契約交渉を3つの目で見る:法的・交渉的・リスクマネジメント

07 契約交渉

【応用実務】最終確認:2026年10月25日

一 この枠組みは何をしているのか

ビジネス契約の交渉戦略を立案するには、三つの理論を組み合わせた総合的なアプローチが必要です。法律に基づく法的アプローチ、交渉学研究に基づく交渉的アプローチ、リスクマネジメント研究に基づくリスクマネジメント的アプローチの3つです(注1)。

契約書を審査して条項を直す仕事は、このうち法的アプローチに属します。本稿は、残りの2つが何を見ているのかを示して、条項の議論が動かなくなったときに持ち替える道具として使えるようにするものです。

1 同じ交渉が3つの目で違って見える

初めて会う相手に自社の商品の新規取引を提案する場面を考えます。提案する商品は、経営資源を投資して新しく開発した技術を用いた戦略商品で、契約交渉の主な論点は品質・納期・価格・サービスの4つだとします(注2)。交渉当初からこれらの条件について双方の意思表示が合致していることは少なく、ズレや対立・衝突が生じ、その問題を解決するための交渉になるのが通常です(注2)。

ここで、まず設定すべきは交渉の目的です。戦略商品だがまだ実績がないので、業界で知名度の高い会社にスポットでもよいので採用してもらい、最初の実績を作ることを目的とする場合を置いてみます(注2)。同じ場面が、3つの目でこう見えます(注2)(注3)。

  • 交渉的アプローチ:相手が、こちらのミッションを実現できるパートナーであるかを見極める交渉を行う必要がある
  • 法的アプローチ:契約の成立、有効要件、締結権限がいずれも法律的に有効であり、双方の意思表示の合致についてズレや誤解の少ない契約書を作成して合意することが重要になる
  • リスクマネジメント的アプローチ:締結の段階では問題のなかった合意条件が、内部環境・外部環境の変化によって実現性に課題を生じないか、将来起こり得るリスクを回避・予防する方法はないか、完全な統御が不可能であっても損害が発生した場合の財務的な手当ては可能か

目的が「最初の実績を作ること」であれば、価格を1円でも高くすることは目的ではありません。3つの目は、同じ条件の束を別の尺度で測っています。


二 3つのアプローチは何を見ているか

1 法的アプローチ:契約書という文書を作る

法的アプローチでは、準備段階で第1案(first draft)の作成を行い、交渉を経て、契約成立段階では最終文書(final product)の作成に至ります(注4)。その中身は、事実関係をできるだけ正確に把握し、性質に基づいて分類したうえで、法律的な問題点を調査し、構造を決定することにより、法律文書としての契約書を作成することです(注4)。

法学的な視点から見れば、契約を法律行為として、契約の成立、有効要件、締結権限などの論点から、契約書を法律文書としてどのように作成するかが重要になります(注5)。

この目で見ている限り、交渉は「条項をどう書くか」の問題です。条項を直せば仕事は終わります。

2 交渉的アプローチ:合意に至る過程を設計する

交渉とは、複数の当事者間に生じた利害関係等のズレや対立、衝突を乗り越えるための問題解決プロセスです。交渉学は、実際に起こった交渉事例を研究して成功確率を上げるための理論パターンを抽出した、実践的な方法論です(注1)。そして交渉の目的は、交渉により問題を解決し、交渉者があらかじめ設定した今回の交渉で目指すゴール(ミッション)を実現することにあります(注6)。

過程は3つに分かれます(注4)(注7)。

段階何をするか必要な力
交渉の設計情報を集め、整理し、選択肢を考え、評価し、判断基準を考えて、交渉のシナリオを作成する分析力
交渉の実施シナリオに基づき、情報や意思を相互に伝達・発信する。相手の立場を想定したアサーティブなコミュニケーション、対話型の問題解決コミュニケーション力
交渉の詰めミッションを基準とした判断、無意識の規則や偏りへの対応、不合意への対応意思決定力

(表の内容は注4・注7による)

契約交渉の前提として、交渉による問題解決により何を目指すのかを決める必要があります。その内容によって、何を準備するか、どのように交渉するか、どのような最終的な意思決定になるかが、すべて決まってきます(注6)。

3 リスクマネジメント的アプローチ:起こる確率と大きさで測る

リスクの定義はさまざまですが、ここでは、損害が生じる事故が発生する不確実性と考えます(注1)(注8)。リスクマネジメントは、リスクを制御しようとするリスクコントロール(回避・遮断、損失防止・削減、分離・分散、結合・協定)と、リスクに資金的手当てをしようとするリスクファイナンス(保有、移転)の組合せです(注1)(注8)。

