一 どういう場面か:「重大な」を入れるかどうかで揉める
表明保証の条項をレビューしていると、相手方の修正案に「重大な」「重要な」という語が加わって戻ってくることがあります。
⑯ 買主に対し開示提供された情報、文書、資料等は、すべて真実かつ正確な情報を記載しており、重要な事項について記載が欠けていないこと(注1)
この2文字を入れるかどうかで、条項の効き方が変わります。入れれば、違反があっても「重大でない」という反論の余地が生まれます。表明保証を求める側は外したがり、する側は入れたがります。
この記事は、その線引きをレビューでどう扱うかを扱います。
二 何を見るか
1 どの表明に重大性の限定がかかっているか
まず、条項のどこに「重大な」「重要な」が入っているかを拾います。
裁判例では、株式譲渡の基本契約の表明保証のうち、判決が次の3か所の限定を挙げています(注2)。財務諸表の内容が「重要な」点において正確であること。「重大な」不利益が存在しないこと。開示資料に「重要な事項」について記載が欠けていないこと。
限定は、条項全体に一律にかかるものではありません。項目ごとに入っていたり、入っていなかったりします。レビューでは、自社が守られたい項目に限定がかかっていないかを個別に確かめます。
2 その限定が、実際にどう働くか
前記の事案で、裁判所は、すべての事項を正確性保証の対象とするのは非現実的だという条項の趣旨から違反の成立を絞り、「重要な」「重大な」の文言もその趣旨に基づくものと位置づけました。その中心部分は次のとおりです。
本件基本契約書11条は,企業買収に応じるかどうか,あるいはその対価の額をどのように定めるかといった事柄に関する決定に影響を及ぼすような事項について,重大な相違や誤りがないことを保証したもので,同12条1項は,その保証に違反があった場合に損害補償に応じる旨を定めたものであると解するべきであり、……(注2)
基準は「買収するか否か、対価をいくらにするかの決定に影響を及ぼすか」です。情報に誤りがあったこと自体は認められても、この基準を満たさなければ違反にならない、という構造になります。
この事案では、賃借している店舗の保証金の額に誤りがありました。裁判所は誤りの存在を認めながら、買主が別途その賃貸借契約書の提供を受けていた点も考慮して、株式譲渡を受けるか否かの判断や条件決定に影響を及ぼすような重大な誤りではないとして、請求を認めていません(注3)。
結果は数字に出ています。請求額3億2009万4695円に対し、認容されたのは2135万5000円でした。認められたのは、店舗の中途解約違約金1945万5000円についての説明義務違反と、弁護士費用だけです(注2)。
3 金額基準が併用されていないか
重大性の限定は、言葉だけでかかるとは限りません。金額で線を引く方法があります。
事業譲渡契約の補償条項の例では、1つの事由に基づく損害額が1000万円を超過した場合にのみ補償義務が生じる、とされていました(注4)。1件あたりの下限を置く形です。
M&A契約の実務では、補償の下限を2つに分けて考えます(注5)。1つは個別事由の下限(de minimis)で、僅少な損害について金銭的救済の議論を行うのが煩雑であるため補償の対象外とするものです。もう1つは損害の累計額の下限(basket、floor)です。後者はさらに、下限に達したときに下限までの金額も含めて全額が補償の対象になる形(tipping basket、threshold)と、下限を超えた金額だけが対象になる形(deductible)に分かれます(注5)。なお、個別事由の下限に満たない損害は、累計額を算定する際にも算入されないのが通例です(注5)。
言葉による限定と金額による限定が併存していると、二重にふるいがかかります。「重大な」誤りであることを立証したうえで、さらに金額の閾値を超えなければ請求できません。レビューでは、両方が入っていないかを確かめます。
4 補償の場面まで限定を持ち込むか
表明保証違反の効果は、3つに分かれます。前提条件の不充足、解除権の発生、そして補償請求権の発生です(注6)。
前の2つは、当事者を契約上の義務から解放するためのものです。これに対して補償は、契約締結時に売買価格へ織り込めなかった事情について事後的な価格調整を行う機能を果たすものであり、両者の間には質的な差があります(注6)。取引をやめるかどうかを決める場面の「重大な」と、いくら払うかを決める場面の「重大な」を、同じ水準で読む必要はありません。
