消滅時効の全体像と契約実務への影響:協議の合意という道具

02 契約の基礎理論

【基礎実務】最終確認:2026年10月25日

一 問題の所在:いつまで請求できるか

代金が支払われないまま何年も経った、検収後しばらくして不具合が出た、取引が終わった後に精算の話が蒸し返された。どの場面でも、最初に確かめるのは「まだ請求できるか」です。

2017年の債権法改正は、消滅時効の期間と、時効の完成を妨げる仕組みの両方を組み替えました。そのうちの1つ、協議を行う旨の合意(民法151条)は、交渉を続けながら時効を止められる新しい道具です。本稿は、時効の全体像を押さえたうえで、この道具の使い方までを扱います。


二 制度の枠組み

1 主観的起算点と客観的起算点(民法166条1項)

民法166条1項は、債権は、①債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、②権利を行使することができる時から10年間行使しないときに、時効によって消滅すると定めています。

この改正は、債権の消滅時効について一般的に主観的起算点・客観的起算点からなる二重の消滅時効期間を採用したものです(注1)。時効期間は、主観的起算点から5年間と客観的起算点から10年間のいずれか早く経過するほうになります(注1)。

導入の理由は次のとおりです。短期消滅時効の廃止によって時効期間が10年に統一されると債務者の証拠保存の負担が増えるおそれがあり、商行為債権を5年とする安定した実務運用もあったため、原則的な時効期間を5年程度に短くする必要がありました(注1)。他方で、不当利得返還請求権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権のように権利行使が可能であることを容易に知ることができない債権について10年から5年に短縮すると債権者に不利益が生じるので、主観的起算点を導入して調整しました(注1)。

契約から生じる債権では、2つの起算点は通常そろいます。主観的起算点を導入しても、契約に基づく債権については債権者が権利発生時に権利行使の可能性を認識しているのが一般的ですから、主観的起算点と客観的起算点は通常は一致します(注1)。

2 職業別の短期消滅時効は廃止された

改正前民法にあった職業別の短期消滅時効(改正前170条から174条まで)は削除されました。削除の効果として時効期間が改正前民法の10年に統一されることを前提に、前記1の調整が行われています(注1)。

すべての債権が民法に一本化されたわけではありません。手形上の請求権(3年・1年・6か月)、小切手上の請求権(6か月)、保険金請求権(3年)、運送人の債権(1年)などの特別法の消滅時効については改正がなく、起算点・期間ともに従前どおりです(注2)。賃金請求権については、民法改正時に手当てがされていませんでしたが、退職金以外の賃金請求権と退職金請求権をいずれも5年(退職金以外の賃金請求権については当分の間3年)とする改正労働基準法が、民法と同じ2020年4月1日に施行されました(注3)。

3 完成猶予と更新(民法147条から152条まで)

改正前の「中断」「停止」という用語は、「更新」と「完成猶予」に改められました。進行していた時効期間の経過が無意味になり零から新たな時効期間が進行し始めるものが更新、時効期間の進行自体には影響しないが所定の期間を経過するまで時効が完成しないものが完成猶予です(注4)。「中断」「停止」という用語の一般的な意味と法律上の効果との不一致を解消するために、用語が改められました(注4)。

用語だけの変更ではありません。改正前民法の中断の効果には暫定的な時効障害と確定的な時効障害の両者が含まれ、中断事由にも暫定的な効果だけを生じさせるもの(履行の催告)と確定的な効果だけを生じさせるもの(承認)が混在していました(注4)。改正民法はこれを整理して、従来の停止事由を完成猶予事由に移行するとともに、従来の中断事由を更新事由と完成猶予事由に再構成しました(注4)。

事由効果条文
裁判上の請求、支払督促、和解・調停、倒産手続参加事由が終了するまで完成猶予。権利が確定すれば更新。確定せずに終了したときは終了から6か月間の完成猶予民法147条
強制執行、担保権の実行、財産開示手続など事由が終了するまで完成猶予。終了時から更新。申立ての取下げ等で終了したときは更新せず、終了から6か月間の完成猶予民法148条
仮差押え・仮処分事由が終了した時から6か月間の完成猶予のみ民法149条(注4)
催告催告から6か月間の完成猶予民法150条1項
協議を行う旨の合意下記4の期間の完成猶予民法151条
承認更新民法152条1項

