交渉経緯を記録することの意味

07 契約交渉

【応用実務】最終確認:2026年10月25日

一 どんな事案か:交渉中のやりとりが後で問題になった

コンビニエンス・ストアのフランチャイズ・チェーンで、加盟店が本部に支払う対価(チャージ)の算定方法をめぐって争われた事件があります(注1)。

契約書の条項は、対価を「売上総利益(売上高から売上商品原価を差し引いたもの。)」に一定の率を乗じた額とする、と定めていました(注1)。争点は、この「売上商品原価」に、廃棄した商品の原価と棚卸しで生じた減耗の原価が含まれるかどうかです(注1)。含まれるなら売上総利益は小さくなり、加盟店の支払う対価は減ります。含まれないなら、その分だけ対価は増えます。

加盟店は、含まれるという理解を前提に、本部が受け取りすぎた分を不当利得として返すよう求めました(注1)。


二 裁判所は何を判断したか

原審は、加盟店の側に立ちました。条項に本部の方式によることが明記されていない以上、「売上商品原価」は一般に理解されているとおり廃棄ロス原価と棚卸ロス原価を含む「売上原価」を意味すると解するのが相当であり、契約締結の経緯等に照らしても、加盟店が本部の方式を理解していたとは認められない、というものです(注1)。

最高裁は、原判決のうち本部が負けた部分を破棄し、加盟店が主張していた錯誤無効について審理させるため、事件を高裁に差し戻しました。契約書の特定の条項の意味内容を解釈する場合、その条項中の文言の文理、他の条項との整合性、当該契約の締結に至る経緯等の事情を総合的に考慮して判断すべきである、というのが示された枠組みです(注1)。

そのうえで、次の3つを挙げて、「売上商品原価」は実際に売り上げた商品の原価を意味し、廃棄ロス原価と棚卸ロス原価を含まないと解するのが相当だ、と結論づけています(注1)。

考慮された事情中身
文言の文理「売上商品原価」は実際に売り上げた商品の原価を意味すると解される余地が十分にあり、企業会計上の売上原価を意味すると即断できない
他の条項との整合性契約書18条1項が引用する付属明細書に、廃棄ロス原価と棚卸ロス原価が営業費となることが定められている
締結に至る経緯本部の担当者が、契約締結前に、これらを営業費として会計処理すべきこと、加盟店経営者の負担であることを説明していた。加盟店が締結前に店舗の経営委託を受けていた期間中、店舗に備え付けられていたマニュアルに算定方法が記載されていた

(表の内容は注1による)


三 なぜそう判断されたのか

1 交渉経緯は、契約解釈の考慮要素である

条項の意味が文言だけで決まるなら、交渉の記録は要りません。しかし、この判決が示したのは、文言・他の条項・締結に至る経緯の3つを総合して決めるという枠組みです(注1)。

この事件では、契約書の付属明細書の定めのほか、締結前の担当者の説明と、締結前に加盟店が見ていたマニュアルが考慮されました(注1)。後の2つは契約書の外にあるものです。

考慮されるのは締結までの経緯だけではありません。とくに継続的な契約では、この判決が挙げる「当該契約の締結に至る経緯等の事情」に、締結後紛争が起きるまでの当事者双方の履行等のやりとりも含まれます(注2)。一回で履行が終わる契約では、締結からしばらく経った後の事実が意味を持つことは多くありません(注2)。

2 記録がないと、証言で争うことになる

契約に関する紛争で最初に問題になるのは、契約内容の確定です。契約書に記載されている事項からただちに当事者の合意した内容が確定できない場合には、契約当事者の証言のみならず、契約の交渉過程を推知させる資料から、契約における当事者の合理的な意思が認定されます。そのため、交渉過程の記録は重要な証拠資料となり得ます(注3)。

錯誤や強迫・詐欺の有無も、証言のみならず、交渉過程を推知させる資料から認定されます。この点でも、交渉過程の記録は重要な証拠資料となり得ます(注4)。

3 条項が明確なら、そもそも争いにならない

この事件には補足意見が付いています。裁判官2名が、本件条項の定め方が明確性を欠き、疑義を入れる余地があったことが紛争を招いたとして、条項の定め方について意見を述べたものです(注5)。

