取締役・経営者個人を名指しした誹謗中傷は、会社全体への攻撃と性質が異なるため、対応の組み立てが本質的に違います。
2ちゃんねる系掲示板の「●●社長スレ」、X(旧Twitter)での個人攻撃、転職口コミサイトでの実名告発、YouTubeの暴露動画。
形は様々ですが、いずれも「個人の名誉」と「会社の社会的評価」が同時に毀損される複合被害であり、本人としての対応と会社としての対応を意識的に切り分けない限り、対応が後手に回ります。
本記事では、取締役・経営者個人を狙ったネット中傷への対応を、本人の法的対応と会社の広報・株主・取引先対応の両軸で整理し、発信者情報開示の流れと本人による報復行動・社内通報の落とし穴までを解説します。
経営者個人への中傷の「3層構造」
経営者個人を狙ったネット中傷は、同時に3つの異なる利益を毀損します。
- (1)個人の名誉・プライバシー:本人の社会的評価、家族関係、私生活の平穏
- (2)会社の社会的評価:会社全体の信用、株価、採用・取引への影響
- (3)役員としての職務遂行:取締役会・株主総会・対外交渉での信頼

この3層が絡み合うため、対応主体(本人/会社)と対応目的(差止・賠償・広報・人事)の組み合わせをマトリクスで整理する必要があります。「全部本人で動く」「全部会社の顧問弁護士に任せる」のどちらも失敗パターンです。
本人の法的対応(個人としての動き)

ステップ1:証拠保全
最優先は投稿のスクリーンショット・URL・投稿日時・アカウント情報の保全です。投稿者は自分の投稿をいつ削除するか分からないため、見つけたその場で保全が鉄則です。
- 投稿のスクリーンショット(URL・日時が必ず映る形)
- アーカイブサービス(WaybackMachine等)での保存
- プラットフォーム内部の投稿ID・URL・スレッドURLの記録
- 被害状況(株価変動・取引キャンセル・出席辞退等)の裏付け資料
ステップ2:削除請求
特定流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)に基づく送信防止措置請求を、プラットフォーム事業者に対して行います。削除フォーム・送信防止措置請求書・仮処分の3つの手段があり、内容と緊急度で使い分けます。
- 削除フォーム:プラットフォームの公式手続。早いが、判断基準はプラットフォーム側の裁量。
- 送信防止措置請求書:弁護士名義の書面。判断材料が増え、削除されやすい。
- 仮処分:裁判所による命令。最短だが、申立てから決定までに一定期間(数週間~数ヶ月)。
ステップ3:発信者情報開示請求
削除と並行して、プロバ特定流通プラットフォーム対処法(旧プロバイダ責任制限法)の「発信者情報開示命令」を活用します。コンテンツプロバイダ(投稿先)とアクセスプロバイダ(通信会社)への手続を一気通貫で進める非訟手続で、従来の仮処分+本訴より大幅に短期化されました。
- 発信者情報開示命令:本案の非訟手続
- 提供命令:コンテンツプロバイダからアクセスプロバイダの特定情報を取得
- 消去禁止命令:アクセスプロバイダにログ保存を命じる
アクセスプロバイダのログ保存期間は概ね3〜6か月のため、投稿から半年以内に動かないと、技術的に発信者特定が不可能になります。
ステップ4:損害賠償請求・刑事告訴
発信者が特定できたら、民事の損害賠償請求と、悪質ケースは刑事告訴に進みます。
- 慰謝料:経営者個人の名誉毀損は、個別事案で30〜200万円程度が一つの相場感。社会的地位・拡散範囲・継続性で増減。
- 調査費用:開示請求にかかった弁護士費用は、加害行為と相当因果関係のある損害として認められるのが裁判実務の傾向。
- 刑事告訴:名誉毀損罪(刑法230条)・侮辱罪(同231条/2022年改正で法定刑引き上げ)・業務妨害罪(同233条後段・234条)。
会社としての対応(取締役会・広報・株主・取引先)

