クロスボーダー交渉と契約書の英文化

07 契約交渉

【応用実務】最終確認:2026年10月25日

一 どういう場面か:相手方が外国法人

海外の企業と取引を始めることになり、英文の契約書を作ることになりました。自社の日本語のひな型があるので、これを訳せば足りるように見えます。

しかし、日本語の契約書を英文契約書にする場合、単に日本語を英語にすればよいという単純な話ではありません(注1)。

理由は、次のとおりです。日本語の契約書の場合は、両当事者が日本法に関する理解があるうえに共通の商慣習をベースに契約交渉ができ、日本法の解釈に委ねることで契約書の記載の一部を簡略化することもあります。他方、クロスボーダー取引の英文契約となると、お互いの国の法律および商慣習をよく理解しないまま契約を取り交わすこともあるため、各条項の詳細な定義や明確化が重要になります(注1)。


二 何を見るか

1 言語の問題、法制度の問題、商慣習の問題は別

3つは混ざりやすいのですが、対処が違います。

何の問題か現れ方対処
言語訳語が見つからない、訳したが意味が通らない定義規定を置く、説明を添える
法制度同じ文言でも効果が違う、現地法が優先する準拠法を決め、現地法の強行規定を調べる
商慣習相手方がその条項を見たことがないなぜこの条項が要るのかを説明する

交渉は問題解決のプロセスであり、契約交渉も同じですから、交渉の基本となるロジックは国内交渉でも国際交渉でも変わりません。異なるのはインターフェースです(注2)。言語や法制度の違いは、交渉の中身の手前にある入口の問題と見ることができます。

2 どちらの言語で交渉するか

国際交渉では、どの言語を選択して交渉するのがよいかを迷うことも多くなります。外国語としての英語を選択することも多いのですが、双方が母国語でない場合、言葉の問題で誤解が生じ、交渉が難局に陥ることもあります(注3)。

交渉の段階と契約書を作る段階は分けて考えます。契約書の作成段階では英語が選ばれることが最も多く、リーガルイングリッシュを理解した弁護士にドラフトを依頼すれば文章上の表現の問題は解決できます。これに対し、最終文書に至るまでの交渉では、外国語で交渉するかどうか、相手が英語を話している場合も母国語か外国語かを確かめたうえで、相手の発言内容をより正確に認識することが重要です(注4)。

3 通訳・翻訳を入れるか

通訳を入れれば安全とも限りません。通訳を介した交渉では、非言語のメッセージを有効に送受信するのが難しく、背景の共有ができないまま言葉だけの交渉になるリスクがあります(注3)。

実務上は、重要な条件の確認は通訳を入れ、雑談や背景の聞き取りは直接行う、という使い分けになります。


三 直し方

1 用語の対応表を作る

略語や、業界によって同じ用語でも意味が異なるものは、確認しないと危ないところです(注5)。場合によっては、用語集のようなものを相手方との間であらかじめ用意して、意味を共有するのも一つの手です(注5)。

契約書の中では、これは定義規定として実現します。

2 日本語の概念に対応する英語がない

法務担当者は、契約書上の日本法に基づく用語を英文化する際には、海外に同一の概念・用語がない可能性を意識すべきです。例は2つあります(注6)。

1つは反社会的勢力の排除条項です。日本語の契約書には反社会的勢力(Anti-social forces)の排除条項が入っているのが一般的といえるが、海外でこのような条項を入れるのが一般的とはいえない。何が反社会的勢力に該当するかは海外の企業にとって不明であることが多いので、契約書内で十分な定義をするとともに、契約書外で日本法(都道府県の条例)の要求であることを説明する必要があるかもしれない、というものです(注6)。

もう1つは請負と準委任です。業務委託契約書では、「請負」や「準委任」は直訳せず、両方とも “Professional Service” と訳すことが多いところです。「請負」を和英辞典で調べると “contract”、「準委任」は一般的な和英辞典には掲載されていないので「準」と「委任」をそれぞれ調べて “quasi-mandate” などとしても、それらの記載だけでは正しく意味が伝わりません(注7)。

そこで、訳語をあてるのをやめて、中身で書き分けます。請負にしたければ、成果物(Deliverables)の納品(Delivery)、検収(Acceptance)、契約不適合責任(Defect Liability)の詳細を定めることにより、民法の請負と同等の契約を表現します。準委任の場合はそれらを定めず、受託者の側からは、業務期間満了までに委託者の異議がなければ債務の履行は完了となり、完了後はいかなる責任も負わないことを明記します(注7)。この免責がどこまで有効かは、準拠法と責任の範囲ごとに確認が要ります。

