交通事故における治療費と「症状固定」|損害としての考え方と治療期間の判断基準

損害保険関連法務

交通事故(人身事故)の被害に遭った場合、加害者に対して請求できる損害の中で最も基本的なものが治療費です。しかし、「治療費はいつまで請求できるのか」「保険会社から治療費の打ち切りを打診されたらどうすればよいのか」という点は、実務上しばしば争いになります。この問題を理解するうえで避けて通れないのが、「症状固定」という概念です。

本記事では、交通事故における治療費の法的な位置づけ、症状固定の意味と判断権者、治療費打ち切りへの実務上の対応、自由診療と健康保険の違いについて整理します。

治療費の損害賠償上の位置づけ

請求の法的根拠

交通事故によってケガを負った場合、加害者に対する損害賠償請求の根拠は、民法709条(不法行為による損害賠償)です。治療費は、事故によって生じた身体の侵害を回復するために必要な費用であり、「積極損害」(事故によって現実に支出を余儀なくされた損害)の代表例として扱われます。

また、自動車の運行によって人の生命・身体を害した場合には、運行供用者(多くの場合、加害車両の所有者・運転者)が損害賠償責任を負う旨を定める自動車損害賠償保障法(自賠法)3条も、実務上の重要な根拠となります。自賠責保険は、この自賠法上の責任を担保するための強制保険であり、保険金の支払いは自賠法16条の3及び平成13年金融庁・国土交通省告示第1号(自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準)に基づく「支払基準」に従って行われます。

治療費として認められる範囲

治療費として損害賠償の対象になるのは、事故によるケガの治療のために必要かつ相当な範囲の費用です。具体的には、診察料・手術料・入院料・投薬料・処置料・通院交通費(公共交通機関の実費、症状によってはタクシー代も認められる場合がある)などが含まれます。

ただし、無制限に認められるわけではありません。医学的な必要性を超えた高額な治療や、社会通念上不相当と評価される診療については、損害としての相当因果関係が否定されることがあります。実際に、過去の裁判例では、医師の裁量の範囲を逸脱した不合理な診療内容や、社会一般の水準に比して著しく高額な診療報酬について、事故との相当因果関係を否定する判断を示しています。このように「過剰診療」「高額診療」に当たると評価された部分は、加害者側に請求できない可能性がある点に注意が必要です。

「症状固定」とは何か

症状固定の定義

「症状固定」とは、これ以上治療を継続しても症状の改善が見込めない状態に達したことをいいます完治した状態ではなく、「治療の効果がこれ以上期待できない」ために、その時点で残存する症状は治療費ではなく後遺障害の問題として扱うという法的な判断であり、労災保険における「治ゆ(症状固定)」の概念とほぼ同じ考え方です。

症状固定の前後で、損害の性質が大きく変わります。

  • 症状固定前:治療を続けることで回復が見込める期間。この間の治療費・通院交通費・休業損害・入通院慰謝料が損害として扱われます。
  • 症状固定後:症状が残存している場合、その残存症状は「後遺障害」として扱われ、等級認定を経て、逸失利益・後遺障害慰謝料といった別の損害項目として算定されます。

つまり症状固定は、治療期間の損害と後遺障害の損害を分ける「境界線」としての意味を持ちます。症状固定日をいつと見るかによって、入通院慰謝料の対象期間や後遺障害等級認定の起点(後遺障害診断書の作成時期)が変わってくるため、実務上非常に重要な概念です。

症状固定は誰が判断するのか

「症状固定」は、損害賠償実務における法的な概念であり、その時期は、主治医の医学的判断を極めて重視しつつ、傷害の内容、症状の推移、治療経過、受傷状況などの諸般の事情を総合的に勘案して、最終的に法的観点から認定されます。したがって、保険会社の担当者が「そろそろ症状固定にしてください」と連絡してくることがありますが、これは治療費支払いを打ち切りたいという保険会社側の意向の表明にすぎず、症状固定の時期を保険会社が一方的に決定する権限はありません。

もっとも、保険会社が治療費の立替払い(後述の「一括対応」)を打ち切った場合、事実上、それ以降の治療を続けるかどうかの判断を被害者自身が迫られることにはなります。最終的に症状固定の時期について争いが生じた場合は、診療録・画像所見・治療経過等の医学的資料に基づき、裁判所が認定することになります。そのため、医師が後遺障害診断書に記載した症状固定日が、必ずしもそのまま損害算定上の症状固定日となるわけではありません。

治療費打ち切りへの実務上の対応

「一括対応」とその終了

交通事故で被害者が通院する場合、多くのケースで加害者側の任意保険会社が、被害者の治療費を医療機関に直接支払う「一括対応」を行っています。これは法律上の義務ではなく、任意保険会社が示談交渉を円滑に進めるためのサービスとして行っているものです。

そのため、任意保険会社は、治療期間が一定程度経過し、症状の改善が乏しいと判断した場合などに、一括対応を打ち切る(治療費の立替払いをやめる)旨を通知してくることがあります。これが世間でいう「一括打ち切り」です。

