一 問題の所在:「決まった」のはいつか
取引先の担当者から「では、それでお願いします」とメールが来た。見積書を出した翌日に注文書が届いた。契約書の押印はまだ済んでいない。
このとき、契約はもう成立しているのか。成立していれば、ここから先は「断る」ではなく「解除する」の話になります。
本稿は、民法が用意している申込みと承諾の枠組みを説明します。ただし、その枠組みでは説明しきれない場面が実務では多いことも、最後に示します。
二 制度の枠組み
1 申込みと承諾による成立(民法522条1項)
民法522条1項は、「契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下『申込み』という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する」と定めています。
改正前民法には、契約が申込みと承諾によって成立するとの一般的な解釈を定めた規定がなかったため、この点が本条1項で明文化されました(注1)。あわせて、申込みは「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示」と定義づけられ、申込みに対応した契約を成立させる意思表示が承諾とされました(注1)。
契約は、原則として申込みと承諾という意思表示の合致により成立します。申込みは「契約の内容を示して」、すなわち契約の内容を具体的に特定して行うことが必要で、特定が不十分な場合には「申込み」には該当せず、申込みをするように誘う行為(いわゆる申込みの誘引)にとどまりえます(注2)。
2 方式の自由(同条2項)
契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しません(民法522条2項)。契約は書面で行われる場合も多いのですが、原則として口頭でも成立します(注2)。
押印がまだでも、申込みと承諾がそろえば契約は成立しえます。
3 承諾期間の定めのある申込み・ない申込み
| 申込みの種類 | 撤回できるか | いつ効力を失うか |
|---|---|---|
| 承諾期間を定めた申込み | 撤回できない。ただし撤回権を留保したときは別(民法523条1項) | 期間内に承諾の通知を受けなかったとき(同条2項) |
| 承諾期間を定めない申込み | 承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは撤回できない。撤回権を留保したときは別(民法525条1項) | 民法に定めはない。商人である隔地者間では、相当の期間内に承諾の通知を発しなかったとき(商法508条1項) |
| 承諾期間を定めない、対話者に対する申込み | 対話が継続している間はいつでも撤回できる(民法525条2項) | 対話が継続している間に承諾の通知を受けなかったとき。ただし対話終了後も効力を失わない旨を表示したときは別(同条3項) |
承諾する側が条件を付けたり、内容を変えたりして承諾した場合は、申込みを拒絶したうえで新たな申込みをしたものとみなされます(民法528条)。
4 2017年改正で到達主義に統一された
意思表示は、その通知が相手方に到達した時から効力を生じます(民法97条1項)。改正前民法526条1項には、隔地者間の契約は承諾の通知を発した時に成立するという規定(発信主義)がありましたが、改正で削除されました(注3)。
申込みと承諾に関する改正の要点は、①申込みの定義規定の新設、②適用対象の整理(「隔地者」文言の削除と対話者規定の新設)、③撤回権を留保した申込みの明定、④到達主義の徹底(改正前民法522条、526条1項及び527条の削除)、⑤申込者の死亡等の場合の規律の変更(526条)の5点です(注3)。
三 解釈:申込みと申込みの誘引の区別
条文は申込みを定義しましたが、どこからが申込みかという線は引いていません。中間試案では「申込みは、それに対する承諾があった場合に契約を成立させるのに足りる程度に、契約の内容を示したものであることを要する」とされていましたが、この規律は見送られ、申込みといえるためにどの程度「契約の内容」が確定していなければならないかは、解釈に委ねられることとなりました(注1)。
申込みと申込みの誘引の区別も同じです。どのような場合に契約の「締結を申し入れる意思表示」と評価できるかも、解釈に委ねられることとなりました(注1)。中間的な論点整理では、事業者が事業の範囲内で不特定の者に対して契約の内容となるべき事項を提示し、提示された事項によって契約内容を確定することができるときは、当該提示行為を申込みと推定するとの考え方も示されていましたが、この推定規定の導入は見送られました(注1)。
四 契約実務への還元
1 見積書は申込みか
見積書は、それを受け取った側が「注文します」と返せば契約が成立するほど内容が確定しているかどうかで扱いが分かれます。品目・数量・単価・納期・支払条件がそろい、有効期限まで書いてある見積書は、申込みとして扱われる可能性が高くなります。
見積書を申込みにしたくなければ、「本見積書は契約の申込みではなく、別途の注文と当社の注文請書の発行をもって契約が成立します」といった一文を入れておきます。
2 注文書を出した時点で何が起きているか
注文書は、多くの場合、申込みです。相手方の注文請書が届けば、その時点で契約が成立します(民法97条1項、522条1項)。発送した日と届いた日は区別して記録しておきます。
注意が要るのは、商人間の継続的な取引です。商法509条は、商人が平常取引をする者からその営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは遅滞なく諾否の通知を発しなければならず(1項)、通知を怠ったときは申込みを承諾したものとみなす(2項)、と定めています。商法509条は、民法522条1項の例外の場面に当たります(注2)。継続的な取引先からの注文を黙って放置すると、承諾したことになりえます。
3 実務ではこの枠組みで説明できないことが多い
申込みと承諾は、2つの意思表示がぴったり一致したときに契約が成立するという考え方です。民法の定めは、申込みと承諾が鏡に映った姿のようにぴったり一致しなければならないという考え方(鏡像理論)を前提にしています(注4)。しかし、現代の重要な取引は事前の交渉を経て締結され、契約書の条項ごとに合意の有無が争われるので、民法が定める申込みと承諾による契約の成立は、現代の取引にはそぐわないものになっています(注4)。
そこで、契約は、契約内容の重要な部分または本質的な部分について当事者間に確定的な合意(意思の合致)があったことにより成立すると考えるべきだ、という見解(平井宜雄)があります(注4)。
交渉を重ねて条件を詰めていく取引では、どの意思表示が申込みで、どれが承諾だったかを特定できないことのほうが普通です。
本稿で扱わなかったこと
交渉の全体から契約の成立を認定する実務と裁判例は、別稿「日本の契約成立は『総合判断』で認定される:申込み・承諾型との違い」が扱います。発注書と注文請書の約款が食い違う場合は別稿「書式の戦い:発注書と注文請書、約款の応酬」、個別契約がいつ成立するかを基本契約で定める方法は11章で扱います。改正前に申込みがされた場合の経過措置は別稿「改正法の経過措置:どちらの民法が適用されるか」です。
参考文献等
註
(注1)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説 新債権法』(有斐閣、2021)397頁
(注2)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)2〜3頁
(注3)前掲注1・395〜396頁
(注4)喜多村勝德『契約の法務〔第2版〕』(勁草書房、2019)17頁(平井宜雄『債権各論Ⅰ上 契約総論』(弘文堂、2008)145頁・146頁以下を引用)
あわせて読む




