一 問題の所在:譲渡できないから、行使しないと約束させる
成果物の著作権を委託者に移転する条項を入れました。27条・28条も特掲しました。これで自由に改変できるか。
できません。著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができないからです(著作権法59条)(注1)。公表権(18条)、氏名表示権(19条)、同一性保持権(20条)の3つは、著作者(職務著作が成立しなければ創作した個人)に残ります(注2)。
そこで実務は、譲渡できないなら行使しないと約束させる、という形をとります。
乙は甲または甲の指定する者による成果物の一切の利用に関し、著作者人格権を行使しない。(注3)
この一文が、どこまで効くのか。それがこの記事の主題です。結論から言えば、書いてあっても効かないことがあり、書いていなくても効くことがあります。
二 制度の枠組み
1 一身専属だから、帰属の対象にできない
知的財産権の帰属を定める条項を合意しても、一身専属的な権利である人格権は譲渡の対象とすることができません(注4)。広義の著作権のうち公表権・氏名表示権・同一性保持権は、帰属の対象にできないことになります(注4)。
この点は動きません。「著作者人格権も甲に帰属する」と書いた条項があれば、それは効力を持ちません。だから「行使しない」という形にする必要があります。
2 3つの権利は、性質が違う
不行使特約を考えるときは、3つをひとまとめにしないほうが正確です。
| 権利 | 内容 | 実務で問題になる場面 |
|---|---|---|
| 公表権(18条) | まだ公表されていない著作物を公衆に提供・提示する権利 | 未公表の成果物を委託者が公開するとき |
| 氏名表示権(19条) | 著作者名を表示するか、しないかを決める権利 | クレジットを載せる/載せないとき |
| 同一性保持権(20条) | 意に反する変更・切除その他の改変を受けない権利 | 成果物を改変するとき |
公表権については、法律が先回りしています。著作者は、まだ公表されていない著作物の著作権を譲渡した場合には、当該著作物をその著作権の行使により公衆に提供し、または提示することについて同意したものと推定されます(著作権法18条2項1号)(注5)。成果物の著作権を移転する条項を置いていれば、公表権についてはこの推定が働くことになります。もっとも推定にとどまるので、公表を望まない事情があるときは、その旨を明示しておくことになります。
システム開発で主に効くのは同一性保持権です。もっとも、20条2項は適用除外を定めており、そのうち3号は、特定の電子計算機においては実行し得ないプログラムの著作物をその電子計算機において実行し得るようにするため、またはプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に実行し得るようにするために必要な改変を除外しています(注6)。プログラムについては、法律の側でかなりの部分が解決されています(注7)。
3 不行使特約の有効性は、どう議論されているか
不行使特約が有効かどうかについては、議論があります。到達点は次のとおりです。
現在では著作者人格権の放棄や不行使契約はあらゆる場合に全て無効であるとする見解はなく、問題はどのような場合に放棄や不行使契約が認められるか、あるいはその効果はどのようなものかということになる。この著作者人格権の放棄や不行使契約を如何に考えるかという問題は、著作者人格権の性質をどのように考えるのかという基本的な論点に掛かっている。(注8)
全面的に無効とする見解はない。争点は、どの範囲で認められるかに移っています。
その理由づけとして、次の指摘があります。
人格権の中には、生命・身体に関するもののように放棄を認めることが許されないものも存在するが、著作者人格権に関しては、少なくとも名誉・声望を害するおそれのないものについては、放棄あるいは不行使の契約を一切認めないということは、ある意味では自己決定権を否定することにもなりかねない。(注9)
「名誉・声望を害するおそれのないもの」という線が引かれています。
三 解釈:どこまで不行使を約束させられるか
1 著作物の種類によって、効力の認められ方が違う
これが、この論点でいちばん実務的な指摘です。
注意しなければならないのは、著作者人格権の占める意味が、著作物によっても異なるし、また時代状況によっても異なるし、また著作者人格権の内容(公表権、氏名表示権、同一性保持権)によっても異なってくるという点である。一般論で言えば、プログラムのように人格の露出の程度が低い著作物については著作者人格権を弱く解し(20条2項3号でかなりの部分は立法で解決されている)、あるいは著作者人格権を制限する事前の契約の効力をより強く認める必要があろう。それに対し純粋な絵画・小説等の場合はその反対の傾向ということになろう。(注10)
