公益通報者保護法は、2025年6月の改正により、2026年12月1日に施行されることが確定しました。今回の改正は、令和2年改正(2022年6月施行)以来の大幅な制度見直しであり、保護対象の拡大、不利益取扱いへの罰則導入(解雇・懲戒を公益通報理由と推定する規定の新設を含む)、公益通報を阻害する行為(通報妨害・通報者探索)の禁止、消費者庁の権限強化、周知義務の明文化という5つの軸で内部通報制度の実効性を大きく引き上げる内容です。
特に注目されているのは、公益通報者を解雇・懲戒した使用者側に対する刑事罰(6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)の新設と、業務委託関係にあるフリーランスが新たに保護対象に組み込まれた点です。301人以上の事業者だけでなく、業務委託先・取引先まで含めた通報体制の見直しが必要になります。
本記事では、2026年6月時点で公表されている改正法の概要を整理したうえで、企業が施行までに準備すべき実務対応を解説します。最新の運用指針(消費者庁ガイドライン等)は施行前後で更新されることが想定されるため、必ず最新情報も併せてご確認ください。
改正の概要と施行スケジュール
改正法の根拠と公布
今回の改正法は、2025年6月の国会で成立し、2025年中に公布されています。公布から施行までの準備期間として、施行日は2026年12月1日と設定されました。施行日まで残り時間がある一方、対応すべき事項は社内規程・契約・教育・周知の全方位にわたるため、施行直前の準備では間に合わない領域も含まれています。
改正の趣旨・背景
令和2年改正により、301人以上の事業者に対して公益通報対応業務従事者の指定や内部公益通報受付窓口の整備が義務化されました。しかし施行後の運用において、
- 公益通報者への解雇・配置転換・嫌がらせが依然として発生している
- 通報体制を整備していても、従業員に十分に周知されていない
- 業務委託先のフリーランスが通報しても、保護されにくい
- 行政としての監督権限が弱く、是正勧告にとどまっていた
といった課題が顕在化しました。今回の改正は、「制度はあるが実効性が伴っていない」状態を解消することを主眼に置いた構造的な見直しです。
施行までのスケジュール感

2026年12月1日の施行に向けて、企業側で意識すべき主要マイルストーンは以下のとおりです。
- 2025年中:改正内容の公布、消費者庁による説明会・指針策定
- 2026年前半:消費者庁による指針・Q&Aの公表(順次更新)
- 2026年後半:各社で内部規程改定・教育・周知の実施
- 2026年12月1日:改正法施行
- 施行後:消費者庁による運用状況のモニタリング
改正前の制度の整理(令和2年改正の現状)
旧法における内部通報体制義務
令和2年改正後の現行法では、常時使用する従業員数が301人以上の事業者に対して、公益通報対応業務従事者の指定義務と内部公益通報受付窓口の整備義務が課されています。300人以下の事業者については、これらは努力義務とされています。
また、公益通報者に対する解雇の無効や不利益取扱いの禁止は、企業規模を問わず適用されています。
旧法での運用上の課題
現行法の運用では、以下の課題が指摘されてきました。
- 不利益取扱いの禁止規定はあるが、違反した使用者に対する直接の罰則がないため、抑止力が限定的
- 事業者の従事者指定義務違反には罰則がなく、体制整備を促すインセンティブが弱かった(従事者の守秘義務違反は旧法でも罰則の対象)
- 業務委託契約・派遣・フリーランスとの関係で、通報者の地位が法的に明確でなかった
- 消費者庁の監督権限が報告徴収・助言・指導にとどまり、実効的な是正手段に欠ける
なぜ今回の改正が必要になったのか
制度の建付けはあるが、運用の実効性が伴っていないこれが令和2年改正後の課題の核心でした。今回の改正は、罰則の新設・行政権限の強化・保護対象の拡大という3つの観点から、その実効性を引き上げる構造になっています。
改正法の主要ポイント

ポイント1:保護対象の拡大(フリーランス追加)
今回の改正で最も実務インパクトが大きいのが、業務委託関係にあるフリーランスが公益通報者として保護対象に追加された点です。
