一 どういう場面か:全部直したら相手方が怒る
相手方の契約書案を読み込んで、気になる箇所に全部赤を入れました。修正は30か所。このまま返してよいのか。
契約締結交渉はあくまで相手方のいる話なので、いついかなる場合にもこちらに最も有利な修正案をひたすら提示していくことが全てではありません(注1)。お互いの関係性や立場の優位性、各条項の相対的な重要度・優先度などに応じて、どこまでの修正を求めるかは判断が分かれるところで、状況に応じて判断せざるを得ません(注1)。
優先順位のない修正案は、相手方に「全部は飲めない」と思わせ、いちばん大事な1点も通りにくくします。
経験の浅い法務担当者や新人弁護士にありがちな傾向が、「細かく直しすぎる」ことです。「好き嫌い」のレベルの修正は、基本的には行わないほうがよいところです(注2)。直しすぎは、相手方との窓口になっている事業部門担当者にも相手方にも嫌がられ、変にやり返されて余計な争点を増やすことになるかもしれず、手間や時間もかかるからです(注2)。
二 何を見るか:3つに仕分ける
修正したい箇所を、次の3つに分けます。
| 仕分け | 中身 | 目安 |
|---|---|---|
| 譲れない | 法令違反になる、自社の存続にかかわる損失が生じうる | 修正できなければ契約しない |
| 譲れる | 不利だが、起きても耐えられる | 交渉で通らなくても締結する |
| どちらでもよい | 体裁、表現の好み | 相手方の原文に合わせる |
この仕分けは、契約審査で勧められている段階分けとも重なります。契約審査手続マニュアルは、依頼部署への回答を、A(修正すべき事項はなく、このまま締結してよい)、B(修正が望ましい事項があるが、交渉の結果、修正できなくてもやむを得ない)、C(修正すべき事項があり、修正せずに契約することは大きなリスクがある)、D(法令違反等があり、修正できなければ契約してはならない)の段階で行うことを勧めています(注3)。
交渉の過程で、審査部門の主張を貫くことが難しいケースもあります。審査部門は、その主張が絶対的リスクに関するものであれば譲歩しないように、相対的リスクに関するものであればリスクを甘受して妥協することもできると、アドバイスする必要があります(注3)。
「譲れない」はDと、Cのうち絶対的リスクに当たるもの、「譲れる」はBと、Cのうち相対的リスクに当たるもの、と対応させることができます。
回答の段階によって、依頼部署の動き方も変わります。B・C・Dで回答した場合、依頼部署は相手方と再度交渉することになります。厳密には、Bの場合は再度の交渉をするか否かを含めて判断し、Dの場合はビジネススキームを再考するか、交渉打ち切りのための交渉をすることになります(注3)。仕分けは、法務の中の整理にとどまらず、事業部門が次に何をするかを決める材料になります。
三 直し方:仕分けの基準を持つ
1 起きたときの金額の大きさ
条項の不利さは、その条項が働いたときに自社がいくら失うかで測ります。損害賠償の上限、契約不適合責任の期間、支払条件などは、金額に置き換えやすい条項です。
2 起きる確率
金額が大きくても、ほとんど起きないリスクもあります。反対に、金額は小さくても毎月のように起きる事務負担もあります。
チェックマニュアルのケーススタディでは、振込手数料の負担や、支払日が金融機関の休業日に当たる場合の扱いについて変更を求めない判断をしつつ、相手方からの請求書がないと支払の事務処理に影響するので、請求書を一定の期限内に交付すべきことは明記する、としています(注1)。毎月の事務に響くかどうかで分けた判断と見ることもできます。
3 取引の重要度と、相手方との関係
同じ条項でも、取引の重要度と相手方との力関係によって、どこまで求めるかが変わります。
チェックマニュアルの先輩部員は、振込手数料などを変更しない判断について、相手方への優位性が確保できていれば違った判断となった可能性も十分あるので、具体的な状況次第だ、としています(注1)。ケーススタディの中でも、そこまで修正に応じてもらえるほど当社の立場が優位にあるわけでもないので変更を求めるのはやめておく、という判断がされています(注1)。
相手方が作成した契約書案の場合は、相手方との関係が重要になります。弁護士に助言を求める場面でも、相手方との関係が対等で条項の修正を求められる関係であれば、自社に最も望ましい条項を提言できますが、対等でなく修正が容易でない場合には、リスクの存否と内容を的確に把握して締結の可否の判断資料を提供することに重きが置かれます(注3)。
力関係で劣るときの仕事は、修正を通すことから、締結してよいかを判断できる材料をそろえることに移ります。
社内の立場の違いも仕分けに影響します。審査部門は自社のリスク回避を主眼に審査をしますが、契約締結交渉を担当する依頼部署には、営業上の観点から、将来のリスクよりも目前の利益を優先する傾向があります(注3)。事業部門と仕分けをすり合わせるときは、この傾向を前提に、譲れない修正の理由をとくに丁寧に伝える必要があります。
四 相手方への説明のしかた:譲る箇所を先に示す
相手方との交渉にあたっては、自社が修正に固執しない事項についても修正を提案し、その部分の修正を求めない代わりに、他の修正が望ましい事項について修正に応じさせることもあります(注3)。「どちらでもよい」「譲れる」に仕分けた修正は、交渉で差し出すための材料にもなります。
譲り方は、全部か無かに限りません。チェックマニュアルのケーススタディでは、契約不適合を発見できる期間を検査終了後1年とする修正に相手方が難色を示したのに対し、重要度の高い一部の部品だけを別紙に列挙して1年とし、それ以外は原則どおり6か月とする再々修正案を出し、相手方に納得してもらって契約を締結しています(注1)。
譲れない修正の中にも、対象を絞れば通るものがあります。自社にとって本当に守りたい範囲を特定して、そこだけを残す形です。
五 どこまで直すか
契約書に関する書籍に書かれている修正例をすべて行うことが完璧なレビューだと誤解しがちですが、そうしたレビューは、むしろ望ましくない場合が多いところです。当事者間の立場の違いや取引のビジネス上のインパクト・重要性を念頭に、各条項のリスクの程度と修正により得られるメリットを勘案して、修正するか否かを決めていきます(注2)。
この記事の答えは、二の仕分けそのものです。修正の数を減らすことが目的ではなく、譲れない修正を通すために、それ以外を整理しておくことが目的です。
実務では、修正案を返す前に、社内で次の3点を決めておきます。
- 修正案のうち、通らなければ契約しないものはどれか
- 交渉で差し出してよいものはどれか
- 相手方の原文に合わせてよいものはどれか
事案に即した柔軟な修正対応は、契約締結を前に進めるうえで有効な場合があります。多数の契約書チェックの経験を積むなかで、臨機応変な対応に少しずつ挑戦していくとよいでしょう(注1)。仕分けの精度は、案件を重ねるほど上がっていきます。
本稿で扱わなかったこと
修正理由の書き方は、別稿「修正案の作り方と修正理由の書き方:法的根拠・取引上の実害・代替案」で扱いました。仕分けの結果を事業部門にどう伝えるかは、別稿「事業部門への説明:法的リスクと事業判断を分けて伝える」で扱いました。交渉の前に譲歩の幅を設計する方法は、07章(契約交渉)で扱います。
参考文献等
註
(注1)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)2〜3頁、12〜13頁、18〜21頁
(注2)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)48〜49頁
(注3)愛知県弁護士会研修センター運営委員会法律研究部契約審査チーム編『新民法対応 契約審査手続マニュアル』(新日本法規出版、2018)38頁、41〜42頁、47〜48頁
あわせて読む




