一 問題の所在:電子データに押印はできない
紙の契約書では、本人の署名または押印があれば、文書は真正に成立したものと推定されます(民事訴訟法228条4項)。押印については、印影が本人の印章によるものであれば本人の意思に基づく押印と推定され、そこから文書全体の成立が推定される「二段の推定」が働きます。この仕組みは、別稿「署名・記名押印の意味と二段の推定」で扱いました。
電子文書には、手書きの署名も、印章による押印もできません。代わりに行うのが電子署名で、電子署名法により、一定の条件を満たす電子署名には押印と同様の効力が認められています(注1)。
この関係は、民事訴訟法の条文の上ではっきりしました。2026年5月21日から、電磁的記録を証拠として調べる手続の規定が民事訴訟法に置かれています。そこでは、文書の成立に関する228条を電磁的記録に準用しながら、署名・押印による推定を定めた4項だけを準用から外しています(注2)。電子文書について、紙の228条4項の役割を担うのは、電子署名法3条です。
二 制度の枠組み
1 電磁的記録の証拠調べ(民事訴訟法231条の2・231条の3)
電磁的記録に記録された情報の内容について証拠調べを求めるときは、その電磁的記録を提出するか、利用する権限を有する者に提出を命ずることを申し立てます(231条の2第1項)。そのうえで、書証の規定が次のように準用されます。
第二百二十条から第二百二十八条まで(同条第四項を除く。)及び第二百三十条の規定は、前条第一項の証拠調べについて準用する。(注2)
成立の真正を証明しなければならないという228条1項は、電磁的記録にも及びます。成立の真正を故意または重大な過失により真実に反して争った者への過料(230条)も同じです。及ばないのは4項の推定だけです。
2 電子署名の定義(電子署名法2条1項)
電子署名法は、電子署名を次のように定義しています。
この法律において「電子署名」とは、電磁的記録(……)に記録することができる情報について行われる措置であって、次の要件のいずれにも該当するものをいう。 一 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。 二 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。(注3)
1号は「本人性」、2号は「非改ざん性」の要件とも呼ばれます。現状では、公開鍵暗号方式を応用したデジタル署名と呼ばれるものだけがこれに当たり、タブレットにタッチペンでサインした画像や、印影の画像を電子文書に貼り込む方法は、電子署名法上の電子署名とはいえません(注4)。
3 3条の推定
推定の規定は3条です。
電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。(注3)
政府のQ&Aは、3条が適用されるための要件を、①電子文書に3条に規定する電子署名が付されていること、②その電子署名が本人(電子文書の作成名義人)の意思に基づき行われたものであること、の2つに整理しています(注5)。条文の言葉に沿って分けると、①「本人による」ものであること、②2条1項の電子署名であること、③符号及び物件を適正に管理することにより本人だけが行うことができることとなるものであること、の3点になります(注6)。
4 2条と3条の違い
3条の電子署名は、2条の電子署名に「本人だけが行うことができることとなるもの」という条件を上乗せしています。3条が電子文書の成立の真正を推定するという効果を生じさせるものだからです。その前提として、暗号化等の措置を行うための符号について、他人が容易に同一のものを作成することができないと認められる必要があり、政府のQ&Aはこれを「固有性の要件」と呼んでいます(注5)。
| 2条の電子署名 | 3条の電子署名 | |
|---|---|---|
| 求められること | 措置を行った者の作成に係ることを示す(本人性)、改変の有無を確認できる(非改ざん性) | 2条の要件に加えて、本人だけが行うことができる(固有性) |
| 効果 | 電子署名法上の「電子署名」に当たる | 本人によるものであれば、電子文書の成立の真正が推定される |
(注3)(注5)
5 認証業務と電子証明書
電子署名を検証するには、電子署名を行った者が誰かを示す電子証明書が使われます。電子証明書は、本人の氏名等と公開鍵を含む、印鑑証明書に相当する電子的な証明書ですが、発行するのは公的機関に限られず、民間の機関も発行します(注7)。
電子署名法は、利用者が電子署名を行ったことを確認するための事項がその利用者に係るものであることを証明する業務を「認証業務」と定め、そのうち本人だけが行うことができる方式として主務省令の基準に適合するものを「特定認証業務」としています(2条2項・3項)。特定認証業務は主務大臣の認定を受けることができ、認定には、設備、利用者の真偽の確認の方法などが基準に適合していることが求められます(4条1項、6条1項)(注3)。利用者の真偽の確認は、基本的に、住民票の写し等を提出したうえで、写真付きの公的身分証明書の提示などを行う方法です(注8)。
法務局が発行する法人の電子証明書や、マイナンバーカードの電子署名用の電子証明書は、紙の契約書でいえば、実印を押してもらい印鑑証明書の交付を受けた場合と同等の信頼性を持つといえます(注9)。
6 立会人型は3条の要件を満たすか
電子契約サービスには、利用者自身の署名鍵ではなく、サービス提供事業者の署名鍵で暗号化するものがあります。政府のQ&Aは、技術的・機能的に見て事業者の意思が介在する余地がなく、利用者の意思のみに基づいて機械的に暗号化されたことが担保されていれば、「当該措置を行った者」は利用者と評価し得るとし、さらに十分な水準の固有性を満たせば3条の電子署名に当たるとしています(注10)。この見解の内容は、別稿『電子署名と後文:電磁的記録に「2通」も「押印」もない』で詳しく扱いました。
三 解釈:「本人」と「固有性」
1 2条の本人と、3条の「本人による」は違う
2条1項1号の本人性と、3条の「本人による」は、同じ意味ではありません。2条1項の本人性は、システムの利用者や電子証明書の発行を申請した人など、いわばシステム内での利用者本人が電子署名を行ったことをいいます。3条の「本人による」は、そのシステム利用者が、文書の作成名義人、つまり訴訟で責任を問われている人と同一人物であることをいいます(注6)。
