基本合意書の条項設計:何を決め、何を決めずに残すか

04 契約締結過程と契約の成立

【応用実務】最終確認:2026年10月25日

一 この文書は何をしているのか

基本合意書は、最終契約の前に、そこまでに固まったことと、これから決めることを分けて書く文書です。

基本合意書の内容は、まさに多種多様です。後に締結される予定の主たる契約の種別が多様であることに加え、基本合意書を作成するタイミング、協議や交渉の進捗や取引当事者の共通認識の醸成具合によって、様々な段階がありうるからです(注1)。中間合意書のドラフトで重要な留意点は、最終的なゴールとして締結すべき正式な契約書をイメージして、それに盛り込まれるべき基本的な契約条項のうち、現段階でどの範囲を盛り込むべきかを検討することです(注2)。

最終契約から逆算して、いま書く範囲を決めることが設計の出発点です。


二 よくある条項例:基本合意書の標準的な構成

事業譲渡を想定した雛形は、次の12か条で組まれています(注3)。

条見出し拘束力(雛形第9条による)
第1条目的なし
第2条本件事業譲渡の概要(事業範囲・内容、ストラクチャー、対価)なし
第3条最終契約の締結(有効期間満了までに締結するよう相互に協力)なし
第4条デューデリジェンス(実施と協力)なし
第5条独占交渉権あり
第6条秘密保持義務あり
第7条費用負担(各自負担)あり
第8条地位の譲渡の禁止あり
第9条法的拘束力あり
第10条解除あり
第11条有効期間あり
第12条準拠法・合意管轄あり

(注3)

1 取引の概要

基本合意書に明記される取引の概要は、最終的に想定される取引の態様、それまでの協議・交渉の進捗、両当事者間における認識の相違等により多種多様です。事業譲渡であれば、検討対象となる事業のみを記載する最小限の場合から、譲渡対象資産・契約・承継債務やストラクチャー、対価またはその特定方法、承継される従業員の処遇、知的財産権のライセンス、事業譲渡実行後の協力体制などを詳細に明記する例まであります(注4)。

2 拘束力の有無を条項ごとに定める条項

雛形の第9条は、第5条から第12条を除き、基本合意書の定めは今後の協議で考慮すべき事項を記載したものであって何らの法的拘束力を有しない、と定めています(注3)。拘束力をどう振り分けるかは、別稿「LOI・MOU・基本合意書の法的性質:名前ではなく条項ごとに決まる」で扱いました。

3 独占交渉義務

独占交渉権の条項は、相手方取引当事者以外の者との間で、直接であると間接であるとを問わず、また自ら行うと第三者をして行わしめるとを問わず、最終契約の対象と抵触またはその実現に支障となるおそれがある行為の一切を禁止する条項です。デューデリジェンス実施前の基本合意書において最重要といってよい条項ですが、独占交渉権を付与する期間を除き、条項の内容が協議の対象となることは多くありません(注5)。

4 秘密保持

最終的な取引についての協議・交渉の途上で締結される基本合意書では、一般的な秘密保持義務に加え、基本合意書の存在・内容およびこれに基づく協議・交渉の存在・内容も秘密保持義務の対象とすることが通常です(注5)。

5 費用負担・地位の譲渡の禁止

雛形は、交渉・作成・締結・履行に関連する費用は各自負担としています(注3)。地位の譲渡の禁止については、最終契約に向けた協議・交渉について定める基本合意書は、その性質上、当初想定されていた以外の第三者が後に加わることは想定されていないため、契約上の地位の譲渡禁止を定めることが多くなります(注5)。

6 有効期間

有効期間の条項は、独占交渉期間を限定することに意味のある条項で、日本のM&A実務においては2〜6か月程度とされることが一般的です(注6)。最終契約として特許権のライセンス契約を想定するような場合には、数年程度の長期間の有効期間を設けることもあります(注6)。雛形は、締結日から一定期間後の応答日と最終契約の締結日のいずれか早い日までとし、秘密保持義務は終了後も一定期間存続させています(注3)。

