ベンチャー企業が顧問弁護士をつける適切なタイミングとは?

ベンチャー企業法務

顧問弁護士をつけるタイミングについて、結論から述べると、創業者間の株式の取決め、資本政策・投資契約、ビジネスモデルの適法性という「後戻りできない判断」をする前が一つの目安になります。具体的には、共同創業者と株式の持ち方を決めるとき、初めて外部から出資を受けるとき、規制との関係が問題になりうる事業モデルを固めるときです。これらの判断は、一度決めて契約に署名したり、サービスを始めたりした後では、修正が難しいか、修正に大きな費用がかかります。

もっとも、すべてのベンチャー企業が創業直後から月額の顧問契約を結ぶ必要があるわけではありません。相談事項が少ない時期は、必要なときだけ依頼するスポット相談で足りることもあります。本記事では、法務省が公表したスタートアップの弁護士利用に関する調査結果も踏まえて、顧問弁護士をつけるべきタイミングの考え方と、自社の状況に応じた判断の仕方を整理します。

結論:「後戻りできない判断」の前が目安になる

後戻りできない3つの場面

法務省司法法制部が令和7年5月に公表した「新たな法的ニーズの把握及び法曹に期待される役割を検討するための調査」の報告書は、スタートアップについて、法的な問題が顕在化してからでは手遅れになるケースが多いと指摘したうえで、特に次の場面を「後戻りできない場面」として挙げ、弁護士が適切に関与する必要性が高いとしています。

  • ビジネスモデルの適法性:新しいアイデアに基づく事業は、既存の法規制との関係がはっきりしない「グレーゾーン」の検討が必要になることが多くあります。サービスを始めた後に許認可が必要だと分かると、事業の作り直しが必要になることがあります。
  • ベンチャーキャピタル(VC)などとの資金調達における契約条項:投資契約や株主間契約には、重要事項についての投資家の事前承諾、情報提供、株式の買取りなどの条項が入ります。一度署名すると、次の資金調達や経営の自由度に長く影響します。
  • 創業者などの株主間の取決め:共同創業者の一人が途中で離脱したときに株式をどう扱うかを決めていないと、離脱した創業者が多くの株式を持ち続け、その後の意思決定や資金調達の妨げになることがあります。

「問題が起きてから」では間に合わない理由

同じ報告書のヒアリングでは、資本政策について「一番後戻りがきかないもの」とする経営者側の声や、資本政策に関する契約を軽く見て、弁護士に相談しないまま投資契約にサインしてしまう経営者がいるという指摘も紹介されています。資金を早く得たいという事情から、契約書の内容を十分に確認せずに締結してしまうことは、スタートアップで起こりやすい失敗の一つです。

紛争になってから弁護士に依頼する場合、できることは「起きてしまった問題への対処」に限られます。これに対し、判断の前に相談できれば、契約条件の交渉、事業設計の変更、必要な許認可の取得など、選択肢を残したまま進めることができます。顧問弁護士をつけるタイミングを考えるうえでは、「トラブルが起きそうか」ではなく、「これから後戻りしにくい判断をするか」を基準にすると判断しやすくなります。

データで見るスタートアップの弁護士活用

9割が弁護士の利用経験あり、6割は創業前後から

前記の法務省の調査では、スタートアップ349社からアンケートの回答を得ています(調査期間は令和7年1月31日から2月21日)。過去に弁護士を利用したことがあるかという質問に回答した329社のうち、「ある」と答えた企業は298社(90.6%)でした。同じ調査で中小企業に同じ質問をした結果(40.4%)と比べると、スタートアップでは弁護士の利用が進んでいることがうかがわれます。

弁護士を利用し始めた時期(複数回答)は、次のとおりです。

利用した時期割合
創業前から15.8%
創業時から45.6%
シードの段階から34.2%
アーリーの段階から14.4%
エクスパンションの段階から6.7%
レイターの段階から3.0%

報告書は、創業前と創業時からの利用を合わせると61.4%になるとし、より早期の段階から弁護士を利用する必要性が認識されてきている可能性を指摘しています。

利用形態は顧問契約が中心

弁護士を利用したことがある298社のうち、利用形態は「顧問契約を結んでいる」が78.2%と最も多く、「特定の案件について弁護士に依頼した」は16.4%でした。成長段階別に見ても、顧問契約の割合はシード77.6%、アーリー70.4%、エクスパンション85.7%、レイター82.1%と、早い段階から顧問契約の形が多く選ばれています。

データを読むときの注意点

ただし、報告書自身も、この結果をもってスタートアップで弁護士が十分に活用されていると評価するのはためらわれるとしています。回答企業には、すでに資金調達に成功している企業が多いと考えられること、創業前後のスタートアップには弁護士が十分に関与できていないという実感がヒアリングで示されていることが理由です。

