一 どういう場面か:どちらのひな型で進めるか
新しい取引が決まると、最初に「契約書はどちらが出すか」が問題になります。自社が案を出すか、相手方の案を待つかで、その後の交渉の手間と結果が変わります。
契約書の案は、自社で作るほうがよいといえます(注1)(注2)。自社で作成すれば、自社に有利な工夫を凝らすことができ、相手方から提供を受けた原案にある「落とし穴」を全て見抜けなかった場合に自社が不利になるリスクも回避できます(注1)。
二 何を見るか
1 書式を出せる側が有利
相手方の案で交渉する場合、メリットは自社で契約書案を作成する手間が省けることくらいで、それ以外のメリットは考えづらいところです(注2)。デメリットは大きく2つあります。1つは、相手方はたいてい自己に有利な案を作成するため、不利な条件を削除し、対等な条件に押し返し、必要な条項を追加するよう交渉しなければならず、大変な手間と労力を要することです。もう1つは、相手方に有利な条項が気付きにくい形で挿入されていて、見落とすリスクがあることです(注2)。
自社のひな型で交渉する場合は、自社に不利となる条項が入っていないはずなので、安心して契約交渉に臨めるのが大きなメリットです(注2)。
書式を出す側が有利だという点は、日本と欧米で現れ方が違います。欧米の大企業は、申込者として自社の書式を提案し、相手方に自社書式を受諾するか取引を断念するかの選択を迫ろうとします(注3)。これに対して日本では、一方当事者が変更不可と宣言して提示した書式であっても、相手方が諾否を明確にしない限り、書式について合意があったと認めてもらえるかについて十分な確信を持てません(注3)。そのため、日本の大企業は、欧米の大企業と比べると一方的な交渉禁止ポリシーの導入に慎重になり、相対的にみれば、定型的な契約類型であっても、当事者がお互いに契約書ドラフトを加筆修正しながら仕上げていく実務慣行が形成されやすいと考えられます(注4)。
日本の実務では、書式を出した側の案がそのまま通るとは限りません。それでも、加筆修正の出発点を決めるのは書式を出した側です。
2 自社ひな型を出せる関係か
大手の取引先が自社の統一書式を持っている場合、その書式の修正に応じないことがよくあります。大企業は、原材料の購入や工事発注に用いる全社統一書式(取引基本契約書、購買基本約款など)を用意していることが多く、これもひな型の一種にすぎないのに、契約条項の変更に応じることが少ないのが実情です(注5)。買主は数十社、場合によっては数百・数千社の仕入れ先と取引があり、どの仕入れ先とも自社の統一フォーマットで契約を締結したいという強い思いがあるからです(注5)。
逆に、相手方が大企業で、自社から案を出すことが失礼に当たらないかが気になる場面もあります。そのような懸念があるときは、「お手間をお掛けせぬように弊社で契約書のたたき台を作成致しました。」といった文言を付して提示すれば、問題になることはまずありません(注6)。
自社ひな型を出せるかは、取引の力関係だけで決まるものではありません。相手方が統一書式を持っているか、今回の取引がその書式の想定に収まるかでも決まります。
3 相手方ひな型を直す場合の作業量
相手方の書式で進めることになった場合、書式そのものを直すより、別の文書で手当てするほうが早いことがあります。取引基本契約書の文言を修正することは難しくても、取引基本契約書はそのまま締結し、同時に別途「取引基本契約書の変更覚書」を締結する方法があります(注7)。各事業部・部門には、個々の取引条件を変更する裁量が与えられているのが一般的だからです(注7)。覚書は、基本契約書の締結と同時に結ぶのがポイントです。締結後に交渉すると、思わぬ事情変更や担当者の異動で交渉が難航することもあり得ます(注7)。
変更覚書にも応じない相手方については、リスクと感じる条項について相手方の考え方(解釈)を引き出し、そのやりとりを保存しておく方法もあります(注8)。ただし、完全合意条項がある場合は、そのやりとりの効力に注意が要ります(注8)。