同じ文言の不行使特約でも、対象がプログラムか、絵画・小説かで、通り方が違います。システム開発の契約書にある不行使特約は比較的通りやすく、絵画や小説に近い創作性の高いイラスト・文章の制作委託では通りにくくなり得る、ということになります。
2 書いてあっても効かないことがある
不行使特約が契約書にあったのに、裁判所が不行使の合意を認めなかった事例があります。
特許事務所の職員が、事務所名義で出版される知的財産権の入門書に原稿を執筆しました。事務所側との覚書の条項は、判決の言葉でまとめると次のような内容でした。
本件原稿について、原告は、被告又は被告から著作権を承継した者又は被告から当該著作物を利用する権利を取得した者に対して著作者人格権を行使しない(注11)
書籍には、この職員以外の執筆担当者の氏名は表示されましたが、この職員の氏名だけが表示されませんでした。裁判所の判断です。
従来、被告により「創英知的財産研究所」名義で出版された知的財産権に関する出版物には、被告主宰の本件特許事務所の構成員を含めて、分担執筆担当者の氏名が表示されていたものであり、このような事情があったことから、本件覚書についても、原告は、自己の氏名が本件書籍に表示されることを前提として署名、捺印したものであるから、本件覚書に上記条項(4条)が存在することを理由として、原告が本件原稿について氏名表示権の不行使を約したと認めることはできない(また、……本件覚書4条により原告がこのような差別的な取扱いをも容認していたと認めることは、到底できない。)。(注11)
条項の文言は「著作者人格権を行使しない」と包括的でした。それでも、それまでの慣行から、氏名が表示されることを前提に署名したと認定され、氏名表示権については不行使の合意がなかったとされています。慰謝料20万円と弁護士費用5万円が認められました(注11)。
なお、同じ事件で同一性保持権の主張は認められていません。校正の内容が、法律名の略称や仮名遣いの統一、不正確ないし不適切な表現の手直しにとどまることなどから、やむを得ない改変(著作権法20条2項4号)にあたるとされました(注11)。
3 書いていなくても効くことがある
逆の事例もあります。不行使特約について、明示の契約に留まらず、利用形態の実態や慣行等の諸般の事情から黙示の契約の場合もあり得ます(注12)。
著作権トラブルの実務書は、同一性保持権について、改変が侵害にならない場合を次のように整理しています(注13)。
| 区分 | あてはまる場合 |
|---|---|
| 条文で認められている場合(20条2項1号ないし4号) | ① 教科用図書への掲載等に伴う用字・用語の変更、拡大教科書の作成 ② 建築物の増築・改築・修繕・模様替え ③ プログラムのコンバージョン、デバッグ、バージョンアップ ④ その他著作物の性質ならびにその利用の目的および態様に照らしやむを得ないと認められる改変 |
| それ以外の場合 | ① 同意していたと評価し得る場合 ② 利用ないし二次利用について包括的許諾を受けていた場合 ③ 黙示の承諾、同意若しくは許諾がある場合 ④ 包括的に承諾していた場合 ⑤ 著作者人格権侵害の請求が権利の濫用にあたる場合 ⑥ 著作者人格権に基づく権利行使が信義則に照らして許されない場合 |
条項が書かれていないのに改変が通るのは、下段です。この実務書は③の例として5件を挙げており、そのうちの1件が次に見る事件です(注13)。
俳句の学習雑誌に投稿された句が、選者に添削されたうえで入選句として掲載された事案があります。第一審は、慣行に従った添削で実質的な違法性がないとしたうえで、黙示の承諾も認めました。
俳句を学習する者として、前記のような俳句の添削指導の慣行や実情を容易に知りうる立場にあった原告としては、ことさら添削を拒絶する意思を明示することなく、被告乙山を選者と指定して、本件各俳句を投稿したことにより、原告は、被告乙山による本件各俳句の添削及び被告会社による添削後の俳句の本件雑誌への掲載について、少なくとも黙示的に承諾を与えていたものと推認するのが相当である。(注14)
控訴審は、構成を変えています。黙示の承諾ではなく、事実たる慣習(民法92条)で処理しました。
著作権の同一性保持権を規定する著作権法二〇条は、民法九二条にいう「公ノ秩序ニ関セサル規定」、すなわち任意規定であると解される。さらに、本件において控訴人が本件各俳句を投稿するに当たり、添削をした上で採用されることを拒む旨の意思を表明したとの事情はうかがわれないから、民法九二条にいう「当事者カ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキ」に当たると認められる。(注15)
同一性保持権を定める20条が任意規定であると、正面から述べています。
さらに、慣習の存否についてこう述べています。
添削及び掲載についての事実たる慣習が存在したか否かは、控訴人がそのような事実たる慣習を現実に知っていたか否かとはかかわりのない客観的事実の問題である。そして、事実たる慣習が認められる場合には、当事者間において特にこれを排斥しあるいはこれに従わない旨の意思が表明されていない限り、慣習によるとの意思があったものとして法的に取り扱われることがあり得るのである(民法九二条)。(注15)
