一 どういう場面か:「この契約書見てください」とメールが来た
事業部門から一通のメールが届きます。本文は一行、添付ファイルが一つ。
お疲れさまです。この契約書、見ていただけますか。
添付されているのは契約書のWordファイルだけです。誰との取引なのか、何を売買するのか、いくらなのか、いつまでに返せばよいのか、何も書いてありません。
この状態からレビューを始めることはできます。実際、多くの場合は始めてしまいます。契約書が読めれば作業は進むからです。
契約書だけを渡されてレビューを始めるのは、症状だけを聞いて処方するのに似ています。契約書に書いてあるのは、当事者が合意しようとしている内容であって、その合意が置かれている状況ではありません。同じ条項でも、取引額が10万円か1億円かで直すべきかどうかが変わります。相手方が10年来の取引先か初めての相手かでも変わります。
契約書の文言だけから見えるのは、一般的なリスクにとどまります。その取引に固有のリスクは、取引の実情を聞いて初めて見えてきます(注1)。契約審査は、契約書案の文言を表面的・形式的にチェックするだけではなく、取引の実情や具体的な内容を十分に把握したうえで、実際の取引内容に照らし合わせて行うことが大切です(注2)。
本稿は、レビューを始める前の工程を扱います。全体の手順は別稿「レビューの手順を型にする」で示しました。その第1段階(通読)よりも前の話です。
二 何を見るか:契約書だけでは足りない
依頼を受けた時点で押さえるべきものを、5つ挙げます。
1 取引の背景:誰と、何を、いくらで、いつまで
最初に、契約書から離れて取引そのものを聞きます。
契約当事者、契約目的物、契約類型(またはビジネススキーム)。この3つが、契約審査依頼書や添付資料から十分に把握できないときは、依頼部署に最初に連絡した際に確認しておくのがよいでしょう(注3)。
実務では、次の資料を出してもらうと早くなります(注4)。
| 何についての資料か | 具体例 |
|---|---|
| ビジネススキーム | 当事者関係図 |
| 相手方当事者 | 商業登記の登記事項証明書、有価証券報告書、信用情報調査機関の報告書、会社案内・パンフレット |
| 目的物 | 不動産登記の登記事項証明書、特許公報、商品のカタログ、仕様書・図面、品質保証書 |
| 契約の内容 | 注文書・注文請書、契約書案中に「別に定める」とある定めの文書、覚書の審査であれば原契約書、関連する他の覚書・合意書 |
| 類似の契約 | 当該相手方との過去の契約書、他の相手方との類似の契約の契約書 |
当事者が3名以上いる場合や、ビジネススキームが把握しにくい場合には、当事者関係図を作成してもらうことが勧められています。図を作ってもらうと、審査担当者がスキームを把握しやすくなります。同時に、依頼部署の担当者自身の頭の整理にもなります(注5)。図の書き方は別稿「商流図とお金・モノ・情報の流れを描く」で扱います。
2 この契約書はどちらが作ったものか
契約書案は、依頼部署(交渉担当者)が作ったものか、取引の相手方が作ったものかのいずれかです(注6)。
この一点で、レビューの性格が変わります。
自社が作ったものであれば、直す対象は自社の意図と文言のずれです。相手方が作ったものであれば、直す対象は相手方の意図そのものになります。前者は文言の精度の問題ですが、後者は交渉です。交渉になるかどうかを、レビューを始める前に知っておく必要があります。
第三の場合として、相手方から届いたものを事業部門が一部直してから回してきた、という形もあります。この場合は、事業部門が何をどう直したのかを先に聞きます。直した箇所は、事業部門がすでに相手方に伝えているかもしれません。
3 締切と、なぜその締切なのか
回答希望日を確認します。明日までに回答が必要なのか、2週間後でよいのかによって、その契約審査にかけられる時間が決まってくるからです(注7)。
期日と、その期日が設定された理由の両方を確認します(注7)。理由が分かれば、他の業務との優先関係を考えることができます(注7)。
実務ではもう一つ効果があります。理由を聞くと、期日が動くことがあります。
「来週の月曜まで」という期日の理由が「相手方の担当者がそう言っていたから」であれば、動く余地があります。「取締役会が来週の火曜で、そこに諮る必要がある」であれば、動きません。動かない期日と、動く可能性のある期日を区別しないまま作業を始めると、本来なら丁寧に見られた契約書を急いで処理することになります。
4 決裁ラインと、誰が最終判断するか
