一 問題の所在:現場の担当者どうしが決めたことは契約になるか
取引基本契約を結んで1年が経ちました。先方の購買担当者から電話があり、来月から単価を5%下げてもらえないかと言われ、こちらの営業担当者が「分かりました、それで進めましょう」と答えました。翌月からの請求書は、下げた単価で出されています。
この単価の変更は、契約の変更でしょうか。
もう一つの場面です。こちらの担当部長が、取引先の懸念に応えて「他社により有利な条件を出したら、御社との契約も見直します」とメールを送りました。半年後、先方は「見直すと約束したのだから、契約はもう有利な条件に変わっている」と主張し、差額の支払を止めました。
どちらも、契約書には何も書き足されていません。それでも契約は変わりうる、というのが出発点です。そのうえで、どこまでなら変わったといえるのか。本稿はこの線を扱います。
二 制度の枠組み
1 契約の変更も契約である
契約は、申込みと承諾によって成立し、法令に特別の定めがある場合を除いて、書面の作成その他の方式を具備することを要しません(民法522条)。
契約を変更する合意も、同じ原則に服します。日本法の下では、契約は当事者間の意思の合致によって成立するため、書面による合意という手続をとる必要はありません。契約の修正や変更についても、合意さえ成立すれば、書面によらずにその効力が生じます(注1)。
したがって、一の単価の例で、売主と買主の間に単価を変える意思の合致があったと認められれば、契約書を作り直していなくても単価は変わっています。
2 書面によらない変更を封じる条項の効力
これを防ぐために置かれるのが、変更は書面によらなければ効力を有さないと定める条項です。修正制限条項と呼ばれることもあり、ライセンス契約やM&A契約などによくみられます(注1)。
では、この条項を置けば、口頭での変更は必ず無効になるのでしょうか。そうとは限りません。契約の修正・変更は要式行為とされていないので、書面による合意がなければ効力を有さないとする当事者間の合意が常に効力を持つのかは、問題になります。一般的には、このような条項の効力が全面的に認められるか否かについては疑問がある、と解されています(注2)。
たとえば、この種の条項が合意されている契約を、当事者が口頭で合意解約し、その後に新たな契約を口頭で締結し直した場合に、新たな契約の効力を認めないとまでの効力を認めることは困難です(注2)。
もっとも、効力が全面的には認められないとしても、契約締結後に契約を修正する合意をしようとしたときに、口頭での合意の成立を認めない方向で考慮される有力な一つの事情になる、という効果は認められます(注2)。条項は、変更を不可能にするものではありません。変更の合意があったと認めにくくするものです。
3 権限のない者が約束した場合
一の2つの場面では、約束をしたのは会社の代表者ではなく、現場の担当者です。担当者に契約を変更する権限がなければ、その約束は原則として会社に効果が帰属しません。
ただし、相手方が担当者に権限があると信ずべき正当な理由があるときは、権限外の行為であっても本人が責任を負うことがあります(民法110条・109条1項)。担当者に一定の代理権を与え、日常の発注や単価交渉を任せている会社では、この表見代理の問題が生じえます。
三 解釈:変更の合意があったといえるか
1 担当部長の書簡で、ライセンス契約は変わったか
一の2つ目の場面は、実際に裁判になった事案をもとにしています。
液晶パネルなどの特許ライセンス契約で、実施料は正味販売価格の0.65%と定められていました(注3)。契約書の10.05条には、書面によって、かつ、両当事者を代表する正当な権限のある役員によって正当に執行された場合を除き、いかなる修正又は補正も有効でなく、両当事者を拘束しない、という修正制限条項が置かれていました(注3)。
契約締結後、ライセンシーの法務部長が、他社と比べて不利な立場に置かれることへの懸念を伝えました。これに対し、ライセンサーのライセンス及び契約執行部長が書簡を返します。最初のライセンシーを後のライセンシーよりも不利益に扱わないのが自社のライセンス政策であり、他社とより有利な条件で契約した場合には必ず通知して現在のライセンス契約を見直す、という内容でした(注3)。
