ストックオプション(SO/新株予約権)は、スタートアップが優秀な人材を採用し、長く働いてもらうためのインセンティブとして広く使われています。将来の株式を、あらかじめ決めた価格で取得できる権利を付与することで、会社の成長と個人の報酬を結びつける仕組みです。
もっとも、制度設計を誤ると、本人に想定外の税負担が生じる、後から幹部に配れなくなる、人事上の不公平感が生まれる、といった失敗を招きます。とりわけ2023年から2024年(令和5年〜令和6年)にかけて、税制適格SOの権利行使価額の算定ルール、信託型SOの課税上の取扱い、そして令和6年度税制改正による年間行使限度額の引き上げなど、実務の前提が大きく変わりました。数年前の解説記事や社内資料の数字が、そのままでは通用しない論点が少なくありません。
本記事では、4タイプのSOの選び方、税制適格SOの主要要件(令和6年度税制改正後の正しい内容)、制度設計で決めるべき論点と落とし穴を整理します。数字が動いた部分は、どの改正でどう変わったのかを明示していきます。
ストックオプションの4タイプと選び方
実務で使われるストックオプションは、大きく4タイプに分かれます。どのタイプを選ぶかで、課税のタイミング・税率・本人の手取り・会社のコストが大きく変わるため、制度設計の出発点は「どのタイプでいくか」の判断です。

タイプ1:税制適格ストックオプション
スタートアップで最も標準的に使われるタイプです。租税特別措置法29条の2が定める要件をすべて満たすことで、権利行使時(オプションを行使して株式を取得する時点)には課税されず、取得した株式を売却した時点で譲渡所得(約20%、正確には20.315%)として一括課税される、本人にとって有利な設計です。
権利行使時に課税されないという点が最大のメリットです。非上場株式は行使しても売却先がすぐにないことが多く、行使時に給与課税されると「現金化できないのに税金だけ先に発生する」事態になりかねません。税制適格SOはこの問題を回避できるため、上場を目指すスタートアップの基本形になっています。
タイプ2:税制非適格ストックオプション
税制適格の要件を満たさないSOです。権利行使時に、行使時点の株価と行使価額の差額(含み益)が給与所得(累進課税で最大約55%)として課税され、さらに売却時に譲渡所得課税がかかります。本人の税負担が重く、行使に際して現金納税の負担が生じる点に注意が必要です。
一方で、付与対象者や行使条件の制限が少なく、設計の自由度は高いという特徴があります。税制適格の対象にならない社外協力者へ付与したい場合など、自由度を優先する場面で選ばれます。「設計自由度」を取るか「本人の手取り」を取るかのトレードオフと理解するとよいでしょう。
タイプ3:有償ストックオプション
新株予約権を有償で発行し、付与対象者がその時価相当額(オプション価格モデルで算定した発行価額)を支払って取得するタイプです。無償で付与される通常のSOと異なり、本人が対価を払って「投資」として取得する建付けのため、行使時に給与課税されず、売却時の譲渡所得課税のみとなります。
業績条件などの行使条件を柔軟に設計できる反面、本人が発行時に相応の資金を負担する必要があり、業績連動型の場合には会社側で費用計上が必要になり得ます。役員や一部のキーパーソン向けに、条件付きで設計するケースが見られます。
タイプ4:信託型ストックオプション(信託SO)
発行時点では付与対象者を確定させず、信託にSOを預けておき、後から成果に応じて配分できる柔軟性が評価されていたタイプです。ところが2023年5月、国税庁が「信託型SOの権利行使益は給与所得として課税される」との整理を示し、「信託SOは譲渡所得課税のみ」という従来の前提が崩れました。
役職員が当該ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合、その経済的利益は、給与所得となります(所法28、36②、所令84③)
令和5年5月ストックオプションに対する課税(Q&A)3頁
これにより、新規に信託SOを設計するメリットは大幅に縮小しています。既存の信託SOを持つ会社は、行使時の給与課税を前提に、行使タイミングや設計変更の要否を専門家と検討する必要があります。後述する税制適格SOの行使限度額引き上げ(令和6年度改正)もあり、現在は多くのケースを税制適格SOでカバーできるようになっています。
税制適格ストックオプションの主要要件
税制適格SOは、租税特別措置法29条の2の要件を1つでも欠くと税制非適格扱いとなり、本人の税負担が一気に重くなります。設計時の要件チェックが欠かせません。ここでは主要な要件を、直近の改正内容を含めて整理します。