準委任を “Time & Material” と呼ぶビジネス担当者は多いのですが、”Time & Material” は支払条件(実際の工数×単価で委託料を算定)の1つを指すにすぎません。コンサルティングのように、固定報酬(Fixed Fee)や成果報酬(Value Based Fee)の準委任契約も日常的にある業種では、誤解が生じやすいところです(注7)。

3 同じ文言でも、適用される法律が違えば効果が違う

適用される法律が異なれば、同じ文言でも法的な効果や解釈が変わり得る点にも留意が必要です。例は3つあります(注8)。

  • インドネシア企業との契約は、インドネシア語での契約書作成義務に係る法令の適用を受け、英文契約書のみでは無効となる場合もある
  • 欧州企業と合意した代理店契約書に従って解約したにもかかわらず、十分な事前通知期間がなかった等の理由で、欧州国の現地法(代理店保護法)に従って解約者の補償責任を裁判所が認めるリスクもある
  • 英米法圏のM&A契約で一般的に用いられる表明保証(Representations and Warranties)条項が日本に輸入された当時は、違反した場合の日本法上の効果について不明確であり問題となったこともあった

4 準拠法と紛争解決を必ず決める

日本語の契約書では準拠法を規定することはあまりありませんが、海外の当事者が存在するクロスボーダー取引の英文契約では、契約がどの国の法律に従って解釈されるかが争点になる可能性があるため、準拠法の規定は必須です(注9)。

あわせて、物品売買取引が含まれる場合はウィーン売買条約(CISG)の適用を除外することを明記するのが、一般的な実務です。準拠法とセットで紛争解決手段を考えるため、強制執行の観点等から、合意管轄裁判所ではなく仲裁合意の規定とすべきかの検討も必要になります(注9)。


四 相手方への説明のしかた

日本法に固有の条項を残すときは、条項の中の定義と、条項の外の説明を分けます(注6)。

  • 「この条項は、日本の暴力団排除条例が契約に盛り込むよう事業者に求めている特約です。定義は第○条に置きました」
  • 「この契約は日本法に準拠します。物品の売買が含まれるので、ウィーン売買条約の適用は除外しています」

相手方の担当者を類型で決めつけないことも大切です。相手の民族や人種により一定の特徴はあっても、○○人は××タイプだという固定観念を持つのは危険です。固定観念や偏見がバイアスになって相手の背景を引き出せなくなったり、誤解の多いコミュニケーションになったりします(注10)。


五 どこまで直すか

取引の性質どこまで踏むか
海外向けの単発の売買・スポット取引準拠法・紛争解決・CISGの除外を決める。ひな型の訳で足りる部分は訳で足りる
継続的な供給・業務委託請負と準委任の別を、訳語をあてず条項の中身で表現する。検収と責任の範囲を書き切る
現地法の規制がある取引(代理店・販売店・雇用類似)現地法の強行規定を先に調べる。契約書だけで完結しない前提で設計する
日本法に固有の条項を入れる取引契約書内で定義し、契約書外で理由を説明する

英文化の作業は、翻訳ではなく設計です。日本語の契約書が日本法と日本の商慣習に預けていた部分が、英文にするとすべて表に出てきます。

本稿で扱わなかったこと

英文契約の条項そのもの(準拠法条項、仲裁条項、表明保証条項の書き方)は28章が扱います。言語優先条項は10章の別稿「言語優先条項」、曖昧な日本語表現を残すか消すかの判断は05章の別稿「曖昧さを残す技術・消す技術」が扱っています。交渉の準備と譲歩の設計は別稿「交渉の準備:譲歩可能性の事前設計」で扱いました。


参考文献等

註

(注1)佐藤弘太郎「クロスボーダー取引をめぐる契約書の英文化」ビジネス法務2022年8月号49頁
(注2)一色正彦=竹下洋史『法務・知財パーソンのための契約交渉のセオリー──交渉準備から契約終了後までのナレッジ〔改訂版〕』(第一法規、2020)224頁
(注3)前掲注2・221頁
(注4)前掲注2・223頁
(注5)原秋彦=松木和道=中川裕一〔鼎談〕「若手実務家のための国際契約交渉の心得(3)」NBL1093号63〜64頁(2017年)
(注6)前掲注1・48頁
(注7)前掲注1・48〜49頁
(注8)前掲注1・48頁
(注9)前掲注1・49頁
(注10)前掲注2・223頁


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