リスクコントロールの手法は、発生頻度と大きさがともに非常に大きいと判断した事業や市場に参入しない・活動を中止する・撤退するという回避、発生頻度を中程度や小程度に減少させる損失防止、事故が発生した際のダメージをできるだけ軽減する損失軽減、分離・分散、そして業界や複数企業間の協定で共通のリスクを軽減する結合・協定です(注9)。協定が独占禁止法等の法律に準拠していない場合は、かえってリスクが巨大化する可能性があります(注9)。リスクファイナンスの保有には、リスクに対する無知から結果的に保有していた消極的保有と、リスクを十分確認したうえでこれを保有する積極的保有があり、後者の例が損失に対する引当金の準備です(注10)。移転の典型は保険で、ほかに共済、保証、基金もあります(注10)。

この目では、この相手と契約を締結した場合のリスクと、締結しなかった場合のリスクの両面から考えます(注3)。締結しても、実現が困難で負担の大きい条件に合意すれば、短期的には利益が得られても中長期的には損害が膨らむ可能性があり、締結しなければ、この相手以外の代替案を考えておかないと交渉の目的を実現できないからです(注3)。


三 つまずきやすいところ

1 「法的に不利です」で止まる

条項の不利を指摘することは、法的アプローチの内側では完結した答えです。しかし事業部門が知りたいのは、それを飲んだらどうなるか、飲まなければ何が起きるかです。

前者は締結した場合のリスクの大きさの問題、後者は不合意を選んだ場合の代替案の問題で(注3)、いずれも法的アプローチの外側にあります。指摘が通らないのは、指摘が間違っているからではなく、それだけでは意思決定に必要な材料がそろわないからです。

2 リスクの大小を測らずに全部つぶす

条項上のリスクを見つけるたびに削除や修正を求めると、修正案は膨らみ、どれが重要なのかが相手にも社内にも伝わりません。

リスクへの手当ては、回避だけではありません。発生頻度を下げる、損害を軽くする、分散する、資金的に手当てする、確認したうえで保有するという選択肢があります(注8)(注9)(注10)。条項に置き換えると、その取引をしない(回避)、上限額や免責を入れる(損失軽減)、保険や保証を付ける(移転)、そのまま飲む(積極的保有)という書き分けになります。


四 3つを行き来する

3つのアプローチは、並行して進みます(注6)。法的アプローチでは、問題点の抽出と性質分類、調査を行ったうえで構造を決定し、第1案を作成する。並行して、交渉的アプローチでは、どのようなシナリオで交渉するかの準備を行う。交渉の実施を経て交渉の詰めが行われ、それが法的アプローチに基づいて作成された最終文書に反映され、双方が最終文書に合意した場合に契約の成立となる、という流れです(注6)。

リスクマネジメント的アプローチでは、準備段階から成立、履行、終結までのプロセスにおいて、たえずPDCAのマネジメントサイクルを回す必要があります(注6)。例えば、成立までのプロセスでは、いつの段階で契約が有効に成立するか、第1案は成立有効要件を満たしているか、締結者は締結権限を有しているかを法的な視点からレビューし、交渉の詰めの段階では、実現することに不確実性が高い条件がないか、リスクのある条件であってもその発生の予防や損害を縮小するための備えがあるかをレビューします(注6)。

実務に引き直すと、条項を直す前に「この交渉で何を実現したいのか」を確認し(交渉的)、直した後に「この条件は実現できるか、できなかったときどうなるか」を確認する(リスクマネジメント的)、という順序になります。


五 どの目から入るか

相談の形最初に使う目返し方
「この条項を直してください」法的直したうえで、どの修正が重要かを順位づけて返す
「相手が譲らないので困っている」交渉的今回の取引で何を実現したいのかを聞き、条件の組み替えを探す
「この条件を飲んでよいか」リスクマネジメント的起こる確率と起きたときの損害、手当ての方法を示して判断材料にする
「この相手と取引してよいか」リスクマネジメント的締結した場合と締結しなかった場合の両面を比べる

契約交渉で法務が機能しないのは、法的アプローチが間違っているからではありません。それだけでは、相手も事業部門も動かせないからです。

本稿で扱わなかったこと

3つのアプローチをそれぞれ5段階に分けた進め方は、別稿「交渉の5段階プロセス:3つのアプローチをどう回すか」が扱います。準備の具体的な手順は別稿「交渉の準備:譲歩可能性の事前設計」、事業部門と相手方の間に立つ場面は別稿「事業部門と相手方の間に立つ:交渉の代理と社内調整」で扱います。法務部門の機能をめぐる議論は01章の別稿「戦略法務・予防法務・臨床法務:契約法務はどこに立つか」が扱っており、本稿では立ち入っていません。


参考文献等

註

(注1)一色正彦=竹下洋史『法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー──交渉準備から契約終了後までのナレッジ〔改訂版〕』(第一法規、2020)12頁
(注2)前掲注1・16頁
(注3)前掲注1・16〜17頁
(注4)前掲注1・13〜14頁
(注5)前掲注1・19頁
(注6)前掲注1・15頁
(注7)前掲注1・24頁(図2「交渉理論の概念図」)
(注8)前掲注1・26頁
(注9)前掲注1・27頁
(注10)前掲注1・28頁


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