一 どういう場面か:修正案を相手方に送る
変更履歴を付けた契約書を相手方に送ると、「この修正は受け入れられません」と一行で返ってくることがあります。理由を書いていないと、相手方の担当者も社内で説明ができず、検討されないまま止まります。
再交渉を依頼する場合には、修正案を示したうえでその理由を説明することが重要です。その理由は二通り考える必要があります。1つは依頼部署に対して再交渉の必要性を説明する理由、もう1つは取引の相手方を納得させ、修正に応じてもらうための理由です(注1)。
本稿は、後者、つまり相手方に向けた理由の書き方を扱います。
二 何を見るか:3つの層で書けているか
1 法的根拠:なぜ問題か
条項が法令や判例に照らしてどう評価されるかという層です。強行法規に反する、取適法(旧下請法)や独占禁止法上の問題がある、判例上そのような条項の効力が制限されている、といった説明がこれに当たります。
この層は、相手方の法務担当者や弁護士には最も伝わります。他方、これだけでは、相手方の事業部門に「では、どうすればよいのか」が残ります。
2 取引上の実害:何が起きるか
その条項のまま締結すると、この取引で具体的に何が起きるかという層です。
ライセンスを受ける側から見ると、必ず修正合意を取り付ける必要がある重要な条項とは、相手方のドラフトに書かれている条項を自社の努力のみでは遵守できず、修正せずに締結すると高確率で契約違反となる事態を招いてしまう条項です(注2)。
その例が、許諾期間の満了後に広告宣伝物を速やかに撤去・回収・削除する義務です(注2)。デジタルコンテンツは、いったん複製・拡散されるとそのすべてを完全に削除することが現実的には不可能で、自社のコントロールの及ばない経路で拡散され、削除の手立てを講じられない場合も想定されます。そこで、自社において現実的に対応できる義務の範囲内に収まるように修正しておくことが必要です(注3)。
この層は、相手方に「守れない約束をさせても、あなたの側も得をしない」という形で届きます。
3 代替案:ではどうするか
修正を求めるだけでなく、どう直せば飲めるのかを示す層です。
この論稿が示す修正後の条項例は、撤去・回収・削除の義務を残したうえで、速やかな撤去回収が困難な場合には許諾期間満了後3か月間を目標として撤去回収するよう努めるものとし、電子媒体の広告宣伝物についてはその性質上ライセンシーによる削除が合理的に困難である場合には削除義務を負わない、という形でした(注3)。義務そのものを削るのではなく、実行可能な範囲に絞り込む作り方です(注3)。
交渉の武器となる材料を提供することも、審査担当者の役割です。自社が買主で、売主である相手方が契約不適合責任の免責条項に固執する場合に、当該物件に契約不適合がないことを表明する文書を差し入れてもらう、といった代案がこれに当たります(注4)。
三 直し方
1 どの層が響くかは相手による
3つの層をすべて書く必要はありません。相手方の誰が読むかで、効く順番が変わります。
| 読み手 | 効く層 | 書き方 |
|---|---|---|
| 相手方の法務・顧問弁護士 | 法的根拠 | 条文・判例・ガイドラインを挙げ、結論を先に書く |
| 相手方の事業部門 | 取引上の実害 | この条項のままだと何が起きるかを、取引の具体で書く |
| 決裁権者 | 代替案 | 修正後の条項をそのまま示し、飲める形を提示する |
2 断られたときに引き下がらない
相手方からドラフトの修正は一切不可であるといわれる場合も、そこですんなり納得して引き下がってはいけません。相手方が修正は一切不可であるといっている理由をしっかり確認し、交渉するべきです(注5)。多くの企業が使用を希望する知的財産のライセンス契約の例ですが、ドラフト本体に修正を入れることは不可であっても、契約条項の一部を変更する覚書を別途締結する形であれば受け入れ可能である、という折衷案がライセンサー側から提示されることも少なくありません(注5)。
