一 どういう場面か:他社とも話を進めたい/進めてほしくない
基本合意書の段階で、買い手側は「他社と話を進めないでほしい」と求め、売り手側は「他の候補とも比べたい」と考えます。独占交渉義務の条項は、この利害がぶつかる場所です。
交渉過程にも私的自治の原則が適用されるため、最終的に契約を締結するか否かは本来自由です。もっとも、契約締結の是非を検討するためのデューデリジェンス等には相応の時間と費用を要し、譲受人としては、多大な時間と費用を掛けた時点で第三者との交渉を理由に協議を打ち切られてしまうと不測の損害を被ります。そこで、基本合意書に独占交渉条項を定める場合があります(注1)。他方、買収対象企業にしてみれば、独占交渉期間中は他の買主候補との協議・交渉が禁止される結果、より有利な取引の実現が阻害されることもありうるため、独占交渉権の付与には消極的であることが一般的です(注2)。
二 何を見るか
1 独占交渉義務が定められているか、拘束力があるか
独占交渉義務は、基本合意書の中でも拘束力を持たせるのが一般的な条項です(注3)。拘束力のある条項として書かれているかを、まず確かめます。
最高裁も、基本合意書の中で「第三者との間で本基本合意書の目的と抵触しうる取引等にかかる情報提供・協議を行わない」と相互に約した条項について、これが当事者を拘束する債務を生じさせることを前提に判断しています(注4)。
2 期間はいつまでか
期間が長すぎる条項は、売り手側にとって重い負担になります。日本国内における一般的なM&Aの実務では、独占交渉期間を2〜6か月程度とする例が多いようです(注2)。交渉に必要な合理的な期間を定めておくべきで、その期間は3か月から6か月程度が多いといえます(注5)。
3 違反したときの効果が書かれているか
ここが、この条項でいちばん見落とされやすい点です。
最高裁の事案では、基本合意書に、条項に違反した場合の制裁、違約罰についての定めは存在しませんでした(注4)。そのうえで最高裁は、違反によって被る損害の性質を次のように述べています。
本件基本合意書には、抗告人及び相手方らが、本件協働事業化に関する最終的な合意をすべき義務を負う旨を定めた規定はなく、最終的な合意が成立するか否かは、今後の交渉次第であって、本件基本合意書は、その成立を保証するものではなく、抗告人は、その成立についての期待を有するにすぎないものであることが明らかである。そうであるとすると、相手方らが本件条項に違反することにより抗告人が被る損害については、最終的な合意の成立により抗告人が得られるはずの利益相当の損害とみるのは相当ではなく、抗告人が第三者の介入を排除して有利な立場で相手方らと交渉を進めることにより、抗告人と相手方らとの間で本件協働事業化に関する最終的な合意が成立するとの期待が侵害されることによる損害とみるべきである。(注4)
この事案では、最終的な合意をする義務がなく成立も保証されていなかったので、違反による損害は、最終契約が成立していれば得られた利益ではなく「期待」の侵害とされました。これは保全の必要性を判断する中で述べられたものです。最高裁は、この損害は事後の損害賠償によって償えないほどのものとまではいえないこと等を総合的に考慮し、第三者との協議の差止めを求める仮処分命令の申立てを、保全の必要性を欠くとしました(注4)。
4 いつまで義務が続くか
同じ決定は、独占交渉条項は最終的な合意を成立させるための手段として定められたものであるから、社会通念上、最終的な合意が成立する可能性が存しないと判断されるに至った場合には、その条項に基づく債務も消滅する、としています(注4)。その事案では、最終的な合意が成立する可能性は相当低いとしつつ、いまだ流動的な要素が全くなくなってしまったとはいえず、債務はいまだ消滅していないと判断されています(注4)。
最終契約が成立する可能性がなくなったかどうかの判断は困難を伴うので、交渉に必要な合理的な期間を定めておくべきです(注5)。
三 直し方
独占交渉条項そのものに期間の区切りがない条項(基本合意書の有効期間は約1年10か月)の改善例は、次の形です(注5)。
| 直す点 | 改善例の書き方 |
|---|---|
| 期間 | 「本締結日から○か月間は」と期間を区切る |
| 違反の効果 | 「前項に定める義務に違反した当事者は、他方当事者に対し、違約金として金○円を支払う」を加える |
(注5)
違約金を置く理由は、通常、損害等の立証が容易でないことにあります。義務違反が生じた場合の違約金をあらかじめ設定しておくことも考えられますが、この場合、少額に設定するとかえって拘束力を弱めることに留意が必要です(注5)。
違約金の代わりに、損害賠償の範囲に交渉費用を含める書き方もあります。法的拘束力のある義務の違反に起因する損害等について賠償する責めを負うものとし、その損害等には基本合意書の締結および最終契約の締結のための協議・交渉・検討に要した費用(外部専門家の費用を含む)を含む、とする条項例です(注6)。
四 相手方への説明のしかた
売り手側として独占を受け入れる場合、「なぜ期間を短くしたいのか」を説明できるようにしておきます。譲渡人としては、より有利な条件を引き出すべく複数の譲受人候補から提案を受ける機会を確保するため、独占交渉の期間を過度に長期とするのは望ましくないところです(注5)。
買い手側として違約金を求める場合は、最終的な合意の義務がない基本合意書では違反による損害は最終契約が成立していれば得られた利益ではなく「期待」の侵害とみられうるという二の3の判断を示すと、違約金を置く理由が伝わります。
五 どこまで直すか:独占を受け入れる代わりに何を取るか
| 立場 | 譲れない点 | 引き換えにできる点 |
|---|---|---|
| 売り手 | 期間の上限。延長は書面合意に限る | 独占を認める代わりに、デューデリジェンスの期限や価格の目安を早めに出させる |
| 買い手 | 独占交渉義務に拘束力があること | 期間を短くする代わりに、違約金か交渉費用の賠償を入れる |
独占交渉義務があると、交渉を打ち切ったときの責任も問われやすくなります。独占を約束しながら第三者と話を進めた経緯は、交渉破棄の責任を論じるときにも不利な事情になります。
本稿で扱わなかったこと
基本合意書のどの条項に拘束力を持たせるかは、別稿「LOI・MOU・基本合意書の法的性質:名前ではなく条項ごとに決まる」、各条項の書き方は別稿「基本合意書の条項設計:何を決め、何を決めずに残すか」が扱います。交渉を打ち切ったときの責任は別稿「契約締結上の過失・交渉破棄の責任」、M&A契約の全体像は18章で扱います。
参考文献等
註
(注1)秦周平ほか編『契約書リーガルチェックのポイント──事例でみるトラブル条項例』(新日本法規出版、2020)設問63(株式譲渡契約締結までの独占交渉義務が問題となる場合)
(注2)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)580頁
(注3)前掲注2・587頁
(注4)最決平成16年8月30日民集58巻6号1763頁
(注5)前掲注1・設問63
(注6)前掲注2・589頁
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