要件1:付与対象者
原則として、自社および子会社の取締役・執行役・使用人が対象です。大口株主(非上場会社では発行済株式の3分の1超を保有する者、上場会社では10分の1超)およびその特別関係者は対象から除外されます。
これに加え、一定の要件を満たす「社外高度人材」も対象に含まれます。社外高度人材の範囲は令和6年度改正で拡大され、従来求められていた3年以上の実務経験要件が廃止されたほか、大学の教授・准教授や、非上場会社の役員・重要な使用人などが対象に加えられました。社外のエンジニアや専門人材を巻き込みやすくなっています。

要件2:付与決議
非上場会社が付与対象者へ新株予約権を発行する場合、原則として株主総会の特別決議で募集事項を決定します(会社法238条・239条)。募集事項には、行使価額・行使期間・付与対象者の範囲などを明記します。決議の体裁が要件を満たしていないと、後述する落とし穴につながります。
要件3:行使価額(1株あたりの価額以上)
権利行使価額は、付与契約締結時における1株あたりの価額(時価)以上に設定する必要があります。この「時価」の算定方法は長らく明文がなく、実務の悩みどころでしたが、2023年7月7日に国税庁が「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を公表し、算定ルールが明確化されました。

具体的には、原則として所得税基本通達の例により算定する(原則方式)一方、非上場会社については、一定の条件のもとで財産評価基本通達の例(いわゆる相続税評価額の考え方)による算定も認められました(特例方式・セーフハーバー)。特例方式を使うと、権利行使価額を従来より相当低く抑えられる場合があり、非上場会社のSO設計の柔軟性が高まっています。なお、直前の資金調達ラウンドの株価を基準にする実務も引き続き用いられます。
要件4:行使期間
権利行使期間は、付与決議の日後2年を経過した日から10年を経過する日までが原則です。ただし、設立の日以後の期間が5年未満の非上場会社が付与するSOについては、令和5年度改正により、行使期間の上限が10年から15年に延長されました。創業間もない会社ほど、行使可能な期間を長く確保できます。
要件5:行使限度額(令和6年度改正で引き上げ)
権利行使価額の年間合計額には上限があり、これを超えて行使した部分は税制非適格扱いになります。令和6年度税制改正(2024年4月1日施行)で、この上限が次のとおり引き上げられました。
- 原則:年間 1,200万円(据置き)
- 設立の日以後の期間が 5年未満 の会社:年間 2,400万円
- 設立の日以後の期間が 5年以上20年未満 の会社(非上場会社、または上場後5年未満の会社):年間 3,600万円
引き上げ後の上限は最大で3,600万円です。改正前の基準額は1,200万円であり、この原則額自体は据え置かれたうえで、設立年数に応じた上乗せ枠が新設された、という理解が正確です。なお、既発行の税制適格SOについても、2024年中に割当契約の内容を変更することで、引き上げ後の限度額を適用できる経過措置が設けられました。
要件6:譲渡禁止
付与された新株予約権は、他人への譲渡が禁止されている必要があります。譲渡ができてしまう設計は要件を満たしません。
要件7:保管・管理(発行会社による管理も選択可に)
権利行使により取得する株式は、証券会社等(金融商品取引業者等)に保管の委託等をする仕組みを整えることが要件とされてきました。令和6年度改正では、この保管委託要件が緩和され、証券会社等による管理に代えて、発行会社自身による株式の管理という方法も選択できると解釈されるようになりました。証券口座の手配が難しい非上場スタートアップにとって、実務上の負担が軽くなっています。
制度設計で決めるべき論点
タイプと要件を押さえたうえで、実際に制度を設計する際は、以下の項目を経営陣・株主・人事の間で合意していきます。ひとつずつ決めておかないと、後の運用でトラブルの火種になります。