三 直し方:「うちのひな型で」と言うための準備
自社ひな型で進めたくても、ひな型がなければ出せません。準備として、次の3つを整えておきます。
| 準備 | 内容 |
|---|---|
| 類型ごとのひな型 | 頻度の高い取引から順に、自社の立場(売主か買主か、委託者か受託者か)ごとに用意する |
| 条項ごとの譲歩ライン | 相手方から修正を求められたとき、どこまでなら応じるかを条項ごとに決めておく |
| ひな型の趣旨の説明 | なぜその書き方にしているかを、相手方に説明できる形でまとめておく |
ひな型の趣旨を説明できることが交渉を進めた例があります。部品調達の取引基本契約書のひな型を運用しているメーカーの法務担当者は、取引先から製造物責任条項に免責事由を加える修正要望を受けたとき、文言の検討に入る前に、自社原文の趣旨を丁寧に説明することから着手しました(注9)。このひな型は、さまざまな部品の調達に対応できるよう、部品特有の性質に応じた条文を置かずに一般通則的に定めていたからです(注9)。免責事由を条文に書いても、それを裏づける事実の主張立証が必要なので、修正要望どおりに直しても責任問題がただちに決着するわけではないこと、取引先が求めたいことは個々の取引の交渉過程で明らかにして納品仕様書などに記載すれば取引条件の一部にできることを説明し、大局観を共有できたことで、その後の交渉を加速できました(注9)。
四 相手方への説明のしかた
自社ひな型を出すときの提示方法にも工夫の余地があります。案文をあまり変更されたくないなら、変更に手間のかかる形式で提示することが考えられます。Fax、それがやり過ぎならPDFでの送信です(注10)。相手方からデータでの提供を求められればデータを提供することになりますが、そうした要請が来ないことも少なくありません(注10)。
相手方ひな型を直して返すときは、修正の一つ一つに理由を付けます。二の3で見たように、書式を直せない相手方でも、覚書や解釈の確認という別の道が残っていることがあります(注7)(注8)。
五 どこまで直すか
相手方のひな型を直す範囲は、自社にとって重要な条項に絞るのが基本です。先方の案で交渉するときは、不利な条件の削除、対等な条件への押し返し、必要な条項の追加という3つの作業が必要になります(注2)。この3つを全部の条項でやると、交渉が終わりません。
自社のひな型を出す場合も、ひな型を守ること自体が目的ではありません。上のメーカーの担当者は、修正要望を受け入れることがどれほど紛争解決に資するか、修正要望の趣旨を汲んだ別の解決策はないかを併せて検討することの重要性を再認識した、としています(注9)。
書式を出す側が交渉の出発点を決められます。これは力関係の問題であると同時に、準備の問題です。自社ひな型が整っていなければ、出したくても出せません。
本稿で扱わなかったこと
ひな型を選ぶときに、そのひな型が前提にしている取引像をどう読むかは、別稿「ひな型の選び方と、ひな型が前提にしている取引像」が扱います。自社ひな型の作り方と改訂サイクルは31章で扱います。書式の戦いが契約の成立にどう影響するかは、04章の別稿「書式の戦い:発注書と注文請書、約款の応酬」が扱います。
参考文献等
註
(注1)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)24頁(Q2)
(注2)堀江泰夫『契約業務の実用知識〔第3版〕』(商事法務、2025)98〜99頁
(注3)小林一郎『日本の契約実務と契約法──日本的契約慣行の研究』(商事法務、2024)41〜42頁
(注4)前掲注3・55頁
(注5)前掲注2・99〜100頁
(注6)前掲注1・27頁(Q5)
(注7)前掲注2・100頁
(注8)前掲注2・100〜101頁
(注9)江口辰彬「『取引基本契約書』に修正要望があった場合の検討と対応」ビジネス法務2022年8月号22〜23頁
(注10)前掲注1・26頁(Q5)
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