一 問題の所在:契約書は白紙の上に書くのではない
契約書のドラフトから条項を1つ削っても、その部分が空白になるわけではありません。民法や商法が、そこに当てはまるルールを用意しているからです。
支払をどこでするかを書かなければ、弁済の場所は、特定物の引渡しについては債権発生の時にその物が存在した場所、その他の弁済については債権者の現在の住所になります(民法484条1項)。費用をどちらが持つかを書かなければ、弁済の費用は債務者の負担です(民法485条本文)。利息を取る約束だけして利率を書かなければ、その利息が生じた最初の時点における法定利率によります(民法404条1項)。
そうすると、契約書を作る作業は、白紙に何かを書き足していく作業ではありません。すでに用意されているルールを、そのまま使うか、別の内容に変えるかを、条項ごとに決めていく作業です。
この連載で条項を扱う記事が、どれも「書かなければどうなるか」から始まるのは、このためです。本稿は、その問いの土台にあたる民法91条の仕組みを説明します。
二 制度の枠組み
1 任意規定(民法91条)
民法91条は、「法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う」と定めています。
この条文は契約自由の原則を認めたものですが、「公の秩序に関しない規定」という限定がついているので、逆に「公の秩序に関する規定」に反することができないということを定めたものでもあります(注1)。公の秩序に関する規定を強行規定、公の秩序に関しない規定を任意規定と呼びます。民法91条の反対解釈として、強行規定に反する契約は無効、任意規定と異なる契約は有効と解されています(注1)。
似た条文に民法92条があります。こちらは、任意規定と異なる慣習がある場合において、当事者がその慣習による意思を有していると認められるときは、その慣習に従う、という定めです。書いていない部分を埋めるのは、条文だけとは限りません。
2 強行法規:変えられない部分
契約の内容を自由に決められることは、2017年の改正で明文になりました。民法521条2項は、「契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる」と定めています。
契約自由の原則は、契約締結の自由、相手方選択の自由、内容決定の自由、方式の自由を内容とし、近代私法の基本原則として改正前民法の下でも当然に認められていましたが、これを正面から認める明文規定はありませんでした(注2)。521条2項では、内容決定の自由も「法令の制限内において」との制限に服することが定められており、契約内容が強行規定違反や公序良俗等の違反の場合には、契約の一部又は全部が無効となることが確認されています(注3)。
自由を書いた条文が、同時に限界も書いている、ということです。
3 どちらか見分ける方法
では、ある条文が強行規定か任意規定かを、どう見分けるか。法令に反する契約は無効である旨を明文で定めている場合は、それが強行規定であることは明らかです。借地借家法9条がその例です(注1)。同法は、借地権の存続期間を法の定める期間よりも短くし、期間の更新を認めないような借地契約を無効としており、これは社会政策的観点から借地人の保護を契約の自由よりも優先させた結果である、という説明です(注1)。
明文がない場合は解釈によるほかありませんが、手がかりはあります。賃料を後払いとする民法614条は強行規定ではなく、家賃を前払いにする契約も有効と解されています(注1・注4)。民法第3編「債権」の多くは、契約条件のスタンダードとして、当事者が契約条件を明確に定めていない場合にそれを補充するためのものとして、任意規定と解されています(注1・注4)。これに対し、民法第1編「総則」や第4編「親族」の定めは強行規定であることが多く、未成年者の法律行為に法定代理人の同意を要求する民法5条や、重婚を禁じる民法732条は、契約で別の合意をしても効力が変わりません(注4)。
| 手がかり | 見分け方 |
|---|---|
| 条文に「無効とする」と書いてある | 強行規定(借地借家法9条など)(注1) |
| 条文に「別段の意思表示がないとき」と書いてある | 任意規定(民法404条1項、484条1項、485条本文) |
| 民法の債権編にある | 任意規定であることが多い(注1・注4) |
| 民法の総則・親族編にある | 強行規定であることが多い(注4) |
| 行政上の取締りを目的とする法令 | 下記の取締規定と効力規定の区別による(注5) |
