一 問題の所在:改正で契約書はどう変わったか
2017年の債権法改正の改正項目を一通り検討すると、契約書の作成という場面では、大きな影響を及ぼす改正点は意外に少ないといえるでしょう(注1)。
これまで判例により積み上げられてきた多くの判例法理、解釈に従い、これを明文化したり、判例法理に合わせて条文を整備する観点からの改正点も多く(注2)、そうした改正点は契約書作成の実務においてすでに取り入れられ、契約書の規定にも反映されてきているので、実務的に大きな変更を迫られるものではないからです(注2)。消滅時効制度の変更は債権の管理に関する改正なので契約書に時効期間を記載するわけではないし、法定利率は約定利率の定めがない場合の法規定であるから、ただちに契約書作成の実務に影響するところはありません(注1)。
ただし、例外があります。瑕疵担保責任については、契約不適合責任と用語が変わり、追完請求、代金減額請求などについての規定も整備されたので、契約書において任意の約定を置くにしても、その文言や規定振りについては、この改正を意識して検討する必要が生じました(注1)。
本稿は、この「意識して検討する必要」がどこから来ているかを扱います。
二 制度の枠組み:5つの変化
1 帰責事由の位置づけが変わった
債務不履行による損害賠償の条文(民法415条1項)は、ただし書で、その債務の不履行が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは損害賠償を請求できない、と定めています。
この改正のポイントは、①改正前民法415条の前段と後段を統合し、履行不能以外の債務不履行の場合にも債務者の責めに帰することができない事由により免責されることを明文化したこと、②免責要件をただし書に置くことにより、免責要件の主張・立証責任が債務者にあることを明文化したこと、③免責要件が「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断されることを明文化したこと、④債務の履行に代わる損害賠償が認められる場合の要件を明文化したこと、の4点です(注3)。
危険負担も、同じ「帰責事由」の枠組みの中で位置づけが変わりました。危険負担の改正のポイントは、①債権者主義を定めた規定の廃止、②目的物の滅失等についての危険の移転の特則(民法567条)、③危険負担の効果の見直し(債務消滅構成から履行拒絶権構成へ)、④契約各則における特則の新設の4つです(注4)。
③は実務に直接効きます。改正前民法536条1項は、当事者双方の帰責事由によらずに債務者の債務が履行不能となったときは債権者の反対給付債務も消滅することを定めていましたが、改正民法542条1項1号が債務者の帰責事由の有無を問わずに解除できるものとしたため、そのまま存続させると、解除の意思表示により反対給付債務が消滅するのか、それとも536条1項の適用により当然に消滅するのかという点で、制度間に矛盾が生じます(注5)。そこで改正民法は、危険負担の効果を、債権者の反対給付債務の消滅から、反対給付債務の履行拒絶権の付与に改めました(注5)。
代金債務が当然に消えるという扱いから、払えと言われたときに拒めるという扱いに変わりました。履行拒絶権の権利主張がされた場合には請求棄却判決となり、債権者は反対給付債務の履行期を徒過しても遅延損害金の賠償責任を負いません(注5)。
2 瑕疵担保から契約不適合へ
売買の目的物が契約の内容に適合しないときの買主の権利は、追完請求(民法562条)、代金減額請求(民法563条)、損害賠償請求と解除(民法564条)として整理されました。期間制限も、種類または品質の不適合については、買主が不適合を知った時から1年以内の通知という形になっています(民法566条本文)。数量や権利の不適合はこの対象外です。また、売主が引渡しの時に不適合を知り、または重大な過失によって知らなかったときも、この期間制限はかかりません(同条ただし書)。
文言や規定振りについて改正を意識して検討する必要が生じたのは、この部分です(注1)。契約書の検査条項や保証条項は、旧法の瑕疵担保責任を前提とした言い回しのまま残っていることがあります。
3 定型約款の規定が新設された
民法548条の2から548条の4までに、定型約款の規定が置かれました。これは社会・経済の変化への対応を図るという観点からの改正項目の1つで(注2)、そのような性格を有する契約書を整備する際には、これに即した配慮が必要になります(注1)。
4 消滅時効が整理された
債権の消滅時効は、権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から10年の二重の期間になりました(民法166条1項)。主観的起算点・客観的起算点からなる二重の消滅時効期間の採用です(注6)。職業別の短期消滅時効と商事消滅時効は廃止されました(注1)。
5 譲渡制限特約の効力が変わった
民法466条2項は、当事者が譲渡制限の意思表示をしたときであっても、債権の譲渡はその効力を妨げられない、と定めています。悪意・重過失の譲受人に対して債務者が履行を拒めること(同条3項)と組み合わせた仕組みです。
債権譲渡制限特約の効力に関する改正は、近時の企業の資金調達手法の変化(債権譲渡担保などによる資金調達手段の拡充)に対応したものです(注2)。債権譲渡を制限する特約の法制も変わったので、留意が必要です(注1)。
三 解釈:底に流れている一つの考え方
1 「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」