ライセンシーは、この書簡によって契約は最恵待遇条項が盛り込まれた内容に変更され、実施料率は0.3%になったとして、差額を支払いませんでした(注3)。
東京地判平成18年12月25日判時1964号106頁は、変更を認めませんでした(注3)。
しかしながら、本件書簡の内容は、原告のライセンス政策を踏まえ、被告の条件よりも有利な条件で他社とライセンス契約を締結したときは、被告に通知した上で、被告との間のライセンス契約を見直す(rearrange)というものであって、その内容は、本件契約には最恵待遇条項が存在しないことを前提とした上で、本件契約を見直す用意があると述べるものにすぎないから、本件書簡は、これにより本件契約を直ちに変更するという趣旨のものとは認められない。のみならず、本件契約には修正制限条項が設けられており、書面により、かつ両社の代表役員らによる正当な修正を経なければ、いかなる修正又は補正も有効でなく、両当事者を拘束しない旨明記されているのであるから、原告を代表する権限のある役員ではないARが、被告の一社員にすぎないBに対して送付した本件書簡をもって、原告と被告との間に、本件契約を修正し、最恵待遇条項を設けるという効果を発生させる合意が成立したものとは認め難く、……(注3)
2 判決が挙げた理由の順序
判決の理由は2段になっています。
1段目は、書簡の中身です。見直す用意があると述べただけで、契約を直ちに変更する趣旨ではない。この段階で、変更の合意は認められていません(注3)。
2段目が、修正制限条項です。「のみならず」とつないで、代表する権限のある役員ではない者が、相手方の一社員に送った書簡では、修正の合意が成立したとは認め難い、としています(注3)。
修正制限条項は、それだけで結論を決めたわけではありません。約束の文言が変更の意思を示していないという判断に、条項と権限の欠如が重ねられています。二の2で見た、口頭での合意の成立を認めない方向で考慮される有力な一つの事情、という位置づけとそのまま重なります。
もう一つ、判決は締結前の書簡についても判断しています。締結直前の書簡に、契約の条件は他社との契約と完全に同一だと書かれていた点については、その記載は調印に先立って背景を説明したもので、条件の同一を法的に保証する趣旨とは認められないとしたうえで、契約の根幹である実施料の支払方法を変える条項であれば、その合意内容は契約書に記載されていたはずであり、しかも契約書には完全合意条項があるから、契約書に明記されていない最恵待遇条項を含む契約が成立したとは認め難い、としました(注3)。締結前の約束には完全合意条項が、締結後の約束には修正制限条項が、それぞれ理由の一つとして重ねられています。
3 運用の積み重ねで変わったといえるか
裁判になるのは、この事案のように書面が残っている場合ばかりではありません。一の単価の例のように、担当者どうしのやりとりで契約と違う運用が続く場合もあります。
契約締結後、年月が経つにつれて、当初の契約条件と異なった条件が慣行となることがあります。しかし、それによって契約条件が変更されたといえるかどうかは疑問であり、面倒でも書面により変更契約を締結すべきです(注4)。
この場面は、担当者の認識から説明できます。契約書どおりに履行することが難しい事態が生じたとき、担当者は双方とも異議を述べないのが通常ですが、担当者の認識は「契約どおりに行動しないこと」を認容しているだけで、契約を修正するという認識や意向を持っていることは多くありません。契約を締結する権限を持つ者がその状況を知らなければ、会社どうしで契約を修正する合意をしたとは評価できない可能性があります(注5)。
ただし、契約書を修正しないまま、契約書で取り決めたこととは別の行動が続くと、実質的に契約が修正されていると評価されるおそれがあることも事実です(注5)。運用が長く続くほど、変更の合意がなかったという主張は苦しくなります。
四 契約実務への還元
1 書面によらない変更を封じる条項を置く
条項例は、次の形です(注6)。
第○条 本契約は、甲(売主)乙(買主)の代表者の記名押印のある文書によってのみ変更することができる。(注6)