行政上の取締りを目的として一定の行為を禁止し、罰則を定めている法令については、違反した場合に契約自体が無効になるのかが別に問題になります。取締法規のうち、それに反する契約を無効とするものを効力規定、そうでないものを取締規定と呼び分けます(注5)。罰則を適用するだけで行政上の取締りの目的を達することができるものと、違反の契約を無効としなければ本来の目的が達成できないものとがあるからです(注5)。取引の相手方が許認可を持っているかどうかが問題になる場面では、罰則の有無だけを見ても答えが出ない、ということです。
4 任意規定にも2種類ある
任意規定は、働き方の違いで2つに分けられます。
1つは、当事者が決めなかったことを埋める規定です。弁済の場所(民法484条1項)、弁済の費用(民法485条本文)、利息の利率(民法404条1項)、賃料の支払時期(民法614条)が、これにあたります。契約書に書けば、そちらが優先します。
もう1つは、当事者が書いたことの意味を決める規定です。「違約金は、賠償額の予定と推定する」(民法420条3項)、「売買の目的物の引渡しについて期限があるときは、代金の支払についても同一の期限を付したものと推定する」(民法573条)といった条文です。
この2つは、契約書での外し方が違います。前者は、違う内容を書けばそれで足ります。後者は、条文が置いた推定を破る記載が要ります。違約金を損害賠償の予定とは別のものとして定めるつもりなら、その趣旨を条項に書き込んでおかなければ、民法420条3項の推定が働きます。
三 解釈:任意規定は「単なるデフォルト」なのか
1 任意規定が、条項を測るものさしになっている
任意規定は、当事者が別の定めを置けば退く規定です。ところが、法律は別の場面で、その任意規定を、条項の当否を測る基準として使っています。
消費者契約法10条は、「法令中の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」であって、民法1条2項の基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものを無効としています。民法91条によれば任意規定と異なる契約は本来有効なはずですが、消費者契約については、その場合でも、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効になります(注6)。
比較の対象は、他社の契約書でも業界の相場でもありません。任意規定です。
同じ構造は、定型約款の規定にもあります。民法548条の2第2項は、「相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項」であって、取引の態様・実情・取引上の社会通念に照らして信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについて、合意をしなかったものとみなす、と定めています。この規定は、①相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であること、②信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められること、という2つの要件に分かれます(注7)。不意打ち条項規制と不当条項規制のいずれか一方の趣旨に抵触すれば、信義則違反として契約条項の効力が否定される条文と理解すべきものです(注8)。
2 「変えられる」と「変えたとおりに効く」は別
任意規定と違う条項を書けること自体は、民法91条が認めています。ただ、書いた条項がそのままの形で通るかどうかは、別の問題です。
契約の解釈には、当事者の意思を明らかにすること(本来的解釈)と、当事者間の権利義務に関する規範を設定すること(規範的解釈)の2つがあり、合意優先の原則を制限するのは規範的解釈のほうです(注9)。契約書の文言がそのまま結論になるとは限らない、という趣旨です。
民法90条も残っています。公序良俗に反する法律行為は無効ですが、この条文は2017年の改正で「事項を目的とする」という文言が削除されました。裁判例では、公序良俗違反の有無は、当該法律行為がいかなる事項を目的としているかということのみならず、当該法律行為が行われた過程やその他の事情を総合的に考慮して判断されており、この削除は、従前の裁判例や学説の考え方を明文化したものです(注10)。条項の中身だけでなく、それを入れた経緯も見られる、ということです。
