一 問題の所在:施行日前に結んだ契約はどうなるか
2017年の債権法改正は、2020年4月1日に施行されました。改正民法(民法の一部を改正する法律・平成29年法律第44号)の施行期日は公布の日から起算して3年を超えない範囲内で政令で定める日とされ、その後、令和2(2020)年4月1日と定められました(平成29年政令第309号)(注1)。
施行から年数が経っても、この日付は実務から消えません。長期の取引基本契約、賃貸借契約、業務委託契約には、施行日前に締結されて今も続いているものがあるからです。
契約書を渡されたら、条項を読む前に締結日を見る必要があります。どちらの民法が適用されるかで、解除の要件も、損害賠償の要件も、時効の期間も変わります。
二 制度の枠組み
1 切り分けの基準時は、論点ごとに違う
経過措置は、「施行日前に締結された契約は全部旧法」という単純な形をとっていません。論点ごとに、何の時点を基準にするかが決まっています。
| 論点 | 基準になる時点 | 根拠 |
|---|---|---|
| 契約の解除 | 契約を締結した日 | 附則32条(注2) |
| 贈与・売買・消費貸借・使用貸借・賃貸借・雇用・請負・委任・寄託・組合の各契約とその付随特約 | 契約を締結した日 | 附則34条1項(注3) |
| 債務不履行の責任等 | 債務が生じた時(施行日以後に生じた債務でも、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む) | 附則17条1項(注4) |
| 消滅時効の期間・援用 | 債権が生じた時(同上) | 附則10条1項・4項(注5) |
| 契約の成立(申込みと承諾) | 申込みがされた時 | 附則29条1項(注6) |
| 定型約款 | 施行日前に締結された契約にも新法が適用される | 附則33条1項(注7) |
附則32条は、解除の対象となる契約の締結日を切り分け基準として、施行日前に締結された契約については改正前民法が適用されることを明らかにしたものです(注2)。契約の当事者は、契約の解除についても、契約を締結した時点の法律が適用されると予測し期待するのが通常だからです(注2)。附則34条1項も、基本原則どおり契約の締結日を切り分け基準としています(注3)。
2 債務や債権の発生時が基準になるもの
債務不履行と消滅時効は、契約の締結日ではなく、債務や債権が生じた時が基準です。
附則17条1項は、施行日前に債務が生じた場合における債務不履行の責任等について、なお従前の例によるとしています。かっこ書で、施行日以後に債務が生じた場合であっても、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む、と定めています(注4)。時効についても、附則10条1項が同じかっこ書を置いています(注5)。
施行日前に締結した契約から施行日以後に発生した債務も、債務不履行の責任と消滅時効については旧法で処理されるということです。時効の援用についても、時効の援用時期ではなく、既存の法律関係に対する当事者の予測可能性を考慮して、援用の対象となる債権の発生時期が基準とされています(注5)。
3 契約の成立は、申込みが到達した時
附則29条1項は、施行日前に契約の申込みがされた場合における申込みと承諾について、なお従前の例によるとしています。契約の申込みがされた時点とは申込みの通知が相手方に到達した時点ですから、施行日前に申込みが発せられても、到達が施行日以後であれば改正民法が適用されます(注6)。
4 定型約款だけは、遡って適用される
附則33条1項は、定型約款に関する規定(民法548条の2から548条の4まで)を、施行日前に締結された定型取引に係る契約についても適用するとしています。約款規制の遡及適用を認めるものです(注7)。
同条2項は、契約当事者の一方(契約又は法律の規定により解除権を現に行使することができる者を除きます)が書面(電磁的記録を含みます)で反対の意思表示をした場合には適用しないとし、3項は、その反対の意思表示を施行日前にしなければならないとしています(注7)。この反対の意思表示は平成30(2018)年4月1日以降にできるものとされていたので(注8)、期限はすでに過ぎています。今から遡及適用を避ける方法はありません。
5 法定利率は、利息が生じた時点・遅滞に陥った時点で決まる
法定利率は、経過措置の中でも実務で使う頻度が高い部分です。利息の法定利率は、利息が生じた最初の時点で決まり(民法404条1項)、その時点が施行日前であれば従前の例によります(改正法附則15条1項)。原状回復や費用償還の場面でいえば、金銭を受領した日、費用を支出した日、利益を受けた日が施行日前であれば5パーセント、施行日以後であれば3パーセントとなります(注9)。遅延損害金の法定利率は、債務者が遅滞の責任を負った最初の時点で決まり(民法419条1項)、その時点が施行日前であれば従前の例によります(改正法附則17条3項)。施行日以後の法定利率は3年ごとに見直される変動制で、3パーセントに固定されているわけではありません(民法404条3項)。また、改正民法の整備法(平成29年法律第45号)で商事法定利率は廃止されましたが、施行日前に商事法定利率による利息が生じた場合、その債権の利息は改正前商法514条に基づき6パーセントとなります(注9)。
