一 どういう場面か:交渉に入る前に何をするか
修正案を作って相手に送る。相手から反論が返ってくる。また直して送る。これを繰り返しているうちに、何のためにこの取引をするのかが分からなくなる。
契約交渉では、法的アプローチ、交渉的アプローチ、リスクマネジメント的アプローチの3つについて、それぞれ5段階の手順があります(注1)。別稿「契約交渉を3つの目で見る:法的・交渉的・リスクマネジメント」で見た3つの目を、実際の手順に落としたものです。
二 何を見るか:3つの5段階
1 法的アプローチの5段階
法律文書作成の骨子は、第1段階=事案の整理と問題点の抽出・性質分類(前提作業)、第2段階=問題点の調査(legal research)、第3段階=構造の決定、第4段階=第1案(first draft)の作成、第5段階=最終文書(final product)の作成です(注1)。
中身は次のとおりです(注2)。
| 段階 | すること |
|---|---|
| 1 事案の整理と問題点の抽出 | 事実関係を正確に理解し把握する。関係図・時系列表等の図表の活用、法律問題と事実問題の区別、要件事実論による分析 |
| 2 問題点の調査 | 法律問題の調査、事実問題の調査、アクション・プランの作成 |
| 3 構造の決定 | 事案の概要(争点の特定)と結論の掲示、適用すべき規範の特定と内容(要件と効果)の説明、規範の当該事案への適用、結論 |
| 4 第1案の作成 | 決定した構造に基づいて起案する。法律用語の誤用などに留意する |
| 5 最終文書の作成 | 第1案の論理を修正・変更する勇気を持ち、細部の誤りや前後の統一に留意する |
(表の内容は注2による)
法律実務家が契約書を作成する際の注意点は、要件事実による各条項の分析と位置づけの確認、真意に従った条項であること(錯誤・虚偽表示・詐欺・強迫の排除)、強行規定と任意規定との識別(違法な条項の排除、特約と交渉力の相違)、契約の当事者となる者および締結権限の確認、税務の確認の5点が重要です(注2)。
2 交渉的アプローチの5段階
骨子は、第1段階=状況把握(問題の定義)、第2段階=ミッション設定(交渉目的の設定)、第3段階=目標設定(幅のある具体的な目標)、第4段階=選択肢検討(創造的なオプション)、第5段階=代替選択肢検討(リスクへの備え)です(注1)(注3)。
- 状況把握:交渉に関係する情報を収集し、状況を整理して相関関係を把握し、優先順位を考えながら、交渉により何を解決すべきなのかという問題を定義する(注3)
- ミッション設定:ミッションは合意の先にあるもので、概念が広く、中長期的な視点で考える必要がある。今回の交渉の先に目指すゴールを対象として設定する(注3)
- 目標設定:ミッションを実現するための具体的な目標。最高と最低の2つの幅のある目標を設定します。この幅を「ゾーパ」と呼びます(注3)。交渉学で一般にいうZOPA(合意可能領域)は、双方が受け入れられる条件が重なる範囲を指すので、自社だけの目標の幅とは区別しておきます。
- 選択肢検討:選択肢を評価する基準を複数設定し、複数の選択肢を検討する。条件と時間を組み合わせるなどの方法で創造的選択肢を考えられるかが重要になる(注3)
- 代替選択肢検討:不合意となった場合でもミッションの実現可能性を残すため、代替選択肢(バトナ)をあらかじめ準備段階で設定しておく(注3)
ミッションは、抽象度の高い上位概念から下位概念まで階層的に存在しています。企業でいえば、経営理念が最上位の究極のゴールで、役員・事業部長・マネージャー・担当者のゴールがそこから階層化して連携しています。時間軸でも、中長期のゴールから今月のゴールまでが階層化しています(注4)。目標に幅を持たせること、最低でも最高と最低の2つの目標を置くことが、この段階の要点です(注4)。
選択肢の作り方には、固定されたパイを奪い合う分配型交渉、固定されたパイの中で互いが必要とするものを交換する交換型交渉のほかに、利益の総和を広げる創造的選択肢(クリエイティブ・オプション)があります(注5)。分配型・交換型に良し悪しの価値判断があるわけではなく、合意条件には分配するものも交換するものも含まれますが、それだけでは、現在ある固定されたパイをめぐる交渉にとどまります(注5)。
3 リスクマネジメント的アプローチの5段階
骨子は、第1段階=リスクの確認(リスクの対象と損失原因の確認)、第2段階=リスクの測定(リスクのトータルコストの測定)、第3段階=リスク処理技術の選択(リスクコントロールとリスクファイナンス)、第4段階=リスク処理の実施、第5段階=リスクマネジメントの統制(PDCA)です(注1)(注6)。