「知らなかった」という主張は通りません。もっとも、慣習を排斥する意思を表明していれば結論は変わり得るという留保が付いています。
同じ③にあたる事件が、もう1件あります。市と村の観光宣伝用パンフレット・ポスターに使う北アルプスの鳥瞰図の原画をめぐる事案です。原画を分割して使ったこと、原画にない鉄道等の表示を印刷段階で付け加えたこと、そして著作者名を表示せず「制作構成大町市・白馬村・小谷村」と表示したことが、同一性保持権と氏名表示権の侵害にあたるかが争われました(注16)。
本件契約締結に際し、原告は、本件原画一の分割使用、本件原画一を使用したパンフレットやポスターに原告の氏名を表示しないこと、本件原画一に鉄道等の表示を付加することにつき、少なくとも黙示的に承諾していたものと認めるのが相当である(注16)
決め手になったのは、契約締結時に従前のパンフレット(鉄道・道路等が印刷段階で付け加えられていたもの)を示して同種のものを作るよう依頼していたこと、原告が構成を担当したパンフレットにも同じ表示があったのに異議を述べていなかったこと、見積書に「部分的使用料は別に定めるものとする」とあって部分的な使用を是認していたこと、そしてそれまでのパンフレットやポスターに著作者としての氏名表示がなく、その状態を原告が事実上黙認していたことでした(注16)。控訴審・上告審とも、この判断は維持されています(注16)。
4 3つの事例から言えること
条項の文言よりも、当事者が置かれた状況が効いています。氏名表示権について、逆の結論が出た2件を並べます。
| 事件 | 不行使特約 | それまでの扱い | 氏名表示権 |
|---|---|---|---|
| 創英事件(三の2) | あった | 分担執筆者の氏名を表示してきた | 不行使の合意を認めず |
| 白馬村イラスト事件(三の3) | なかった | 著作者名を表示しない状態を黙認してきた | 黙示の承諾を認めた |
特約の有無と結論が、逆になっています。分けたのは条項ではありません。それまでの扱いのほうです。俳句添削事件で効いたのも、添削は当然という業界の慣行です。
契約書の一文だけで安心できない理由が、ここにあります。
四 契約実務への還元
1 不行使特約の書き方
条項例は、次の形です。
2 乙は甲または甲の指定する者による成果物の一切の利用に関し、著作者人格権を行使しない。(注3)
著作物の譲渡・利用許諾の文脈では、三の1で見た著作権トラブルの実務書に、より丁寧な文例があります。
1 甲は、乙に対し、甲の名誉声望を害さないかぎり、本著作物の改変について著作者人格権を行使しないことをあらかじめ承諾する。 2 前項の承諾は、反対の意思表示がないかぎり、乙からさらに許諾を得た者、乙の権利承継人にも及ぶものとする。(注17)
2項が第三者効です。譲受人が将来第三者に利用許諾したり著作権を譲渡したりする可能性もあるので、当初の譲受人以降の第三者に対しても不行使特約の効果を及ぼすことが必要になります。その有効性についての判例はありませんが、契約自由の原則からいって、否定する理由はありません(注18)。
氏名表示についても、この実務書は明示的に触れています。
著作者人格権の不行使は、改変のみならず氏名表示の省略についても特約しておくべきである。なぜなら、19条3項では氏名表示を省略できる場合が規定されているものの、これらに該当するか否かで争いになることもあり得るからである。(注19)
三の2の創英事件は、まさにここで割れた事案でした。
翻案との関係は、次のとおりです。翻案物は二次的著作物なので、翻案の許諾を得ていれば同一性保持権の不行使も合意していることになりますが、その場合でも念のため不行使特約と第三者効を約定しておくべきです(注20)。
三を踏まえると、条項に置くべきものは4つです。
| 要素 | 書くこと | 理由 |
|---|---|---|
| ① 行使しない相手 | 委託者だけでなく、委託者の指定する者、権利の承継人まで | 成果物が転々流通する場面で効く(注18) |
| ② 対象となる利用 | 改変・翻案を含むこと、クレジットの表示・不表示を含むことを具体的に書く | 三の2のとおり、包括的な文言は状況によって射程が狭められる |
| ③ 氏名表示の扱い | 表示するのかしないのか、するならどう表示するのかを決める | 19条3項の省略事由に当たるかで争いになり得る(注19) |
| ④ 限界の明示 | 名誉・声望を害する改変は対象外とする | 二の3の線引きに沿う。上の文例1項も、この限定を置いている |
②と③が実務の要です。「著作者人格権を行使しない」とだけ書くより、何をされても文句を言わないのかを具体的に書いたほうが、かえって効きます。
2 フリーランスとの契約で書くときの注意
個人の制作者と契約する場合、注意が要ります。
