一 この文書は何でできているのか
契約書を渡されたら、第1条から読み始める前に、全体がどういう部分でできているかを見ます。
わが国では、特別の場合を除き契約の書面化は要求されておらず、契約書の様式も定まっていません(注1)。実務で一般的に用いられるスタイルは、タイトル、前文、本文、後文、日付、署名欄からなる形です(注1)。契約書は一般的に、タイトル、前文、目的(定義)、その取引に固有の条項、一般条項、後文、契約締結日、署名欄(別紙・添付書類など)という構成になっていることが多いのですが、構成は契約書によって様々で、定義や別紙などは定められていない場合も多いところです(注2)。
部分ごとに、何が書いてあるはずかが決まっています。それを知っていれば、書いていないものにも気づけます。
二 5つの部分
1 表題
表題の付け方に決まりはなく、「契約書」「覚書」「合意書」「確認書」などさまざまな表題が付けられますが、契約内容・効力を定めるのはあくまでも契約書の本文です(注3)。契約書の性質や内容はタイトルで決まるものではなく、請負契約というタイトルでも、実質が派遣契約であれば偽装請負になります(注4)。
表題は、何の契約かを推測する手がかりにとどまります。
2 前文(頭書き)
前文には、契約の当事者と、その略称を書きます。当事者の記載は、「甲」と書くべきところが「乙」になっているというような誤りが生じやすい部分です。ドラフト中は実際の当事者名で書いておき、最後に「甲」「乙」へまとめて置換する工夫があります(注5)。読む側も、前文で誰が「甲」かを確かめてから本文に入ります。
前文に、契約締結の前提になった事情を書くこともあります。交渉段階で重視した事情を前文に入れておくと、条項を正当化する理由を示す機能を持ち、「重要な事項」といった文言の解釈にも影響を及ぼすことがあります(注6)。前文は、読み飛ばしてよい定型文ではありません。
3 本文(条項)
本文は、契約の各条件を定める契約書の核となる部分です(注7)。第1条から順に書くのが通常ですが、「1.2.3.」と簡略に書くものや、章・節・条と階層化して書くものもあります(注7)。条文には「第1条(目的)」のように見出しが付くのが通常ですが、見出しは条文の理解を助けるもので、条文の解釈には通常影響を与えません(注7)。取引基本契約のような長い契約では、「第1章 総則」のように章を立てて条を並べる形式もあります(注8)。
4 後文と署名欄
本文の後に、後文、契約締結日、署名欄が続きます。後文には、契約書の当事者、作成通数および保有者を書きます(注9)。契約の当事者を確定し、作成する原本の通数を定めるので、案外重要な部分です(注9)。契約書の本文には三者以上が出てくるのに当事者は2名ということもありますし、作成通数も、印紙税を節約するために原本の写しで済ませる当事者がいるなど、常に当事者の数と同じとは限りません(注9)。一方の当事者が写しを持つ場合は、「甲がその原本を、乙がその写しを保有する」のように書くことになります(注10)。
後文は、契約の有効性を判断するうえで非常に重要な規定であり、正確な記載は偽造の防止(または偽造の立証)にも役立ちます(注11)。電子契約では、電子契約用の文言を用いる必要があります(注11)。
5 別紙・添付書類
別紙や添付書類がある場合は、契約書の後ろに添付し、複数あれば「別紙1」「別紙2」のように番号を振って区別するのが通常です(注12)。仕様書、価格表、対象物件の一覧など、取引の中身そのものが別紙に書かれていることは珍しくありません。
三 問題点:どこに何が書いてあるか分からない
第1条から順に読み始めると、表題と前文は読み飛ばし、別紙は最後まで開かないまま、ということが起こります。
そうすると、次のような食い違いを見落とします。
- 本文で義務を負う3社目の当事者が、前文と署名欄から漏れている(注9)
- 前文で「甲」と定義した会社を、本文の途中で「乙」と書いている(注5)
- 本文が「別紙2の仕様による」と書いているのに、別紙2が付いていない
- 表題は「覚書」なのに、本文は新しい取引の条件を一通り定めている(注4)
どれも、各部分を1つずつ読めば見つかりますが、部分どうしを突き合わせないと見えません。
四 改善例(読み方):最初に全体の構成を確かめる
本文を読み込む前に、5つの部分を順に確かめて、全体の構成を把握します。
| 部分 | 最初に確かめること |
|---|---|
| 表題 | 本文の内容と合っているか。合っていなければ本文で判断する |
| 前文 | 当事者の正式な名称と略称。前提事情が書かれているか |
| 本文 | 条の数と見出しの一覧。章が立っているか |
| 後文・署名欄 | 当事者の数と作成通数が前文・本文と合っているか。日付が入っているか |
| 別紙 | 本文が引用している別紙がすべて付いているか |
見出しの一覧は、条文の解釈を決めるものではありませんが、構成を把握する手がかりとしては役に立ちます。どこに何が書いてあるかが分かってから本文を読むと、「この論点はどの条にあるはずか」を探しながら読めます。
日付は、空欄のまま締結された契約書を時々見かけますが、後日締結日が分からなくなり有効期間が問題になることがあるので、必ず入れなければなりません(注13)。契約関係がスタートした後に、辻褄合わせのために事後に契約書を作成することは、絶対に避けなければなりません(注14)。構成を確かめる段階で、日付欄と、本文の有効期間の定めとを見比べておきます。
五 書き分けの分岐
取引の形によって、骨格の見え方が変わります。
| 場面 | 骨格のどこに現れるか |
|---|---|
| 継続的な取引の基本契約 | 表題に「基本契約」と明示することが望ましい(注15) |
| 当事者が多い契約 | 前文の略称を甲乙丙丁ではなく会社名の短縮形にすることも考えられる(注6) |
| 長い契約(取引基本契約など) | 必要に応じて本文に章を立てる(注8) |
| 電子契約 | 後文に電子契約用の文言を使う(注11) |
本稿で扱わなかったこと
各部分の書き方は、10章の記事が扱っています。表題は別稿「表題は契約の性質を決めない:『契約書』『覚書』『合意書』の違い」、前文は別稿「前文(頭書き)に何を書くか:当事者の表示と、書き足せる一文」、後文は別稿「後文の書き方:『本書2通を作成し』は何のために書くのか」です。本文の条・項・号の読み方は別稿「条・項・号と、条文の引用の作法」、別紙と本文の優先関係は別稿「別紙・仕様書・発注書との関係と優先順位条項:契約はどの文書でできているか」で扱います。
参考文献等
註
(注1)堀江泰夫『契約業務の実用知識〔第3版〕』(商事法務、2025)34頁
(注2)幅野直人『企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務』(中央経済社、2024)119頁
(注3)前掲注1・35頁
(注4)弁護士法人飛翔法律事務所編『実務必携 契約書チェックマニュアル』(商事法務、2024)27頁(Q7)
(注5)前掲注2・122頁
(注6)前掲注4・44〜46頁
(注7)前掲注1・36頁
(注8)前掲注1・39頁
(注9)前掲注1・40頁
(注10)前掲注2・151頁
(注11)前掲注4・109〜110頁
(注12)前掲注2・153頁
(注13)前掲注1・43頁
(注14)前掲注1・41頁
(注15)前掲注4・42〜43頁
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