損害の範囲と予見可能性:契約書に書くと予見の側に効く

10 共通条項の条項別解説

【基礎実務】最終確認:2026年10月25日

一 問題の所在:どこまでが「その債務の不履行によって生じた損害」か

部品の納入が1か月遅れました。買主の工場が止まり、次のような損害が出たとします。

  • 代わりの部品を緊急調達した差額 200万円
  • 工場が止まったあいだの人件費 500万円
  • 納品が遅れたため、買主が顧客から請求された違約金 3,000万円
  • その顧客を失ったことによる将来の利益 1億円

どこまでが賠償の対象でしょうか。

「債務不履行と因果関係のある損害」と言っても、因果関係をたどればいくらでも広がります。部品が遅れたから工場が止まり、工場が止まったから納品が遅れ、納品が遅れたから顧客を失い、顧客を失ったから将来の利益を失った。条件関係はすべて認められます。

民法416条は、この広がりを止める規定です。そして、どこで止まるかを、契約書の書き方が動かします。

本稿は、この構造を扱います。責任制限条項が不法行為にも及ぶかは別稿「債務不履行責任と不法行為責任の関係」が、賠償範囲を限定する条項の書き方は別稿「賠償範囲を限定する条項の設計」が扱います。


二 制度の枠組み

1 通常損害と特別損害

民法416条は損害を2つに分けます。

1項 通常損害。「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする」。債務不履行により通常発生することが予見できるような損害を指します(注1)。原則として賠償を請求できます(注2)。

2項 特別損害。「特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる」。特別の事情によって生じた損害で、当事者がその事情を予見すべきであった場合に、賠償の範囲に含まれます(注1)。

同条は、債務者の行為と事実的因果関係のある損害のうち、賠償すべき範囲を制限するための相当因果関係を定めた規定です(注1)。

2 境目は決まっていない

ここが実務の出発点です。

何が通常損害で、何が特別損害であるかについて、学説・判例上、一般的な基準は存在せず、契約類型ごとに個別具体的に判断するほかありません(注3)。

冒頭の例で言えば、緊急調達の差額は通常損害でしょう。工場停止の人件費も、部品が生産に使われることを前提とすれば通常損害と見る余地があります。顧客への違約金と失注による逸失利益は、その取引の事情を知らなければ想定できないので特別損害の側です。

しかし、これは断定ではありません。同じ損害項目でも、取引の性質によって振り分けが変わります。

3 「予見することができた」から「予見すべきであった」へ

2017年の改正で、2項の文言が変わりました。

改正前は「当事者がその事情を予見し、又は予見することができたとき」でした。この文言は、当事者が特別の事情を実際に予見していたといった事実の有無が必要であるかのように読めます(注4)。

もっとも、裁判実務では、実際に予見していたかという事実の有無ではなく、予見すべきであったといえるか否かという規範的な評価によって判断されていました(注4)。

逐条解説は、その実務の例をこう挙げます(注4)。

例えば,不動産の売主が引渡債務を履行しなかったが,買主はそれまでにその不動産について高額の違約金の定めがある転売契約を締結したうえで,売主に対してその違約金の定めという特別の事情の存在を告げていた場合であっても,当事者がその事情を予見していたとして,違約金に係る損害が全て賠償の範囲に含まれるとするのは不相当であり,規範的な評価により判断し,賠償の範囲は,当事者が予見すべきであったと客観的に評価される事情によって生じた損害に限定していた(注4)

告げられていても、それだけで全額が賠償範囲に入るわけではありません。改正民法416条2項は、この裁判実務でされていた解釈を条文上も明確化するために、要件を「予見すべきであったとき」と改め、規範的な評価を問題とするものであることを条文上も明らかにしました(注4)。

4 誰が、いつ予見すべきか

条文には書かれていない要素が2つあります。

予見の主体。特別損害について予見する主体である「当事者」とは債務者を指す、というのが一般的な理解です(注3)。契約違反をした側が予見すべきだったか、を問います。

予見の時期。予見可能性を判断する時期は、履行期ないし不履行時と解するのが一般的な理解です(注3)。判例も、債務者にとって履行期(債務不履行時)に予見可能であった事情が賠償の可否の判断の基礎になると理解しています(注5)。

もっとも、この点は改正で決着したわけではありません。416条2項の予見可能性の意味をめぐっては、①予見可能性の対象が「事情」か「損害」か、②予見の主体は「債務者」か「両当事者」か、③予見の時期は「債務不履行時」か「契約締結時」か、について様々な解釈がなされてきました(注5)。民法改正にあたり、この判例法理を明文化することも検討されましたが、明文化するコンセンサスを得るには至らず、引き続き解釈に委ねられることとなりました(注5)。