相手の主張と自分の主張が対立している場面で、なぜその条件なのか、隠された事実や意図等がないかという背景を共有しないまま諾否を決めるのは危険です。背景を共有することで、準備段階で想定していた選択肢を超える選択肢を見出せる可能性があります(注6)。
「直せない」と言われたら、直せない理由を聞く。これが実務上の次の一手です。
3 優先順位を先に社内で合わせる
初回の修正提案の時点で修正要望を絞り込む必要まではありませんが、交渉の進展に応じて、どの条項が自社にとって必ず修正合意を取り付ける必要がある重要な要素を含むものであるかを自社内で擦り合わせ、実施部門と法務部とが同じ目線で交渉に臨む必要があります(注7)。
あわせて、最初の修正提案の前に、その契約に基づいてどのような事業を行いたいのかを具体的に想定したうえで、契約上譲れないポイントの優先順位を明確に整理しておくことが重要です(注8)。そのうえで、事業を遂行する過程で生じ得る問題を具体的に示しつつ修正提案をすると、相手方が修正提案に応じる可能性が高まります(注8)。
四 相手方への説明のしかた
伝える手段は、書面(修正案への注記)と口頭(打合せ)の2つです。
書面では、条項ごとに1〜3行で理由を添えます。変更履歴だけを送ると、どれが重要な修正でどれが表記の統一なのかが相手方に伝わりません。
口頭が効く場面もあります。契約交渉は実施部門が前面に出て行う場合が多いのですが、法的な事項について双方の主張が対立しているような場合には、法務部員が交渉の場に同席して、相手方の提示条件に対する懸念点や代替案についての自社の考えを直接説明することで双方の理解が進み、難航していた交渉が前に進むこともあります(注9)。
五 どこまで書くか
修正の重みによって、理由の書き方を変えます。社内の審査結果の回答は、修正すべき事項はなくこのまま締結してよい(A)、修正が望ましいが交渉の結果修正できなくてもやむを得ない(B)、修正すべき事項があり修正せずに契約することは大きなリスクがある(C)、法令違反等があり修正できなければ契約してはならない(D)の4段階に分けられます(注10)。この区分は、相手方に伝える理由の厚みを決めるのにも使えます。
| 区分 | 相手方への理由の書き方 |
|---|---|
| 修正が望ましい程度(B) | 一文で足りる。飲めないなら取り下げる旨も添える |
| 修正しないと大きなリスクがある(C) | 実害と代替案を書く。飲めない場合の条件(対価・期間)も示す |
| 法令違反等で修正が必須(D) | 法的根拠を明示する。修正できなければ締結できない旨をはっきり書く |
(区分は注10による)
修正案は、理由と代替案をつけて初めて検討の対象になります。理由のない修正は、相手方の社内で誰も通せません。
本稿で扱わなかったこと
社内(事業部門)に向けた修正案と修正理由の書き方は、06章の別稿「修正案の作り方と修正理由の書き方」が扱います。交渉の経緯を記録に残すことの意味は別稿「交渉経緯を記録することの意味」、修正の優先順位づけそのものは06章の別稿「どこまで直すか」と、別稿「交渉の準備:譲歩可能性の事前設計」で扱います。契約締結に至らなかった場合の責任は04章の別稿「契約締結上の過失・交渉破棄の責任」が扱っています。
参考文献等
註
(注1)愛知県弁護士会研修センター運営委員会法律研究部契約審査チーム編『新民法対応 契約審査手続マニュアル』(新日本法規出版、2018)42頁
(注2)宮川統一「ライセンスを受ける立場での契約審査時の着眼点と契約交渉に際しての心構え」ビジネス法務2022年8月号30頁
(注3)前掲注2・31頁
(注4)前掲注1・41〜42頁
(注5)前掲注2・30頁
(注6)一色正彦=竹下洋史『法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー──交渉準備から契約終了後までのナレッジ〔改訂版〕』(第一法規、2020)55頁
(注7)前掲注2・30頁
(注8)前掲注2・31頁(One Point アドバイス)
(注9)前掲注2・31頁
(注10)前掲注1・41頁
あわせて読む




