一 どういう場面か:法務が前に出るか、後ろにいるか
契約交渉の相手方とやりとりするのは、多くの場合、事業部門の担当者です。法務は、修正案を作って渡し、返ってきた回答を見てまた直す。相手方と直接話すことはありません。
この形は、法務の手間は少ない代わりに、伝わり方を制御できません。「法務がこう言っているので」という一言で修正案が相手方に渡ると、相手方は社内の反対だと受け取り、説得すれば通ると読みます。
二 何を見るか
1 どこで止まっているか
実務誌に、ITベンチャー企業の法務担当者が、契約審査にかかる時間を短縮するために業務フローを調べた記録があります(注1)。顧客への提案から契約締結までのメールの内容を確認したところ、修正案の確定まで何度か交渉を繰り返す部分に少しでも停滞するポイントがあると、急にスピード感が落ちてしまうことが分かった、というものです(注1)。
同記事が挙げる停滞のタイミングは3つです(注1)。
| 止まる人 | いつ | 理由 |
|---|---|---|
| 自社の営業 | 自社の法務担当に審査依頼を出す前 | 契約書の内容を把握してから法務に依頼したいが、商談等の優先度が高く時間が取れない |
| 自社の営業 | 法務審査後の契約書を相手方担当者に渡す前 | 契約書にどの程度の修正が入っているか分からず、メール文の作成に時間がかかる |
| 先方担当者 | 相手方から受け取った契約書を自社の法務に再度審査依頼を出す前 | 契約書の修正内容を事前に確認したいが、時間が取れない |
(表の内容は注1による)
3つとも、詰まっているのは条項の中身の手前、間に立つ人が何をどう伝えるかの部分です。
2 法務が前に出ることの功罪
前に出る効果もあります。契約交渉は実施部門が前面に出て行う場合が多いのですが、法的な事項について双方の主張が対立しているような場合には、法務部員が契約交渉の場に同席して、相手方の提示条件に対する懸念点や代替案についての自社の考えを直接説明することで双方の理解が進み、難航していた交渉が前に進むこともあります(注2)。
他方、誰が出るかには順序があります。最終決裁をする人が易々と交渉の場に出てはいけないのが大原則です(注3)。相手方の顔ぶれによって参加者のバランスをとる必要がある場合には、対応する役員に事前レクチャーをすることになります(注3)。レクチャーでは、こう言ってくださいと頼んでもそのとおりに言ってもらえることはなかなかないので、逆に言ってはいけないことのリストを作る、という工夫があります(注3)。
3 弁護士を入れるタイミング
弁護士に相談する典型的なケースは、紛争の代理、複雑で重要な手のかかる案件、法的な意見書、専門法分野での回答、客観的な立場からの意見、調べても分からない点の確認、他社の対応事例の照会の7つです(注4)。
交渉の場面で効くのは5つ目です。法務部は営業部門などと比較すれば客観的な視点を持った組織といえますが、企業を構成する一部門である以上、法務部が備えうる客観性には自ずと限界があります。依頼部門あるいは法務担当者自身が、問題を自社に都合のよいように解釈しているのではないかと疑われるときには、第三者である外部の弁護士の判断を仰ぐのが望ましいところです(注5)。
社内で「法務が固いことを言っている」という話になったときに、外部の意見を入れる。これは法務の立場を守る手当てというより、判断の質を上げるための手当てです(注5)。
三 直し方
1 伝言ゲーム対策:そのまま送れる形で渡す
先の実務誌の記録では、停滞を避けるために2つの手当てが取られています(注6)。1つは、該当の営業担当者については、契約書を受け取ったら自身で内容を把握する前に法務に審査依頼をしてもよいことにし、営業担当者への確認が必要なものは法務から要点を返すフローに変更したことです(注6)。もう1つは、営業担当者や先方担当者がメールや社内連絡に使えるよう、審査後の契約書を渡す際に、具体的な修正点や修正箇所の多さについてメモを作って渡したことです(注6)。
同記事が挙げるメモの具体例は、次のようなものです(注6)。
御社の提案をすべて受け入れる方向で修正をしておりますが、1点だけ、第10条の部分のみ当社から別の修正案を提示させていただいております。(注6)
細かく修正依頼をいただいておりましたので、受入れ可能な範囲で反映しております。修正依頼の理由がない箇所については一部受入れが難しく、その点は次回返信時に理由を提示していただけましたら、再度検討させていただきます。(注6)