そこで、補償請求との関係では表明保証に付されている重要性の限定を外して契約を読む、という指示を契約書に書くことがあります。マテリアリティ・スクレイプ(materiality scrape)と呼ばれます(注6)。補償が必要になる「重要性」の基準は二の3で見た金額の下限で定めているのだから、前提条件の充足や解除権の発生で考えている「重要性」の基準を持ち込ませない、という趣旨です(注6)。損害の算定において表明保証に付された重要性等の限定は考慮されない旨を補償条項の側にも書く形は、ダブル・マテリアリティ・スクレイプと呼ばれます(注5)。
日本法を準拠法とするM&A契約でここまで規定する例はまだ少なく、その理由は、日本の実務にはそこまで書き込まなくても裁判所が契約の趣旨に鑑みて重要性の程度を区別してくれるだろうという感覚があるからではないかと考えられます(注6)。
ただし、その見立ては二の2で見た判決によって揺らぎます。同判決は補償請求の事案でありながら、契約上の効果との関係で重要性の程度をあまり区別していないように読めるため、この判決を重視してマテリアリティ・スクレイプを規定する実務も出てきているかもしれません(注6)。
三 直し方
1 求める側は、限定を外す
表明保証を求める側から見れば、いちばん強いのは限定のない形です。
裁判所が「重要な」という記載があることを理由の1つに挙げていることからすれば、譲受人としては、重要性による限定を加えない条項とするのが望ましいところです(注3)。
ただし、実務上、そのような条項は契約交渉の中で譲渡人側の抵抗にあいやすいのも事実です(注3)。全部外すことを目標にすると、交渉が止まります。
2 残すなら、何が重要かを具体的に書く
そこで現実的な着地点は、限定の有無ではなく限定の書き方になります。
重要性による限定を加えるにしても、解釈に幅が生じないよう、何が重要であるかについてできるだけ具体的に規定しておくのが望ましいといえます(注3)。たとえば対象会社が締結している契約について表明保証を求めるのであれば、取引金額が一定額以上の契約であるとか、特定の取引先との契約といったように、譲受人にとって重要と考えられる契約の類型を具体的に列挙しておくべきです(注3)。
(表明及び保証) 第○条 売主は、買主に対し、以下の事項が真実かつ正確であることを表明し保証する。 (中略) ○ 対象会社が締結している契約のうち、①年間の取引金額が○○万円以上のもの、②別紙に掲げる取引先との間のもの、および③解除により対象会社の事業の継続に支障が生じ得るものについて、買主に開示した契約書の写しが最新かつ完全であり、当該契約に基づく債務不履行が存在しないこと。(注7)
「重要な」という評価語を、量と名前で置き換えています。金額と取引先名で書けば、重大かどうかを事後に争う余地が小さくなります。
3 金額基準は、水準ではなく効き方を見る
デミニマスやバスケットを置くかどうかは、額そのものより、どちらの側に有利に働くかで判断します。
1件あたりの下限は、小口の請求をまとめて封じます。対象会社の規模に対して下限が高すぎると、実際に起きる違反の大半が拾えなくなります。取引の規模と、想定される違反1件あたりの額を並べて、下限が実質的に免責として働かないかを確かめます。
累計額の下限については、超過額のみを補償する形にすると、下限をわずかに超えただけでは費用倒れになって請求する意義が乏しくなるため、実質的には下限を高めているに等しい効果が生じます(注5)。同じ金額でも、どちらの形をとるかで効き方が変わります。
水準の目安として、アメリカの統計では、累計額の下限の中央値は超過額のみを補償する形で取引金額の0.50パーセント、全額を補償する形で0.47パーセント、上限の中央値は取引金額の10.0パーセントです(注5)。日本の案件にそのまま当てはまる数字ではありませんが、桁の感覚をつかむ材料にはなります。
四 相手方への説明のしかた
限定を外すよう求めると、相手方からは「些細な誤りまで責任を負わされる」という反応が返ってきます。