この条項の目的は2つあります。取引基本契約締結後の個別契約締結の段階で、現場の力関係によって現場レベルで押し切られ、相手方有利の契約内容に変更されるという事態を防ぐこと。そして、変更は双方代表者作成の書面という形でのみ行うとすることで、変更の有無と内容を明確にすることです(注6)。
三の判決の事案で、条項が「代表する正当な権限のある役員」の署名を求めていたことが、担当部長の書簡を退ける理由の一つになりました(注3)。「書面による」に加えて、誰が署名した書面かまで書いておくと、この事案と同じ働きが期待できます。
条項の対象を、契約の修正・変更に加えて、契約に基づく権利の放棄や義務の免除にまで広げる書き方もあります(注7)。一の単価の例のように、請求しないことが続く場面は、権利の放棄として主張されることがあるからです。
書面の要件、署名者、電子メールの扱いといった条項の書き分けは、別稿「変更手続を条項で縛る:書面・署名者・運用とのずれ」で詳しく扱います。
2 完全合意条項とセットで置く
変更を書面に限る条項は、完全合意条項とセットで規定されることも多くあります(注4)。契約書が当事者間の合意のすべてである以上、契約を変更するには別途書面が必要になる、という関係にあるからです(注4)。
三の判決では、締結前の書簡については完全合意条項が、締結後の書簡については修正制限条項が、それぞれ理由の一つとして挙げられていました(注3)。2つの条項は、時間軸の前後で役割を分けています。どちらか一方だけでは、もう一方の時点の約束が残ります。完全合意条項の働きと限界は、別稿「完全合意条項の機能:交渉経緯の遮断は、自分にも効く」と別稿「完全合意条項があっても交渉経緯は考慮されるか:条項が言えるのはどこまでか」で扱いました。
3 条項を置いても、運用は書面で締める
二の2で見たとおり、条項は変更の合意を不可能にするものではありません。条項に頼るだけでは、三の3の運用の積み重ねに対応できません。
現場で契約と違う運用を始めるときは、その都度、書面にします。契約書を書面で変更する際には、何年何月何日付の基本契約書を変更する覚書などで、どの点を変更するのかを具体的に記載し、その他の点は変更されない旨も記載して、当事者が記名押印します(注7)。変更を権限ある者の記名押印のある文書に限っておけば、変更されたかどうかが明確になり、変更の内容も書面で特定され、いつから変更されたかでも争いがなくなります(注7)。
変更するつもりのない一時的な対応であれば、その範囲を残しておきます。「今回の発注分に限り、納期を○月○日に変更します。その他の発注分の納期と基本契約の条件は変更しません」と書いたメールを送っておけば、変更がその1件に限られること、つまりColumnのいう「契約どおりに行動しないことを認容しているだけ」の状態にとどまることを、後から示しやすくなります。
担当者に単価や納期の交渉を任せている会社では、どこまでの約束をしてよいかを社内で決め、それを超える約束は代表者名の書面によるという運用を共有しておくことも必要です。二の3で見た表見代理の主張を受けにくくなります。
本稿で扱わなかったこと
変更手続を縛る条項の具体的な書き方、つまり書面に電子メールが含まれるか、誰の署名を要するか、運用で変えているのに条項だけ残っている場合にどうするかは、別稿「変更手続を条項で縛る:書面・署名者・運用とのずれ」で扱います。
表見代理の要件そのものは、本稿では条文を示すにとどめました。
参考文献等
註
(注1)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)214〜215頁
(注2)同215〜216頁
(注3)東京地判平成18年12月25日判時1964号106頁(平成18年(ワ)第1710号)
(注4)堀江泰夫『契約業務の実用知識〔第3版〕』(商事法務、2025)227〜228頁
(注5)前掲注1・217〜218頁のColumn「実務における契約の修正」
(注6)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)49〜50頁
(注7)前掲注1・216頁の記載例②、前掲注6・35頁のQ22
この条項の他の記事契約変更の要件
あわせて読む