これまで、公益通報者保護法の保護対象は基本的に「労働者」を中心としていましたが、改正後は継続的な業務委託関係にあるフリーランス・個人事業主も保護対象として明示的に位置づけられます。具体的には、企業がフリーランスに対して、通報を理由とした契約打ち切り・取引停止・支払い遅延などの不利益取扱いを行うことが禁止されます。
これは2024年11月施行のフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)とも整合性のとれた方向性であり、フリーランス・業務委託先との取引が多い企業ほど、契約条項・運用ルールの見直しが必要になります。
フリーランス法については以下の法律記事でも解説しています。
ポイント2:不利益取扱いへの罰則導入
改正法のもう一つの大きな柱が、公益通報を理由とする解雇・懲戒等への刑事罰の新設です。
具体的には、公益通報を理由とする解雇または懲戒を行った使用者に対して、6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が課される可能性があります。これにより、これまで「不利益取扱い禁止」というルールがあっても直接の罰則がなかった構造が大きく変わります。
さらに、通報後1年以内に行われた解雇・懲戒は、公益通報を理由として行われたものと推定する規定が新設されました。これまで通報者側が負っていた「不利益取扱いが通報を理由とすること」の立証負担が事業者側に転換され、通報者保護の実効性が高まります。
加えて、行為者個人だけでなく、法人に対しても両罰規定として3,000万円以下の罰金が科されます。なお、公益通報対応業務従事者の守秘義務違反に対する罰則(30万円以下の罰金)は、旧法から既に設けられています。
ポイント3:消費者庁の権限強化
改正法では、消費者庁の監督権限も大幅に強化されます。具体的には、
- 是正勧告に従わない場合の命令権の新設
- 命令違反に対する刑事罰の導入
- 事業者への立入検査権限の新設
これにより、事業者の通報体制が不十分なまま放置されている場合、最終的に行政の強制力をもって是正できる枠組みが整います。
ポイント4:周知義務の明文化
これまでも実務上は内部通報窓口の周知が推奨されていましたが、改正法では301人以上の事業者に対して、公益通報対応体制について従業員に周知する義務が法律上明示的に課されます。「窓口は作ったが社員が知らない」という状態は、改正後は法令違反として評価されることになります。
ポイント5:公益通報を阻害する行為の禁止
改正法では、正当な理由なく公益通報を妨げる行為(通報をしない旨の合意を求める行為等)が禁止され、これに違反する合意その他の法律行為は無効とされます。また、公益通報者を特定することを目的とする探索行為も禁止されます。フリーランスを含む通報者が萎縮なく通報できる環境を整えることが求められます。
改正による実務上の影響
301人以上の事業者:何が変わるか
301人以上の事業者では、既に整備している内部通報体制を改正法に合わせて再構築する必要があります。具体的には、
- 不利益取扱いの禁止を全社員(特に管理職)が理解しているかの確認
- 公益通報対応業務従事者の守秘義務に関する研修・規程更新
- 業務委託先・フリーランスへの通報チャネルの明示
- 従業員への周知:イントラ掲示、研修、規程の改定・配布
- 消費者庁の調査・立入に対応する体制の準備
「2022年に整備したから大丈夫」という認識のままでは、改正法対応として不十分になる可能性があります。
300人以下(中小企業):努力義務継続だが要注意点
300人以下の事業者にとって、内部公益通報受付窓口の整備は引き続き「努力義務」のままです。義務化されたわけではない、という点は正確に理解する必要があります。
ただし、公益通報者への不利益取扱いの禁止と、それに対する罰則は企業規模を問わず適用されます。つまり、「うちは中小企業だから対応不要」ではなく、「窓口の設置は努力義務だが、いざ通報が来たときに不利益取扱いをすれば罰則対象になる」という構造です。300人以下であっても、最低限の対応ルール(不利益取扱いを行わないという社内ルール)は明確化しておくべきです。
