日本の契約成立は「総合判断」で認定される:申込み・承諾型との違い

04 契約締結過程と契約の成立

【応用実務】最終確認:2026年10月25日

一 問題の所在:申込みと承諾を特定できない取引のほうが多い

民法522条1項は、契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(申込み)に対して相手方が承諾をしたときに成立する、と定めています。ところが、企業間の取引で契約が成立したかどうかが争われたとき、どの言動が申込みで、どの言動が承諾かを特定できることは多くありません。

2000年に発表された論文で、企業の法務担当者と民法学者は、これまでの学説が申込みと承諾の合致を契約成立の基本的形態として説いてきたのに対し、現代の取引の中心的な主体である企業間の、しかも最も重要な取引のほとんどは、申込みと承諾によってよりも交渉によって成立するのが取引界の実態だ、と指摘しています(注1)。


二 制度の枠組み

1 欧米流の申込み・承諾型モデル

日本と欧米の契約実務を比較した研究書は、欧米型の国際スタンダードでは、契約が成立したかどうかを判断するにあたって、申込みと承諾の意思表示の合致を探求するアプローチが一般的に採用されている、としています(注2)。交渉過程での当事者の言動を観察し、申込みと承諾にあたる行為を特定し、その合致があったかを分析するという方法です(注3)。

2 日本の裁判実務:交渉の全体から成立を認定する

同書は、日本の判例ではそのようなアプローチはあまり登場せず、日本の認定基準は、事実関係を総合判断で捉えて契約の成立を認定する手法だと評価しています(注2)。「遅くとも○○の頃迄には契約が成立していたと解される」という表現で成立を認定したり、商取引では契約書が締結されるのが通例だが取り交わされていないなどとして成立を否定したりする判決が多く、判決文で当事者の一連の言動は取り上げられるものの、どれが申込みでどれが承諾かという分析はされないまま、一連のやりとりを総括する形で成立を認めるのが一般的だ、としています(注4)。

実際の判決でも、この傾向は確認できます。

承諾の有無が争われた例 サーバー監視と運用保守の業務委託契約について、委託者側は、申込書による申込みに対する承諾を受けていないなどとして、契約の不成立を主張しました(注5)。裁判所は、仲介したコンサルタントが委託者の委託業務の一環として両者の連絡を取り持っていたこと、委託者の担当者が社印を押した契約書を作成したこと、その後も委託者が受託者と直接連絡を取り合っていたことなどから、契約が成立していたことは明らかだとして、主張を退けました(注5)。いつ誰がどの意思表示で承諾したかは特定していません。

報酬を決めないまま工事が始まった例 内装改修工事で、発注者側は、見積書を承認しておらず報酬という要素を欠くから契約は成立していない、と主張しました(注6)。裁判所は、見積書を基に施工内容を協議した日に、工事への着手、追加工事の契約に争いがないこと、交渉にあたった発注者の取締役が社長の地位にあったこと(表見代表取締役)などを考慮して契約の成立を認め、商人間の請負では報酬額の明示的な定めがなくても、工事内容に応じた合理的な金額を支払う黙示の合意があったとみるのが当事者の通常の意思に合致する、としました(注6)。別の電気設備工事の下請事件でも、「平成26年秋頃(遅くとも同年11月27日までに)」下請施工を合意し、報酬については具体的な合意をしなかったという事実を前提に、相当な報酬額を支払う黙示の合意を認めています(注7)。

3 「組織型契約」という捉え方

一の論文は、企業間で交渉を経て成立する契約を「組織型契約」と呼び、申込みと承諾の合致で成立する「市場型契約」と区別しています(注8)。そのうえで、組織型契約では、契約書正本への代表者の記名・捺印が最終的かつ確定的な意思表示にあたり、記名・捺印をもって成立を認定し、それがなければ成立を認めるべきでないという「基本原則」を提示しています(注9)。ただし、この基本原則は、裁判所にとっては成立を認定するもっとも有力な基準という程度の位置づけにとどまらざるをえない、としています(注9)。

上場会社を一方当事者とする高額の取引で成立を否定した判決は、この考え方に近い判断をしています。上場会社が5億円でシステムを買い取るかが争われた事案で、裁判所は、このような売買契約が成立に至るには、目的物と代金額を確定し、支払期限・支払方法などの諸条件を交渉によって確定したうえで、代表者印を押した売買契約書を作成して成立させるのが通常だとし、売買が諾成不要式の契約であることとこの経過をたどるのが通常であることは矛盾しない、と述べています(注10)。社長が個人名で署名した「言い値で買い取ることを確約する」という書面があるだけで、売買契約書が作成されていないことなどを総合して、成立を認めませんでした(注10)。


三 解釈:なぜ日本ではこうなるのか

1 稟議・社内決裁を経る取引慣行

一の論文は、多くの企業では、交渉チーム間で合意が成立したあと、代表者が契約書に記名捺印する前に、稟議あるいは決裁と呼ばれる手続がとられるとしています(注11)。交渉期間中に関連部門から個別に得ていた了解を、契約全体を通して再確認する手続と位置づけられています(注11)。交渉チーム間の合意は、代理権を授与されていないチームどうしの事実上の合意にすぎず、そのことは当事者間で十分に認識されている、という分析です(注11)。