三 解釈:予見可能性は何を基準にするか

1 規範的評価であることの意味

二の3で見たとおり、416条2項は規範的な評価を問題とします。この点が実務にどう効くかを整理します。

「予見していた」が事実の問題なら、証拠の問題になります。いつ何を伝えたか、メールが残っているか。

「予見すべきであった」が規範的評価なら、その債務者の立場に置かれた者として、その事情を予見すべきだったといえるかという問いになります。取引の性質、契約の目的、業界の慣行、当事者の属性が判断材料に入ります。

二の3で見た不動産の例は、この違いを示しています。転売契約の違約金を実際に告げられていた。事実としての予見はある。それでも全額が賠償範囲に入るとするのは不相当であり、客観的に評価される事情によって生じた損害に限定されました(注4)。

2 したがって、契約書が判断材料になる

規範的な評価は、その取引がどういう取引かによって動きます。そして、その取引がどういう取引かを最もよく示す資料が契約書です。

契約書に取引の目的や相手方の事業を書いておくと、予見可能性の判断の側に材料が入ります。

これは別稿「債務不履行責任と不法行為責任の関係」で見た構造と同じです。改正民法が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という判断枠組みを採ったことで、契約書に何を書いたかが法律判断に入り込む。損害賠償の場面でも、同じことが起きています。

もっとも、限度があります。同稿でも触れたとおり、「契約……に照らして」とは「契約書」を偏重することを意味せず、契約の目的、契約締結に至る経緯その他の事情を基礎に据えて判断されます(注6)。書けば書いただけ有利になるわけではありません。


四 契約実務への還元

1 逸失利益・間接損害を除く条項の意味

実務でよく見るのが、次の形です。

甲又は乙が、本契約に違反して相手方に損害を与えたときは、相手方に対し、直接かつ現実に生じた通常の損害につき賠償する責任を負う。(注7)

「通常の損害」に限る。つまり特別損害を落とす条項です。

この条項が実際に何を落としているかは、二の2で見たとおり明確ではありません。通常損害と特別損害の境目に一般的な基準がないので、この条項を置いても、どの損害項目が落ちるかは事案ごとに争われます。

「直接損害」「間接損害」「現実に生じた損害」という用語も同じです。「通常損害」「特別損害」という用語ですら、実際に生じた損害のうち何がどちらに区分されるかは明確でなく、「直接損害」「間接損害」「現実に生じた損害」は意味するところも明確ではありません。このような用語・表現で損害賠償の範囲を制限すると、後の紛争を生じさせるリスクが一定程度あります(注8)。

対処は、項目を名指しすることです。条項例では、逸失利益(本契約の対象となる製品を販売して得られたはずの利益を含むが、これに限られない)、信用毀損による損害、弁護士費用を賠償の対象から外す形がとられています(注9)。特定の損害は賠償する義務を負わない旨を明記しておくことは、紛争の回避という観点からは望ましいところです(注8)。

具体的な書き方は別稿「賠償範囲を限定する条項の設計」が扱います。

2 予見していたことを、契約書に書き込む

範囲を狭める側の話をしましたが、逆向きの発想もあります。

自社が損害を受ける側に立つ可能性が高い取引では、特別損害として落とされそうな損害を、あらかじめ契約書に書き込んでおくという手があります。

書き方は2つに分かれます。

取引の目的や背景を書く。目的条項や前文に、その部品が何に使われるのか、納期が守られないと何が起きるのかを書いておく。これは規範的評価の材料になります。目的条項が解釈の指針として働く点は、別稿「目的条項は飾りではない:解釈の指針としての機能」が扱います。

予見の要件そのものを外す。条項例に、次の形があります(注10)。

乙は、本契約に違反したことにより甲に損害を生じさせた場合には、予見の有無にかかわらず、通常生ずべき損害のみならず、特別の事情によって甲に生じた損害も含めて、これを賠償しなければならない。(注10)

416条2項の予見可能性の要件を、合意で外す条項です。民法415条以下の損害賠償の規定は任意規定と解されているので、この条項も原則として有効です(注11)。損害賠償義務を拡大する条項は、免責する条項ほど多くはありませんが、契約違反に対する制裁という側面も有することから契約の拘束力を高めるという意義もあります(注11)。

3 弁護士費用は、書かないと取りにくい

見落とされやすい項目があります。

債務不履行訴訟に要した弁護士費用は損害として認められにくい傾向があります(注12)。金銭債務の不履行については、最高裁は民法419条を理由に、債務不履行による損害賠償として弁護士費用その他の取立費用を請求することはできないとしています(注13)。金銭債務以外の不履行についても、土地の売買契約上の引渡債務および所有権移転登記手続債務の履行を求めるための訴訟提起・追行に係る弁護士報酬について、債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできないとされています(注14)。

これに対し、不法行為に基づく損害賠償請求については、事案の難易、請求額、認容額などを斟酌して相当と認められる額の範囲内で、弁護士費用の賠償も認められています(注15)。