修正案を出した後、それを誰が承認し、誰が相手方に伝えるのかを確認します。
この確認が要るのは、修正案の書き方が変わるからです。事業部門の担当者がそのまま相手方に転送するのであれば、修正理由は相手方が読んでも通用する書き方にする必要があります。部長が内容を見てから交渉するのであれば、社内向けの評価を書いても構いません。
金額の大きい取引では、決裁の段階でレビューの結論が引用されます。「法務は問題ないと言っている」という一行が稟議書に載ることを想定して書くのかどうか。書き始める前に決めておくべきことです。
5 過去の同種契約はあるか
自社に類似の契約があれば、それを参考にして審査できます。実務上は、市販の契約書式集よりも、自社の過去の契約審査の例を参考にするケースが多いようです(注8)。
ここには注意すべき点があります。依頼部署も、過去の類似の契約が通ったのだから今回も大丈夫だと考えていることが多い(注8)。したがって、過去の審査の回答と異なる回答をする場合には、その理由を丁寧に説明する必要があります(注8)。契約のリスク管理の面からも、類似の契約内容については統一的な取扱いをすることが望ましいといえます(注8)。
過去の契約を確認するのは、参考にするためだけではありません。今回だけ違う結論を出すことになるかどうかを、先に知っておくためでもあります。
三 直し方:依頼フォームを作る
以上の5つを毎回口頭で聞くのは、双方にとって負担です。依頼の入口に書式を置きます。
審査担当者は、依頼部署に対して、あらかじめ、契約審査依頼の際に受け取りたい情報や資料を示しておく必要があります。その方法として、契約審査依頼書の書式を作成し、審査に必要な資料は依頼の時に添付してもらうようにする(注9)。
書式を作るときの勘所が3つあります。
契約類型ごとに書式を分けること。契約類型ごとに記載を要求すべき事項は異なります。審査依頼が特に多い契約類型について、たとえば秘密保持契約用、取引基本契約用、業務委託契約用というように、それぞれ別の書式を用意する工夫があります(注9)。
量を増やさないこと。依頼書の記載事項が増えると、依頼部署の負担が増えてしまうため、A4用紙で1枚程度が適切です(注9)。実務的にはかなり重い制約です。1枚に収めようとすると、聞く項目を選ばなければならなくなります。
依頼の経路を作ること。契約審査手続が定着している企業の中には、社内のイントラネットを利用して、契約審査の依頼と回答を電子的に行っているところもあります(注9)。依頼がメールの本文で来るかぎり、記載事項は毎回ばらつきます。
書式に何を載せるかは、二で挙げた5項目をそのまま項目にすれば足ります。加えて、別紙と「別に定める」の扱いを明示的な項目にしておくことを勧めます。契約書案の中で「別紙のとおり」と書いてあるのに、その別紙の内容を確認・検討しなければ、契約書案を審査したことにはなりません(注10)。別紙がまだ作成されていないケースもありますが、その場合には未作成であることを把握しておくことが大切です(注10)。
未作成の別紙は、依頼書に項目がなければ話題に出ません。項目があれば「未作成」と書かれ、その一語で分かります。
依頼書に回答欄を作る
書式について、もう一つ付け加えます。依頼書と回答書を1枚にまとめる方法です。
契約審査依頼書の書式例として、上半分が依頼欄、下半分が審査結果の回答欄という作りのものがあります。回答欄には、審査結果を次の4段階から選ぶ形が用意されています(注11)。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| A | 契約書案に修正すべき事項はなく、このまま締結してよい |
| B | 修正が望ましい事項があるが、交渉の結果、修正できなくてもやむを得ない |
| C | 修正すべき事項があり、修正せずに契約することは大きなリスクがある |
| D | 法令違反等があり、修正できなければ契約してはならない |
この4区分は、依頼の受付の話にとどまりません。修正案を出すときに、どの修正が譲れてどの修正が譲れないのかを、あらかじめ4段階で表現できるようにしておくことにもなります。事業部門は、Bであれば交渉で押し切られても構わないと判断でき、Dであれば締結を止めます。
区分の使い分けそのものは、別稿「どこまで直すか」で扱います。ここで押さえておきたいのは、この区分を依頼書の様式に組み込んでおくと、回答の粒度が毎回そろうという点です。自由記述の回答は、担当者によって強さの表現が変わります。
四 相手方への説明のしかた:なぜ聞くのかを伝える