フリーランス・業務委託先との関係
フリーランスが保護対象に追加されたことにより、業務委託契約の条項・運用ルール・通報チャネルの見直しが必要になります。
- 業務委託契約に「公益通報を理由とする契約終了の禁止」条項を明示する
- フリーランス向けに通報窓口の存在・利用方法を周知する
- 通報を受けた場合の取引継続判断のプロセスを明確化する

その他フリーランスとの取引にあたり必要な事項については以下の法律記事でも解説しています。
改正により企業がとるべき対応
短期(〜2026年12月):施行までに準備すべきこと
施行までに、最低限以下の準備を進めることが望まれます。
- 改正法の内容の社内共有:経営陣・人事・法務・コンプライアンス部門での情報共有
- 内部通報規程の改定:保護対象の拡大、罰則の存在、周知義務、業務委託先への適用範囲の追記
- 業務委託契約のひな型見直し:不利益取扱い禁止条項の追加
- 従業員・管理職への研修:特に管理職に対する「通報者への報復禁止」の徹底
- 通報窓口の周知:イントラ・規程・入社時オリエンテーション等への明示
中期:体制整備・運用見直し
施行後の運用を見据えて、以下の中期対応も並行して進める必要があります。
- 公益通報対応業務従事者の指定・教育の見直し
- 通報記録・対応記録の管理体制(守秘義務違反リスク管理)
- 外部窓口(弁護士・専門事業者)との連携体制
- 海外グループ会社・サプライチェーンへの波及対応
内部通報窓口の運用については以下の法律記事でも詳細に解説していますので参考までにご参照ください。
内部規程・契約書の見直しポイント
実務上、見直しが必要になる主な書面は以下のとおりです。
- 内部通報規程(公益通報対応規程)
- 就業規則(不利益取扱い禁止の明示、研修・周知の根拠)
- 業務委託契約ひな型(フリーランス向け)
- 守秘義務誓約書(公益通報対応業務従事者向け)
- 社内研修教材(管理職向け/全社員向け)

中小企業も「努力義務だから不要」と考えない理由
今回の改正は、「301人以上の事業者に新たな義務が増える」という一面だけでは語れない内容を含んでいます。300人以下の中小企業にとっても、不利益取扱いへの罰則とフリーランス保護という2つの軸は確実に影響します。
中小企業で公益通報体制の整備が「努力義務」にとどまっているのは、規制負担の観点からの政策判断ですが、いざ自社の従業員・業務委託先から通報があった場合の対応を間違えれば、企業規模を問わず罰則の対象になります。「うちは300人以下だから対応不要」という誤った理解は、最も避けるべき出発点です。
特に、業務委託先のフリーランスが取引のなかで気付いた不正を通報したケースで、報復として契約を打ち切るという行為は、改正法施行後は明確に違法となります。フリーランスとの取引が多い業種(IT、クリエイティブ、コンサルティング、メディア等)では、取引条件・契約終了プロセスの見直しが必須です。
加えて、中小企業であっても、取引先(上場会社・大手企業)からのコンプライアンス要請が強まっています。サプライチェーンの一員として、「公益通報体制を整備していない取引先とは契約しない」という方針が広がる可能性も視野に入れる必要があります。
公益通報者保護法の改正は、企業規模を問わず「働く人・関わる人を不当に扱わない仕組み」を組織として持つことを求める方向性にあります。施行直前の駆け込み対応にせず、2026年中の前半までに準備を開始することが、結果として最も省コストの対応になります。
本記事は、2026年6月時点で公表されている改正法の内容を前提とした一般的な情報提供を目的としており、個別の法的アドバイスではありません。施行日に向けて消費者庁から指針・Q&A等が更新される可能性があるため、最新情報をご確認のうえ、必要に応じて弁護士など専門家にご相談いただくことをお勧めします。
プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕
損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。