2 交渉が段階的に積み上がる

研究書も、多くの企業間取引では、契約合意は当事者同士が交渉を通じて練り上げながら形作られていくのが、より現実的な姿だとしています(注12)。一つの言動を切り出して申込みと呼ぶことが難しいのは、そのためです。

3 実務側と理論側が同じことを述べている

研究書と、企業の法務担当者と民法学者の共著論文は、いずれも、企業間の重要な取引が申込みと承諾のモデルでは説明しにくいことを指摘しています(注1)(注2)。申込みと承諾で説明できないのは、日本の実務が特殊だからというより、企業間取引がもともとそういうものだからです。

ただし、両者の評価は同じではありません。研究書は、日本の手法では、申込みにあたりうる発言も他の状況証拠と同列に扱われ、合意は事実判断の総合判定に持ち込まれるため、裁判官は判断の決め手を欠き、概して合意認定を保守的に狭く解していく、と指摘しています(注13)。交渉過程の個々の発言が合理的な相手方の目線で解釈されにくく、その結果が契約内容に反映されにくい、という問題意識です(注14)。


四 契約実務への還元

1 「いつ成立したか」を争わせないための書き方

総合判断で成立が認定される以上、成立の時点は、後から振り返って決まることになります。争いを避けるには、成立の方法と時点を当事者が先に決めておくことです。

場面手当て
大型の取引を交渉している「本契約は、双方の代表者が記名押印した契約書の締結をもって成立する」と、交渉の初期に書面で合意しておく
契約書の締結前に作業を始めたい作業の範囲・費用負担・契約不成立時の精算を、先行作業の合意書で決めておく
見積書を出して着工する小口の取引見積書の承認方法(誰が、どの書面で)を決め、承認の記録を残す
交渉を打ち切る可能性がある「本契約の締結までは、いずれの当事者も法的拘束を受けない」旨を書面で確認しておく

一の論文も、契約の成立方法についてあらかじめ書面で合意がある場合には、その方法に従った行為がなされたときに契約の成立が認められるとし、レター・オブ・インテントに「書面による、交渉期間内の合意」をもって本契約成立とする旨の規定が置かれることが多い、としています(注15)。一方で、契約書の締結を待たずにドラフト中の債務の履行(作業)が始まり、相手方も黙認していた場合に契約の成立を認めるかは、基本原則との抵触が生じうる実務的な問題だとしています(注16)。

2 基本合意書・LOIの位置づけ

成立の方法を定めた基本合意書やLOIは、それ自体の拘束力が条項ごとに決まります。何を拘束的にし、何を非拘束的にするかは、別稿「LOI・MOU・基本合意書の法的性質:名前ではなく条項ごとに決まる」で扱っています。

3 個別契約の成立要件を定める

継続的な取引では、基本契約で個別契約の成立要件(発注書の送付と注文請書の返送、一定期間内に異議がなければ成立、など)を定めておくと、個々の取引の成立時点を争う余地が小さくなります。

日本の裁判所は、成立の時点を交渉の全体から事後に認定します。いつ成立させるかは、当事者が先に書面で決めておくことです。

本稿で扱わなかったこと

申込みと承諾の条文の読み方は別稿「申込みと承諾:契約はいつ成立するか」、発注書と注文請書の応酬は別稿「書式の戦い:発注書と注文請書、約款の応酬」、交渉を途中で打ち切ったときの責任は別稿「契約締結上の過失・交渉破棄の責任」、個別契約の成立要件の条項は別稿「個別契約の成立要件:発注書と注文請書」で扱います。


参考文献等

註

(注1)村井武=平井宜雄「交渉に基づく契約の成立(上)──企業間における『組織型契約』に焦点を合わせて」NBL702号(2000)6頁
(注2)小林一郎『日本の契約実務と契約法──日本的契約慣行の研究』(商事法務、2024)21頁
(注3)前掲注2・24頁
(注4)前掲注2・22頁
(注5)東京地判令和3年3月30日(平成31年(ワ)第9077号、判例秘書L07633389)
(注6)東京地判令和2年1月16日(平成29年(ワ)第5311号、判例秘書L07530125)
(注7)東京地判令和3年1月22日(平成28年(ワ)第24946号、判例秘書L07630185)
(注8)前掲注1・6頁以下、村井武=平井宜雄「交渉に基づく契約の成立(下)──企業間における『組織型契約』に焦点を合わせて」NBL704号(2001)53頁
(注9)前掲注8のNBL704号55〜57頁
(注10)東京地判平成17年2月23日判時1946号82頁(平成15年(ワ)第7476号、LEX/DB文献番号28112526、判例秘書L06030702)
(注11)村井武=平井宜雄「交渉に基づく契約の成立(中)──企業間における『組織型契約』に焦点を合わせて」NBL703号(2000)31〜32頁
(注12)前掲注2・23頁
(注13)前掲注2・33頁
(注14)前掲注2・34〜35頁
(注15)前掲注8のNBL704号54〜55頁
(注16)前掲注8のNBL704号57〜58頁


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