書式を作っても、埋めてもらえないことがあります。契約書を見てもらうだけなのに、なぜこんなに書かされるのか、と受け取られるためです。
ここで、審査部門が自らの立ち位置をどう示すかが効いてきます。契約審査は、依頼部署から依頼された契約書案を上司のような目線でチェックするものではなく、依頼部署が取引の相手方との間で適切な契約を締結できるようにサポートするためのものです(注12)。
この姿勢を示すために、ヒアリングの際は審査担当者の側が依頼部署まで出かけていくべきです(注12)。出向くことには実利もあります。提出された契約書案や添付資料以外の資料が必要になることや、依頼部署内の他の人の意見を聞くことが必要になることが多々あるからです。依頼部署でヒアリングを実施していれば、その場で必要な資料を確認し、必要な人の意見を聞くことができる(注13)。
依頼フォームを埋めてもらうための説明も、同じ線で行います。審査に必要だから、では通りません。この情報があればこの取引に固有のリスクを拾える、と説明します。契約書の文言だけを見ていては拾えないものがあることを、具体例で示すのが早いと思います。
五 どこまで直すか:情報が揃わなくても始める判断
以上を全部揃えてから始めるべきか。違います。
揃うまで待つと、締切に間に合いません。実務では、揃わないまま始めることのほうが多い。問題は、揃わないまま始めるかどうかではありません。揃わないまま始めるときに何をするか、です。
前提を明示します。回答書に「本件は取引額を伺っていないため、通常の取引規模を前提としています。取引額が1億円を超える場合には、第12条の責任上限について再度の検討が必要です」と書く。前提を書いておけば、前提が違ったときに再検討の機会が生まれます。書かなければ、その回答は無条件の回答として扱われます。
そして、いつまでに何が必要かを示します。「別紙1が未作成とのことですので、作成され次第、別途確認させてください」と書く。宿題の割当てであって、単なる断り書きではありません。
聞き方にも選択があります。定型的で問題の少ない契約書案については、面談によるヒアリングを省略し、電話による事実確認だけで済ませることもできます(注14)。実際の取引の経緯や過去の審査の経緯から問題が少ないと思われる場合で、審査の効率上相当な場合です(注14)。
ただし、その場合は最初の電話によるヒアリングだけで審査をすることになるため、契約に潜んでいる問題点に気づかないまま審査を終えてしまう危険があります(注14)。省略できるのは、省略してよいと判断できるだけの材料がある場合に限られます。
本稿で扱わなかったこと
本稿は、依頼を受け付ける時点で何を出してもらうかだけを扱いました。出してもらった後、実際に何をどう聞くかは別の技術です。
ヒアリングは「取引の全体を教えてください」では機能しません。条項から逆算して具体的に聞く必要があります。検収は誰がどうやるのかを聞けば契約不適合の条項が決まり、過去にトラブルはあったかを聞けば解除事由が決まります。この聞き方を扱うのが別稿「事業部門へのヒアリング:何を聞けば条項が決まるか」です。
依頼書はヒアリングの代わりにはなりません。契約審査手続において、依頼部署へのヒアリングは原則として必要です(注13)。依頼書で足りるのは、ヒアリングの前に調べておくべきことを決めるところまでです。
参考文献等
註
(注1)愛知県弁護士会研修センター運営委員会法律研究部契約審査チーム編『新民法対応 契約審査手続マニュアル』(新日本法規出版、2018)6頁。同書は、まず契約書の文言をチェックして一般的なリスクや問題点を抽出し、次に依頼部署からのヒアリングを行って当該契約の実情や特殊性を理解したうえで、当該契約特有のリスクや問題点を更に抽出する、という順序で契約審査手続の流れを説明します。
(注2)同3頁
(注3)同21頁
(注4)同19〜20頁の「契約審査に必要な資料の例」を表にしたものです。
(注5)同18頁
(注6)同5頁は、依頼部署(交渉担当者)が作成した原案あるいは取引の相手方が作成して依頼部署に届けられた原案が審査部門に持ち込まれてから、最終的に契約が締結される(あるいは締結されない)ことが確定するまでの一連の手続を、契約審査手続と捉えるとします。
(注7)同20頁
(注8)同18頁
(注9)同17頁
(注10)同18頁
(注11)同23頁の書式例1「契約審査依頼書」の審査結果回答欄
(注12)同21頁
(注13)同20頁
(注14)同21頁
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