また、弁護士の関与は利益や資金調達に直結しないと受け止められ、後回しにされやすいこと、費用面がハードルになっていることも指摘されています。「周りの会社も顧問弁護士をつけているから」ではなく、自社がこれからどのような判断をするのかを基準に考えることが大切です。

成長段階ごとに弁護士が関与する主な場面

法務省の報告書は、成長段階ごとに弁護士が関与しうる場面として、シード期の資本政策・創業株主間契約・知財戦略・投資契約・ビジネスモデルの適法性の検討、アーリー期からミドル期の大企業とのアライアンス契約や大型の資金調達、レイター期以降の株主総会・取締役会の運営、労務管理、上場準備、M&Aなどを挙げています。これを、会社の側から見た具体的な課題に置き換えると、次のようになります。

創業期・シード期:会社の土台と最初の資金調達

株式会社を設立するには発起人が定款を作成し(会社法26条1項)、公証人の認証を受けます(同法30条1項)。株式の持分比率や機関設計は、将来の資金調達や意思決定の方法に影響します。複数人で創業する場合は、退任した創業者の株式を買い取れるようにする創業者間契約を、関係が良好なうちに結んでおくことが広く行われています。創業前から開発していたプログラムや取得したドメイン、商標を会社に帰属させる手当ても、この時期に確認します。

最初の資金調達では、J-KISS型新株予約権のように公開されたひな型を使う方法もあります。ひな型であっても、転換の条件や次のラウンドへの影響を理解したうえで締結する必要があります。サービスを公開する段階では、利用規約やプライバシーポリシーを整え、ユーザーの個人情報を取り扱う場合は個人情報保護法に沿った体制を整えます(たとえば、一定の漏えい等が生じた場合には、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務付けられています。同法26条)。

アーリー期:採用と取引の拡大

採用を始めると、労働条件の明示(労働基準法15条)や雇用契約書の整備が必要になり、常時10人以上の労働者を使用する事業場では就業規則の作成と届出が義務となります(同法89条)。業務委託を活用する場合は、実態が雇用に当たらないかのほか、いわゆるフリーランス法や、令和8年1月1日に下請法から改められた取適法(中小受託取引適正化法)が関係することがあります。

人材確保のためのストックオプションは、税制適格ストックオプション(租税特別措置法29条の2)の要件を満たすかどうかで従業員の税負担が変わるため、設計段階から専門家と連携するのが一般的です。サービス名やロゴの商標は、先に出願した者が登録を受けられる仕組み(先願主義。商標法8条1項)のため、早めに出願を検討します。

グロース期以降:組織と上場・M&Aの準備

資金調達のラウンドを重ねると、種類株式や株主間契約が複雑になり、株主総会・取締役会の運営の負担も増えます。上場を目指す場合は、事業の適法性、契約関係、労務管理、反社会的勢力との関係の遮断など、法務に関する事項が幅広く確認されます。過去の議事録や株式発行の手続に不備があると、その整理に時間を要します。この段階では、日常の相談を担う顧問弁護士に加え、上場準備やM&Aなどの分野ごとに別の専門家に依頼する例も多く見られます。

「早期に顧問契約」か「スポットから」かを分ける4つの要素

創業直後から顧問契約を結ぶべきか、まずはスポット相談で始めるべきかは、次の4つの要素で判断が分かれます。

①規制・グレーゾーンとの関係

金融、医療・ヘルスケア、人材、シェアリングサービス、個人情報を大量に扱うサービスなど、法規制との関係が事業の成否を左右する分野では、事業モデルを固める前の段階から継続的に相談できる体制をとる意味が大きくなります。一方、既存の規制との関係が比較的はっきりしている事業では、必要な場面でのスポット相談でも対応しやすいでしょう。

②共同創業者の有無

共同創業者がいる場合、株式の持ち方や離脱時の取扱いを、創業の時点で決めておく必要があります。一人で創業する場合に比べて、早い段階から弁護士が関与する必要性は高くなります。

③資金調達の予定と時期

外部からの出資を予定している場合は、投資家との交渉が始まる前に相談先を確保しておくことが重要です。投資家から提示される契約書のひな型には、投資家に有利な条項が含まれていることがあり、修正の交渉には事前の検討が必要です。報告書では、スタートアップ側の弁護士を投資家側が紹介する慣行があることも指摘されています。投資家とは利害が対立しうる立場にあることを踏まえ、自社の立場で助言を受けられる相談先を、調達の前に持っておくのが望ましいといえます。

