一 実際の声から
契約法務の教科書は、条項の書き方を教えてくれます。ただ、実際に手が止まるのは、条項の中身が分からないときだけではありません。
2022年の実務誌に、25社の法務部門の担当者などが、契約書業務での悩みと解決の過程を書いた特集があります(注1)。本稿は、その記録に現れる悩みを類型に分け、この連載のどこを読めば手当てになるかを示します。
教科書に書かれていない部分に、実務の時間の多くが使われています。
二 悩みの類型
1 時間がない(件数が多い)
ある企業では、事業拡大の流れに伴い、契約書審査等の相談件数が4年前と比較して約2.5倍に増加しました(注1)。当時は契約書審査を主な業務とするチームも在籍者は数名で、いずれも弁護士資格を有しているか、あるいは前職が法律事務所勤務であるなど、中途入社の法務業務経験者のみだった、という状況です(注1)。
件数が増えても、審査の質は落とせません。時間の不足は、体制の問題として現れます。
2 判断がつかない(前例がない)
法務室に寄せられる相談は、新たな案件のようでも、実は過去に別のメンバーがすでに調査あるいは外部へ相談済みである場合もあります(注2)。
前例があるのに見えない、という状態です。判断がつかない原因が、知識の不足ではなく、過去の蓄積が探せないことにある場合があります。
3 通らない(事業部門・相手方が動かない)
契約審査の依頼を受けた時点ですでに返信の期日が迫っており、聞けば営業担当者がその契約書を長期間留めていた、ということは、多くの法務担当者が一度は経験するものかと思います(注3)。
相手方との関係でも、同じことが起きます。ある企業では、取引先からの修正要望に対して文言を詰める交渉を考えましたが、結局は「急がば回れ」であるという理解に立ち、自社原文の趣旨を丁寧に説明することから着手しました(注4)。
4 一人法務で相談相手がいない
営業担当者が契約書を留めていたという記録の書き手の会社は、法務担当者1名、営業担当者複数名のITベンチャー企業です(注5)。
1名の法務が回っているかどうかは、担当者の能力よりも、事業部門との関係と業務フローの設計で決まっている、というのが注5の報告から読み取れることです。
5 自分の判断が合っているか分からない
前例を探せない状態と裏表の悩みです。ある企業では、着任間もない社員でも契約書審査が可能になるよう、主要契約類型の重要条項に関する条項例集を作成しています。具体的な条項例はもちろん、修正の際に確認すべき点や許容範囲まで記してあるので、当該条項例集を参照しながら審査を行うことにより、安定した法務サービスが提供できます(注2)。
企業法務部員として最低限身につけるべき法的素養の習得を目標に、着任後3年間で習得すべきスキルを「知識軸」「経験軸」の2軸で分類しマップ化した取組みもあります(注2)。
三 つまずきやすいところ:契約書が見つからない
条項を作る話の手前で止まることもあります。
スタートアップ企業では、裁判になっていなくとも監査対応で提出を求められたり、取引先との契約条件を確認したいなどの理由で契約書の参照が必要な状況は日常的に生じますが、契約書管理がずさんだと、いくら探しても契約書が見つからない悲劇も起き得ます(注6)。担当者が自宅に持ち帰ってしまったのかもしれないし、オフィス移転の際に紛失したのかもしれない、そもそも契約書を締結していないのかもしれない、という疑念もわいてきます(注6)。
台帳を作れば解決するとも限りません。問題は、契約台帳を運用し続けることが難しい点です。人の入れ替わりに起因する場合もあるだろうし、契約台帳の作成の手間がかかることが理由かもしれませんが、いつの間にか運用されなくなる場合もあります(注6)。紙の契約書は郵送物を管理する総務部等が取り扱い、電子契約サービスは法務部が取り扱うなど担当部署が分かれることで適切に運用されなくなることもあり得ます(注7)。
四 仕組みにする
悩みの多くは、個人の努力では解けません。
| 悩み | 記録に現れた解決の方向 |
|---|---|
| 時間がない | 相談窓口の統一と、相談内容・回答のデータベース化(注1) |
| 判断がつかない | 過去の対応履歴を実例教材として誰でも学べる状態にする(注1) |
| 通らない(社内) | 業務フローを把握し、停滞するタイミングを特定して変える(注3) |
| 通らない(相手方) | 個別条項の前に、契約書全体の位置づけをすり合わせる(注4) |
| 一人法務 | 事業部門との関係づくりと、依頼フローの設計(注5) |
| 判断の自信がない | 条項例集とスキルマップ(注2) |
| 契約書が見つからない | 保管場所を特定し、参照できる状態にする(注7) |
この連載も、同じ方向で使えます。
| 悩み | この連載で読むところ |
|---|---|
| 時間がない | 06章(レビューの手順) |
| 判断がつかない | 10章(条項別の解説)と、条項ごとの「書かなければどうなるか」 |
| 通らない | 07章(交渉)、06章(事業部門への説明) |
| 一人法務 | 31章(法務部門の業務設計) |
| 契約書が見つからない | 22章(締結後の管理) |
本稿で扱わなかったこと
依頼の受け付け方は別稿「依頼を受け付ける:何を出してもらうか」、レビューの手順は別稿「レビューの手順を型にする」、AI契約審査サービスとの付き合い方は別稿「AI契約審査サービスとの付き合い方:書いてあることと、起きうること」が扱います。契約書の管理と台帳の作り方は22章、法務部門の体制づくりは31章です。
参考文献等
註
(注1)田中愛「ナレッジマネジメントの仕組みを用いた契約法務人材の育成」ビジネス法務2022年8月号60頁
(注2)前掲注1・61頁
(注3)飯田裕子「他部署と作り上げる『信頼される法務』への意識」ビジネス法務2022年8月号62〜63頁
(注4)江口辰彬「『取引基本契約書』に修正要望があった場合の検討と対応」ビジネス法務2022年8月号23頁
(注5)前掲注3・62頁
(注6)草原敦夫「一元管理で効率化 スタートアップにおける契約書管理」ビジネス法務2022年8月号68〜69頁
(注7)前掲注6・69頁
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