車赤進入=歩行者10:車90
- 歩行者赤進入・車赤進入=歩行者20:車80
- 歩行者赤進入・車黄進入=歩行者50:車50
- 歩行者赤進入・車青進入=歩行者70:車30(車が正しく青信号で進入していた場合は、歩行者側の過失が大きく評価されます)
信号機のない横断歩道
- 原則として歩行者の過失は問題にされませんが、直前横断・渋滞車列の間からの横断・夜間の暗い場所・幹線道路等の事情があれば、若干の過失相殺があり得るとされています(この場合の具体的な数値は個別パターンによって異なります)。
車vs車
信号機のある交差点の直進車同士(出会い頭)
双方青信号での進入は想定されず、片方が信号違反となる場面が基本形です。
- 青信号車0:赤信号車100
- 黄信号車20:赤信号車80
- 赤信号車同士=50:50
追突事故
- 停止中・減速中の先行車への追突は、原則として前車0:後車100とされています。例外として、先行車が理由なく道路交通法24条に違反する急ブレーキをかけた場合には、追突車70:被追突車(先行車)30とされる例があります。
直進車と右折車の事故(右直事故)
- 直進車・右折車とも青信号で交差点に進入した場合、道交法37条(右折車は直進車の進行を妨げてはならない)を踏まえ、直進車20:右折車80が基本形です。直進車が黄信号で進入し、右折車が青信号進入後に黄信号で右折したような場合には、右折車側に信号違反がないことから直進車70:右折車30と、評価が大きく変わる例もあります。
四輪車vsバイク(単車)
信号機のある交差点の直進同士
- 単車青進入・四輪赤進入=単車0:四輪100
- 単車赤進入・四輪青進入=単車100:四輪0
右直事故
- 単車(直進)・四輪(右折)とも青信号進入の場合、単車15:四輪85が基本形とされ、車同士の右直事故(直進20:右折80)と比べて、単車側に有利な設定になっています。逆に、単車が右折し、四輪車が直進していた場合には、単車70:四輪30と、評価が大きく逆転します。
進路変更に伴う事故
- 四輪車が進路変更した場合=単車(後続直進)20:四輪(進路変更車)80
- 単車が進路変更した場合=単車(進路変更車)60:四輪(後続直進)40
自転車が関与する事故
自転車vs歩行者
- 歩行者青・自転車赤=歩行者0:自転車100
- 歩行者赤・自転車赤=歩行者25:自転車75(車が関与する同型パターンの歩行者20よりやや高め)
- 歩行者赤・自転車青=歩行者80:自転車20
車vs自転車(交差点出会い頭)
- 自転車青進入・四輪赤進入=自転車0:四輪100
- 自転車赤進入・四輪青進入=自転車80:四輪20(単車の同型パターン=単車100:四輪0より、自転車側が保護される設定)
車vs自転車(右直事故)
- 自転車(直進)・四輪(右折)=自転車10:四輪90
- 自転車(右折)・四輪(直進)=自転車50:四輪50
以上のとおり、同じ「交差点」「右直」「追突」といった大きな括りであっても、当事者が歩行者・自転車・単車・四輪車のいずれであるかによって基本割合が異なるように設計されています。これは、前述した「優者の過失」(歩行者>自転車>単車>自動車)という保護の必要性の序列が、具体的な数値設計に反映されているためです。
保険会社提示の過失割合と実際の判断基準
実際の交通事故は、判タ39号が想定している通りのものとは限らず、どの過失割合を適用するかなどについても必ずしも一義的に決まるわけではありません。そのため、保険会社が示談交渉の中で提示する過失割合も、必ずしも実際の事故状況を正確に反映した争う余地のないものとは限りません。特に、事故状況について客観的な証拠(後述するドライブレコーダーの映像等)が乏しい事案では、保険会社の提示する割合と、実際に裁判となった場合に認定される割合との間に差が生じやすい傾向があります。
証拠の重要性:ドライブレコーダー
近年、過失割合をめぐる争いにおいて特に重要性を増しているのがドライブレコーダーの映像です。信号の色、走行速度、合図の有無、衝突の態様等を客観的に記録した映像があることで、当事者の記憶や供述に頼らず、事実関係を正確に立証できる可能性が高まります。ドライブレコーダーの設置・映像の保存は、法律上の義務ではありませんが、万が一の事故に備えた重要な備えとなります。
過失割合の争いを解決する方法
過失割合について保険会社との交渉で折り合いがつかない場合、以下のような解決手段があります。

- 示談交渉の継続:資料(実況見分調書、ドライブレコーダー映像等)を提示しながら、引き続き交渉で解決を図る方法
- 交通事故紛争処理センター等のADR(裁判外紛争解決手続):弁護士による和解あっせん、審査手続等を通じて、無料または低額の費用で紛争解決を図る方法。訴訟に比べて短期間での解決が見込めます
- 民事調停:簡易裁判所における調停手続を利用する方法
- 訴訟:最終的に、裁判所において証拠に基づき過失割合を判断してもらう方法
事案の内容や争いの規模に応じて、どの解決手段が適切かを見極めることが重要です。
過失割合は「基本+修正」の枠組みで個別に判断されることを理解する
交通事故の過失割合は、「事故類型ごとの基本割合」と「個別事情による修正要素」の組み合わせによって判断されるものであり、机上の一般論だけで断定できるものではありません。保険会社から提示された過失割合に疑問がある場合には、事故状況を裏付ける客観的な証拠を整理したうえで、判タ39号等の基準に照らした検討を行うことが、適正な解決への第一歩となります。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。