契約書に遅延損害金の定めがなければ、この法定利率によって遅延損害金を計算します。ただし、利息について約定利率を定めていて、それが法定利率を超えるときは、その約定利率によります(民法419条1項ただし書)。
三 解釈:更新があれば新法に切り替わるか
施行日前に締結された契約が、施行日以後に更新された場合はどうなるか。実務書は、賃貸借契約を例に、更新の形ごとに次のように整理しています(注10)。
| 更新の形 | どちらの民法か |
|---|---|
| 合意更新 | 更新の際に改正民法が適用されると予測し期待したと考えられるので、更新後の契約には改正民法が適用される |
| 自動更新条項による更新 | 更新を拒絶しないという判断をしているから、自動更新後の契約には改正民法が適用されると解される |
| 民法619条1項による黙示の更新 | 当事者の黙示の合意が根拠とされているから、その時点の法律が適用されると考えるのが通常であり、改正民法が適用される |
| 借地借家法26条1項・2項による更新 | 立案担当者は改正前民法が適用されるとするが、同書は更新に向けた意思を読み取って改正民法の適用を認めてよいとする |
| 正当事由がないための法定更新(借地借家法28条) | 当事者の契約更新に向けた意思が介在しないので、改正民法が適用される余地はないであろうとされる |
(注10)
このうち、借地借家法26条1項・2項による更新は見解が分かれるところです。同書は、立案担当者が、当事者の更新に向けた意思表示などはなく、更新時の意思を踏まえてその時点の法律が適用されると予測し期待したとは言い難いから、更新後の賃貸借契約にも改正前民法が適用されるとしていることを紹介したうえで、更新しない旨を通知しないこと、使用等を継続していること、使用の継続等に対して異議を述べていないことなどから、賃借人には契約更新の意思があり、賃貸人もそれを容認していると評価することも可能であるとして、改正民法の適用を認めてもよいように思われる、と述べています(注10)。
雇用契約についても、施行日前に締結された契約が施行日以後に更新された場合には賃貸借契約と同様の問題があり、合意更新の場合には改正民法が適用されます(注11)。
賃貸借契約について自動更新後は改正民法が適用されると解されていることからすると(注10)、自動更新条項が入っている契約は、施行日前に締結されていても、更新期を通過していれば新法で読むのが基本になります。もっとも、その扱いが問題になるのは更新後の法律関係であり、更新前に生じた債務の不履行は、附則17条1項により旧法で処理されます。
四 契約実務への還元
1 レビューの最初に締結日を見る
既存契約のレビューや、紛争になりかけた契約の検討では、次の順で確かめます。
- 契約書の締結日(後文の日付。空欄なら、いつ成立したかを別に調べる)
- 2020年4月1日より前か後か
- 前であれば、更新の有無と更新の形(合意更新か、自動更新条項によるか)
- 問題になっている論点が、何を基準時にしているか(二の1の表)
2 基準時が違うので、1つの契約に両方の民法が当たることがある
施行日前に締結され、施行日以後に合意更新された賃貸借契約では、更新後の契約関係は改正民法で読み(注10)、更新前に生じた債務の不履行の責任は改正前民法で読むことになります(注4)。1つの契約書について、論点ごとに適用法が分かれるということです。
どちらの民法かを確かめないまま条項の当否を論じると、条文の番号から間違えます。改正前民法には契約不適合責任の規定も定型約款の規定もなく、解除の要件も異なります。
3 一覧表を手元に置く
実務書には、項目ごとに「従前の例による場合」と「新民法が適用される場合等」を並べた一覧表があります(注12)。意思能力、公序良俗、意思表示、代理、消滅時効、法定利率、債務不履行責任、債権譲渡、弁済、相殺といった項目が並んでいるので、論点から基準時を引くことができます。
本稿で扱わなかったこと
改正の中身そのもの(何がどう変わったか)は、別稿「債権法改正が契約実務に与えた影響の全体像」が扱います。消滅時効の期間と完成猶予・更新は別稿「消滅時効の全体像と契約実務への影響」、自動更新条項の書き方は別稿「自動更新条項:意義と留意点」、定型約款の規定そのものは別稿「定型約款とは何か:定型取引の要件」で扱います。
参考文献等
註
(注1)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説 新債権法』(有斐閣、2021)696頁
(注2)前掲注1・729頁
(注3)前掲注1・731頁
(注4)前掲注1・709〜710頁
(注5)前掲注1・703頁
(注6)前掲注1・727頁
(注7)前掲注1・729〜730頁
(注8)前掲注1・731頁
(注9)前掲注1・709頁
(注10)前掲注1・732頁
(注11)前掲注1・732頁
(注12)愛知県弁護士会研修センター運営委員会法律研究部契約審査チーム編『新民法対応 契約審査手続マニュアル』(新日本法規出版、2018)63頁以下の表「現行民法、新民法の適用関係」
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