期間限定の方法としては、「本覚書の効力は、○年○月○日まで、あるいは、正式契約の締結日までの、いずれか早い日までとする」といった定め方もあります(注7)。


三 問題点

1 取引の概要を書き込みすぎる

取引の概要を詳しく書くほど、それが最終契約の締結義務のように読まれる余地が生じます。デューデリジェンスの実施前に取引の概要を記載した条項に法的拘束力を持たせることは極めて稀であり、詳細を明記する場合には、当該取引の概要が協議中であること、今後の交渉の目安にすぎないこと、法的拘束力がないこと等を明記し、最終契約の締結義務があるものと解釈されないよう慎重を期す必要があります(注4)。

2 独占交渉義務に違反したときの効果が書かれていない

独占交渉義務は拘束力を持たせる条項ですが、違反したときに何を請求できるかは、条項に書かなければはっきりしません。法的拘束力のある条項違反について損害賠償義務の範囲を定めることもあり、条項例は次の形です(注8)。

甲及び乙は、それぞれ、本基本合意書に基づく法的義務(法的拘束力のある第5条及び第6条に基づく義務をいう)の違反に起因して相手方当事者に損害等が発生した場合、相手方当事者に対し、かかる損害等について賠償する責めを負う。なお、かかる損害等には、第7条(費用負担)の定めにかかわらず、本基本合意書の締結及び最終契約の締結のための協議、交渉及び検討に関して要した費用(外部専門家の費用を含むがこれに限られない)を含むものとする。(注8)

3 公表の取扱いが決まっていない

上場会社が関わる取引では、公表の時期と方法を当事者が別々に決めると問題が生じます。基本合意書の存在・内容およびこれに基づく協議・交渉の存在・内容も秘密保持義務の対象とする一方で、対外的な公表の内容・時期・方法について取引当事者間で別途協議しなければならない旨の条項を置くことがあり、この条項には法的拘束力を持たせるのが通常です(注8)。


四 改善例

雛形をもとに、次の3点を足すかどうかを検討します。

足す条項何を解決するか
取引の概要を別紙タームシートに括り出し、「協議の目安にすぎず拘束されない」と明記する三の1。取引内容の要約をタームシートとして別紙に括り出すことも検討されてよい(注4)
拘束力のある義務の違反による損害賠償(交渉費用を含む)三の2(注8)
公表(相手方の事前の書面同意、法令等に基づく場合の例外)三の3(注8)

五 書き分けの分岐:M&Aと通常取引で違う

場面設計の重点
M&A(買い手)独占交渉権と期間、DD協力義務、違反時の損害賠償
M&A(売り手)独占交渉期間を短く。取引の概要・対価に拘束力が生じないこと
業務提携・共同研究開発・ライセンス秘密保持と成果の扱い。特許権のライセンス契約を最終契約に想定する場合などは、有効期間を数年程度と長めに置くことがある(注6)
継続的取引の開始前基本合意書を作らず、取引基本契約に直接進むほうが早いことも多い

M&Aの基本合意書でも、いわゆるbreak-up fee(買主の責めに帰さずに契約の目的が達成できない場合等に売主が買主に一定額を支払う条項)を基本合意書で定めることは、極めて稀です(注8)。

本稿で扱わなかったこと

どの条項に拘束力を持たせるかという性質論は別稿「LOI・MOU・基本合意書の法的性質:名前ではなく条項ごとに決まる」、独占交渉義務の違反とその効果が争われた裁判例は別稿「独占交渉義務と、破ったときの効果」が扱います。秘密保持条項の書き方は13章、M&Aの最終契約は18章で扱います。


参考文献等

註

(注1)阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式──企業実務家視点の雛形とその解説〔第3版〕』(有斐閣、2025)578頁
(注2)牧野和夫『秘密保持契約・予備的合意書・覚書の法務と書式』(中央経済社、2021)66頁
(注3)前掲注1・583〜585頁
(注4)前掲注1・586頁
(注5)前掲注1・587頁
(注6)前掲注1・588頁
(注7)前掲注2・74頁
(注8)前掲注1・588〜589頁


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