一 問題の所在:「本契約を締結する義務」を負わせられるか
交渉の途中で、相手方をつなぎとめておきたい場面があります。「条件がそろったら必ず契約する」と約束させる方法として、民法には予約と条件付契約という二つの仕組みがあります。基本合意書とあわせて、どれを使うかで、相手方を拘束できる強さが変わります。
二 制度の枠組み
1 予約(民法556条)と予約完結権
民法556条1項は、売買の一方の予約は、相手方が売買を完結する意思を表示した時から売買の効力を生ずる、と定めています。この規定は、売買以外の有償契約にも、その性質が許さない場合を除いて準用されます(民法559条)。
予約は、契約の成立にいたる構造によって2種類に分かれます(注1)。第1は、当事者の一方が予約で定めた内容の契約の成立を求めて申込みをしたときに、相手方が承諾する債務を負うものです(注1)。相手方が承諾しなければ、承諾の意思表示を求める訴えを起こし、その裁判によって承諾の意思表示がされたものとみなされることになります(注1)。第2は、当事者の一方が予約を完結する意思表示をすれば、相手方の承諾なしに直ちに本契約が成立するものです(注1)。この権利が予約完結権で、形成権です(注1)。
承諾する債務を経由する予約は、契約自由の原則により有効ですが、迂遠であり、実際にはあまり役に立ちません。重要なのは、予約完結権の行使によるものです(注2)。
予約完結権の行使期間を定めなかったときは、予約者は相手方に相当の期間を定めて確答を催告でき、期間内に確答がなければ予約は効力を失います(民法556条2項)。予約では、予約完結権が行使されない限り債務は発生しておらず、債務不履行になることもありません。行使期間の経過や催告への確答がないことで予約は効力を失い、契約が生じることはありません(注2)。
2 停止条件付契約(民法127条1項)
停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時から効力を生じます(民法127条1項)。契約自体はすでに成立しており、効力の発生だけが条件にかかっている点で、予約とは違います。
条件の成否が未定の間も、各当事者は、条件が成就した場合にその契約から生ずべき相手方の利益を害することはできません(民法128条)。
3 予約と条件付契約と基本合意書の違い
| 予約(一方の予約) | 停止条件付契約 | 基本合意書(中間的合意) | |
|---|---|---|---|
| 本契約はいつ成立するか | 予約完結権の行使で成立 | 締結時に成立。効力は条件成就時から | 成立は留保されている |
| 相手方の承諾 | 不要 | 不要 | 本契約の締結に改めて合意が必要 |
| 相手方の拘束 | 行使期間中、相手方は拒めない | 条件成就を妨げれば民法130条 | 条項ごとに拘束力を決める |
| 向く場面 | 一方が決断を留保したい(オプション) | 許認可・融資承認など外部の事情を待つ | 条件の多くが未確定 |
中間的合意について、中田裕康教授は、企業間の重要な取引で「基本合意」などと呼ばれる中間的合意が結ばれることがあり、目的とされる契約の成立は留保されるとしたうえで、私的自治の原則が及び原則として有効と解すべきであり、場合によっては予約、さらには本契約が成立していると評価されることもありうる、としています(注3)。中間的合意に基づく義務に違反して契約の成立を妨げた場合には損害賠償責任が生じうるとし、その内容は、最終的な契約の成立が確定していないことから履行利益は認められないと即断するのではなく、中間的合意による債務の不履行として民法416条を適用して判断すべきだ、とも述べています(注3)。
三 契約実務への還元
1 どれを選ぶか
どれを選ぶかは、何が決まっていて、何を待っているかで決まります。
- 【条件(価格・目的物など)がすべて決まっていて、外部の事情だけを待つ】停止条件付契約にします。「本契約は、○○の許可を取得することを停止条件として効力を生ずる」と書き、条件が成就しなかった場合の期限と、そのときの処理(契約の失効、費用負担)も書きます。
- 【条件は決まっているが、一方が決断を留保したい】一方の予約(オプション)にします。行使期間、行使の方法(書面など)、予約完結権の対価を決めておきます。予約完結権は経済的価値を持つことがあり、それ自体が取引の対象とされることもあります(注2)。
- 【条件の多くが未確定】基本合意書で、拘束力を持たせる条項と持たせない条項を分けます。
実際の取引では、成立したのが契約か予約かが明確でないことがあります。その合意によって債務が発生し履行義務が生じていると解釈されるときは、契約が成立したと評価されます(注2)。表題に「予約」と書いても、それだけで予約になるわけではありません。
2 「条件」と書いても条件にならないことがある
条件として書いたつもりの条項が、裁判所で条件と認められないことがあります。最高裁は、数社を介して順次発注された工事で、注文書と請書に「入金リンクとする」と記載し、発注者側が自分の発注元から代金の支払を受けた後に受注者に支払うと合意していた事案で、公共事業で発注者からの支払が確実だったことなどから、受注者が自分の債務を履行したのに代金を受け取れなくなることを承諾していたとは到底解しがたいとして、この合意は停止条件を定めたものとはいえず、支払を受けた時点またはその見込みがなくなった時点で支払期限が到来する旨を定めたものだと判断しました(注4)。発注者側が、支払を受けなければ払わなくてよい趣旨だととらえていたことは、この判断を左右しない、としています(注4)。
上位の発注者からの支払が確実と見込まれていた取引で、有償双務契約の一方だけが代金を受け取れない危険を負う条項は、条件と読まれにくいということです。代金を受け取れない危険を本当に相手方に負わせたいなら、その場合の処理(支払義務の消滅、期限)を明記し、相手方が承諾していることが書面から分かるようにします。
3 条件成就の妨害(民法130条)
条件が成就することによって不利益を受ける当事者が故意に条件の成就を妨げたときは、相手方は条件が成就したものとみなすことができます(民法130条1項)。逆に、条件の成就によって利益を受ける当事者が不正に条件を成就させたときは、相手方は条件が成就しなかったものとみなすことができます(同条2項)。2項は平成29年の民法改正で明文化されたものです。条件成就の妨害では「故意」が、条件の成就では「不正」が要件とされているのは、利益を受ける当事者が条件を付した趣旨に従った努力をして条件を成就させた場合にまで成就を否定するのは相当でなく、信義則に反するような場合に適用対象を絞り込むべきだからです(注5)。
許認可や融資の承認を条件にするときは、その取得に向けて誰が何をするか(申請の期限、必要書類の提出、協力義務)を契約に書いておくと、妨害にあたるかどうかの判断がしやすくなります。
予約と停止条件付契約は、拘束力の強さだけでは順位を付けられません。予約は一方が予約完結権を行使するかどうかを選べる形、停止条件付契約はすでに成立した契約の効力が条件の成就を待つ形です。基本合意書の拘束力は、書かれた内容によって変わります。何が決まっていて、何を待っているかで選びます。
本稿で扱わなかったこと
条件と期限の一般的な仕組みは、02章の別稿「無効・取消し・条件と期限」、基本合意書の拘束力の振り分けは、別稿「LOI・MOU・基本合意書の法的性質:名前ではなく条項ごとに決まる」と「基本合意書の条項設計:何を決め、何を決めずに残すか」が扱います。手付による解除は11章で扱います。
参考文献等
註
(注1)中田裕康『契約法〔新版〕』(有斐閣、2021)116頁
(注2)前掲注1・116〜117頁
(注3)前掲注1・124〜125頁
(注4)最判平成22年10月14日集民235号21頁(平成21年(受)第976号、判タ1336号46頁、判時2097号34頁、判例秘書L06510106)
(注5)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説 新債権法』(有斐閣、2021)67〜68頁
あわせて読む




