一 いつ・誰が・何をするのか
契約書の作業は、相手方と文言を詰め終えたところで終わるわけではありません。印刷して押印し、製本して相手方に送り、戻ってきた原本をしまい、必要なら電子化する。この後半の作業は、多くの会社で法務と総務と事業部門の間に落ちています。
契約書を作る主な目的は、証拠書類を作ることです(注1)。原本を紛失したり、書き込みや汚損をしたりすると、訴訟で証拠として提出するときに困ります(注2)。本稿は、押印が済んだ契約書を、あとで証拠として使える状態のまま保つための手順を扱います。
二 手順
1 何通作るか
紙で締結するなら、当事者の数だけ原本を作り、各当事者が1通ずつ保管するのが通常です(注3)。印紙税を節約するなどの理由で、一方の当事者が写しだけを持つこともありますが、写しは原本より偽造や変造の可能性が高く、裁判で証拠として出したときに、偽造や変造であるとの主張を受けるリスクがあります。自社が保管する分は原本であることが望ましいといえます(注3)。
通数を後文にどう書くかは、別稿『後文の書き方:「本書2通を作成し」は何のために書くのか』が扱います。
2 製本する、しない
契約書が複数枚になるときは、頁の差替えや脱落を防ぐために、各頁の間に契印を押すか、袋とじにしたうえで押印します。最近は市販の製本テープで簡易に袋とじにすることも多くなっています(注1)。袋とじにした契約書なら、契印は袋とじ部分の表側か裏側のどちらか一方に押せば足ります(注4)。頁数の多い契約書は、全部の見開きに契印を押すより、製本してしまったほうが簡便です(注3)。
別紙を付け忘れないことも、この段階の確認事項です。本文で「別紙のとおり」と書いておきながら、肝心の別紙を添付し忘れることがあります。別紙も契約書の一部であり、しかも重要部分であることが多いので、製本の前に照合します(注1)。
押印の前には、相手方とやりとりしたデータの最終稿と、印刷した契約書が一致しているかを確かめます。相手方が誤って最終稿の1つ前の案を印刷して押印し、送ってくることがあります。先に相手方の押印があるからといって最終稿だと思い込んで押印すると、最終稿ではないものに双方が押印した契約書ができあがります(注5)。
3 原本を誰が保管するか
押印された原本は、鍵のかかるロッカーなどで大切に保管し、日常業務には写しを使います(注2)。基本契約と、それに基づく個別契約や変更の覚書は一連のものなので、原本もまとめて保管します(注2)。
手書きの部分(署名、日付、訂正印を押した手書きの修正など)があり、それが誰の記載か分かるなら、付箋などで明らかにしておきます。手書き部分を誰が書いたかが後で問題になることがあり、そのころには分からなくなっていることが多いからです(注2)。
4 スキャンして電子化する
日常業務に写しを使うなら、スキャンした電子データを写しとして共有するのが手間がかかりません。原本は鍵のかかる場所にしまったまま、検索や閲覧は電子データで済ませる、という分担にします。
5 原本と写しの扱い
契約書は作成した部数だけ印紙が必要で、複写しただけのコピーには必要ありません。その場合は、契約書の末尾に「甲が原本を保有し、乙はそのコピーを保有する」といった記載をします(注6)。原本を1通だけ作り、他方の当事者が写しを持つ運用をとる場合、その写しの作り方に注意が要ります。写し、副本、謄本などと表示された文書でも、契約当事者の双方または一方の署名・押印があるもの、正本と相違ないことの契約当事者の証明(正本との割印を含みます)があるものは、課税文書に当たります。ただし、写しを持っている当事者だけが署名・押印や証明をしたものは除かれます(注7)。
原本を持つ側が写しに押印や割印をしてしまうと、印紙税の上では原本がもう1通増えたのと同じ扱いになります。印紙税を理由に原本を1通にするのであれば、相手方に渡す写しはコピー機で複写しただけのものにとどめます。
本稿で扱うのは、原本と写しの作り方が印紙税の扱いに跳ね返る点であり、個別の文書が課税文書に当たるかどうかの判定ではありません。判定は、別稿「印紙税:課税文書の判定」が扱います。
三 つまずきやすいところ
1 原本が行方不明になる
担当者が自分の机に原本を置いたままにする、事業部門が持ち出して返さない、相手方から返送された原本が郵便物に紛れる。どれも珍しくありません。原本が見つからなければ、紛争のときに自社が出せるのは写しだけになり、二の1で見た偽造・変造の主張を受けるリスクを自社が負うことになります(注3)。
返送された原本を受け取った時点で、誰がどこに保管したかを記録し、持ち出すときは写しを使う運用にしておきます。
2 電子化したあと原本を廃棄してよいか
税法の上では、紙の書類を一定の装置で電磁的記録にした場合、財務省令で定めるところにより、その電磁的記録の保存をもって書類の保存に代えることができます(注8)。いわゆるスキャナ保存です。
もっとも、税法上の保存義務を電子データで果たせることと、紛争のときに契約書の原本がなくても困らないことは、別の問題です。押印のある契約書の成立の真正を争われたとき、印影が相手方の印章のものであることを示すのは原本があってこそです。写ししか残っていなければ、写しは偽造・変造のリスクを指摘されやすくなります(注3)。
スキャナ保存の要件を満たしていても、重要な契約書の紙の原本は廃棄しないのが安全です。
四 仕組みにする:保管ルールと台帳
個人の注意に頼らず、次の点を社内のルールにしておきます。
| 決めておくこと | 中身 |
|---|---|
| 原本の保管場所 | 鍵のかかる場所を1か所に決める。基本契約と個別契約・変更覚書はまとめる |
| 受け取ったときの記録 | 返送された原本の受領日、保管場所、保管した人を台帳に記録する |
| 写しの作り方 | 日常業務はスキャンデータを使う。印紙税の関係で写しを渡すときは押印・割印をしない |
| 押印前の照合 | 最終稿のデータと印刷した契約書を照合してから押印する |
| 廃棄の基準 | 電子化した後も原本を残す契約の範囲を決める |
更新時期や終了時期も、一定期間前に分かるように管理しておく必要があり、可能ならシステムで管理すべきです(注2)。契約書の台帳と期限の管理そのものは、別稿「契約台帳と期限管理」が扱います。
本稿で扱わなかったこと
契印・割印・訂正印の押し方は別稿「契印・割印・訂正印・捨印」、電子契約で受け取ったデータをどう保存するか(電子取引のデータ保存)は別稿「電子帳簿保存法と保存要件」が扱います。紛争に備えて、契約書以外に何を残しておくかは、別稿「締結の記録を残す:あとで証拠になるもの」で扱います。
税務上の取扱いは個別の事情によって異なります。実際の判断にあたっては税理士にご確認ください。
参考文献等
註
(注1)堀江泰夫『契約業務の実用知識〔第3版〕』(商事法務、2025)65〜66頁
(注2)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)33頁(Q18)
(注3)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)105〜107頁
(注4)前掲注1・68頁
(注5)前掲注2・32頁(Q17)
(注6)秦周平ほか編『契約書リーガルチェックのポイント──事例でみるトラブル条項例』(新日本法規出版、2020)第1章コラム「税務上の留意点」1(2)
(注7)国税庁「印紙税法基本通達」19条2項
(注8)電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律4条3項
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