一 問題の所在:引渡し前に目的物が滅失した
機械の売買契約を結び、代金の半分を前払いしました。引渡しの前日、売主の倉庫が地震で倒れ、機械は壊れました。どちらの落ち度でもありません。
買主は残代金を払わなければならないのか。前払分は返してもらえるのか。契約はまだ生きているのか。
この場面を扱う制度が危険負担です。そして、2017年の民法改正で、その効果が変わりました。改正前は反対給付の債務が当然に消滅するとされていましたが、改正民法では履行を拒めるだけになりました。契約から確定的に離脱したければ、解除の意思表示をしなければなりません。
条項レビューでこの点が問題になるのは、多くの契約書に「危険負担」という見出しの条項が残っているからです。中身が改正前の建て付けのままになっている例は珍しくありません。
二 制度の枠組み
1 改正民法536条は履行拒絶権の構成に変わった
条文はこうです。
当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。(注1)
改正前の同条1項は「債務者は、反対給付を受ける権利を有しない」と定めていました(注2)。文言の変更は、単なる言い換えではありません。
改正前民法534条1項は、特定物に関する物権の設定または移転を目的とする双務契約における危険負担について、いわゆる債権者主義を採用していました。しかし、債権者に目的物の支配が移転していないのに目的物の消滅について債権者がリスクを負うことは不当であるとして、従来から、同項の適用範囲を目的物の実質的な支配が債権者に移転した後に制限する解釈論が展開されてきました。改正民法は、こうした議論を受けて、改正前民法534条1項およびこれを前提とする同条2項ならびに改正前民法535条を削除しています(注3)。
さらに、法制審議会では、研究者委員・幹事を中心に、危険負担制度を廃止し解除に一元化すべきとする意見が強く、中間試案でも危険負担制度を廃止することが提案されていました。しかし実務界を中心に、解除への一元化によって、改正前民法下では反対給付債務が当然に消滅していた場面でも解除の意思表示をしなければならず、実務的な負担を増加させるおそれがあるとの強い懸念が示されました(注4)。
そこで改正民法は、危険負担の効果を、債権者の反対給付債務の消滅から反対給付債務の履行拒絶権の付与に改めました(注4)。
2 履行拒絶権では、契約は終わらない
効果の違いは、実務では次の形で現れます。
危険負担による履行拒絶権の権利主張がされた場合には、請求棄却判決となります(注5)。また、債権者は履行拒絶権の効果によって、反対給付債務の履行期を徒過しても遅延損害金の賠償責任を負いません(注5)。
その一方で、反対給付債務そのものは残ります。逐条解説は、実務への影響をこう整理しています。
危険負担の効果が債務消滅から履行拒絶権の付与に転換したため,改正民法下では,確定的に反対債務の履行義務を免れることを希望する債権者は,契約を解除する必要がある(注6)
冒頭の例でいえば、買主は残代金の支払を拒めます。しかし契約が残っている以上、前払分の返還を確実に求めるには解除をしておくのが安全です。解除に売主の帰責事由は不要ですから(民法542条1項1号)、地震が原因であっても解除できます。
なお、債権者が反対給付債務を先履行していた場合の返還請求については、履行拒絶権構成に改められたことから、危険負担の規定を根拠に既履行の反対給付の返還を求めることができるのかが問題になります。立案担当者は、履行拒絶権の内容からすると、この場合の反対給付債務については給付保持を認める必要すらないことから債務としては存在しないのと同様に評価することができるとして、旧法と同様に不当利得としての返還請求ができると説明しています(注7)。学説にも、双務契約の双方の債務の牽連性が重視されていることを根拠に、非債弁済を拡張解釈して不当利得返還請求を認めるべきとする見解が有力です(注8)。
もっとも、この経路は解釈に依存します。解除をしておけば原状回復の問題として処理されます。
3 売買では、引渡しで危険が移る
売買には特則があります。
売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。(注9)
危険の移転時期については、引渡しか、代金支払か、所有権移転なのか、複数の考え方があり得ましたが、これまでの実務に従い目的物の引渡しを基準時にしたものです(注10)。同条1項後段は、対価危険について定める民法536条1項の特則にあたります(注11)。
種類物の場合でも、通常、特定して引渡しをすれば本条の適用があり、危険は移転します(注12)。ただし、民法401条2項に従い種類物に特定が生じただけで危険が移転するかについては争いがあり、危険が移転するには引渡しを要するとする立場と、特定だけで足りるとする立場があります(注12)。