この長い言い回しは、1か所だけに置かれたものではありません。
| 条文 | 使われ方 |
|---|---|
| 民法400条 | 特定物の保存における善管注意義務の内容を定める基準(「契約その他の債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」) |
| 民法412条の2第1項 | 履行が不能かどうかの判断基準 |
| 民法415条1項ただし書 | 免責事由(帰責事由の不存在)の判断基準 |
| 民法483条 | 引渡しをすべき時の品質を定められるかどうかの判断基準 |
| 民法541条ただし書 | 不履行が軽微かどうかの判断基準(「その契約及び取引上の社会通念に照らして」) |
415条1項については、改正前民法の文言からは債務者の帰責事由の判断枠組みが明確ではありませんでしたが、裁判実務上は、個々の取引関係に即して、契約の性質、契約の目的、契約の締結に至る経緯等の債務の発生原因となった契約に関する一切の諸事情を考慮し、併せて取引上の社会通念をも考慮して判断されていました(注7)。改正民法は、この裁判実務における判断枠組みを明確化したものです(注7)。
2 契約書に書いたことが、法律判断の材料に入る
ここが本稿の中心です。「契約……に照らして」とは、契約の内容(契約書の記載内容等)のみならず、契約の性質(有償か無償かを含む)、当事者が契約をした目的、契約の締結に至る経緯を始めとする契約をめぐる一切の事情を考慮し、取引通念をも勘案して評価・認定されるという意味です(注7)。
同時に、釘も刺されています。「契約……に照らして」とは「契約書」を偏重することを意味するものではなく、当該契約の基礎や背景にある契約の目的、契約締結に至る経緯その他の事情を基礎に据えて判断されることを意味します(注7)。「契約」と「社会通念」が並列されている点についても、「契約」が「社会通念」により変更されるわけではなく、取引上の社会通念は「契約」の内容を解明する際の要素の一つであり、契約をめぐる一切の事情と同じように「契約」の解釈に取り込まれるものと理解されています(注7)。
契約書は、法律判断の外側にある道具ではありません。判断の材料の一つとして、判断の中に入っています。ただし、唯一の材料ではありません。契約書に書いてあれば必ずそのとおりになるわけでも、書いていなければ考慮されないわけでもありません。
この構造は、条項の書き方に跳ね返ります。契約の目的を前文や目的条項に書いておくことは、その契約で何が重要とされていたかを示す材料を残すことになります。不可抗力の範囲を条項で決めておくことは、帰責事由の判断に持ち込む材料を作ることになります。
四 契約実務への還元
1 改正後のひな型を見直すときの視点
古いひな型を点検するときは、次の順で見ます。
| 見る場所 | 何を確かめるか |
|---|---|
| 検査・保証・責任の条項 | 「瑕疵」の語が残っていないか。追完・代金減額との関係が整理されているか(注1) |
| 解除条項 | 催告解除の要件と、軽微性の例外(民法541条ただし書)との関係 |
| 不可抗力・免責の条項 | 帰責事由の判断材料として機能する書き方になっているか(注3・注7) |
| 危険負担の条項 | 反対給付債務が消滅するという前提で書かれていないか(注5) |
| 債権譲渡禁止の条項 | 譲渡自体は有効であることを前提とした書き方か(民法466条2項) |
| 約款・規約 | 定型約款の規定に即した整備がされているか(注1) |
| 時効に関する記載 | 期間の記載があれば、二重の起算点との関係(注6) |
2 この連載の縦糸
本稿の主張は1つです。契約書は、法律判断の材料になります。
この連載で条項を扱う記事は、条項の意味を民法の規定との差分で説明します。その差分が効くのは、条項が当事者の合意として効力を持つからだけではありません。契約の目的、性質、締結に至る経緯とあわせて、帰責事由の判断に取り込まれるからです(注7)。催告解除の「軽微」の判断も、同じく「その契約及び取引上の社会通念に照らして」行われます(民法541条ただし書)。
以後、この連載は繰り返しこの点に戻ります。目的条項が解除の軽微性の判断に効く場面、契約書に取引の目的を書いたことが損害賠償の範囲に効く場面、不可抗力条項が帰責事由の判断に入る場面は、いずれも同じ構造です。
本稿で扱わなかったこと
改正前に締結された契約にどちらの民法が適用されるかは、別稿「改正法の経過措置:どちらの民法が適用されるか」が扱います。消滅時効の詳細は別稿「消滅時効の全体像と契約実務への影響:協議の合意という道具」、定型約款の要件は別稿「定型約款とは何か:定型取引の要件」、危険負担と同時履行の抗弁は別稿「双務契約に特有の効力:同時履行・危険負担」で扱います。契約不適合責任の各論は11章以下の契約類型ごとの記事です。
参考文献等
註
(注1)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)11頁
(注2)前掲注1・10頁
(注3)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説 新債権法』(有斐閣、2021)120頁
(注4)前掲注3・419頁
(注5)前掲注3・420〜421頁
(注6)前掲注3・84頁
(注7)前掲注3・121頁
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