一 どういう場面か:廊下で声をかけられる
会議室を出たところで、営業担当者に呼び止められます。「これ、法的に問題ないですか」。手元にはスマートフォンか、印刷した1枚の書面があります。
この質問に「問題ありません」と答えるのは、たいてい早すぎます。 質問している側が知りたいのは、法的な問題の有無そのものではなく、進めていいかどうかだからです。
本稿は、この場面で何を確かめ、何を返すかを扱います。
二 何を見るか:質問の背後にあるもの
1 もう決まっているのか、まだ決められるのか
最初に確かめるのは、案件がどの段階にあるかです。
見積書を出す前なのか、条件を口頭で合意した後なのか、契約書に押印する直前なのか。同じ質問でも、答えとしてできることが変わります。押印の直前であれば、条項を直す話は終わっていて、直さずに進めた場合のリスクをどう管理するかの話に移ります。
2 いつまでに答えが要るのか
次に、期限です。今日中に返事が要るのか、来週の会議までなのか。
期限を聞かずに「確認して折り返します」と答えると、相手は待つしかありません。期限を聞いてから、その期限で出せる答えの粒度を伝えるほうが、相手は動けます。
3 何を心配しているのか
質問の形は「法的に問題ないか」ですが、心配していることはもっと具体的です。
| 質問の形 | 背後にあることが多い心配 |
|---|---|
| これ、法的に問題ないですか | 進めていいか。後で止められないか |
| この条項、変ですか | 相手に直してもらえるか。言っていいことか |
| うちだけ不利じゃないですか | 社内で説明できるか |
| 前も同じようにやりましたよね | 今回だけ違う扱いをされないか |
三 返し方
1 「問題ないです」と即答しない
書面の一部だけを見て答えると、他の条項との関係で結論が変わることがあります。
実務では、依頼が届いた時点で期限が迫っているといった場面があり得ます。例えば、契約審査の依頼を受けた時点ですでに返信の期日が迫っており、聞けば営業担当者がその契約書を長期間留めていた、ということは多くの法務担当者が一度は経験するものかと思います(注1)。期限に追われるほど即答したくなりますが、そういうときこそ書面の全体を確かめるべきです。
2 「問題あります」とも即答しない
反対に、条項の形だけを見て「これは受けられません」と返すと、取引そのものを止めることになります。
その条項が実際にどう効くかは、取引の中身によります。支払サイトが短い取引と長い取引、継続する取引と単発の取引では、同じ条項でも重さが違います。
3 条件を確かめてから答える
二で確かめた3点(段階・期限・心配していること)が揃えば、答えの形が決まります。
| 状況 | 返し方 |
|---|---|
| まだ決められる段階、期限に余裕がある | 条項を直す案を出す |
| まだ決められる段階、期限が短い | 直したい点を優先順位付きで2〜3点に絞って出す |
| もう決まっている、期限が短い | 直さずに進める場合のリスクと、運用でできる手当てを示す |
| 前提の事実が分からない | 何が分かれば答えられるかを、その場で伝える |
最後の行が重要です。「確認します」だけで持ち帰ると、相手には何も残りません。「見積書の相手方名義が誰かを教えてもらえれば、今日中に答えられます」と返せば、相手はその場で動けます。
四 期待値を合わせる
法務が返す答えには、幅があります。条項を直せば済むもの、事業判断が要るもの、そもそも取引の形を変えないと解決しないもの。どれに当たるかを最初に伝えておくと、後で「そんな話は聞いていない」が減ります。
期待値を合わせる前提になるのは、営業担当者との日頃の関係です。実際の事例として、営業部門は法務部門の顧客であるという意識で対応すること、契約過程における営業担当ごとに異なるフォローを実施することで、双方の信頼関係を築き連携を強めてきた、という報告もあります(注2)。
この事例では、審査後の契約書を渡す際に、具体的な修正点や修正箇所の多さについてメモを作って渡すという工夫も紹介されています(注1)。メモの例として、相手方の提案をすべて受け入れる方向で修正しているが1点だけ別の修正案を提示していること、細かく修正依頼をいただいたので受入れ可能な範囲で反映していること、修正依頼の理由がない箇所については一部受入れが難しいので、理由を示してもらえれば再度検討すること、といった書きぶりが挙げられています(注1)。
答えの中身だけでなく、答えの渡し方まで含めて仕事だ、ということです。
五 即答すべき場面もある
いつも「確認します」と持ち帰る法務は、頼られなくなります。
次のような場面では、その場で答えるべきです。
| 場面 | その場で言うこと |
|---|---|
| 法令で明確に禁止されている行為 | だめだと言う。理由は短く |
| 押印の直前で、明らかな誤記を見つけた | 直す。締結を止める |
| 相手方に返事を出す直前 | 出さないよう止める。理由は後で説明する |
| 「前もこうしていた」と言われた | 前の扱いを確かめると伝える。その場で追認しない |
法務部門への相談の敷居を下げ、何でも相談しやすくすることが、潜在的なリスクの発見や適切的確な契約交渉等の観点から、1つの理想的な形といえるでしょう(注2)。 廊下で声をかけてもらえること自体が、予防法務の入口です。
本稿で扱わなかったこと
依頼を正式に受け付けるときに何を出してもらうかは、別稿「依頼を受け付ける:何を出してもらうか」、事業部門から条項を決めるために何を聞くかは別稿「事業部門へのヒアリング:何を聞けば条項が決まるか」、法的リスクと事業判断を分けて伝える方法は別稿「事業部門への説明:法的リスクと事業判断を分けて伝える」が扱います。
参考文献等
註
(注1)飯田裕子「他部署と作り上げる『信頼される法務』への意識」ビジネス法務2022年8月号62〜63頁
(注2)前掲注1・62頁、63頁
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