受領遅滞についても、同条2項が、売主が契約に適合する目的物の履行を提供したにもかかわらず買主が受領を拒み、または受けることができない場合について、危険の移転を規定しています(注13)。
4 役務提供型には、各則に特則がある
危険負担の規定は、物の引渡しだけの話ではありません。賃貸借、雇用、請負、委任、寄託については、債権者(賃借人、使用者、注文者、委任者、寄託者)の帰責事由によらずに債務者(賃貸人、労働者、請負人、受任者、受寄者)の債務の履行が不能になった場合について、特則規定が設けられています(民法611条、616条の2、624条の2第1号、634条1号、648条3項1号および648条の2第2項、665条)(注14)。
たとえば賃貸借では、賃借物の一部が滅失その他の事由により使用収益できなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料はその割合に応じて当然に減額されます(民法611条1項)。改正前民法下では、611条1項の類推適用による減額請求権と解する見解と、536条1項を根拠として当然に減額されるとする見解がありましたが、改正法の下では611条の適用により賃料は当然に減額されます(注15)。
業務委託契約で不可抗力による中断が起きたときに、報酬をどう扱うかも、まずこれらの規定を出発点にします。
三 解釈:「債権者の責めに帰すべき事由」の広がり
民法536条2項は、債権者の帰責事由によって履行不能となったときは、債権者は反対給付の履行を拒めないと定めています。買主の指示が原因で目的物が使えなくなったような場合です。
この規定は、雇用や委任などの役務提供契約で重い意味を持ちます。改正前民法下では、役務提供が未履行のまま債権者の帰責事由によって履行不能となった場合であっても、改正前民法536条2項を根拠として報酬債権の発生が肯定されてきました。履行拒絶権構成に改められた改正民法536条2項の下でも同様に考えられるかが問題となりました(注16)。
立案担当者は、条文の変更は危険負担制度の効果が反対給付債務の消滅からその履行拒絶権の付与に改められたことに伴う字句の修正をしたものに過ぎず、新法の下でも、雇用契約において使用者の帰責事由により労務の提供ができなくなった場合には、新法536条2項により報酬債権の履行を請求することができるとの解釈がされることを想定していると説明しています(注17)。改正前民法536条2項の実質は改正民法536条2項にも引き継がれているとみるべきであり、雇用契約に限らずその他の役務提供契約についても立案担当者の示す解釈によるのが相当で、実務への影響はないとみてよいでしょう(注18)。
もう一つ議論があるのは、債務者に帰責事由がある場合です。債務者が自身に帰責事由があることを主張立証することで、民法536条1項の適用を否定し、債権者の履行拒絶権の主張を封じることができるかという論点です(注19)。債務者が自身に帰責事由があると主張することは通常想定し難いため多分に理論上の問題といえますが、同項の規定ぶりからして、債務者の帰責事由がある場合には同項を適用することはできないと考えることが素直でしょう(注19)。
四 契約実務への還元
1 危険負担は任意規定である
まず押さえるべきなのはこの一点です。危険負担は任意規定であり、契約書が作成される場合は、危険負担についての条項が定められていることが多いといえます(注20)。危険の移転を定める民法567条についても、本条は任意規定であるから、改正以前からの契約書の改定においても本規定に対する対応が検討対象となるでしょう(注21)。
民法が用意しているのはデフォルトルールです。契約書がそれと違うことを書けば、契約書が優先します。
2 危険の移転時期を、契約で決める
引渡しを基準にする民法567条1項は、多くの取引でそのまま使えます。問題になるのは、引渡しの前後が明確でない取引です。
- 据付けを伴う機械の売買で、搬入と据付完了のどちらを引渡しとするか
- 検査を経て合格した時点を引渡しとする取引で、検査期間中に滅失したらどうなるか
- 買主の指定する第三者の倉庫に納入する取引で、誰の支配下に入った時点とするか
いずれも、目的物の物理的な移動と、契約上の引渡しの時点がずれます。危険負担条項の実務上の役割は、免責の可否を書くことよりも、この基準時をずらして書くことにあります。
改正前民法下でも、実務では解除により処理されることが多く、その処理は改正民法下でも変わらないでしょうから、危険負担の効果が見直されたことによる実務への影響は限定的とみられる、という評価もあります(注22)。それでも基準時の合意は残ります。
なお、解除権の不可分性(民法544条1項)により複数の債権者の全員による解除権の行使が必要とされる場面において、債権者のうち1名が行方不明であったり解除を望まなかったりして解除権を行使することが事実上困難な場合があり、このような場合には、解除ではなく危険負担の制度により処理されることが必要です(注22)。当事者が複数いる契約では、履行拒絶権が単独で使えることに意味があります。
