一 どういう場面か:修正案はできたが、事業部門が納得しない
修正案と理由を整えて、事業部門の担当者に返しました。返ってきたのは「この修正、全部必要ですか。先方との関係もあるので、できれば出したくないのですが」という返事でした。
依頼部署に契約のリスクを指摘するときは、否定的な発言に十分注意しなければなりません(注1)。依頼部署は、その契約が締結可能であり、かつ締結すべきであると考えて審査依頼をしているので、否定する発言に敏感になっているからです(注1)。不用意に否定的な発言をすると、依頼担当者との信頼関係を害してしまうことがあります(注1)。
事業部門への説明は、事業部門が進めたいと思っている取引について、判断の材料を渡す作業です。
二 何を見るか:相手は「進めたい」と思っている
契約書レビューは、実現したい取引がまずあって、その条件交渉の一環として行われるものです。最終的には決裁権者の決裁を経て締結されるとしても、一定の重要な契約を除けば、取引を担当する事業部門担当者が主としてその取引をリードする立場にあることが多いところです(注2)。一般論として、法務部門の担当者は後方支援的な役割を担うことが多く、交渉に関する事業部門への助言が、その役割の一つです(注2)。
事業部門の担当者の関心は、取引を予定どおりに進めることにあります。交渉窓口となる事業部門担当者は交渉の争点が増えること自体を嫌がる場合も多く、相手方が今後も継続的に取引するビジネスパートナーであれば、なおさらです(注2)。契約締結交渉を担当する依頼部署には、営業上の観点から、将来のリスクよりも目前の利益を優先する傾向があります(注1)。
この傾向は、事業部門が軽率だということを意味しません。立場が違えば、同じ条項でも見え方が変わる、ということです。
三 直し方(伝え方)
1 法的リスクと事業リスクを分けて伝える
法令違反の影響の大きさは、問題となる法令が民事法令か、刑事法令か、行政法令かで区別しなければなりません(注3)。民事法令上の問題は、損害賠償や差止め、契約の解除という形で顕在化し、その影響はある程度金銭的に見積もることができるので、費用と便益を比べて「あえてリスクを踏む」というビジネス上の意思決定を行うこともありえます。ただし、人の生命・身体の安全にかかわる問題では、こうした判断が誤った意思決定を導くことがあります(注3)。一方で、刑事法令違反のリスクは通常「踏めないリスク」と扱われ、行政法令違反のリスクも、ビジネス上「踏めないリスク」として扱われることがほとんどであると考えられます(注3)。
契約書の条項に置き換えると、次のように分けて伝えることができます。
| 分け方 | 例 | 事業部門への伝え方 |
|---|---|---|
| 踏めないリスク | 条項のままだと法令違反になる | 修正できなければ締結できない、と明確に伝える |
| 踏むかどうかを選べるリスク | 損害賠償の上限が低い、検査期間が短い | 起きたときの損失の見込みを示し、進めるかどうかの判断を求める |
社内の役割分担として、法務担当者にビジネス上の判断が必ずしも求められていない場合もあります。もっとも、類似のビジネスの一般的な条件より自社に不利な条件になっている部分については、必要に応じて「ビジネス判断の部分ではございますが」などの留保をつけながら、この条件で進めてよいかを事業部門担当者に確認しておくべきです(注2)。表の下の行は、この確認の形で伝えることになります。
2 起きる確率と、起きたときの大きさ
法的リスクの濃淡を定量的に示すことは難しいのですが、定性的には、「法令違反そのものの影響の大きさ」に「法令違反の発生確率」と「ダメージコントロールの成功度」を掛け合わせたものと表現できます(注3)。
事業部門に「リスクがあります」とだけ言っても、判断の材料になりません。どのくらいの確率で起きそうか、起きたらいくら失うか、起きたときに打てる手はあるか、の3点をそろえて伝えると、事業部門は自分の取引の損得と比べて判断できます。
3 「ダメです」と言わずに選択肢を出す
リスクを指摘するときに、「当該契約には、こんなリスクがありそうなので、このままでは難しいかもしれないが、こんな工夫をすればリスクが回避できそうだ」といった対案を提示できれば、依頼部署との信頼関係を築きやすくなります(注1)。
選択肢は、たとえば次の形で並べます。
- 修正を求める(通れば、リスクはこの程度まで下がる)
- 修正は求めず、運用で手当てする(受入検査の体制を厚くする、など)
- 修正も運用もせず、リスクを受け入れる(その場合に起きうる損失はこの程度)
四 相手方への説明のしかた:事業部門経由で伝わることを意識する
法務の修正案は、多くの場合、事業部門の担当者を通じて相手方に届きます(注2)。そのため、事業部門だけに伝えるべき情報と、相手方に見せてよい情報を分けておく必要があります。
コメントは、契約の相手方に向けたコメントと、内部(典型的には担当する事業部門担当者)に向けたコメントに分かれます。内部コメントには、相手方に伝えることが適切でない修正意図の説明、事業部門担当者への確認事項、一読して理解が難しい条項の意味の説明、予想される今後の展開などを書きます(注2)。
内部コメントについてよくあるミスが、事業部門担当者のチェック漏れや削除忘れで、内部コメントが残ったままの契約書が相手方に送られてしまうことです(注2)。対策としては、コメントに「(内部向け)」と書く、相手方向けと内部向けで蛍光ペンの色を変える、内部コメントのない相手方送付用のファイルを別に作る、といった方法があります(注2)。
事業部門への説明の中身が、そのまま相手方に渡っても困らないか。送る前に一度その目で読み返します。
五 どこまで直すか:事業判断は事業部門がする
法務担当者から法的リスクがあると指摘されても、それだけで当然にその施策を断念することにはなりません。法的リスクの存在は経営の意思決定を行ううえでの考慮要素の一つにすぎず、ポイントは、いかに正確に法的リスクの程度を把握するかにあります(注3)。
法務が決めるのは「法的にどうか」までで、「この取引をこの条件で進めるか」を決めるのは事業部門です。この線を越えると、法務は取引を止める部署として見られるようになり、早い段階で相談が来なくなります。
ただし、判断を渡しっぱなしにはしません。法令違反の発生確率がグレーな施策を実施しようとする場合には、社内で議論を尽くし、法律意見書の取得など意思決定の過程に社外の目を入れる「デュープロセス」を経ることが極めて重要です。仮に結果が生じても、それを経ていたことで法的責任を回避しうる場合があります(注3)。事業部門がリスクを受け入れて進めると決めたときは、誰が、どの材料をもとに判断したかを記録に残しておきます。
本稿で扱わなかったこと
事業部門から取引の中身を聞き出す方法は、別稿「事業部門へのヒアリング:何を聞けば条項が決まるか」で扱いました。修正の仕分けは、別稿「どこまで直すか:譲れない・譲れる・どちらでもよい」で扱っています。「これ、法的に問題ない?」という問いへの答え方や、法務がやりがちな失敗は、01章(契約法務という仕事)で扱います。
参考文献等
註
(注1)愛知県弁護士会研修センター運営委員会法律研究部契約審査チーム編『新民法対応 契約審査手続マニュアル』(新日本法規出版、2018)25頁、47頁
(注2)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)14頁、27〜29頁、35〜36頁
(注3)塩野誠・宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック〔第2版〕』(東洋経済新報社、2021)3〜5頁、10頁
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