確認の段階は、リスクにさらされる人・物・金は何か、その損失の原因は何かを洗い出して発見することです(注6)。測定の段階は、確認されたリスクがどのくらい大きな財務的な影響を企業にもたらすかを評価することです(注6)。統制の段階では、リスクマネジメントの目的が果たされているか、果たされていないとすれば、確認と測定のどこに間違いがあったのか、処理技術の選択を誤ったのか、実行の仕方に問題があったのかを検討して、軌道修正します(注6)。
三 直し方:段階を飛ばさない
1 最初に飛ばされるのは第2段階
実務で抜けやすいのは、交渉的アプローチの第2段階(ミッション設定)です。依頼が「この契約書を見てください」の形で来るため、何のための取引かを確認しないまま条項の検討に入ります。
ミッションは目標の上位にあります(注4)。目標は、個々の条件の上位にあります。上位が決まらないまま条件を争うと、譲ってよい条件と譲れない条件の区別がつきません。
2 第5段階(代替選択肢)を準備段階で置く
交渉が始まってから「この相手と契約しない場合どうするか」を考え始めると、その時点で足元を見られます。代替選択肢は、あらかじめ準備段階で設定しておく必要があります(注3)。
法務の側からは、「この条件を飲めないなら他の調達先はあるか」「この取引がなくなった場合の売上への影響はどれくらいか」を事業部門に確認しておくことが、これに当たります。
3 3つは並行して回る
3つのアプローチは、次のように重なります(注7)。契約交渉の準備段階では、法的アプローチの第1段階から第3段階までが交渉の設計段階と関連し、交渉の設計におけるシナリオ作成には、法律文書作成と同様の事案の整理・問題点の抽出・性質分類と、問題点の法的な視点からの調査が必要になる。第4段階で作成された第1案から交渉が開始され、第5段階の最終文書作成には、交渉により合意された条件が反映される。そして、リスクマネジメント的アプローチは契約交渉のすべての段階に関連し、すべてのプロセスでPDCAサイクルが回っている、というものです(注7)。
3つのアプローチは互いに密接に関連し、並行して進みます(注7)。順番に消化していく工程表として使うものではありません。
四 相手方への説明のしかた
この枠組みは社内で使うものですが、相手方との場面でも1つだけ使える場面があります。条件が対立して行き詰まったときに、選択肢を増やす提案をすることです。
双方の条件が合わず主張が対立して難局に陥ったケースでは、交渉中にブレーンストーミングを行う方法があります。難題を乗り越えるための選択肢が増えて選択可能性が向上する、プロセスを通じて交渉者同士が納得感を持てる、選択肢の実現可能性が高まる、という3つの効用が期待できます(注8)。
実務に置き換えると、「この条項は飲めません」で止めずに、「この条件でなら引き受けられます」「期間を区切るならどうでしょう」と、条件と時間を組み合わせた案を複数出すことです(注3)。
五 どこまでやるか
| 取引の性質 | どこまで踏む |
|---|---|
| 定型の少額取引 | 法的アプローチの5段階のみ。ミッションは依頼部門の一文で足りる |
| 継続取引・基本契約 | 3つとも踏む。ミッションと目標の幅(最高・最低)を事前に文書化する |
| 事業に影響する大型案件 | 3つとも踏んだうえで、代替選択肢を具体的に用意し、統制の段階まで回す |
5段階を全部踏むかどうかは案件によります。ただし、何のための取引かを決めないまま条項を直し始めることだけは、どの案件でも避けられます。
本稿で扱わなかったこと
3つのアプローチが何を見ているかは、別稿「契約交渉を3つの目で見る:法的・交渉的・リスクマネジメント」で扱いました。準備段階で譲歩の幅をどう設計するかは別稿「交渉の準備:譲歩可能性の事前設計」、相手への伝え方は別稿「修正理由の伝え方:法的根拠/取引上の実害/代替案」で扱います。本稿が挙げた法的アプローチの5段階は法律文書一般の作り方で、契約書の条項を実際にどう並べるかは05章の別稿「条項の順序と構造化」が扱っています。
参考文献等
註
(注1)一色正彦=竹下洋史『法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー──交渉準備から契約終了後までのナレッジ〔改訂版〕』(第一法規、2020)46頁
(注2)前掲注1・47〜48頁(同書は、田中豊『法律文書作成の基本〔第2版〕』(日本評論社、2019)6〜44頁・334〜349頁から抜粋しています)
(注3)前掲注1・49〜50頁
(注4)前掲注1・52頁
(注5)前掲注1・53頁
(注6)前掲注1・56〜57頁
(注7)前掲注1・48頁
(注8)前掲注1・57〜58頁
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