戦略法務・予防法務・臨床法務:契約法務はどこに立つか

01 契約法務という仕事

【入門】最終確認:2026年10月25日

一 問題の所在:法務の仕事は一つではない

契約書のレビューをしている時間が長いと、法務の仕事はレビューだと思えてきます。しかし、同じ契約書をめぐる仕事でも、取引の形を決める段階と、条項を詰める段階と、揉めてからの段階では、やっていることが違います。

実務書は、この違いを3つに分けています。法的リスクマネジメントは、大きく①「戦略法務」、②「予防法務」、③「臨床法務」の3つの見地から分類することができ、これらはそれぞれ独立した場面で問題になるものの、相互に関連し、影響し合う関係にある、というものです(注1)。

自分がいまどの段階にいるかが分かると、次にやることが決まります。


二 枠組み

1 戦略法務

実務書は、戦略法務とは、法務知識を意図的に営業推進等に活用していく積極的な法務対応をいうとし、具体的には、法令を遵守しつつ、その範囲で最大限自社に有利な新商品・新スキームを開発したり、既存の商品にはない、顧客にとってもメリットのある提案活動を行うことをいう、と説明しています(注1)。

同書はこれをスポーツ医学にたとえ、戦略法務の観点からは、契約書の交渉・締結においても、自社に有利な条項を積極的に盛り込むことが求められる、としています(注1)。

2 予防法務

予防法務とは、具体的なトラブルや損失が発生する前に法的リスクに対して必要な手当を講じることをいいます(注1)。同書は、これを医師への健康相談や早期検診のようなものだとし、法務担当者による契約書審査も予防法務の一つと言えるし、法務担当者に限らず、社員の法務知識の向上・リーガルマインドの向上も重要な予防法務の一つだ、としています(注2)。

3 臨床法務

臨床法務とは、法的リスクが現実化した際に、損失や悪影響を抑えるための法的対応をいいます(注2)。同書は、病気になった後での医師への相談や手術のようなものだとし、取引先との契約書の履行・解釈をめぐってトラブルが生じた場合における対応への相談や、競合他社との訴訟や取引先倒産時における相談等を例に挙げています(注2)。

3分法何をするか契約法務での現れ方
戦略法務取引の形を作る取引スキームの選択、契約類型の決定、有利な条項の設計(注1)
予防法務トラブルの前に手当てする契約書の作成・審査、社内規程、社員教育(注1・注2)
臨床法務起きたことに対処する契約解釈をめぐる紛争、解除・損害賠償、取引先の倒産対応(注2)

4 3つは時系列でもある

実務書は、この3分法を契約実務の時系列に重ねています。同書は、契約締結にかかる手続の流れを、「Part2 契約準備段階までの対応(戦略法務)」「Part3 契約交渉開始後から契約締結までの対応(予防法務)」「Part4 紛争発生後の対応(臨床法務)」の3つに分類し、それぞれの観点から検討するとしています(注4)。

あわせて、法務担当者(企業内部)と弁護士(企業外部)の役割分担の視点から、時系列ごとのそれぞれの対応事項を整理する、という視点も置かれています(注4)。同じ案件でも、段階によって社内で処理する部分と外部に出す部分の比率が変わる、ということです。


三 解釈:契約法務は3つすべてにまたがる

契約書という1つの文書は、3つの段階すべてに関わります。

段階契約書との関わり
契約書を作る前どういう取引にするか(戦略法務)
契約書を作る・直す条項でリスクを配分する(予防法務)
紛争になった後書いてある条項で戦う(臨床法務)

3つに共通して効くのが、相談の早さです。実務書は、「早期の相談」の重要性は強調してもしすぎることはなく、戦略法務、予防法務、臨床法務すべての局面において極めて重要だとしたうえで、局面ごとに遅れた場合の帰結を挙げています(注3)。

戦略法務の局面では、新商品・新スキームの開発検討段階において相談が遅れたことにより、当局リスク等の「取ってはいけない法的リスク」への対応・検討が後手に回り、顧客・取引先への提案直前でスキーム変更が必要になったり、最悪の場合、取引実行の直前で新商品の販売・新スキームの実施を中止せざるを得ない場合もありえます(注3)。

予防法務の局面では、契約交渉が相応に進み、当事者間で契約の主要な条項が口頭で固まってしまった段階で初めて相談を受けた場合、たとえ自社に不利な条項であったとしても、これら口頭の合意を覆して契約書に反映することが困難な場合も少なくありません(注3)。

臨床法務の局面でも、トラブル発生後に担当者が不要な発言や文書、メールでの回答等を行ったことにより、かえってトラブルを深刻化させたり、これらの回答等が将来の訴訟において自社に不利な証拠とされたりしてしまうケースがある、とされています(注3)。

契約書のレビュー依頼が来た時点で、すでに戦略法務の段階は終わっていることが多い、ということです。

もう1つ、同書は「情報全体の開示」を挙げています。医者でも適切な診断には患者の体調全体に関する情報が必要であるのと同様、法務担当者・弁護士が適切な法的分析とアドバイスを行うためには、事実関係の全体像を的確に把握することが大前提となり、部分的にしか開示されない場合、全体像が見えず適切なアドバイスが困難になる、という指摘です(注3)。


四 実務への還元:自分がいまどこにいるかを意識する

いまの状況どの法務か打てる手
事業部門が新しい取引を考えている戦略法務取引の形そのものに口を出せる。契約類型の選択から関与する
契約書のドラフトを渡された予防法務条項でリスクを配分する。書かれていない条項を足す
相手方と条件が口頭で固まっている予防法務(ただし手遅れになりかけ)覆せる範囲を見極める(注3)
履行でもめている臨床法務契約書の条項と、交わした書面・メールを揃える
相手方が支払を止めた臨床法務期限の利益喪失、解除、相殺の条項を確かめる

この連載の第Ⅱ部から第Ⅳ部までは予防法務の各論、第Ⅴ部以降は臨床法務の各論にあたります。戦略法務にあたる部分は、取引の設計を扱う記事の中に分散しています。

外部の弁護士をいつ使うか

3分法は、外部の弁護士に相談する場面の切り分けにも使えます。

段階社内で持てる部分外部に出したほうがよい部分
戦略法務取引の形の整理、社内の合意形成業法・当局対応の見立て、前例のないスキームの可否
予防法務ひな型の適用、定型条項の修正金額の大きい取引の条項設計、相手方が強い交渉の落としどころ
臨床法務事実関係と証拠の整理、初動の文書管理通知書の作成、訴訟・保全の判断

実務書が挙げる「早期の相談」と「情報全体の開示」は、外部に出すときにこそ効きます(注3)。臨床法務の局面で、トラブル発生後の担当者の発言やメールが将来の訴訟で不利な証拠になりうると指摘されているのも、相談が遅れた場合の話です(注3)。

本稿で扱わなかったこと

契約書ができるまでの工程は、別稿「契約書ができるまで:取引開始から締結までの流れ」が扱います。事業部門からの依頼をどう受け付けるかは別稿「依頼を受け付ける:何を出してもらうか」、法務部門の業務設計は31章で扱います。


参考文献等

註

(注1)長瀨佑志・長瀨威志『Business Law Handbook 契約実務ハンドブック』(日本能率協会マネジメントセンター、2017)7頁
(注2)前掲注1・8頁
(注3)前掲注1・9頁
(注4)前掲注1・46頁


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