補足意見は、「売上商品原価」を定義する規定が契約書のどこにもないことを指摘したうえで、加盟店の多くは個人商店であり、本部と加盟店の間には企業会計に関する知識・経験に著しい較差があることを考慮すれば、詳細かつ大部な付属明細書やマニュアルの記載を参照しなければ契約条項の意味が明確にならないというのは不適切であるといわざるを得ない、としています(注5)。そして、契約書上明確にその意味が読み取れるような規定ぶりに改善することが望まれる、と結んでいます(注5)。

記録を残すことは、条項を明確に書くことの代わりにはなりません。


四 実務にどう落とすか

1 何を残すか

交渉が書面上のコメントのやりとりで完結する場合も、口頭でのやりとりを伴う場合も、修正過程のドラフトそれ自体が交渉過程の記録になります(注6)。コメントのやりとりで完結する場合には、相手方から示されたドラフトに修正を加えるとともに、修正の意図を修正箇所に注記するかメールに記載し、それに対して相手方から了解した旨の返事をもらうことで、両当事者の意図を記録化できます(注6)。口頭のやりとりを伴う場合も、口頭で合意に至った内容を修正箇所に注記するかメールに記載し、相手方から了解した旨の返事をもらうことで記録化できます(注6)。M&Aなど重要な取引の基本合意の一部として秘密保持を合意する場合には、交渉内容の議事録を作成し、場合によっては双方で内容を確認したうえで記名押印し、双方が保存することもあります(注6)。

契約交渉過程を記録に残しておくと、その契約内容がどのような意図の下で決定されたのかが分かるため、契約当事者の合理的意思解釈に役立ちます(注7)。

残すもの残し方
修正過程のドラフト版ごとに日付を入れて保存する。変更履歴を残したまま保管する
修正の意図修正箇所への注記、またはメール本文に書く。相手方の了解の返信まで保存する
口頭のやりとり議事録を作る。重要な合意は双方で内容を確認する

(表の内容は注6・注7による)

2 誰が引き継ぐか

契約締結から時間が経過した後に紛争が発生することも少なくないため、人事異動等に際しては、然るべき担当者に、交渉過程の記録も含め関連資料を引き継いでおくべきです。企業として、そのような仕組みを構築すべきです(注8)。担当者の変更に備えて、契約締結当時の担当者が持っていた交渉過程の記録を後任の担当者に引き継いでおくことも重要です(注7)。

保存は、社内の文書管理に関する規定に従い、所定の場所に、所定の方法で、所定の期間行います(注6)。


五 どこまで記録するか

取引の性質記録の範囲
ひな型どおりの定型取引締結した契約書と、修正のやりとりをしたメールを契約書と一緒に保存する
条項を交渉した取引版ごとのドラフト、修正意図の注記、相手方の了解の返信まで保存する
算定方法・仕様など解釈が割れうる条項がある取引上記に加えて、打合せの議事録を作り、重要な前提は相手方と確認する
相手方との間に知識・経験の較差がある取引記録より先に、条項そのものを定義から書き直す

交渉の記録は、条項の意味が争われたときに効きます。ただし、記録に頼らなければ意味が決まらない条項は、そもそも書き直すべきものです。

本稿で扱わなかったこと

契約解釈の枠組みそのものは、25章の別稿「契約の解釈とは何をする作業か」をはじめとする25章・26章の記事が扱います。交渉の打切りをめぐる責任は04章の別稿「契約締結上の過失・交渉破棄の責任」、秘密保持契約の条項は13章で扱います。


参考文献等

註

(注1)最判平成19年6月11日集民224号521頁・判タ1250号76頁(平成17年(受)第957号)
(注2)田中豊『契約の解釈──訴訟における争点化と立証方法』(ぎょうせい、2025)26頁
(注3)森本大介=石川智也=濱野敏彦編著『秘密保持契約の実務──作成・交渉から営業秘密/限定提供データの最新論点まで〔第2版〕』(中央経済社、2019)12頁
(注4)前掲注3・13頁
(注5)前掲注1(今井功裁判官、中川了滋裁判官の補足意見)
(注6)前掲注3・13頁
(注7)愛知県弁護士会研修センター運営委員会法律研究部契約審査チーム編『新民法対応 契約審査手続マニュアル』(新日本法規出版、2018)41〜42頁
(注8)前掲注3・14頁


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