催告は繰り返しても効きません。催告によって完成猶予されている間に再び催告がされても、完成猶予の効力を有しないことが明文化されました(150条2項)(注5)。本来の時効期間の満了前であれば、再度の催告にも完成猶予の効力があります(注5)。

4 協議を行う旨の合意による完成猶予(民法151条)

民法151条1項は、権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、①その合意があった時から1年を経過した時、②合意で1年未満の協議期間を定めたときはその期間を経過した時、③協議の続行を拒絶する旨の書面による通知があったときはその通知の時から6か月を経過した時、のいずれか早い時まで時効は完成しないと定めています。

この制度は、新設された時効障害事由です(注6)。立法趣旨は、時効完成が迫っても完成阻止だけのために訴えの提起等を余儀なくされることを避け、当事者間における自発的で柔軟な紛争解決の手段を可能にすることにあります(注7)。

要件は、①書面または電磁的記録によること、②権利について協議を行う旨の合意があることです(注7)。①は、合意の有無をめぐる事後の紛争を避けるために必要とされたものです。当事者双方の協議意思が表れているものであることは必要ですが、様式に特別の制限はなく、署名・押印は要求されず、1通の書面である必要もないので、電子メールで協議の申入れがされ返信で受諾の意思が表示されていれば足ります(注7)。②は、単に協議をしているという事実状態では足りず、問題とされている権利や内容について協議を行う旨の合意が必要です(注7)。

期間の上限もあります。再度の合意によって再び完成猶予の効力を発生させることができますが、期間の上限は本来の時効完成時から5年間です(民法151条2項)(注7)。催告後の合意や合意後の催告は、完成猶予事由となりません(同条3項)(注7)。


三 解釈:「権利を行使することができることを知った時」とは

主観的起算点の意味は、条文からは読み取れません。主観的起算点から時効期間が開始するためには、債権者に、①権利の発生原因の認識があること、②債務者の認識があること、③客観的な権利行使の可能性があることが必要です(注2)。

期限や条件が付いている場合の扱いも分かれます。不確定期限や停止条件については、期限到来・条件成就後に権利者がこれらを認識していなければ、権利の発生原因を認識したとはいえません(注2)。これに対して確定期限については、期限到来前であっても契約締結時に権利の発生原因を認識したといえ、契約締結後・期限到来前に相続が生じたり意思能力を喪失したりしても、権利の発生原因を認識したと扱われます(注2)。期限が到来する時期は明確であり、債権者は権利を行使することができる時期を具体的に認識することができるからです(注2)。

法的評価が必要な場面では、認識の内容が問題になります。安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を例にとると、債権者が単に職務中に傷害等を負ったことを認識するだけでは、直ちに権利の発生原因の認識を有したとはいえません。一般人を基準にして、安全配慮義務に違反し債務不履行が生じていると判断するに足りる事実を知っていたことが必要ですが、法的評価まで認識する必要はないと解されています(注2)。

今後の実務では、客観的起算点と主観的起算点という2つの起算点を導入したことで客観的起算点がより客観化し債権者の保護が後退する可能性が指摘されていること、主観的起算点で債権者に要求される認識も個別具体的な事案では必ずしも明確ではないことの2点に、十分留意する必要があります(注3)。

契約から生じる債権であれば、支払期日が決まっている以上、支払期日から5年と考えて大きく外れることはありません。注意が要るのは、損害賠償請求権のように、いつ権利が発生したかが一義的でないものです。


四 契約実務への還元

1 協議を行う旨の合意書という道具

交渉が続いている間に時効が近づいたとき、従来の手段は、相手方に債務を承認してもらうか、訴えの提起や支払督促・調停の申立てをするか、催告してから6か月以内にこれらの手続をとるかでした。相手方が承認まではしないが話合いには応じる、という場面で使える手段はありませんでした。民法151条は、そこに新しい選択肢を作りました。

協議を行う旨の合意書の雛形の例があります(注9)。4か条の構成で、第1条が協議を行う旨の合意(協議の対象となる権利、協議の日時・場所)、第2条が協議を行う期間、第3条が協議の終了(書面通知で終了させられる)、第4条が時効の完成猶予の確認です(注9)。