論点1:付与対象者の範囲 — 役員のみか、正社員全員か、特定のキーパーソンに絞るか。業務委託・顧問への付与は税制適格の対象外になりやすい点に注意します(後述の落とし穴3)。
論点2:付与数の総枠と個別配分 — 発行済株式数の何%をSOプールに割くか(10〜15%程度が一つの目安、最大20%前後まで)。個別配分は職位・在籍年数・成果・採用時の交渉などを踏まえて決めます。
論点3:行使価額 — 税制適格の要件を満たす水準に設定します。資金調達ラウンドの直後に発行すると株価が上がって行使価額も高くなるため、発行のタイミングをラウンドと連動させて計画します。
論点4:vesting(段階的確定) — 4年かけて権利を確定させ、最初の1年は確定しない「4年vesting・1年クリフ」が国内外の標準です。上場や売上などのマイルストーン連動を組み合わせることもできます。
論点5:行使条件 — 行使時に役員・従業員の地位を有していることを条件とする「在籍要件」が通例です。業績条件(上場達成・売上達成など)を付すこともあります。
論点6:退職時の取扱い — 退職時にSOを消滅させるか、既に確定した分(既vesting分)のみ行使可能とするかを設計します。退職時消滅とする設計は、税制適格SOの在籍要件とも整合しやすくなります。
論点7:希薄化と既存株主の合意 — SOプールの枠は、既存株主(特にVC)の事前合意が必要です。投資契約書・株主間契約書の希薄化条項で、プールの枠が定められていることが多いため、これと整合させます。
論点8:上場・売却時の取扱い — IPO時に既vesting分を一括行使可能とする設計や、M&A時の取扱い(買収側に引き継ぐ/キャッシュアウトする/消滅させる)をあらかじめ定めておきます。
制度設計でありがちな落とし穴
最後に、実務で繰り返し見られる失敗パターンを4つ挙げます。いずれも、設計段階の詰めの甘さが後年に顕在化するものです。

落とし穴1:「税制適格」のつもりが要件を満たしていない
最も多い失敗です。契約書のひな型をコピーして使ったものの、付与決議の体裁、行使価額の算定根拠、大口株主の除外といった細部で要件を外している、というケースです。付与から数年後、行使の段階で税制非適格と判断されると、本人に想定外の給与課税が生じ、会社への信頼にも影響します。各要件を1つずつ確認する作業が欠かせません。
落とし穴2:早期に大量発行してプール枠を使い果たす
創業期に気前よく幹部へ大量配分すると、シリーズA以降に新規の幹部を採用する段階でSOプールが残っていない、という事態に陥ります。vestingルール・退職時消滅・追加発行の余地を設計段階から確保し、将来の採用に配る枠を残しておく必要があります。
落とし穴3:業務委託・顧問への税制適格SO付与
業務委託先や顧問は、税制適格SOの付与対象に原則として含まれません。にもかかわらず「役員待遇だから」と税制適格SOを付与してしまうと、後の税務調査で非適格扱いとされ、本人が多額の所得税を負担するリスクがあります。前述の社外高度人材の要件を満たす場合は対象になり得ますが、その判定には専門的な確認が必要です。
落とし穴4:vestingルールが契約書に書かれていない
vestingは法律上当然に生じる仕組みではなく、契約で定めて初めて機能する仕組みです。契約書にvestingの定めがないと、付与時点で全部行使可能という扱いになりかねず、退職時の権利の消滅や買戻しが機能しません。付与契約書に、確定スケジュールと退職時の取扱いを明記しておくことが重要です。
設計の標準フロー
ここまでの内容を踏まえ、SO制度設計の標準的な進め方を整理します。
(1) 経営方針の決定:SOプールの総枠、付与対象者の範囲、付与のタイミングを経営陣で合意する。
(2) 既存株主との調整:投資契約書・株主間契約書のSO関連条項と整合させる。
(3) 設計案の作成:弁護士・税理士と連携し、税制適格要件を満たす設計案を作成する。
(4) 株主総会の特別決議:募集事項を決議する。
(5) 取締役会決議:付与対象者と個別配分を決議する。
(6) 付与契約書の締結:本人ごとに付与契約書を締結する。
(7) 行使条件のモニタリング:vestingの進捗、在籍状況、行使期間の到来を継続的に管理する。
「ひな型でとりあえず作り、足りない部分は後で直す」という進め方は、税制適格要件を外して本人の手取りを大きく損なうリスクを伴います。初回設計の段階で、弁護士・税理士と要件を1つずつ確認しておくことが、結果として関係者全員にとって納得感のある設計につながります。
税制適格SOの数値要件は「令和6年改正後」で確認する
ストックオプションの制度設計は、4タイプの選択から始まり、税制適格SOの要件充足、8つの論点の合意、そして落とし穴の回避まで、一つひとつの判断が本人の手取りと会社の将来の採用余力に直結します。とりわけ、本記事で繰り返し触れた行使限度額(原則1,200万円・設立5年未満で2,400万円・設立5年以上20年未満で3,600万円)や行使価額の算定ルール、保管管理の方法は、令和5年〜令和6年の改正で内容が更新された部分です。数年前の資料の数字をそのまま使うと、要件判定を誤るおそれがあります。設計や見直しにあたっては、必ず最新の改正内容を前提に確認してください。
SOの設計は会社法・租税特別措置法の双方にまたがり、税理士との連携も欠かせない領域です。自社の設計が税制適格要件を満たしているか不安のある方は、弁護士・税理士に相談してみることをお勧めします。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。