3 不可抗力条項との書き分け
危険負担条項と不可抗力条項は、同じ事象を別の角度から扱います。混ぜて書くと、どちらの効果を狙ったのか読めなくなります。
| 危険負担条項 | 不可抗力条項 | |
|---|---|---|
| 主題 | 反対給付をどうするか | 債務不履行責任を負うか |
| 典型的な効果 | 代金支払義務の帰趨・危険の移転時期 | 損害賠償責任の免除 |
| 契約の存続 | 拒絶できるだけで契約は残る | 責任を負わないだけで契約は残る |
| 離脱の手当て | 解除条項による | 解除条項による |
表の最下段が要点です。どちらの条項も、それだけでは契約関係を終わらせません。
不可抗力条項について、現行民法の下では、免責事由に基づく債務不履行について責任を負わないとのみ定めていた場合には、契約当事者の合理的意思解釈として、相手方の法定解除権の行使まで制限する趣旨ではないと解される場合が多いと考えられます(注23)。不可抗力事由による債務不履行が生じた場合に解除条項が適用されるか否かを契約書に定めておくことが望ましいといえます(注24)。
危険負担条項も同じです。引渡し前の滅失について買主が支払を拒めると書いただけでは、契約は宙に浮いたままになります。一定の期間が経過しても履行の見込みが立たない場合の解除を、あわせて置くのが実務的です。
4 前払いをする取引では、解除の道を必ず用意する
前払金や着手金を払う取引では、履行拒絶権はほとんど役に立ちません。すでに払ったものを取り戻すのが目的だからです。
実務がどう動いてきたかについて、弁護士の側からこういう観察があります。
実は危険負担の裁判例というのがあまりないのです。解除に関しては非常にたくさんの裁判例があるわけですが、危険負担はあまり登場してこない。……この背景には、私どもが日常的に実務を行っているとき、履行不能があって契約関係を終了したいという場合に、債務者に帰責事由があるか否かは、もちろん明確な場合もありえますけれども、多くの場合には、はっきりしないということではないか。……このようなケースでは、危険負担でいくよりも、まずは、やはり解除の意思表示をしておいたほうがいいのではないかと思い、依頼者と相談の上、ともかく解除の意思を示す内容証明郵便を1通送っておくということが考えられます。(注25)
帰責事由の有無が分からない段階では、危険負担か解除かを決められません。そこで、先に解除の意思表示を打っておくという対応が考えられます(注25)。契約書を作る側からすれば、その解除がすぐ打てるように条項を用意しておくことになります。
そのため、前払いのある契約では、次の3つがそろっているかを見ます。
- 危険の移転時期の定め
- 履行不能となった場合の解除権(一定期間の経過を条件とするものを含む)
- 解除した場合の既払金の返還の定め
3つ目を書いておけば、不当利得の解釈論に頼らずに済みます。
参考文献等
註
(注1)民法536条1項
(注2)改正前民法536条1項。大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説新債権法』(有斐閣、2021)419頁に旧規定が掲げられています
(注3)前掲注2・419頁。同書は我妻栄『債権各論(上)』(岩波書店、1954)87頁以下、潮見佳男『債権総論Ⅰ〔第2版〕』(信山社、2003)472頁以下、および一問一答・民法(債権関係)改正227頁を引きます
(注4)前掲注2・420〜421頁
(注5)前掲注2・421頁。同書は潮見佳男『新債権総論Ⅰ』(信山社、2017)617頁、一問一答・民法(債権関係)改正228頁注2を引きます
(注6)前掲注2・422頁
(注7)前掲注2・424〜425頁。同書は一問一答・民法(債権関係)改正228頁注3を引きます
(注8)前掲注2・425頁。同書は潮見・前掲注5の618頁、中田裕康『契約法』(有斐閣、2017)166頁を引きます
(注9)民法567条1項
(注10)前掲注2・528頁
(注11)前掲注2・526頁、528頁
(注12)前掲注2・525頁
(注13)前掲注2・527頁
(注14)前掲注2・421頁
(注15)前掲注2・597頁
(注16)前掲注2・423頁
(注17)前掲注2・423頁。同書は一問一答・民法(債権関係)改正229頁を引きます
(注18)前掲注2・423頁
(注19)前掲注2・424頁
(注20)前掲注2・422頁
(注21)前掲注2・527頁
(注22)前掲注2・422頁
(注23)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)93〜94頁
(注24)前掲注23・94頁
(注25)道垣内弘人=高須順一「解除と危険負担」ジュリスト1516号(2018年)54頁における高須発言。連載「債権法改正と実務上の課題」第3回
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