書き方でいちばん難しいのは、第1条の権利の特定です。権利の表示があまりに漠然としていると、どの範囲で時効完成猶予の効果が生じたのかが分からなくなり、後日当事者間で見解の相違を生じかねません。他方、厳密に特定しすぎると、債権者が時効の完成を止めたいと考えていた権利が特定から漏れて完成猶予の対象から外れてしまいかねず、特定の厳密性をめぐって合意がまとまらないのでは意味がありません。権利の特定の程度は、事案に応じてバランスを考える必要があります(注10)。特定の要素としては、権利の発生する元となる契約(原契約)、権利の発生する直接のきっかけとなった原因(事故)、権利の性質(損害賠償請求権)などが考えられます(注10)。

日付も落とせません。時効の完成猶予の起算点は合意の時ですから、この起算点を明らかにするため、合意書には日付を入れておくべきです。確定日付を取得すれば、なおよいところです(注11)。

1通の合意書でなくてもよい点も、実務では効きます。債権者たる企業が債務者たる企業に対し協議を行いたい旨のビジネスレターを出し、それに対して債務者たる企業が協議を行うことに異存はない旨のビジネスレターを返送することでもよく、電子メールのやりとりによっても完成猶予の効力は生じ得ます(注12)。その場合は、両者の文面から協議を行う旨の合意があったと読み取れるか(文面が抽象的・曖昧に過ぎないか)に注意が要ります(注12)。

2 時効期間を契約で変えられるか

契約書にあらかじめ「時効の完成を猶予する」と書いておけばよいのではないか、という発想が出てきます。

合意のあった時から1年間時効の完成を猶予するということは、時効完成まで1年を切ってから合意しないと時効完成猶予の実益がないということです。そのため、当初の契約書に時効完成猶予の合意条項を入れても、意味がないことになるでしょう(注13)。

立法の経緯も同じ方向を向いています。部会審議では、公序というべき時効に当事者の合意を取り込むことの当否について議論がありましたが、時効期間を当事者の合意によって変更するのではなく、協議する旨の合意自体を時効の完成猶予事由として設けることとされました(注8)。協議の合意による完成猶予は、時効期間そのものを当事者が合意で動かす仕組みではないということです。権利行使の期間を契約で定める特約や、時効期間に関する合意の効力は、これとは別に検討する問題です。

3 契約台帳に期限を載せる

時効は、忘れた側が負けます。契約を管理する台帳には、契約期間や更新期限と並べて、次のような日付を載せておくと運用に乗ります。

載せる日付何のためか
支払期日主観的起算点の目安。原則としてここから5年
検収日・引渡日契約不適合に関する権利の消滅時効(権利を行使できる時から10年)の目安。種類・品質の不適合は、これとは別に、知った時から1年以内の通知が要る(民法566条)
協議の合意をした日完成猶予の起算点(注11)
協議期間の満了日、拒絶通知から6か月後猶予が切れる日
本来の時効完成時から5年後再度の合意を重ねても、これ以上は延ばせない(注8)

この制度は、長期間の交渉が見込まれ、かつ、当事者間で損害賠償自体には争いがないが額について合意に至らない場合などに活用されることが想定されています。制度が実際に定着し紛争の解決に資するように育つかどうかは、実務家の工夫によるところが大きいと考えられます(注8)。

本稿で扱わなかったこと

改正前に生じた債権にどちらの民法が適用されるかは、別稿「改正法の経過措置:どちらの民法が適用されるか」が扱います。契約終了後も残る義務と、その違反による損害賠償請求権の消滅時効のずれは別稿「契約終了時の取扱いと効力の存続:条項は残った、では誰が覚えているか」、契約を管理する台帳に何を載せるかは22章で扱います。


参考文献等

註

(注1)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説 新債権法』(有斐閣、2021)84頁
(注2)前掲注1・85〜86頁
(注3)前掲注1・86頁
(注4)前掲注1・70頁
(注5)前掲注1・78頁
(注6)前掲注1・79頁
(注7)前掲注1・80頁
(注8)前掲注1・81〜82頁
(注9)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)676頁
(注10)前掲注9・677頁
(注11)前掲注9・680頁
(注12)前掲注9・677〜678頁
(注13)前掲注9・675頁


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