まず、著作物の種類です。三の1のとおり、純粋な絵画や小説のように人格の露出の程度が高い著作物では、プログラムの場合とは反対に、著作者人格権を制限する事前の契約の効力が弱く解される傾向にあります(注10)。イラストや文章は、この側に寄る可能性があります。プログラム開発と同じ条項をそのまま使うのは危うい、ということになります。
次に、対価との関係です。知的財産権の帰属等の定め方によっては、中小受託取引適正化法に抵触するおそれが生じることがあります(注21)。同法は「委託事業者は、中小受託事業者に対し製造委託等をした場合は……自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること……によつて、中小受託事業者の利益を不当に害してはならない」と定めています(注22)。不行使特約それ自体が直ちにこれに当たるわけではありませんが、作成の目的たる使用の範囲を超えた権利処理を無償で求める場面では、検討が要ります。
相手が個人であれば、フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)にも同じ構造の規定があります。同法5条2項1号は、特定業務委託事業者が、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させることによって特定受託事業者の利益を不当に害してはならないと定めています(注23)。製造委託等にあたらない業務委託も対象に入る点が、中小受託取引適正化法との違いです。ただし同法5条が適用されるのは、1か月以上の期間行う業務委託(契約の更新により1か月以上継続することになるものを含みます)に限られます(注24)。単発の制作委託で先に効いてくるのは、給付の内容や報酬の額を明示する義務のほうです(注25)。同法の全体像は、別稿「労働者性・偽装請負・フリーランス法」が扱います。
そして、クレジットの扱いです。フリーランスにとって、実績として名前を出せるかどうかは営業上の価値に直結します。氏名表示権の不行使を求めるなら、その代わりにポートフォリオへの掲載を認めるなど、別の形で手当てするのが実務的です。創英事件が示すのは、氏名の扱いを曖昧にしたまま包括的な不行使特約だけを置くと、後で争いになるということです。
参考文献等
註
(注1)著作権法59条
(注2)著作権法18条・19条・20条
(注3)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)151頁の記載例⑫2項
(注4)前掲注3・144頁
(注5)著作権法18条2項1号
(注6)著作権法20条2項3号
(注7)中山信弘『著作権法〔第4版〕』(有斐閣、2023)602頁
(注8)前掲注7・600〜601頁
(注9)前掲注7・603頁
(注10)前掲注7・602頁
(注11)東京地判平成16年11月12日(平成16年(ワ)第12686号、裁判所ウェブサイト)。損害賠償請求事件
(注12)前掲注7・601頁
(注13)三山裕三編著『著作権トラブル解決実務ハンドブック』(青林書院、2019)184〜185頁
(注14)東京地判平成9年8月29日判例時報1616号148頁(平成8年(ワ)第18404号、判例タイムズ954号262頁、判例秘書L05230286)。著作権侵害差止等請求事件
(注15)東京高判平成10年8月4日判例時報1667号131頁(平成9年(ネ)第4146号、判例秘書L05320257)。前掲注14の控訴審
(注16)長野地判平成6年3月10日判例地方自治127号44頁(昭和60年(ワ)第228号、LEX/DB文献番号28019590)。図画等使用禁止等請求事件。控訴審は東京高判平成7年7月11日(平成6年(ネ)第1779号、LEX/DB 28021035)が控訴を棄却し、上告審の最判平成9年7月15日(最三小、平成7年(オ)第2144号、LEX/DB 28032128)が上告を棄却して確定。控訴審は本文引用部分の説示を改めていません
(注17)前掲注13・260頁の文例2
(注18)前掲注13・260頁(b)
(注19)前掲注13・260頁(c)
(注20)前掲注13・260頁(d)
(注21)前掲注3・144頁
(注22)中小受託取引適正化法(製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律)5条2項柱書・2号
(注23)特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号。フリーランス法)5条2項柱書・1号
(注24)同法5条1項括弧書き、および特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律施行令(令和6年政令第200号)1条(「法第五条第一項の政令で定める期間は、一月とする。」)
(注25)前掲注23の法律3条1項
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