曖昧さを残す技術・消す技術

05 契約書を作成する技術

【応用実務】最終確認:2026年10月25日

一 この技術は何をしているのか

1 契約書の曖昧さには2種類ある

契約書には、意味が一つに決まらない箇所が必ずあります。そのなかには、当事者が決めきれずに、あえて残した箇所と、書き手が気づかずに残してしまった箇所があります。

2 意図的な余白と、事故になる余白

前者は交渉の結果です。先のことが見通せない取引で、起こりうることを全部決めようとすると、交渉が終わりません。後者は書き方の失敗です。読む人によって意味が変わり、紛争になってから初めて気づきます。

日本の契約慣行には、コンティンジェンシー(将来起こりうる不測の事態)への対処方針を曖昧にしがちな傾向があり、その背景には、十分に完備な契約を作るための契約コストが当事者にとって負担しえない水準に高止まりしているという構造があります(注1)。そのような状況では、契約慣行も履行段階の再交渉による調整に重きを置いたものにならざるをえません(注1)。


二 よくある例

1から3は意図的に残すことが多いもの、4と5は事故になるものです。

1 誠実協議条項(意図的に残す)

「本契約に定めのない事項又は疑義が生じた事項については、甲及び乙は誠意をもって協議し、円満な解決を図るものとする」という条項は、多くの契約書に置かれています。この条項は当事者の具体的義務を生じさせるものではなく、いわゆる紳士協定のようなものですが、紛争が生じたときにこの条項をきっかけに話し合いを始められる場合もあるので、入れておくとよいところです(注2)。もっとも、具体的な紛争解決方法について当事者間で折り合いがつかなかった場合などに置かれるこの種の条項は、当事者に何らかの具体的な義務を課すものではなく、現実に紛争が生じた場合に意味を持つものとは言いがたい面もあります(注3)。

2 努力義務(意図的に残す)

ライセンス契約で第三者の侵害を排除する義務を負わざるをえないライセンサーは、排除義務をあくまでも努力義務とすることが考えられます。もっとも、努力義務といっても、具体的に何をどこまですべきかについて当事者間で争いが生じることが予想されます(注4)。努力義務は、義務の中身を決めずに残す書き方です。

3 「等」(意図的な場合と癖の場合がある)

念のためか癖なのか「商品等」「製品等」とやたらに「等」を用いると、契約対象が不明確となり、解釈に疑義が生じかねません。他方、秘密保持契約で情報を開示する側が、秘密保持の対象を広くするために意図的に「等」を付ける場合もあります(注5)。同じ「等」でも、意図して付ける場合と癖で付ける場合があるということです。

4 定義の不一致(事故になる)

はじめに「本製品」と定義しているのに、途中で「本商品」「本製品等」という語が使われ、本製品と本商品が別物なのか単なる記載間違いなのか、「等」が何を表すのかも分からない、という例があります(注6)。

5 主語の欠落(事故になる)

「検収後30日以内に支払う」と書いて、誰が誰に支払うかを書かない条項です。当事者が2人の契約では読めば分かることが多いものの、3者以上の契約では支払う者が特定できなくなります。


三 問題点:見分けがつかないまま書かれている

契約書の文面だけを見ても、その曖昧さが意図的なものか、書き損じなのかは分かりません。交渉を担当した人が異動すると、社内にも分かる人がいなくなります。

日本の契約解釈の実務では、契約締結後に生じた紛争やトラブルの解決の拠り所を契約締結後の事情に依存する傾向が強く、契約締結時点の当事者の意図を探求して解決策を導くアプローチが比較的希薄です(注7)。日本の規範意識の下では、契約締結後の事情の変化に応じて契約を変更していくためのプロセスを事前に取り決めておくという発想が生まれにくく、そうした実務が蓄積されない以上、特に先の見通しの立たない取引では、当事者の協力関係を前面に押し出す形で、①当事者に結果責任を負わせず、②問題解決をその場の再交渉に委ねる手法を採用せざるをえません(注8)。

締結時の意図が記録に残っていなければ、紛争になったときにその意図を解釈に反映させることは難しくなり、再交渉に頼る場面が増えます。もちろん、契約の文言や取引の経緯、慣習、民法の任意規定によって答えが出る問題もあります(民法91条・92条)。


四 改善例

1 残すなら、残したことを社内で共有する

曖昧さを意図的に残した箇所は、稟議書や契約審査の記録に書き残します。

記録すること例
どの条項を曖昧にしたか第12条(協議事項)、第15条2項(努力義務)
なぜ決めなかったか相手方と費用負担の考え方が一致しなかった
何が起きたら協議するか仕様変更が月2回を超えたとき
協議がまとまらなかったらどうするか契約の更新時に改めて交渉する

2 消すなら、数値・日付・列挙で消す

事故になる余白は、書き方を変えれば消せます。

曖昧な書き方消し方
「速やかに」「○営業日以内に」
「相当の期間」「通知到達後14日間」
「商品等」対象を号で列挙し、「等」を外す
「本製品」「本商品」が混在定義語を一つにそろえ、全文を検索して置き換える
主語がない「甲は、乙に対し」と書く

五 書き分けの分岐:決めきれないから曖昧にする、という判断

決めきれないことを無理に決めると、交渉が止まります。先の見通しの立たない取引では、決めずに残し、起きたときに協議するという判断にも合理性があります。

場面判断
起きる確率が低く、起きても損失が小さい誠実協議条項に任せる
起きる確率は低いが、起きたときの損失が大きい金額の上限や解除権など、最低限の手当てだけは決める
相手方と考え方が一致せず、交渉に時間をかけられない努力義務や協議条項で残し、四の1の記録を付ける
読む人によって意味が変わるだけで、争点になっていない四の2の方法で消す

曖昧さそのものは悪ではありません。問題は、意図して残したのか、書けなかっただけなのかが区別されていないことです。

本稿で扱わなかったこと

「ものとする」「努めるものとする」が義務の強さをどう決めるかは、03章の別稿「『ものとする』『するものとする』『努めるものとする』の差:義務の強さを決めているか」が扱います。先の見通しの立たない取引の契約締結過程は04章、契約の補充的解釈は25章で扱います。


参考文献等

註

(注1)小林一郎『日本の契約実務と契約法──日本的契約慣行の研究』(商事法務、2024)195頁
(注2)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)150頁
(注3)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)643〜644頁
(注4)前掲注3・549頁
(注5)堀江泰夫『契約業務の実用知識〔第3版〕』(商事法務、2025)64頁
(注6)前掲注5・39頁
(注7)前掲注1・201頁
(注8)前掲注1・203頁


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