一 どういう場面か:修正をどう見せるか
修正案の中身が固まったら、次はそれを相手方にどう見せるかです。契約書のやり取りは、ほとんどがWordファイルで行われます。
契約書レビューで条項を修正するときは、Wordの「校閲」タブにある「変更履歴の記録」を使って修正するのが一般的です(注1)。一見変更履歴を使ったように見えて、実は取り消し線と文字色の変更で修正を表している契約書を見かけることがありますが、この方法は勧められません(注1)。変更履歴を使うより手間がかかる、比較をかけても修正箇所が分かりにくい、変更履歴の承諾・反映ができず1つずつ手直しが要る、という理由からです(注1)。
変更履歴は、修正を見せる道具であると同時に、見せるつもりのないものまで相手方に渡してしまう道具でもあります。
二 何を見るか
1 変更履歴のオン・オフと、表示の切り替え
変更履歴の記録は「校閲(レビュー)」タブの「変更履歴」でオン・オフし、他の人が記録をオフにできないようにロックすることもできます(注2)。表示は「シンプルな変更履歴」「すべての変更履歴」「変更履歴なし」「初版(オリジナル)」の間で切り替えられます(注2)。
ここで気をつけたいのが、表示の切り替えは見え方を変えるだけだ、という点です。Microsoftのサポート記事は、次のように書いています(注2)。
変更を非表示にしても、文書から削除されることはありません。(注2)
「変更履歴なし」の表示で見てきれいに見えても、ファイルの中には変更履歴が残っています。消すには、変更を承諾するか元に戻す必要があります(注2)。
2 受け取ったファイルに、前の痕跡が残っていないか
相手方から届いたWordファイルや、社内の過去案件を流用したひな型には、コメントや変更履歴、作成者の情報などが残っていることがあります。他社との交渉で使ったファイルを流用した結果、その交渉のコメントがそのまま相手方に届く、ということも起こりえます。
文書には、コメント、変更履歴、バージョン、ドキュメントのプロパティ(作成者など)、ヘッダーやフッター、隠し文字などの情報が含まれうるので、クライアントや同僚と共有する場合には、非表示のデータや個人情報がないか確認して削除します(注3)。確認には、「ファイル」タブの「情報」から「問題のチェック」→「ドキュメント検査」を使います(注3)。
3 コメントを、誰に向けたものか分けて書く
コメントは、契約の相手方に向けたコメントと、内部(典型的には担当する事業部門担当者)に向けたコメントに分かれます(注1)。相手方向けは「【乙:】」、複数の当事者が関わる契約では「【乙→甲様:】」のように誰から誰へのコメントかを明確にし、内部向けは「【(内部向け)〇〇→担当者様:】」のように書きます。蛍光ペンの色を使い分けるなど、誰に向けたコメントかが一目で分かる工夫をするとよいところです(注1)。
三 直し方(作業手順)
1 比較機能で差分を取る
「校閲」タブの「比較」で、元の文書と変更された文書を指定すると、違いが変更履歴の形で表示された新しい文書ができ、元の文書は変更されません(注4)。
相手方が変更履歴をつけずに契約書を修正してくる場合があるので、前のバージョンと比較を取ることで修正箇所を把握します(注1)。自分が変更履歴をつけ忘れて修正してしまった場合にも、修正前と修正後を比較すれば、変更履歴をつけて修正したのと同じ状態のファイルを作れます(注1)。
相手方から修正案が戻ってきたら、相手方の変更履歴を見るだけで済ませず、自社が送った版と戻ってきた版を比較にかけます。変更履歴のついていない修正が混ざっていないかは、比較でしか確かめられません。
2 変更履歴付きで返す、クリーン版を添える
修正履歴を残した版を「redline版」、反映した版を「clean版」などと呼びます。修正後のドラフトを相手方に送る際には、redline版のみを送る場合も、念のためclean版を併せて送る場合もあります(注5)。
やり取りが何往復も続く場合は、変更履歴をすべて残したまま、蛍光ペンで回ごとに色を分ける方法がよく使われます(注1)。1回目は黄色、2回目は水色、3回目は黄緑色のように塗り分け、送付時に「今回新たに修正、コメントした箇所には水色マーカーを引いております」と添えれば、相手方にも今回の修正箇所が分かりやすくなる、という方法です(注1)。自分が以前に修正した箇所をさらに直すときは、そのまま直すと変更履歴が上書きされて経過が分からなくなるので、ユーザー名を変えて変更履歴を残す方法もあります(注1)。
合意ができたらクリーン版を作ります。「すべての変更を反映」で一度に反映できますが、誤りが生じないように1つずつ確認しながら反映するほうがよい場合もあります(注1)。
3 PDFで返すか、Wordで返すか
相手方から契約書がPDFで届いたときは、Wordファイルで送ってもらうよう求めるのが基本です(注1)。契約交渉でWordファイルをやり取りするのは現在の実務上きわめて一般的なやり方で、それを求めることが失礼に当たるとは考えにくいところです(注1)。
自社から返すときも、交渉中の修正案はWordで返し、PDFは体裁を固定して見せたい場面(最終版の確認用など)に使う、と分けておくと迷いません。ただし、PDFも編集ソフトを使えば書き換えられるので、PDFにしただけで改変を防げるわけではありません。締結する版を特定して保存し、必要なら電子署名で改変の有無を確かめられるようにしておきます。
四 相手方への説明のしかた
修正案を送るメールには、ファイルの状態を一言添えます。「変更履歴付きの版とクリーン版の2つを添付します」「今回の修正箇所は水色で示しています」と書くだけで、相手方の確認の手間が減り、見落としによる行き違いも防げます。
五 どこまで直すか:送る前の確認
送る前に、次の点を確認します。
- 内部向けのコメントが、非表示ではなく削除されているか(注1)
- 変更履歴を、表示の切り替えで隠しただけになっていないか(注2)
- ドキュメント検査で、コメント・変更履歴・作成者情報などが残っていないか(注3)
- 最終版の場合、タイトルやヘッダーに「(案)」などのドラフト表示が残っていないか(注1)
- プロパティ情報に余計な情報が記載されていないか(注1)
ドキュメント検査で削除したデータは、必ずしも復元できるとは限りません。ドキュメント検査は、元の文書のコピーに対して使います(注3)。検査は、送付用に別名で保存したファイルに対して行います。
本稿で扱わなかったこと
修正案の中身と修正理由の書き方は、別稿「修正案の作り方と修正理由の書き方:法的根拠・取引上の実害・代替案」で扱いました。交渉を経た最終版の確認は、別稿「最終案の審査と、締結後に法務がやること:差分を取るのが最後の仕事」で扱っています。電子契約での締結は、08章(締結手続・電子契約・証拠管理)で扱います。
参考文献等
註
(注1)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)34〜36頁、41〜45頁、67頁
(注2)Microsoft サポート「[Word で変更履歴を記録する](https://support.microsoft.com/ja-jp/office/197ba630-0f5f-4a8e-9a77-3712475e806a)」
(注3)Microsoft サポート「[プレゼンテーションを検査して非表示のデータと個人情報を削除する](https://support.microsoft.com/ja-jp/office/356b7b5d-77af-44fe-a07f-9aa4d085966f)」(Office共通の記事)
(注4)Microsoft サポート「[変更前の文書と変更後の文書を比較および結合する](https://support.microsoft.com/ja-jp/office/f5059749-a797-4db7-a8fb-b3b27eb8b87e)」
(注5)塩野誠・宮下和昌『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック〔第2版〕』(東洋経済新報社、2021)88〜89頁
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