このメモは、事業部門がそのまま相手方に送れる文章になっています。法務の言葉を事業部門が翻訳する手間がなくなり、翻訳の過程で意図がねじれることもなくなります。
この対応により、該当の営業担当者の契約審査が滞留する回数が大きく減り、営業担当者自身も契約業務にかけるコストが少なくなったことで、信頼と感謝を得ることができたという結果が報告されています(注6)。先方担当者からは「契約審査が早くてよい」という声が営業担当者経由で届くようになりました(注6)。
2 同席する場合の役割分担
法務が同席するときは、話す範囲を決めておきます。
| 役割 | 誰が | 何を話すか |
|---|---|---|
| 交渉の主体 | 事業部門 | 取引の目的、条件、進め方。合意するかどうかの意思表示 |
| 条項の説明 | 法務 | なぜこの条項が必要か、相手方案だと何が起きるか、代替案 |
| 判断の留保 | 事業部門 | 持ち帰りの表明。社内の決裁プロセスと期間 |
法務が条項の説明を担当することは、前に出る目的を限定することでもあります。同席の目的は、交渉を代わることにはありません。説明を直接届けることです(注2)。
3 「法務が反対している」と言わせない
社内の反対として相手方に伝わると、交渉は弱くなります。避けるには、法務の指摘を事業判断の形に翻訳してから外に出すことです。
交渉が不調に終わり相手方のドラフトを無修正で受け入れる結論になる場合も、各契約条項によって自社がどのような責任や危険を負担することになり、企画遂行にあたってどういった事柄に注意を払う必要があるのかについて、実施部門が十分に理解できている状態になるまでの説明責任を果たしたうえで、案件の対応に一区切りをつけることを心がけます(注7)。
飲む場合でも、何を飲んだのかを事業部門が分かっている状態にする。それが、次の交渉で「法務が反対している」という言い方をされないための準備になります。
四 相手方への説明のしかた
相手方に伝える言葉は、主語を会社にします。
- 「弊社としては、この条項は受け入れられません。理由は○○です」
- 「弊社の社内手続の関係で、回答は○月○日になります」
社内の意思決定プロセスと、実際に交渉をしている人間の権限の範囲を、交渉の際に相手方にどう説明しておくかは、交渉を円滑に進めるうえで重要です(注3)。決裁に時間がかかること自体は、先に言っておけば交渉の障害になりません。
五 どこまで前に出るか
| 場面 | 法務の立ち位置 |
|---|---|
| ひな型どおりの定型取引 | 後ろにいる。そのまま送れる修正案とメモを渡す |
| 条項の解釈で主張が対立している | 同席して条項の説明を担当する |
| 相手方の法務・弁護士が前面に出ている | 同席する。用語の水準を合わせる |
| 自社に都合のよい解釈をしていないか疑われている | 外部の弁護士の判断を入れる |
| 紛争になりかけている | 弁護士に代理を依頼する |
(最後の2行は注4・注5による)
法務が前に出るかどうかは、好みの問題ではなく、どこで止まっているかで決まります。止まっているのが伝え方なら、伝え方を直せば足ります。
本稿で扱わなかったこと
事業部門への説明のしかたそのものは06章の別稿「事業部門への説明」、相談の受け方は01章の別稿「『これ、法的に問題ない?』に何を返すか」が扱います。外部弁護士の選び方・使い方は31章の別稿「外部弁護士の使い方」で扱います。交渉の準備と譲歩の設計は別稿「交渉の準備:譲歩可能性の事前設計」、修正理由の伝え方は別稿「修正理由の伝え方:法的根拠/取引上の実害/代替案」で扱いました。
参考文献等
註
(注1)飯田裕子「他部署と作り上げる『信頼される法務』への意識」ビジネス法務2022年8月号62〜63頁
(注2)宮川統一「ライセンスを受ける立場での契約審査時の着眼点と契約交渉に際しての心構え」ビジネス法務2022年8月号31頁
(注3)原秋彦=松木和道=中川裕一〔鼎談〕「若手実務家のための国際契約交渉の心得(1)」NBL1089号27頁(2017年)
(注4)瀧川英雄『スキルアップのための企業法務のセオリー──実務の基礎とルールを学ぶ』(第一法規、2018)139〜140頁
(注5)前掲注4・140頁
(注6)前掲注1・63頁
(注7)前掲注2・31頁
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