差押えと相殺の優劣:差押え前に取得した債権と、相殺予約の効力

10 共通条項の条項別解説

【専門】最終確認:2026年10月25日

一 問題の所在:取引先の債権が差し押さえられた

自社は取引先から部品を仕入れていて、翌月末払いの買掛金を負っています。一方で、取引先には以前の取引で生じた売掛金も持っています。ある日、裁判所から、取引先の債権者が自社に対する買掛金債権を差し押さえた、という通知が届きました。

このとき自社は、差押えを受けた債権の「第三債務者」になります。差し押さえられた買掛金は取引先に払えなくなり、差押債権者が取り立てに来ます。自社としては、取引先に対する売掛金とぶつけて、買掛金を消してしまいたい。

問題は、この相殺を差押債権者に主張できるかです。民法511条1項は、差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる、と定めています。

線が引かれているのは、自社の債権を取得した時点が差押えの前か後か、です。弁済期がいつかは、条文の線に入っていません。

本稿は、この線がどう引かれてきたか、2017年の改正で何が明文化され、何が見送られたかを整理し、第三債務者になる側とならない側の契約書に何を書くかを考えます。


二 制度の枠組み

1 民法511条1項:差押え前に取得した債権なら対抗できる

511条1項では、差押え前に取得した債権を自働債権とする限り、差押え時に相殺適状にある必要はなく、自働債権と受働債権の弁済期の先後も問わず相殺できるとする「無制限説」をとった判例法理が、明文化されました(注1)。

その判例が、最大判昭和45年6月24日です(注2)。国が滞納処分として、銀行の取引先である会社の、銀行に対する預金債権を差し押さえた事案で、銀行はその会社に対する貸付金債権で相殺しました。最高裁は、相殺制度には受働債権につき担保権を有するにも似た地位を与える機能があるとしたうえで、民法511条について次のように述べています。

同条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調節を図つたものと解するのが相当である。したがつて、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきであり、……(注2)

この判決は、昭和39年12月23日の大法廷判決が示していた見解を変更したものです(注2)。

一の例でいえば、自社の売掛金を取得したのが差押えの前であれば、売掛金の弁済期が買掛金より後に来るものであっても、相殺適状に達した時点で相殺し、差押債権者に対抗できることになります。

2 民法511条2項:差押え前の原因に基づいて生じた債権

2017年の改正は、1項の明文化にとどまりません。511条2項本文は、差押え後に取得した債権であっても、それが差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる、と定めました。

2項の背景にあるのは、破産法との均衡です。破産手続では、破産手続開始前の原因に基づいて生じた債権であれば、手続開始時に具体的に発生していなくても相殺に使えるので、債権者平等が強く要請される破産手続で許される相殺が差押えで認められないのはバランスを欠く、という考え方です(注1)。

具体例には、取引の実務にそのまま当てはまるものがあります(注1)。

AはBに対し売掛金債権を有している。Cによる当該売掛金の差押え後に,AがBに商品を引き渡したが,当該商品に欠陥があって,Bが損害賠償請求権を取得した。Bは損害賠償請求権と売掛金との相殺をCに主張できる。(注1)

損害賠償請求権は差押え後に生じていますが、その原因である売買契約は差押え前にあった、という整理です。

立案の過程では、2項を設ける必要はないという見解もありました。差押えの場合は、破産と違って第三債務者に差押債務者の他の財産から回収する可能性が残るので、まだ具体的に発生していない債権についての相殺期待まで保護しなくてよいのではないか、という観点です(注1)。

3 民法511条2項ただし書:他人から取得した債権

ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、2項本文は適用されません。差押え後に他人から債権を取得したときは、たとえその債権の発生原因が差押え前にあっても、第三債務者のもとで差押え前に相殺への期待が形成されたとはいえないからです(注1)。


三 解釈:線はどこで揺れるか

1 「前の原因」はどこまで広いか

2項の「前の原因」が何を指すかは、条文からは決まりません。逐条解説は、差し押さえられた売掛金を生じさせた売買契約と、欠陥品を引き渡した売買契約が別の契約である場合(ただし、いずれも差押え前に締結)を挙げ、これが「前の原因」に当たるかについて、自働債権の発生原因が形式的・客観的に差押えの時点よりも前に存在していたというだけでは足りず、自働債権と受働債権の内容および相互の関連性を考慮して相殺への合理的期待があるかで判断すべきだ、という考え方を紹介しています(注1)。

同書自身も、差押え前に売買契約や賃貸借契約があれば足りるとは限らず、自働債権と受働債権の内容と相互の関連性を考慮する必要がある場合もあるのではないか、としています(注1)。

基本契約を差押え前に結んでいたというだけで、その後のあらゆる債権が「前の原因」に基づくといえるとは限らない、ということです。

2 債権譲渡と相殺との違い

取引先が債権を第三者に譲渡した場合の相殺は、民法469条が定めています。469条2項は、対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権(1号)に加えて、譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権(2号)でも相殺を認めているので、「債権譲渡と相殺」のほうが「差押えと相殺」より、相殺できる範囲が広くなります(注1)。

実務上、将来の売買代金債権も一定の範囲で差し押さえることができます。将来発生する売買代金債権の目的物に欠陥があったために生じた損害賠償請求権について、売買代金債権が将来分も含めて譲渡された場合には469条2項2号で相殺できる一方で、差し押さえられた場合はこれに相当する規定がないため相殺できない、というのが立法者意思と理解されています(注1)。注1の逐条解説は、この点について、差押えの場合も同様に相殺できると解すべきではないか、という問題提起もしています(注1)。

