交通事故の物損慰謝料は原則認められない|例外的に認められる場合とは

損害保険関連法務

交通事故で車両やその他の財物が損傷した場合、修理費や評価損等の財産的損害は請求できますが、「精神的な苦痛を受けた」ことを理由とする慰謝料は、物損事故では原則として認められません。これは、人身事故の場合に入通院慰謝料・後遺障害慰謝料が当然に問題になるのとは対照的です。

本記事では、物損事故において慰謝料が原則認められない理由と、例外的に認められる場合の考え方について整理します。

なぜ物損事故では慰謝料が原則認められないのか

財産的損害は金銭賠償で回復可能という考え方

物損事故における慰謝料が原則として否定される根拠は、「財産的な損害は、金銭による賠償(修理費・評価損等の支払い)によって、被害者の被った不利益を回復できる」という考え方にあります。

人身事故における身体の傷害・後遺障害は、金銭を支払われたとしても、身体そのものが元通りになるわけではありません。そのため、財産的損害の賠償(治療費・休業損害・逸失利益等)に加えて、精神的苦痛に対する別個の賠償(慰謝料)が必要と考えられています。

これに対して、物損の場合、修理費や時価額相当額(経済的全損の場合)、評価損等の財産的損害が適切に賠償されれば、被害者が被った経済的な不利益は、理論上、金銭によって完全に填補されると考えられています。そのため、これに加えて精神的損害(慰謝料)まで認めることは、二重の評価になる、あるいは、そもそも財産的損害以上の精神的損害は通常観念しがたい、という考え方が背景にあります。

「通常人であれば我慢できる範囲」という考え方

物が壊れたことに対して不快感やストレスを感じること自体は自然な感情ですが、法的に慰謝料という形で金銭評価されるためには、社会通念上、単なる不快感を超えた「受忍限度を超える精神的苦痛」が必要と考えられています。通常の物損事故で生じる程度の不快感は、原則としてこの受忍限度の範囲内にあると評価され、慰謝料の対象にはならないとされています。

例外的に慰謝料が認められる場合

もっとも、物損事故であっても、事情によっては例外的に慰謝料が認められる裁判例が存在します。代表的なものが、ペット(愛玩動物)が交通事故により死傷した場合です。

ペット(愛玩動物)の死傷

法律上、動物は「物」(民法上の動産)として扱われます。そのため、ペットが交通事故で死傷した場合の損害も、原則としては、治療費や、ペットの財産的価値(購入価格等を考慮した評価額)を基準とする財産的損害として扱われるのが基本です。

しかし、家族の一員として長年にわたり生活を共にしてきたペットが、事故によって重傷を負い、あるいは死亡した場合には、単なる「物の損傷」を超えた精神的苦痛が生じることは社会通念上も理解できるとして、飼い主固有の慰謝料を認める裁判例が存在します。

例えば、名古屋高等裁判所平成20年9月30日判決では、事故により重傷を負った飼い犬(ラブラドール・レトリバー)について、治療費・車椅子代等の実費に加えて、飼い主の慰謝料の請求が問題になった事案において、一定の慰謝料を認める判断が示されています。このほかにも、ペットの死傷について、数万円から10万円程度の慰謝料を認めた裁判例が複数存在するとされています。

このような裁判例に共通する傾向としては、単に「物が壊れた」という次元にとどまらず、飼い主とペットとの間に家族同然の情愛関係が形成されていたこと、事故による傷害・死亡の程度が重篤であったこと等の事情が、慰謝料を基礎づける要素として考慮されているとみられます。

その他の代替不可能な物の損傷

理論的には、ペット以外にも、金銭に代え難い個人的な価値を持つ物(例えば、思い出の品、記念品等)が交通事故によって損傷した場合に、慰謝料が問題になり得る場面が観念できます。もっとも、このような類型について確立した裁判例の傾向は明確ではなく、個別の事情に応じた慎重な検討が必要な領域です。

物損慰謝料に関する実務上の留意点

財産的損害の適正な評価が優先される

物損事故において精神的損害の賠償を求める場合であっても、まずは修理費・評価損等の財産的損害を適正に評価し、請求することが基本になります。慰謝料はあくまで例外的に認められるものであり、財産的損害の請求を尽くさずに慰謝料のみを強調しても、認められる可能性は低いといえます。

人身損害を伴う事故との違い

交通事故が物損と人身の両方の要素を含む場合(例えば、運転者自身も負傷した場合)には、人身部分について通常どおり入通院慰謝料・後遺障害慰謝料が問題になります。この場合の慰謝料は、あくまで人身損害に対するものであり、物損部分の慰謝料とは別の話です。

立証の重要性

ペットの事例のように、例外的に慰謝料が認められる場合であっても、その基礎となる事情(飼育期間、情愛関係の実態、傷害・死亡の程度等)を裏付ける資料(診療記録、写真、飼育の実態を示す資料等)を準備することが、請求を認めてもらうために重要です。

「原則否定・例外あり」という構造を正確に理解する

物損事故における慰謝料は、「財産的損害は金銭で回復可能」という原則のもとで否定されるのが基本であり、ペットの死傷等、社会通念上受忍限度を超えると評価される特別な事情がある場合に、例外的に認められるという構造で理解しておくことが重要です。安易に「物損でも慰謝料が取れる」と考えるのではなく、財産的損害の適正な評価を基本としつつ、例外に該当する事情があるかどうかを個別に検討する姿勢が求められます。



本記事の担当

プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕

損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。

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