政府のQ&Aも、3条の推定効を主張するには、挙証者が、電子契約サービスの利用者と電子文書の作成名義人が同一であることを立証する必要があるとしています。サービス提供事業者による利用者の身元確認は、推定効の要件として必ず求められているものではないものの、その同一性を立証する有効な手段の一つになり得ます(注11)。
紙の押印では、印影が本人の印章と一致すれば本人の意思に基づく押印と推定されました。電子署名法3条には、これに当たる推定の規定がありません。利用者と作成名義人が同一人物であることは、挙証者が証拠で示すことになります。
2 固有性の要件とは何か
事業者の署名鍵を使うサービスについて、政府のQ&Aは、固有性を2つのプロセスに分けて判断するとしています。①利用者とサービス提供事業者の間で行われるプロセスと、②①の利用者の行為を受けて事業者内部で行われるプロセスです。いずれにおいても十分な水準の固有性が必要で、一方だけが十分でも全体として不十分なら、固有性は認められません(注12)。
①については、2要素認証を行っていれば十分な水準を満たすと評価され得るとされ、例として、登録済みのメールアドレスとログインパスワードの入力に加え、SMSや手元のトークンなどメールアドレス以外の手段で取得したワンタイム・パスワードを入力する方法が挙がっています。ただし、2要素認証が必須というわけではありません。②については、操作ログ等が正しく記録され改ざんや削除ができない仕様であること、運用担当者による不正ができない設計であること、監査等で確認されること、記録を十分な期間保存することが例に挙がっています(注12)。
3条の「符号及び物件を適正に管理すること」は、例えば、事業者の署名鍵と利用者のパスワード(符号)、サーバーや利用者の手元にある2要素認証用のスマートフォンやトークン(物件)を適正に管理することが当たり得るとされています(注13)。
3 推定が得られない電子署名にも意味はある
2条の電子署名には当たるが3条の条件を満たさない電子署名は、他人に偽造されない仕組みであるという保証がないので、推定の効力は得られません。それでも、認印の押印に相当する機能はあるといえます(注14)。
そもそも電子文書の成立の真正は、3条の推定だけで判断されるものではありません。口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果をしん酌して、裁判所が自由な心証で判断します(民事訴訟法247条)。取引開始の時点で身元確認が高い水準で行われていなかった場合でも、当事者間での電子文書の成立過程を裏付ける証拠を出せれば、有効な立証手段になり得ます(注15)。電子文書の作成の経緯や送信方法、その電子文書の内容に従った言動などから証明できることも多いと考えられます(注16)。
四 契約実務への還元
1 どのサービスを選ぶか
身元確認の水準やなりすましの防御レベルは、サービスごとにさまざまです。現状では必要な基準についての裁判例の蓄積が十分でなく、水準が低い場合には、実際の裁判で真正な成立を推定するには不十分と判断される可能性があります。そのため、締結する契約の重要性の程度や金額に照らし、推定が得られない場合に生じる損害等を考慮して、サービスを選ぶことが適当とされています(注17)。立会人型と当事者型のどちらを使うかは、別稿「立会人型と当事者型:どちらを選ぶか」で扱います。
2 推定が働かない場合に備える
3条の推定に頼れない場面に備えて、締結の経緯を残しておきます。押印についてのQ&Aは、文書の成立の真正を証明する手段として、メールの送受信記録、本人確認情報とその入手過程の記録、電子署名や電子認証サービスの利用記録(ログインID・日時・認証結果など)を挙げています(注18)。何をどこに残すかは、別稿「締結の記録を残す:あとで証拠になるもの」で扱います。
相手方から電子署名付きの電子文書を受け取ったときは、電子署名と電子証明書が有効かを、受領の時点で検証しておくべきです。検証は義務ではありませんが、受領時点で電子証明書が失効していることもあり、あとで無効と分かると事後処理が複雑になります(注19)。
押印と同じく、電子署名も、推定という近道を使えるように準備し、使えないときの証拠も残しておくのが実務の基本です。
本稿で扱わなかったこと
電子契約の後文の書き方は、別稿『電子署名と後文:電磁的記録に「2通」も「押印」もない』が扱います。タイムスタンプと長期署名、電子契約データの保存義務(電子帳簿保存法)は、本稿では扱っていません。電子帳簿保存法は別稿「電子帳簿保存法と保存要件」が扱います。
参考文献等
註
(注1)宮内宏『Q&A電子契約入門』(中央経済社、2022)48〜49頁
(注2)民事訴訟法231条の2・231条の3第1項。いずれも民事訴訟法等の一部を改正する法律(令和4年法律第48号)により置かれ、2026年5月21日に施行されました。
(注3)電子署名及び認証業務に関する法律2条・3条・4条1項・6条1項
(注4)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)100頁
(注5)総務省・法務省・経済産業省「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法第3条関係)」(令和2年9月4日。令和6年1月9日一部改定〔デジタル庁・法務省〕)問1
(注6)前掲注1・50〜51頁
(注7)前掲注1・45頁、58〜59頁
(注8)前掲注1・46〜47頁
(注9)前掲注4・102頁
(注10)総務省・法務省・経済産業省「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A」(令和2年7月17日)問2、前掲注5・問2
(注11)前掲注5・問4
(注12)前掲注5・問2
(注13)前掲注5・問3
(注14)前掲注1・52〜53頁
(注15)前掲注5・問6
(注16)前掲注1・56頁
(注17)前掲注5・問5
(注18)内閣府・法務省・経済産業省「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日)問6
(注19)前掲注1・57頁
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