本人の法的対応と並行して、会社側でも独立した対応を組み立てる必要があります。
対応1:取締役会・株主への報告
経営者個人への中傷が会社の業績・株価・ガバナンスに影響を与え得る場合、取締役会・株主への適時の報告が必要になります。
- 上場会社:適時開示・有価証券報告書のリスク情報への記載
- 非上場会社:取締役会での情報共有・株主への定期報告での言及
- 重要事項の判断:本人と利害が対立する局面では、本人を除く独立社外取締役・社外監査役による独立した判断が必要
対応2:広報・対外コメント
会社の公式コメントを本人ではなく広報担当・社外広報で出すことで、「会社として粛々と対応している」というメッセージを発信します。
- 声明文の基本構成:事実の特定→会社の立場→法的対応の予告→今後の業務への影響
- 顧客・取引先への個別連絡:重要取引先には、公式声明より先に個別連絡
- 採用候補者への対応:採用面接で質問された場合のFAQ整備
対応3:従業員・社内コミュニケーション
社内で「社長が中傷されている」というニュースは急速に広がります。情報の空白を作らず、最低限の事実関係を社内向けに早期共有することで、社内からの情報漏洩・憶測の拡散を抑えます。
対応4:取引先・株主への個別対応
主要取引先・主要株主には、電話+メールでの個別説明を、公式発表の前後で行います。「報道で初めて知った」「社長から何の連絡もない」という状況は、長期取引関係への信頼を毀損します。
やってはいけないこと

NG1:本人のSNSで反論する
経営者本人のSNSアカウントから感情的に反論すると、切り抜き・引用RT・スクリーンショットで二次拡散され、状況が悪化します。公式チャンネル(会社サイト・プレスリリース)から一方向的に出すのが原則です。
NG2:投稿者を特定して直接接触する
開示請求で投稿者が特定できた後、本人が直接連絡を取って示談・謝罪を要求すると、「権力者による圧力」として再炎上する典型パターンです。弁護士同席の書面ベースで進めるのが原則です。
NG3:「黙っていれば収まる」と放置する
中傷を放置すると、アクセスプロバイダのログ保存期間(概ね3〜6か月)が過ぎて発信者特定が不可能になります。「黙殺戦略」と「ログ保存期間内の動き出し」は両立しないことを認識する必要があります。
NG4:自分でファクトチェックせず会社の広報任せにする
経営者個人の私生活・過去の発言に関する事実関係は、本人にしか分からない部分が多いにも関わらず、「広報に任せる」と曖昧な情報のまま声明を出すと、後から「ファクトと違う部分があった」と二次炎上します。本人と顧問弁護士が直接ファクトを確認することが、声明文設計の前提です。
NG5:家族・関係者への二次被害を見落とす
経営者の家族・配偶者・子供・元交際相手・元同僚にも、連鎖的に中傷・住所特定・取材が及ぶことがあります。本人だけでなく、家族・関係者のSNSアカウントの保護、過去投稿の整理、学校・職場への事前連絡を、初動の段階で進めておくことが二次被害の予防になります。
経営者ならではの追加論点
論点1:会社の費用で本人の弁護士費用を払えるか
経営者個人への中傷対応の弁護士費用を会社経費から支出する場合、会社法上の利益相反取引・取締役の善管注意義務の論点が出ます。
- 基本的な考え方:中傷が会社の業績・信用に影響している場合は、会社の利益のための支出として正当化されやすい。
- 手続き:本人を除く取締役会の決議、利益相反取引としての承認、報酬規程・規程改定での明文化など、複数の選択肢がある。
- 税務上の取扱い:会社経費としての適性、本人の給与所得認定リスクの確認も必要。
「とりあえず会社で払って後で精算」は、後の税務調査・株主代表訴訟リスクを抱え込みます。早い段階で顧問弁護士・顧問税理士と整理することが推奨されます。
論点2:上場会社の場合の適時開示
上場会社の場合、経営者個人への中傷が業績・株価に重大な影響を与え得る場合、東証の適時開示規則や金融商品取引法上の重要事実に該当する可能性があります。開示義務の有無は個別判断ですが、「開示しなくてよい」と即断せず、IR担当・顧問弁護士・主幹事証券との協議が必要です。
論点3:取締役の解任・辞任のシナリオ
中傷の内容が本人の責任に基づくスキャンダルであった場合、取締役会・株主総会で解任・辞任の議論に発展する可能性があります。「本人を守る顧問弁護士」と「会社を守る顧問弁護士」を分離する必要が生じる局面で、本人独自の代理人を確保することが、本人の利益を守る上で重要になります。
平時の備え
最後に、平時の段階で経営者個人が備えておくべきことを整理します。
- 個人の顧問弁護士:会社の顧問弁護士とは別に、本人独自の代理人を確保する。
- 過去のSNS投稿の棚卸し:炎上素材になりやすい投稿を事前に整理。
- 家族・関係者への事前共有:中傷時の対応窓口を一本化、個別取材は受けないルール。
- 会社内の利益相反対応の事前整理:費用負担・解任シナリオ・適時開示の判断者を平時に確認。
- 広報フロー:声明文テンプレート、社外広報の契約先、取引先連絡リスト。
「中傷は誰にでも起こる」前提で、本人・会社・家族の3層で平時に動ける体制を作っておくことが、経営者個人の活動寿命を最も延ばす投資です。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。