条項があること自体は認めたうえで、その条項どおりの効果を制限した最高裁判決もあります。加入電話の契約者以外の者が利用した通話料についても契約者が支払義務を負う、という約款の条項について、電話会社(上告人)がダイヤルQ2事業を始める際に、サービスの内容や危険性の周知と防止策を十分に講じていなかったところ、契約者(被上告人)の未成年の子が無断で多数回・長時間利用して通話料が高額化した事案です。
被上告人が料金高額化の事実及びその原因を認識してこれに対する措置を講ずることが可能となるまでの間に発生した通話料についてまで、本件約款118条1項の規定が存在することの一事をもって被上告人にその全部を負担させるべきものとすることは、信義則ないし衡平の観念に照らして直ちに是認し難いというべきである。そして、その限度は、加入電話の使用とその管理については加入電話契約者においてこれを決し得る立場にあることなどの事情に加え、前記の事実関係を考慮するとき、本件通話料の金額の5割をもって相当とし、上告人がそれを超える部分につき被上告人に対してその支払を請求することは許されないと解するのが相当である。(注11)
条項が無効とされたわけではありません。条項があることの一事をもって全部を負担させることが、信義則ないし衡平の観念に照らして是認し難いとされ、5割に制限されたのです。この判決は、事業者の側が果たすべき責務を果たしていなかった事情を重く見たものです。
任意規定から遠く離れた条項ほど、消費者契約法10条・民法548条の2第2項・民法90条・信義則のいずれかに触れる確率が上がります。任意規定は、退いた後も、条項がどこまで離れたかを測る目盛りとして残ります。
四 契約実務への還元
1 条項を見たら3つ順に考える
条項を1つ読むたびに、次の3つを順に考えます。
| 問い | 何を確かめるか |
|---|---|
| 1 書かなければどうなるか | その条項がないときに適用される民法・商法の規定を探す |
| 2 変えられるか | その規定が任意規定か強行規定か。業法や消費者契約法の制限がかかる取引か |
| 3 変えたとおりに効くか | 任意規定からどれだけ離れているか。離れた分を正当化する事情があるか |
3つ目まで考えて、はじめて条項の評価ができます。1つ目を飛ばすと、そもそも何が変わったのかが見えません。
2 この連載の条項記事は、すべてこの問いから始まる
共通条項を扱う記事は、どれも「この条項は何をしているのか/書かなければどうなるか」から書き起こしています。損害賠償の上限条項なら民法416条と民法709条以下、遅延損害金の条項なら民法419条・404条、解除条項なら民法541条・542条、というように、条項ごとに戻る先の規定があります。条項の意味は、その規定との差分で決まります。
3 書き換える理由を説明できるか
自社の立場で有利な条項を入れるとき、「なぜ民法と違う定めを置くのか」を一言で説明できるかどうかが、交渉でも社内の決裁でも効いてきます。
たとえば、契約不適合の通知を「引渡しから7日以内」に限り、期間を過ぎたら追完請求などをできないとする条項は、民法566条の期間(種類・品質の不適合を知った時から1年以内の通知)を大きく前倒しします。検査期間を7日と定めただけでは、この1年の期間が当然に短くなるわけではないので、短縮するならその旨を条項に書きます。商人間の売買であれば、商法526条の検査・通知の規律との関係も確かめます。当事者が事業者どうしであれば合意できる範囲ですが(売主が不適合を知っていた場合などは別です。民法566条ただし書・572条)、なぜ7日なのかを説明できなければ、交渉で押し戻されたときに動かせません。逆に、任意規定と同じ内容を確認的に書いてある条項なら、削っても結論は変わらないので、交渉の材料として譲る余地があります。
本稿で扱わなかったこと
契約自由の4つの内容とその限界の全体像は、別稿「契約自由の原則とその限界:4つの自由と、その外側」が扱います。公序良俗違反・消費者契約法・業法による条項規制の各論は29章で、定型約款のみなし合意除外規定そのものは別稿「不当条項規制」で扱います。任意規定が契約解釈の考慮要素として使われる場面は、裁判例に即して別稿『「任意規定」という考慮要素』で扱います。
参考文献等
註
(注1)喜多村勝德『契約の法務〔第2版〕』(勁草書房、2019)34頁
(注2)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説 新債権法』(有斐閣、2021)394頁
(注3)前掲注2・395頁
(注4)前掲注1・35頁
(注5)前掲注1・35〜36頁
(注6)前掲注1・45頁
(注7)前掲注2・462頁
(注8)前掲注2・463頁
(注9)前掲注1・40頁
(注10)前掲注2・8頁
(注11)最判平成13年3月27日民集55巻2号434頁