説明の順序は、二の2で見た裁判例から組み立てられます。限定を入れなくても、裁判所は際限なく違反を認めるわけではありません。同じ判決は、買収対象企業の財産や負債の状況等を把握するための事項を完璧に、かつ全く誤りなく開示することは極めて困難であるとしたうえで、考え得るすべての事項を情報開示やその正確性保証の対象とするというのは非現実的であり、その対象は自ずから限定されて然るべきものである、と述べています(注2)。
つまり、限定の文言がなくても、条項の趣旨から一定の絞りはかかります。「重大な」を書き込むことは、その絞りを文言で確認し、強める方向に働くものであって、絞りを一から作るものではありません。この整理を示したうえで、外すか、三の2の形にするかを交渉します。
それでも相手方が譲らない場合は、限定をかける項目を選別する方向に切り替えます。財務諸表の正確性のように数字で確かめられる項目からは外し、係争や許認可のように評価が入る項目には残す。一律にかけるか一律に外すかの二者択一にしないことが、まとまりやすさにつながります。
五 どこまで直すか
優先して直すのは、自社が実際に依拠している情報にかかっている限定です。
買収の価格算定に使った財務諸表、事業の継続に不可欠な契約、許認可。ここに「重大な」が入っていると、後で誤りが出たときに、その誤りが価格に影響したかどうかから争うことになります。三の2の形に置き換えるところまでは求める価値があります。
これに対して、当事者に関する表明(設立の適法性、契約締結権限など)は、そもそも重大性の限定になじみません。限定が入っていても実害が小さいので、交渉の材料としては優先度が下がります。
金額基準については、額の水準そのものより、二の3で見た併存の有無を先に確かめます。言葉と金額の両方でふるいがかかっている条項は、片方を落とす交渉から入るほうが通りやすくなります。
そして、限定を残す判断をしたときは、その理由を記録に残します。表明保証違反が問題になるのは締結から年単位で後です。「なぜここに重大性の限定を認めたのか」を後任者が追えるようにしておくことが、実務では効きます。
本稿で扱わなかったこと
表明保証条項そのものの意義と対象は、別稿「表明保証とは何か:英文契約からの流入と和文契約での機能」が扱います。
補償条項の設計は、別稿「補償条項の設計」が扱います。二の3で触れたデミニマスの条項例は、そちらにも出てきます。
買主が違反を知っていた場合の扱いは、別稿「譲受人の主観的態様と表明保証責任」が扱います。本稿の二の2で見た事案でも、買主が別途契約書の提供を受けていたことが重大性の判断に影響しています。主観の側の論点と重大性の論点は、実際には重なります。
M&A取引に固有の設計(買収監査との役割分担、補償の上限)は、本稿では扱いません。
参考文献等
註
(注1)秦周平ほか編『契約書リーガルチェックのポイント──事例でみるトラブル条項例』(新日本法規出版、2020)判例Case24(株式譲渡契約において、譲受人が譲渡人に対し表明保証違反を理由に賠償補償請求したのに対し、違反に重大性が認められないことを理由に、請求が認められなかった事例)が掲げる条項
(注2)東京地判平成19年7月26日判タ1268号192頁(平成18年(ワ)第4129号)
(注3)前掲注1のCase24
(注4)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)292〜293頁の条項例(事業譲渡契約の補償条項に制限を加えた例)
(注5)戸嶋浩二ほか『M&A契約──モデル条項と解説』(商事法務、2018)164〜165頁。ダブル・マテリアリティ・スクレイプは同166頁。統計は同書165頁が引くアメリカ法曹協会(ABA)の調査による
(注6)道垣内弘人ほか「〔座談会〕表明保証条項違反を理由とする損害賠償請求訴訟」(現代訴訟の論点と法理論の検討・第2回)論究ジュリスト22号(2017)156頁。表明保証違反の3つの効果は同171頁、マテリアリティ・スクレイプは同172頁(いずれも星明男発言)
(注7)本稿の改善例です。前掲注1のCase24が示す「重要と考えられる契約の類型を具体的に列挙しておくべき」という方針を、条項の形にしました
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