④資金繰りと相談の頻度

顧問料は毎月の固定費です。弁護士の報酬には定価がなく、事務所や契約内容によって異なります。参考になる公表データとして、日本弁護士連合会が2009年に実施したアンケートでは、月3時間程度の相談を範囲とする中小企業の顧問契約の月額顧問料について、5万円とする回答が52.7%、3万円とする回答が33.5%でした。調査から時間が経っていることに注意が必要ですが、費用を検討する手がかりになります。

資金が限られる時期は、後戻りできない判断の場面だけスポットで相談し、相談が継続的に生じるようになった段階で顧問契約に切り替える進め方も考えられます。なお、法務省の報告書では、スタートアップ向けに低額の顧問料を提案する事務所もあるが、その場合は十分なサービスを受けるために追加の料金が必要になることもあり、顧問契約を結んでいるだけでは必要な法的サービスが提供されているか分からないという指摘も紹介されています。月額の金額だけでなく、その範囲で何をしてもらえるのかを確認することが大切です。

顧問契約を検討する具体的なきっかけ

次のいずれかに当てはまる場合は、顧問契約を検討する時期に来ているといえます。一つでも当てはまれば、少なくともその場面については、判断の前に弁護士に相談しておくことをお勧めします。

  • 共同創業者がいる、または今後加わる予定がある
  • 外部からの資金調達を具体的に検討し始めた
  • 許認可や法規制との関係が事業モデルに影響する
  • 初めて従業員を採用する、または業務委託先が増えてきた
  • 利用規約やプライバシーポリシーを、他社のものを参考に自社で作っている
  • 取引先から提示される契約書を、確認しないまま締結することがある

これらのきっかけは、多くの場合、資金調達や採用などの「少し前」に訪れます。契約書のひな型を整え、投資家と条件を交渉する時間を確保するためにも、具体的な予定が決まる前の段階で相談先を決めておくと、余裕を持って準備を進められます。

顧問契約とスポット相談の違いと、契約時に確認したいこと

顧問契約の仕組み

顧問契約は、弁護士に継続的に法律相談などを依頼する契約で、月額の顧問料を支払うのが一般的です。月額の範囲で対応する業務(相談の時間数、契約書の確認の有無など)は契約で定め、範囲を超える業務や訴訟などは別途の報酬となります。継続的な関係の利点は、弁護士が会社の事業内容、過去の経緯、契約書のひな型を把握した状態で相談に応じられる点にあります。スポット相談では、相談のたびに事業の説明から始める必要があり、相談先を探す時間もかかります。

利益相反と守秘義務

弁護士は、職務上知り得た秘密を保持する義務を負っています(弁護士法23条)。また、弁護士職務基本規程は、継続的な法律事務の提供を約している者(顧問先)を相手方とする事件について、依頼者と相手方の双方が同意した場合を除き、職務を行ってはならないと定めています(同規程28条2号)。反対に、依頼しようとする弁護士が自社の取引先や競合先と顧問契約を結んでいる場合には、その相手方との案件を依頼できないことがあります。

契約時に確認しておきたい事項

  • 月額の範囲に含まれる業務(相談方法、時間や件数の上限、契約書確認の扱い)
  • 範囲を超えた場合や、訴訟・交渉を依頼する場合の報酬の計算方法
  • 連絡手段、回答までの目安、担当する弁護士
  • 自社の事業分野やスタートアップの資金調達についての経験
  • 契約期間と中途解約の方法
  • 自社の取引先・競合先との関係で依頼できない案件が生じる可能性

法務省の調査でも、スタートアップが弁護士を選んだ理由として「自社の業界や業務を理解している」(52.7%)、「対応スピードの早さ」(46.6%)が、中小企業に比べて高い割合で挙げられています。契約前の面談で、自社の事業をどの程度理解してもらえそうか、相談への回答がどの程度の速さで得られるかを確かめておくとよいでしょう。

顧問弁護士は「後戻りできない判断」の前に確保しておく

ベンチャー企業が顧問弁護士をつけるタイミングに、すべての会社に共通する正解はありません。ただし、創業者間の株式の取決め、資本政策・投資契約、ビジネスモデルの適法性といった後戻りできない判断については、判断の前に弁護士の確認を受けておくことが重要であり、法務省の調査報告書もこの点を強調しています。

規制との関係が深い事業、共同創業者がいる会社、早期に資金調達を予定している会社では、創業前後から継続的な相談先を持つ意味が大きくなります。そうでない場合は、後戻りできない場面でスポット相談を活用し、相談が継続的に生じるようになった段階で顧問契約に切り替える進め方も合理的です。

自社がいまどの段階にあり、これからどのような判断を控えているのかを整理したうえで、顧問契約を結ぶ時期を検討してみてください。判断に迷う場合は、まず単発の相談を利用して、相談事項の量や内容を確かめてみることをお勧めします。



本記事の担当

プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕

損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。

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