一 どういう場面か:「〜するものとする」の主語が分からない
条文を1つ読み終えて、「で、誰が、いつ、何をするのか」と聞かれたときに、すぐ答えられないことがあります。言葉は難しくないのに、文の組み立てがつかめていない状態です。
修正でも新しい条項の追加でも、当事者が意図した意味内容以外の意味で解釈されるおそれのない条項にすることが重要です。同種の契約書の条項を参考にするのはよいのですが、「それっぽい」文言を並べて満足してはいけません(注1)。条項を文字どおりに読んで、実際に適用される場面を具体的に想定し、不都合や問題点がないかを頭の中で何度も検証する必要があります(注1)。
契約書を読むというのは、条文ごとに「誰が」「いつ」「何を」を取り出す作業です。
二 何を見るか:3つを分解する
条項を書くときに5W1Hを意識すると、記載すべき事項に漏れが生じにくくなります。Who(誰が・誰に:主体)、When(いつ・いつまでに:期日、期限)、Where(どこで:場所)、Why(なぜ:目的、条件)、What(何を:対象)、How(どのように:方法)の6つです(注1)。読むときも、この物差しがそのまま使えます。
例えば、「甲は乙に対し、●年●月●日までに、前項に定める売買代金を、下記の銀行口座に振り込む方法によって支払う」という条項を分解すると、誰が(甲は乙に対し)、いつまでに(●年●月●日までに)、何を(売買代金を)、どのように(振り込む方法によって)がそろい、どこでと、なぜ(条件)が書かれていないことが分かります(注1)。振込の条項なら場所は要りませんが、商品の引渡しの条項なら引渡場所の定めを漏らしている可能性があり、引渡しを先にさせたい意向があるなら「第●条に定める本商品の引渡しがされたことを条件として、」という文言を足す必要があります(注2)。
1 誰が(主語)
当事者が2人なら「甲は」「乙は」で足りますが、3人以上になると主語がぼやけます。複数当事者間の契約では、誰が誰に対してどのような権利を有しているのかが一義的に明らかでないことがあります。同じ立場の当事者が複数いる場合に債務が連帯債務になるかどうかは解釈が分かれるので、連帯しないなら「非連帯」と明記する必要があります(注3)。
2 いつ(条件節・期限)
「〜した場合には」「〜したときは」は、義務が生まれる条件です。「〜までに」は、生まれた義務の期限です。条件が満たされなければ義務はまだなく、期限が来るまでは違反もありません。
3 何を(動詞と目的語)
動詞が「支払う」「通知する」なのか、「協議する」「努める」なのかで、義務の中身が変わります。目的語が定義語なら、定義の中身まで読みます。
三 直し方
1 主語のない文を見つけて補う
「成果物は、検収の完了をもって引き渡されたものとする」という文には主語がありません。誰が検収するのか、誰が完了を判断するのかが書かれていないと、検収が終わらないまま時間だけが過ぎたときに、どちらが何をすべきかが決まりません。主語のない文を見つけたら、「甲は、……検収を行い、その結果を乙に通知する」のように主語と動作を補います。
2 条件節を切り出す
長い文は、「〜の場合には」までの条件と、その後の効果に切り分けて読みます。
直すときも、条件節が道具になります。自社に不利な条項の適用場面や適用範囲を限定する修正は、契約書レビューで最もよく行われる修正の1つです(注4)。例えば、「乙は、乙の責めに帰すべき事由によって、……紛争が発生した場合には」と、乙に帰責事由がある場面に限定する書き方です(注4)。
3 義務と権利を見分ける
文末の言葉で、その文が義務なのか権利なのかが分かれます。法令では、作為義務を表すには普通「しなければならない」を使い、これを緩和する表現として「するものとする」が使われることがあります。法令の「するものとする」には、合理的な理由があれば従わないことも許されるという解釈の余地が生じます(注5)。契約書の文末にも、同じ読み方が持ち込まれるおそれがあります。「することができる」は、能力や権限などがあることを示す言葉です(注6)。
四 相手方への説明のしかた
主語を入れ替える修正は、理由とセットで出します。権利・義務や責任の主体が自社に不利になっている場合に主体を変更する修正を行うことが考えられますが、合理的な説明ができないと、相手方に受け入れてもらうのは難しいところです(注4)。例えば、「本製品は、貴社の仕様書に基づいて製作するものですので、第三者の知的財産権侵害に伴う損害については、貴社のほうで賠償責任を負っていただくようお願いいたします」というコメントを添えます(注4)。
「誰が」を変える理由は、「なぜその人がやるべきか」という取引の事情で説明します。
五 どこまで直すか
分解してみて「誰が」「いつ」「何を」のどれかが空いている条文は、原則として直す対象になります。
交渉が難航しそうな事項について、「別途協議するものとする」という具体的な処理方法を定めない条項にできないかと事業部門から相談されることがあります。しかし、実際に問題が起きてから解決するのは、問題が起きる前に処理方法を合意しておくよりはるかに難しい場合が多いので、処理方法を具体的に定めておくことが望ましいところです(注7)。条項が実際の運用でワークしなければ、手当てした意味がありません(注7)。
本稿で扱わなかったこと
相互条項に見える条文の主語を自社の立場から読み直す方法は、別稿「自社の立場で読み替える」で扱いました。「するものとする」「努めるものとする」の強さの違いは別稿「『ものとする』『するものとする』『努めるものとする』の差:義務の強さを決めているか」、条件を複数組み合わせるときの接続の語は別稿「『及び』『並びに』『又は』『若しくは』:どちらとも読める箇所を見つける」で扱います。当事者が3人以上の契約の書き方は、別稿「当事者の表示と、複数当事者間の契約:『甲は乙に対し』で足りなくなるとき」が扱っています。
参考文献等
註
(注1)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)52〜53頁
(注2)前掲注1・53〜54頁
(注3)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)118〜119頁
(注4)前掲注1・56頁
(注5)吉田利宏『新法令用語の常識〔第2版〕』(日本評論社、2022)49〜50頁
(注6)前掲注5・53頁
(注7)前掲注1・33頁
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