一 どういう場面か:何が起きるか分からない取引
システム開発、共同研究、新規事業の立ち上げのように、始める時点では何が起きるか分からない取引があります。最終的な仕様も、かかる費用も、完成するかどうかも、進めてみないと決まりません。
日本では、契約交渉が一定の熟度に達しない限り契約を成立させない、当事者間で明確化されていない事柄は契約内容に取り込まないというアプローチが、企業の契約実務の基本姿勢に影響を与えています(注1)。特にシステムの領域では、契約は小さく始めて走りながら考えていく実務スタイルが定着し、プロジェクトの結果についてのコミットメントは回避する一方で、マイルストーンに応じて契約を段階的に成立させていく実務が広く通用しています(注1)。
二 何を見るか
1 何が決まっていて、何が決まっていないか
最初に、取引の要素を「いま決まっていること」と「後で決まること」に分けます。
| 要素 | いま決まっている例 | 後で決まる例 |
|---|---|---|
| 目的物・業務 | 目的、大まかな範囲 | 仕様の詳細、機能の数 |
| 対価 | 単価、次の段階までの費用 | 総額 |
| 期間 | 次の段階の期限 | 完成時期 |
| 成果 | 各段階の成果物 | 最終的に完成するかどうか |
2 決まっていないことを、いつ・どう決めるか
後で決まることについて、決める時期(どの段階が終わったときか)と、決め方(協議、一方の指定、算定式)を契約に書きます。
3 決めきれないまま始めるリスク
段階的に契約を締結していく多段階契約方式では、ベンダーが自分の能力を正直に申告する誘因は高まる傾向にあります。しかし、段階的とはいえ一定の契約関係が構築される以上、顧客は現実には契約の建て付け以上に拘束感を感じ、契約関係からの離脱をなかなか決断しづらく、中途半端な契約関係は、かえってベンダー側の初期段階での安易・無謀なコスト見積もりや、機会主義的・恣意的な契約の打切りを惹起させるリスクを生み出してしまいます(注2)。
段階を区切っただけでは、先の見通しの立たなさは解消しません。区切りごとに、次に進むか、やめるかを判断できる仕組みが要ります。
三 直し方:4つの道具
1 段階的に契約する(多段階契約)
ソフトウェア開発契約には、すべての工程を一括でベンダーが請け負う一括請負方式と、開発工程ごとに個別契約を締結する多段階契約方式があり、実務上は多段階契約方式が用いられるのが一般的です(注3)。各方式のメリット・デメリットは、次のとおりです(注3)。
| 一括請負方式 | 多段階契約方式 | |
|---|---|---|
| ベンダーのメリット | まとまった金額の受注が入る | 工程ごとに委任と請負を使い分けられる。目的物が完成しなくても工程ごとに報酬を受け取れる |
| ベンダーのデメリット | 完成させられなければ膨大な作業も無報酬。契約時に工数が分からず見積りが難しい | 次の工程を必ず受注できるとは限らない |
| ユーザのメリット | 完成しなければ原則として報酬を払う必要がない | 工程ごとに契約終了を確認し、進捗を把握できる。頓挫したときにベンダーの責任を問いやすい |
| ユーザのデメリット | 契約時に目的物が具体的に定まっておらず見積費用が高額になりうる | 要件定義や外部設計が完了しないと全体の開発コストが分からない。目的物が納入されないリスク |
(表の内容は注3による)
ベンダーとしては、ユーザーの要求に即した仕様書等を作成してもユーザーが承諾しなければ無報酬に終わるおそれがあるので、できるだけ多段階契約方式によって、要件定義の段階などでそこまでの作業に値する報酬を受け取れるようにしておくことが望ましいところです(注4)。
2 協議条項+不調時の処理
後で決まることを「協議する」とだけ書くと、協議がまとまらないときに行き詰まります。仕様変更について予算や納期で合意することが難しい場合に備えて、変更協議がまとまらなかった場合の手続を定める条項例があります(注5)。変更の内容が作業期間、納期、委託料などの契約条件に影響する等の理由でユーザーが個別契約の続行を中止しようとするときは、まだ終わっていない部分について個別契約を解約でき、その場合は中止時点までにベンダーが遂行した業務の委託料を支払い、解約によってベンダーに生じた損害を賠償する、というものです(注5)。
協議条項には、協議の期限と、期限までにまとまらなかったときの処理(解約、費用の精算、第三者の判断)をセットで書きます。
3 ハードシップ条項・再交渉条項
長期の取引では、契約締結後の事情の変化に備えて、再交渉を約束する条項を置くことがあります。ハードシップ条項は、履行不能とまではいえないものの、著しく契約の履行が困難である、不公正で過酷であるといった場合に免責を認めようとするものです。ユニドロワ国際商事契約原則には、ある出来事が生じたために、所定の条件の下で、履行に要する費用が増加し、または受領する履行の価値が減少して、契約の均衡に重大な変更がもたらされる場合にハードシップを認める規定があります(注6)。もっとも、同原則でも、ハードシップに基づく再交渉の要請はそれ自体として不利な立場の当事者に履行を留保する権利を与えるものではないとされており、効果には限界があります(注6)。
再交渉条項を置くときは、再交渉の対象(価格か、範囲か、期間か)、再交渉を求められる要件(何がどれだけ変わったら)、まとまらなかったときの処理を書きます。日本法の事情変更の法理に頼るのは、裁判所で認められる場面が限られるので、最後の手段と考えておきます。
4 解約権を留保する
段階ごとに進むか、やめるかを判断できるよう、各段階の終了時に解約権を置きます。二の3で見たとおり、段階を区切っても、ユーザー側は実際には離脱を決断しにくいと考えられます(注2)。解約したときに支払う金額(それまでの作業の対価、費用の精算)を先に決めておくと、離脱の判断がしやすくなります。
四 相手方への説明のしかた
先の見通しの立たない取引では、どちらの当事者にも見通しがないことを前提に話をします。「総額を約束できないのは、まだ分からないからです。その代わり、段階ごとに費用と成果を確認し、そこでやめる選択肢をお互いに持ちましょう」という説明が、ベンダーにとってもユーザーにとっても受け入れやすい形です。
五 どこまで直すか
| 取引の性質 | 使う道具 |
|---|---|
| 最初の段階(調査・要件定義)だけ条件が決まっている | 多段階契約。最初の段階は準委任 |
| 途中で仕様や条件が変わる前提 | 協議条項+不調時の解約と精算 |
| 数年にわたり、原材料価格や為替の変動が大きい | 再交渉条項(ハードシップ条項) |
| 途中で撤退する可能性がある | 段階ごとの解約権と解約時の支払額 |
先の見通しの立たない取引では、全部を決めようとしないことです。決まっていないことを、いつ・どう決めるか、決まらなかったらどうするかを決めておきます。
本稿で扱わなかったこと
事情変更の法理そのものは、10章の別稿「事情変更の原則:前提が崩れたら契約から降りられるか」が扱います。システム開発の多段階契約の個々の条項は14章、契約の補充的解釈は25章で扱います。
参考文献等
註
(注1)小林一郎『日本の契約実務と契約法──日本的契約慣行の研究』(商事法務、2024)74頁
(注2)前掲注1・87〜88頁
(注3)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)452〜453頁
(注4)前掲注3・457頁
(注5)吉羽真一郎編集代表『条項解説 事例から学ぶシステム開発契約書作成の実務』(日本加除出版、2023)133頁
(注6)浜辺陽一郎『現代国際ビジネス法〔第2版〕』(日本加除出版、2021)279〜280頁