債務不履行構成と不法行為構成で、弁護士費用の扱いが分かれます。したがって、契約で弁護士費用の賠償義務を定めることがあります(注12)。条項例は、「甲又は乙は、本契約の履行又は不履行に関して相手方又は第三者に損害(弁護士費用を含む)を与えたときは、これを賠償する責任を負うものとする」という形です(注16)。

自社が請求する側に回る可能性があるなら、この一句を入れておく価値があります。

4 どちらの側に立つかで、書く向きが変わる

まとめると、次のようになります。

自社の立場書く向き
損害を受ける側になりやすい(買主・委託者)取引の目的・背景を契約書に書く。弁護士費用を明記する。予見の要件を外す条項を提案する
損害を賠償する側になりやすい(売主・受託者)落とす損害項目を名指しで列挙する。「通常損害に限る」だけで済ませない
双方が損害を受けうる用語を明確にすることを優先する。どちらに転んでも争点が減る

双方が損害を受けうる取引では、範囲を争うより用語を詰めるほうが実益があります。「直接損害」の定義を置く、除外する項目を列挙する。どちらの立場でも、後で意味を争わずに済みます。

本稿で扱わなかったこと

損害額の算定基準時は本稿で扱っていません。民法改正にあたっては、填補賠償がされるべき場合にいつの時点の価値をもって損害額とするかという損害額の算定基準時などについても明文化が検討されましたが、コンセンサスを得ることはできず、引き続き今後の判例や解釈論の発展に委ねることとされ、特段の規定は設けられていません(注17)。

過失相殺(民法418条)と損益相殺による調整、損害賠償額の予定(民法420条1項)と違約金の関係は、別稿「損害賠償額の予定と違約罰の区別」が扱います。違約金の定めは、損害賠償額の予定と推定されます(民法420条3項)(注18)。

金銭債務の不履行には民法419条の特則があり、当事者間の合意がない限り、損害賠償の額は法定利率によって定められます。債権者は損害の証明をすることを要せず、法定利率以上の損害はたとえ立証しても、原則として請求できません(注19)。遅延損害金の利率をどう定めるかは、別稿「遅延損害金条項の設計:利率の水準・起算日・上限」が扱います。


参考文献等

註

(注1)秦周平ほか編『契約書リーガルチェックのポイント──事例でみるトラブル条項例』(新日本法規出版、2020)設問12(債務者が賠償すべき損害の範囲が問題となる場合)
(注2)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)608頁
(注3)同608頁
(注4)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説新債権法』(有斐閣、2021)125頁
(注5)同126頁
(注6)同121頁
(注7)前掲注2・611頁の条項例①
(注8)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)69〜70頁
(注9)同70頁の記載例⑤
(注10)同71頁の記載例⑦
(注11)同65〜66頁
(注12)前掲注2・612頁
(注13)最判昭和48年10月11日集民110号231頁(昭和45年(オ)第851号)は、金銭債務の不履行による損害賠償として弁護士費用その他の取立費用を請求することはできないとしました
(注14)最判令和3年1月22日集民265号95頁(令和1年(受)第861号)
(注15)最判昭和44年2月27日民集23巻2号441頁(昭和41年(オ)第280号)
(注16)前掲注2・612頁の条項例②
(注17)前掲注4・126〜127頁
(注18)前掲注2・608頁
(注19)同608頁


この条項の他の記事損害賠償・損害の範囲・予見可能性

あわせて読む

債務不履行責任と不法行為責任の関係:責任制限条項は不法行為にも効くか【基礎実務】責任制限条項を作り込んでも、不法行為構成で回避されては意味がありません。契約条項が不法行為責任にも及ぶとした最高裁判例と、故意・重過失の場合に外れる場面を整理し、条項の書き出しをどう定めるかを扱います。賠償範囲を限定する条項の設計:「通常損害に限る」で落ちるのは特別損害だけ【応用実務】「通常生ずべき損害に限る」と書いても、実際にはほとんど何も変わりません。「直接損害」「現実に生じた損害」が定義されない問題と、落とす損害項目を名指しする改善例、そして条項が限定解釈される場面を整理します。目的条項は飾りではない:解釈の指針としての機能【基礎実務】目的条項はそれ自体では義務を生みません。それでも、解除事由の「契約をした目的を達することができない」と、契約不適合の「契約の内容に適合しない」の判断で、目的条項が入口になります。争いになる場面から逆算した書き方を示します。損害賠償額の予定と違約罰の区別【基礎実務】「違約金」と書いただけでは、どちらのつもりかは決まりません。民法420条3項の推定、改正で後段が削除された意味、過失相殺が働くこと、そして11億円の違約金が1000万円まで減額された裁判例から、条項の書き分けを整理します。

「10 共通条項の条項別解説」の目次へ / 契約法務ライブラリの総目次へ

タイトルとURLをコピーしました