打ち切り後も治療を続ける場合の選択肢

一括対応が打ち切られた後も、主治医が治療継続の必要性を認めている場合には、以下のいずれかの方法で治療を継続し、後日、加害者側に費用を請求していくことになります。

  • 健康保険を利用する:この場合、健康保険法上の手続として、加入している健康保険組合等に「第三者行為による傷病届」を提出する必要があります。健康保険を使うことで自己負担は原則3割となり、その負担部分も、後日、加害者側との示談・訴訟で請求します。
  • 自由診療で受診する:健康保険を使わず、医療機関が自由に設定した診療報酬(10割相当額)を一旦自己負担する方法です。健康保険診療に比べて1点あたりの単価が高くなる傾向があり、その分、後日の請求額も大きくなります。
  • 業務中・通勤中の事故であれば労災保険(第三者行為災害)を優先的に利用するという選択肢もあります。

打ち切り後に治療を続けた場合、その治療費が最終的に損害として認められるかどうかは、症状固定の時期がいつであったと事後的に判断されるかにかかっています。仮に保険会社が主張する打ち切り時期より後に症状固定と認定されれば、打ち切り後の治療費も遡って損害として認められることになります。逆に、保険会社の主張どおり早期に症状固定と判断された場合は、それ以降の治療費は損害として認められない可能性が高くなります。

治療期間の考え方と留意点

実通院日数と通院期間

損害算定の実務では、「通院期間(初診から症状固定までの暦日数)」と「実通院日数(実際に通院した日数)」が区別されます。これは治療費そのものの算定というより、後述する入通院慰謝料の算定(自賠責基準における対象日数の考え方等)に関わる区別ですが、治療費についても、不自然に間隔の空いた通院や、長期間にわたり実通院日数が極端に少ない通院については、治療の必要性・症状の実態が争われる要因になり得る点に留意が必要です。

通院の一貫性・継続性

事故直後から一貫して同じ症状で通院を継続していることは、治療の必要性や、後の後遺障害等級認定における症状の連続性を基礎づける重要な事実となります。逆に、通院を自己判断で長期間中断した場合、その間に症状が改善していたのではないかと評価され、以後の治療費や慰謝料算定に不利に働くことがあります。

転院・複数科受診の扱い

整形外科に加えて、症状に応じて整骨院・接骨院への通院を併用するケースもありますが、整骨院・接骨院への通院費用については、医師の指示・同意の有無や、施術の必要性・相当性が個別に問題とされることがあります。医師の許可なく自己判断のみで通院を継続した場合、その費用が損害として認められない、あるいは減額されるリスクがある点には注意が必要です。

症状固定にまつわる誤解と留意点

誤解1:「保険会社が症状固定と言えば、その日で治療が終わる」

前述のとおり、症状固定は主治医の医学的判断を重視しつつ最終的には法的観点から認定されるものであり、保険会社が一方的に決定できるものではありません。保険会社の打診はあくまで「治療費の一括対応を終了したい」という意向であり、治療の必要性自体が消滅したことを意味しません。

誤解2:「症状固定後は一切治療費を請求できない」

原則として症状固定後の治療費(残存症状に対する対症療法的な通院等)は、損害として認められにくいのが実務の傾向です。ただし、後遺障害の内容によっては、将来の症状維持・悪化防止のために必要な治療費(将来治療費)が例外的に認められる場合もあり、一律に「一切認められない」と断定することはできません。

誤解3:「症状固定を急いだ方が早く解決する」

症状固定を急ぐと、本来受けられたはずの治療を受けないまま後遺障害の判断がされてしまい、適切な等級認定を受けられなくなるリスクがあります。焦って症状固定に応じる前に、主治医と十分に相談することが重要です。

誤解4:「症状固定の時期に争いがあれば、保険会社の言い分がそのまま通る」

症状固定の時期について争いがある場合、最終的には診療記録等の医学的資料に基づいて認定されるべき事柄であり、保険会社の一方的な主張がそのまま採用されるわけではありません。争いが生じた場合は、弁護士に相談のうえ、資料を整理して主張していくことが可能です。

治療費・症状固定という「区切り」を正確に理解する

交通事故における治療費は、「症状固定」という区切りを境に、その後の損害の性質(後遺障害等級認定・逸失利益・後遺障害慰謝料)が大きく変わるという点で、単なる実費の問題にとどまらない重要性を持っています。保険会社から治療費打ち切りの打診があった場合には、まず主治医に治療継続の必要性を確認し、必要に応じて弁護士に相談することをお勧めします。



本記事の担当

プロスパイア法律事務所
代表弁護士 光股知裕

損保系法律事務所、企業法務系法律事務所での経験を経てプロスパイア法律事務所を設立。IT・インフルエンサー関連事業を主な分野とするネクタル株式会社の代表取締役も務める。企業法務全般、ベンチャー企業法務、インターネット・IT関連法務などを中心に手掛ける。

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