3 相殺予約は差押債権者に対抗できるか

では、契約で相殺予約を置いていた場合はどうか。ここでいう相殺予約は、一定の事由が生じたときに期限の利益を失わせ、自働債権について相殺適状を作り出す特約です(注1)。

たとえ無制限説に立っても、自働債権の弁済期が到来しない限り相殺はできません。相殺予約の効力を差押債権者に対抗できるかどうかについては、明文化が見送られました(注1)。

昭和45年判決の事案では、銀行と取引先の約定書に、差押えの申請があったときは債務の全額について弁済期が到来したものとし、預金その他の債権と弁済期の到否にかかわらず相殺されても異議がない、という条項がありました(注2)。最高裁は、この特約について次のように述べています。

かかる合意が契約自由の原則上有効であることは論をまたないから、本件各債権は、遅くとも、差押の時に全部相殺適状が生じたものといわなければならない。(注2)

もっとも、この判決には、相殺予約の効力を一般的に認めることに疑問を示す意見が付いています。大隅健一郎裁判官は、相殺予約を差押債権者に対抗できるとすると、私人間の合意のみによって差押えの効力を排除しうることになり、公示方法を欠く現状では一般債権者に不測の損害をもたらすおそれがあるとしたうえで、銀行と取引先の間の預金債権の担保的機能や、この種の定めが取引界でほぼ公知であることを理由に、少なくとも本件のような銀行取引の相殺予約については差押債権者に対抗できる、としました(注2)。

昭和45年判決は、少なくとも銀行取引に関しては相殺予約の効力を肯定したものと理解されています(注1)。銀行取引以外の取引基本契約に置いた相殺予約が、差押債権者に対してどこまで効くかは、判決の文言だけからは言い切れません。


四 契約実務への還元

1 自社が第三債務者になりうる側:差押えを発動条件に入れておく

取引先に対して債権を持ち、同時に債務も負う関係にあるなら、取引先の債権が差し押さえられる場面に備えます。

まず、差押えを期限の利益喪失事由に入れておきます。継続的な売買契約などでは物やサービスの引渡しが先に行われ、対価の支払が後になるのが一般的なので、債権を確実に回収できるという信頼が失われる事由が生じた場合には、期限の利益を喪失させたいという意向があるのが通常です(注3)。一般的な期限の利益喪失条項の例では、次の事由が当然喪失の事由に挙げられています(注3)。

④ 仮差押え、仮処分、強制執行もしくは競売等の申立てを受け、または公租公課の滞納処分を受けたとき(注3)

昭和45年判決の約定書も、差押えの申請を弁済期到来の事由にしていました(注2)。差押えの時点で自社の債権の弁済期を来させておけば、弁済期の先後をめぐる争いを減らせます。

あわせて、弁済期にかかわらず相殺できる相殺予約の条項を置きます。条項の書き方は、別稿「相殺の基本と相殺予約:書かなくてもできることを、なぜ条項にするのか」で扱いました。期限の利益喪失条項と相殺条項をどう噛み合わせるかは、別稿「倒産時に効く条項の束:一つずつは正しいのに、つながっていない」で扱っています。

ただし、三の3で見たとおり、相殺予約が差押債権者に対してどこまで効くかは確定していません。条項を置いたから必ず相殺できる、とは考えないでおく方が安全です。

2 「前の原因」を固めておく

差押え後に生じる債権で相殺したい場面、たとえば納品後に見つかった欠陥の損害賠償請求権で売掛金と相殺したい場面では、511条2項の「前の原因」に当たるかが問題になります(注1)。

三の1のとおり、別の契約に基づく債権では「前の原因」といえるかに争いの余地があります(注1)。自社が相殺に使いたい債権と、差し押さえられうる債権が、同じ契約から生じる形にしておくことが、争いを減らす方向に働きます。個別契約の条件を基本契約に集約しておくことも、同じ方向の手当てです。

3 自社が差押債権者になる側:相殺される前提で見込む

取引先の売掛金を差し押さえて回収しようとする立場では、逆の見方になります。改正前と比べて、債務名義を取得して債権の差押えを申し立てても第三債務者による相殺主張の機会が増えることから、債権の差押えによる回収が困難となる事例は増えると考えられます(注1)。

差押えの対象を選ぶときは、第三債務者が債務者に対して反対債権を持っていそうか、両者の間に継続的な取引があるかを見ておく必要があります。

4 改正前の契約から生じた債権

施行日前の原因に基づいて生じた債権を自働債権とする相殺(差押えを受けた債権を受働債権とするものに限る)には、改正後の511条の規定にかかわらず従前の例によるものとされ、自働債権の発生原因となる法律行為が施行日前にあった場合は、改正前の民法が適用されます(注1)。古くから続く取引では、自社の債権の発生原因がいつの契約にあるかを確かめる必要があります。

本稿で扱わなかったこと

取引先が破産した場合の相殺の制限(破産法71条・72条)は、別稿「倒産手続と契約条項の限界」で枠組みを示しています。

債権譲渡と相殺(民法469条)は、三の2で差押えとの違いに触れるにとどめました。国税の滞納処分による差押えも、昭和45年判決は民法の相殺に関する規定の解釈の問題として考慮すれば足りるとしていますが(注2)、本稿では一般の差押えと区別して論じていません。


参考文献等

註

(注1)大阪弁護士会民法改正問題特別委員会編『実務家のための逐条解説新債権法』(有斐閣、2021)364〜371頁
(注2)最大判昭和45年6月24日民集24巻6号587頁
(注3)太田大三『契約書一般条項のポイント──ドラフトに効く、レビューに活きる』(商事法務、2026)50〜51頁


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